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ビルを出ると、大粒の雨が降り出した。
何だコレ・・・。
総務に置き傘があるけど、それを取りに行く自信は無い。
でも濡れて電車に乗る勇気も無い。
もうちょっと待ってみようかな。
ビルのロビーにちょっとした休憩スペースが設けられている。そこで雨が小降りになるのを待つ事に決めた。
「青山さん?」
雨に濡れた木下さんが外出先から戻ったようだ。
「お疲れ様です。酷い雨ですね。」
「傘、ないの?会社行けば誰かが置いてる傘あるんじゃないの?」
「・・・小雨になったら駅までダッシュしようかなって・・・。」
無理な言い訳じゃないよね。
「そぉ。じゃあ。」
木下さんは素っ気なくEVへと行ってしまった。
ガラス張りのロビー。傘を持たず走ってる人が何人も居た。
もしかして、更衣室に誰かビニ傘置いてるかも、と思いついたあたしは、7階迄上がろうと立ち上がった。
待っているEVの扉が開き、人が吐き出され、その中に穂積さんの姿があった。
穂積さんもあたしに気づいた。
「青山・・・。」
後続の人に穂積さんは押され、あたしの体に軽くぶつかった。
「ごめん、大丈夫?青山。」
「あ、はい。」
「・・・傘、持ってないんでしょ?」
「え?」
「木下が、青山が此処に居るって。」
木下さんが?
穂積さんは持っていたビニ傘を一本、あたしに渡してくれた。
わざわざ?
「ありがとうございます。」
「・・・青山、雨女なの?」
銀座 コーヒーショップ 穂積さんのカーデ 一瞬の交錯
次々にキーワードが頭の中を駆け巡った。
「・・・ち、違います。じゃあ本当に失礼します。」
あたしは、走った。
穂積さんのあたしの名を呼ぶ声を反復していた。
”青山”
土曜日。部屋の掃除を徹底的にやった。
キッチンもトイレもお風呂も、ピカピカにした。
余計な事に支配されず、何も考えずにいたかった。
その疲労が、あたしの気分をスッキリさせてくれた。
狭いベランダに干してあったビニ傘を綺麗に畳んだ。
ソファの上に、穂積さんの黒のカーディガンが綺麗に折りたたんで置いてある。
もう半月近く、穂積さんの物があたしの家にある。
会社とは関係ない所で服を借り、それを会社で返すのには抵抗があった。
しかも大っぴらに返すのも、どうなんだろう。
そんな事を考えていたら、返しそびれてしまった。
穂積さんも特に催促はしてこない。
穂積さんももしかしたら、言いにくいのかも・・・。
そんな事を考えていたら、宅配便が届いた。
エヴリィの最新号だった。
差出人は勿論、美帆子さん。
あんまり上手とは言えない手書きのメモ付き。
奏ちゃん
元気?この前は酔っ払って、鬱陶しかったよね?(笑)
これに懲りずに今度はご飯でも食べよう。
約束の(覚えてたよー)エヴリィ送るね。
穂積美帆子
微笑ましくて、メモを何度も読み返した。
美帆子さんの人柄が手に取るように解る。
駄目だよ、奏。
穂積さんは、駄目。
思考と行動は反比例して、あたしはカーデを抱き締めてソファで眠りに就いた。