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夜の帳がおりても、あたし達は池袋の街を彷徨うように歩き続けていた。
手を放すタイミングを逃してしまった手は、未だずっと繋がったまま。
「・・・オーナーは面白おかしく生きたいと思ってる。」
雑音の中から庄司君の声が聞こえた。
「俺は好きな事やって死ぬんだって、知り合った時から言ってる人なんだ。」
あたしはストールを押さえた。
「オーナーは、僕をからかったんだよ。」
庄司君があたしから手は放した。そして振り返った。
「奏ちゃん。」
「・・・。」
開きかけた口を一度閉じて、又あの顔をして庄司君は言った。
「元気で。」
あたしは庄司君の背中を見送る事しか出来なかった。
9
「おはようございます、コーヒーお持ちしました。」
あたしは穂積さんの机にうさぎちゃんのカップを置いた。
「ありがとう。」
「・・・昨日、西野さんから穂積さんが探してるって聞いてたんですけど・・・何か?」
勝手に帰宅した上に、あの状況を見られていて苦しい質問だと思った。
「あぁ仕事を頼みたかったんだけど、間に合ったんだ。もう良いよ、青山。」
「はい。失礼します。」
「これ社内便で各所に回しておいて、青山。」
「はい。」
穂積さんは自分の机の端に書類を置いた。
気のせいだろうか。今迄だったら、ちゃんと手渡ししていてくれた気がする・・・。
あたしは立ち上がり、それを取ろうとした。机の上でバランスを失った書類が床へと落ちた。
同時に穂積さんも拾い上げようとする。
穂積さんは素早く上体を直した。結局、書類はあたしが拾った。
やっぱり気のせいじゃない。
昨日のあたしの対応に腹を立てているのだろうか。
上司に用があると言われて帰るのは、失礼だよね・・・。
あたしはこの前、仕事でミスをして反省をしたばかりなのに又一人信用を失ってしまったのかもしれない。
・・・って言うか、穂積さんに用事があると聞いていて、帰ったあたしが今迄のあたしじゃない。
穂積さんを意識し出してから、あたしは穂積さんを頭の中から追い出そうとしてきた。
あの雨の日から。
内線が鳴った。
「はい、経理課です。」
「あぁ芳野です。穂積君に来るように伝えて。」
「はい、かしこまりました。」
あたしは受話器を静かに置いて穂積さんに伝言を伝えた。
「穂積さん、社長が社長室でお待ちです。」
穂積さんはあたしを見ることなく立ち上がり、その足で社長室へと向かって行った。
あたしは唇を噛んだ。
帰りの更衣室で、着替えを済ますとあたしはオフィスの中に携帯を忘れている事に気づいた。
取りに戻ると、総務部には穂積さん以外いなかった。
あたしの足音に穂積さんは顔を上げた。
「青山。」
「あ、あの携帯忘れて。直ぐ失礼しますので・・・。」
言い訳がましく、デスクの引き出しを引いた。
キーボードがカチャカチャと音を立てる。それが止まる。
「・・・庄司君と付き合ってるんだ?」
「え?・・・あ、いえ、そうじゃないんです。」
昨日は桐生さんの話の最中に、穂積さんがあたし達に気づいた。
穂積さんの友達でもある桐生さんの事をどうこう言える訳もなく、その場をやり過ごしたかっただけだ。
「ごめん、プライベートな事だった。帰って良いよ。」
・・・穂積さんは完全に誤解してる様子だった。
でも否定する必要もないけど・・・。
「美帆子さん、素敵な人ですね。キャリアウーマンだと思ってたから、あんなに可愛らしい感じの人とは思ってなかったです。」
この台詞、穂積さんを直視しては言えないあたし。
返答もなく、あたしは穂積さんに背中を向けたままオフィスを後にした。
後味悪い・・・。