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「青山さん、じゃぁ給湯室、案内するね。」
総務部の先輩の、西野千鶴さんが優しい笑顔で新人のあたしを迎えてくれた。
「皆、コップは決まっててね。朝だけ、コーヒーを出すんだけど。」
廊下に出て、直ぐのところに給湯室があった。
「ここは、総務の役職の人達のしかないのね。事務員と情シスの人たちは勝手にやるからさ。」
オフィス街の中の12階建てのビル。うちの会社が6、7階の2フロアを借り上げていた。
「・・・西野さん、この可愛いうさぎキャラのコップは?」
「穂積さん。ウケルよね、奥さんに持たされたんだって。」
デキル男と専ら噂の穂積さんが、このうさぎちゃんを使ってコーヒーを啜る姿はいかがなものか。
あたしはトレイに、役職者5名分のコーヒーを用意し、デスクに戻った。
座席の関係で最後に穂積さんにコーヒーを差し出した時、あたしは思わず声が上ずった。
「失礼しま・・コーヒーです。」
穂積さんがあたしを見上げて、眉間に皺を寄せた。
「笑うとこじゃない。」
「・・・ぶっ・・・すみません・・・くっくぅ。」
イケメンなのにデキルのに、うさぎちゃんって!!
あたしはトレイを戻しにきた給湯室でも笑いを飲み込む事が出来なかった。
「・・・青山さんって笑い上戸なんだね?ふ。しかし、思いっきり穂積さんの前で笑ったのは貴女が初めてだよ。」
職場の雰囲気に慣れた頃、ゴールデンウィークに突入。
久々に彼氏の遠藤幸成とデートする時間が取れた。
土日は会社が休みなものの、慣れない通勤ラッシュや気疲れでとても幸成とどっかに出掛けるなんて気力は出てこなかった。
「もう就活でしょ?」
大学3年になったばかりだが、企業の青田買いが激しくなっていて2年でも内定をもらってる人間も居るくらいだ。
あたし達はカフェでランチを取っていた。
「うん。奏はどう?仕事。」
「仕事自体は難しいことはないけど、人づきあいとか何だか疲れるね。先輩の女の人は皆良い人ばっかで良かったよ。総務だからさ、お局様的なおばちゃんとか居たら怖いじゃん?」
ストローでアイスティーの中の氷を適当にいじった。
「・・・メールとか減ったよね。」
幸成の態度が会った時から沈んでる雰囲気は感じてた。この一言も、これから始まる沈む話の布石だ。
「俺たち4年付き合ったけど、これ以上進んでもお互いにとってプラスにはならないと思う。」
「学生と社会人は違うと思うし、何だか奏が遠い人間になっちゃったみたいなんだ。」
「俺も就活、頑張るからさ。奏も仕事、頑張れよ。」
「別れたからって、じゃぁ急に口も聞かないとかは嫌だからさ。”友達”?・・・そうしようよ。」
幸成の息もつかせぬ別れ話は、それこそ遠いところから聞こえてるくるみたいに耳に届いた。
テーブルに伏されていた会計票をスマートに手に取り、あたしの目の前から消えた幸成。
ガッシャーン
どっかで何かが割れる音がして、あたしの耳に現実が戻ってきた。
あたしは慌てて、店を出て幸成の姿を探した。
街を暫く彷徨って、幸成のハンチングらしきものが見え、人混みを掻き分けて近づこうとした。
確かにその後ろ姿は幸成だった。
でも、それはあたしが付き合ってた幸成では、既になかった。
幸成の隣には、幸成の顔を愛しそうに見上げる女が居た。
「・・・そういうこと・・・。」
あたしは踵を返し、涙を堪え喧騒に飲み込まれようと必死になった。