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「どうしたの?」
「待ってたんだ。」
庄司君は制服ではなく、私服だった。
「お店は?」
庄司君はそれには答えなかった。
「ちょっと歩かない?」
「・・・うん。」
あたしと庄司君は、特に当てもなく歩き始めた。
この前の突然の帰宅の理由を聞かれるのだとあたしは身構えていたが、庄司君の口から出てきたのは全く別の話だった。
「PAUSA、辞めたんだ。」
「え?!」
「前々から、僕の腕を買ってくれてるお客さんが居てね。資金を出すから、そこでバーテンダーとしてやらないかって・・・。」
あたしの立ち止まる足に気づいて、庄司君は大通りの道から中に一本入った。
あたしもそれに倣う。
「オーナーには勿論話は通してある。池袋では佑香さんがあそこに立つ事になってるよ。」
「・・・わざわざ、それを言いに?」
「僕は奏ちゃんの連絡先、知らないからね。凄く贔屓にしてくれたし、直接話しておきたかったんだ。」
急な事で、何て言っていいのか・・・。
「そぉ・・・おめでとう、だよね。ごめんね何か急過ぎちゃって。言葉が出てこないや。」
悲しそうに庄司君は笑った。
「赤坂だから、なかなか来る事ないと思うけど、名刺渡しておくね。」
「うん、ありがとう。」
ジュースの自動販売機の明かりで、名刺を読み取る事が出来た。
あたしが名刺から顔を上げると、未だ庄司君は悲しそうな顔をしていた。
「・・・オーナーに何かされた?」
核心を突く質問が、あたしに恐怖の記憶をもたらした。
両手で力強くストールを掴んだ。
あたしの表情が質問に答えたのだろう。庄司君は頭を振った。
悲しそうに見えたその訳は、あたしの答えを予測していたのだろう。
「・・・あは、だ、大丈夫。大したことされてない。本当。心配しないで。もう平気。」
「奏ちゃん。」
「本当だよ。だって神谷さんの付き合ってる人でしょ。冗談だと。」
「奏ちゃん。」
庄司君の声が、あたしを包んでしまった。
「ごめん。」
「・・・ごめんって・・・何で庄司君が。」
あたしは大通りに戻り、駅に向かって歩き出した。
「奏ちゃん!」
庄司君の足音があたしを追ってくる。
あたしは足を速めた。
「奏ちゃん!」
庄司君はあっと言う間にあたしを追い越して、立ちはだかった。
「もうPAUSAには行かないよね?」
勿論、行ける訳もない。
あたしは必死の庄司君の目から、逃げる事が出来なかった。
頷くだけで精一杯。
「・・・青山?」
庄司君の目があたしを通り越して、声の主を見据えた。
我に返って、此処が会社の近くである事を認識する。
「庄司君、何してるんだ?」
靴音が近付いてきた。
庄司君が、あたしの左手を握り、穂積さんに向かってこう言った。
「デートですよ、穂積さん。」
あたしは振り向く事もせず、庄司君に身を任せる事にした。
あったかいこの手が、今のあたしには必要。