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バルコニーで江木ちゃんと神谷さんがお肉を焼いて、庄司君はキッチンでお酒を作っていた。
あたしは美帆子さんの隣に座っていた。座らされていたと言った方が正しいかもしれない。
お酒が大分回ってるようで、あたしの腕に絡めた左腕を放してくれないのだ。
「奏ちゃんは、エヴリィ読んら事あるぅ?」
「ご、ごめんなさい・・・。未だ。」
「えーやだやだー。読んれよー。奏ちゃんちに定期購読で送っちゃおーっと。」
「美帆子、止めろって。」
穂積さんが、向かいのソファから腰を上げた。
「良いじゃーん。奏ちゃんらってワーキングウーマンじゃんねー。」
「はぁ・・・一応。」
美帆子さんの勢いに圧倒されて、あたしはお酒もお肉にも有りつけず、お腹が鳴った。
ぐーギュルギュル・・・
あたしは顔が赤くなるのが自分でも判った。
「す、すみません。」
美帆子さんからあたしを解放してくれたのは、桐生さんだった。
「奏ちゃん、あっちで食べといでよ。」
「あ、はい。」
あたしはお腹を押さえて、バルコニーへと出た。
バルコニーに出てしまうと、桐生さん達の声は聞こえてこなかった。
あ、美帆子さんがソファに倒れてしまった。
・・・本当にお酒弱いんだなぁ。
多分、今ローテーブルに乗ってるグラスに半分程残ったカシスオレンジは、最初の1杯目。
「大変だったね。」
神谷さんが同情の声を掛けてくれた。
「美帆子さん、本当に弱くて、お店来てもノンアルコールか専らウーロン茶の人なんだよね。」
江木ちゃんはあたしにお肉や野菜の乗ったお皿を突き出してきた。
「ありがとー。」
あたしの嗅覚は刺激され、又お腹が鳴った。
無口な江木ちゃんが噴き出すように笑った。
神谷さんも笑ってて、あたしも笑い出してしまった。
庄司君がグラスを4つ、両手で器用に持ってバルコニーへとやって来た。
穂積さんが美帆子さんにタオルケットをかけてあげるのが見えた。
庄司君があたしに手渡したグラスは、見た目はただのソーダだった。
鼻を近づけると、ライチの香りがほのかにした。
空腹のあたしに、酔いがあまり回らないよう軽めのものを用意してくれたようだ。
何時ものメンバー、何時もの時間に、あたしはやっと平常心を取り戻せた。
「ちょっとー庄司君、これ何入れたのよ?!」
神谷さんがグラスから口を離し、顔をしかめていた。
「奏ちゃん、問題。あれは何のカクテルだと思う?」
神谷さんのグラスの色は、トマト色。
「ブラッディメアリー?」
「正解!佑香さん、タバスコ嫌いなんだよね。」
「最低ー!」
江木ちゃんも、自分に渡されたグラスを覗き込んだ。
思わず、あたしもそれに倣った。
「庄司、ウィスキーと氷、頂戴。」
咥え煙草で桐生さんが、バルコニーに顔を出した。
「はい。」
庄司君が室内へと戻って行った。
「奏ちゃんは、本当にうちのスタッフと仲良いんだね。」
桐生さんは煙に目を細めた。
「良くして頂いてます。」
「・・・ふーん、真面目だねぇ。庄司と付き合っちゃえば?」
桐生さんは突然にそんな事を言った。
キッチンからする動作音も一瞬、止まった。
桐生さんは庄司君の方を見て、更に続けた。
「なぁ庄司、今、女居ないんだろ?」
この人は一体、どういう思考回路をしているんだろ・・・。
「居ませんけど、そういうノリは奏ちゃんに失礼ですよ、オーナー?」
庄司君は桐生さんの発案をさらっと流した。
「へいへい。庄司も真面目だな。あ、ごめんね、奏ちゃん。俺ちょっと酔ってるみたい。」
どれが本当でどれが嘘なのか。
この人は読めない人だと思った。
あたしは思わず、神谷さんを見た。
神谷さんは別の所を見て、白けた顔をしてる。
きっと桐生さんは神谷さんにも、こういう態度をするんだろう。
「お似合いじゃね?穂積?」
ソファに座る穂積さんにまで、その質問は及んだ。
「あ?あぁ。」
あたしの鼓動が又早まるのを聞いた。
穂積さんと目が合った気がして、あたしは怖くなった。
「あ、あたしトイレ行ってくる。」
リビングに戻り、自分のバッグを持って洗面所に入った。
あたしは訳もなく手を洗いだした。
直ぐに戻るのも気が引けた。手持無沙汰になったあたしは、首に巻いたストールを巻き直そうと、それを一度外した。
「!」
鏡の向こうに、桐生さんが音もなく立っていた。
それは突然の出来事。
ストールを持ったあたしの右手を操り、桐生さんはあたしの口を塞いだ。
左手の自由も奪われた。
桐生さんの唇があたしの左の首筋をなぞった。
「んん。」
あたしの声はくぐもって音にさえならない。
目の前に恐怖が見えた。
そして、桐生さんの妙に長い舌があたしの頬も捕らえる。
恐怖に耐えられず、あたしは目を瞑った。
生暖かい舌が又あたしの首を這い、厭らしく音を立てた。
それも長い時間に思えた。
桐生さんは遊びに飽きてか、あたしの両手を放した。
あたしは、鏡の中の桐生さんを見た。
笑ってた。
この人・・・おかしいよ・・・。
「そういう顔もするんだー。」
あたしは玄関のドアに逃げ道を求めた。