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長い廊下の先のドアが開いて、男の人の声がした。

「よぉ。」

初めて会うひと。桐生さんだろう。

段々、桐生さんが近付いてきた。

想像してたより、悪そうな人だった。

アッシュ色の髪に、耳にはヘリックスが4つも開いていた。

気持ち悪いほど痩せほそった手があたしへと伸びてきた。

「噂の奏ちゃん。会えて嬉しいよ。」

求めに応え、右手を差し出した。

笑った顔を見ると、神谷さんの愛してる人なんだなと思えた。

「もう始まるから、おいで。」

桐生さんは神谷さんの肩を抱いて、奥の部屋に飲み込まれた。

あたしもサンダルを脱ぎ、それに続いた。

開いたドアの向こうに、庄司君の横顔が見えた。

あの泥酔した日以来だから、顔を会わせづらい・・・。

庄司君があたしに視線をくれ、何だか切ない表情を見せた。

窓から夏の陽射しが差し込んで、その部屋の観葉植物がまるで野外かのような気にさせた。

窓の向こうにあるバルコニーに、見覚えのある顔を見つけた。


動かない。


足が一歩も動かないの。


神谷さんが、振り返ってる。

バルコニーのその人もあたしを見ていた。

そして、その人の横に居るショートカットで長身の女の人も視線を投げかけてきた。

「穂積だろ?奏ちゃんを店に連れてきたの?」

「こんにちわ。」

バルコニーから、その女性が笑顔であたしを迎えていた。

「穂積美帆子です。穂積が何時もお世話になってます。」

眩しくて眩しくて、目を瞑りたくなる程の笑顔だった。

あたしに挨拶をしてから隣に居る穂積さんにも又、笑顔を向けたミホコさん。

それは極自然で、あたしは刹那呼吸を忘れた。

窓際のレースが揺れて、あたしは我に返る。

軽く頭を下げて

「穂積さんの部下の青山奏です。初めまして。」

と、口角を上げて、その台詞を言った。


笑えていただろうか。


ミホコさんが笑顔を返した。

「奏ちゃん、何飲む?」

隣に庄司君が立っていた。

「・・・今日は何が出来るの?」

あたしは庄司君とキッチンカウンターに連れ立った。

幾つかのリキュールとウォッカ、ウィスキーがあった。

「じゃぁスクリュードライバー貰おうかな。」

「かしこまりました。」

あたしは背中に穂積さんの気配を感じてた。

振り向きたくないと思った。

「奏ちゃん、本当にカクテル詳しいね。これ見ただけで僕が作れる物、判るんでしょ?」

「前に付き合ってた彼氏がね、一時期カクテル作るのにハマってて、あたしもちょっと覚えたの。」

グラスの中で氷が音を立てた。

「じゃぁ問題です。ウォッカとオレンジジュースを混ぜる事を何と言うでしょうか。」

「”ステア”する!」

「正解。じゃぁこれプレゼント。」

と言って庄司君がステアしてくれたスクリュードライバーをあたしに差し出してくれた。

「ありがと。でも変な感じ。いつも白シャツ着てお酒出してくれてるのにね。」

庄司君は、今日は年相応に見えた。

ピンクのTシャツに細身のジーンズ。腕にはごつめの時計とブレスレット。

乾いた喉を潤した。心がそわそわして、あたしは右手の指輪を意味もなく、着けたり外したりした。

「奏ちゃん、何飲んでるの?」

懲りもせず又あたしは固まった。

ミホコさんが、あたしの右隣に並んで立っていた。

恐らく木下さんよりも身長は高い。そして全てが完璧な程のスタイル。

小さな顔も、スラリと伸びた手足も、カウンターに軽く乗せているそのしなやかな指も。

「これ何だっけ?」

あたしのグラスを覗き込んでミホコさんは聞いた。

「あ、スクリュードライバーです。」

「美味しい?あたしもそれにしようかな。」

庄司君がバーテンダーの顔で答える。

「美帆子さんはお止めになった方が良いですよ。オレンジテイストが良ければ、カシスオレンジお作りしましょうか?」

「奏ちゃん、お酒強いんだ?へぇー意外!じゃぁ庄司君に任せる。あとジンライム。」

ミホコさんはお酒が強くないんだ。

あたしはグラスを空けてしまった。

「・・・空腹で飲んじゃ駄目だって言っただろ。」

後ろから声がして振り返ると、江木ちゃんがお皿にチーズとクラッカーを用意してくれていた。

「はーい・・・。」

あたしは叱られた子犬みたいにクラッカーをかじる。

「可愛いー!」

急に抱きすくめられて、あたしはクラッカーを落としてしまった。

良い香りがした。

ミホコさんがあたしの頭に頬ずりする。

「智志から、しっかり者って聞いてたけど、素で可愛いー!」

ソファに座る穂積さんが視界に入った。

どんな顔をしてるのかは遠すぎて見えなかった。

ミホコさんは何時までも、あたしを離さなかった。

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