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時計の針が正午を指すのが酷く遅く感じた。
西野さんが朝の出来事を気にしてか強引にお昼に誘ってきた。
「青山さん、この前オープンしたばっかりの和食屋さんがあるんだけど、そこ行かない?」
その気遣いに応えたいとは思ったけど、とてもそんな気にはなれなかった。
あたしは一生懸命笑って言った。
「今日、お弁当、力作してきちゃったんですよー。すみません、せっかく誘ってもらったのに。」
「・・・ん、そっか。じゃぁ今度一緒に行こうね。」
「はい。」
社員の殆どがフロアを後にした後、あたしは机の引き出しからお弁当を取り出して立ち上がった。
穂積さんがすかさず声を掛けてきた。
「何処行くの?青山。」
「え?あ、お弁当食べに、近くの公園でも、行こうかなって・・・。」
「公園?」
穂積さんが顔をしかめた。
この辺りに公園なんて無いのを知ってるからだ。
あたしは足早にフロアを出た。
階段を上に、上がった。
逃げるように歩き続けた階段も、途中から、目の前がぼやけて良く見えなかった。
屋上のドアの手前で、足が止まった。
声を押し殺すように、泣いた。
ドアに寄り掛かる。左の手の甲を唇に押し当てた。
何であんな初歩的ミスを・・・。
「うー・・・。」
「・・・何で。」
穂積さんの声がして、階段を上ってきているのが見える。
あたしは泣いてる自分を何処かに隠してしまいたかった。
目の前に、穂積さんの苦しそうな顔があった。
・・・穂積さん?
穂積さんの両手があたしの両耳の辺りをかすめてドアについた。
あたしは息を飲んだ。
「何で一人で泣くんだよ、青山。」
あたしの額に穂積さんの吐息がかかる。
そして又あの香水だ。
何も考えられない。
穂積さんが、あたしの涙を覆い隠すように、あたしを抱き締めた。
どうしていいのか分からなくなった。
穂積さんの体温が流れ込んで、息が苦しくなった。
「・・・ほ・・・づ・・・。」
穂積さんがあたしの両肩を掴んで、体を離した。
「ごめん。」
穂積さんは顔を背け、あたしから距離を置いた。
あたしは一気に力が抜けて、その場へとしゃがみ込んだ。
「ごめん。」
穂積さんは又、同じ事を言って階段を下りた。
何?
何で?
あたしが泣いたりしたから?
あたしは上腕を強く掴んだ。
此処に確かな力を感じた。
8月になって、グッと暑さが増した。
あたしはミニタオルで首の汗を押さえる。
今日は神谷さんと待ち合わせをして、桐生さんのお家に行くところ。
最近、PAUSAには行ってない。
神谷さんに忠告されてから正直、行きにくかった。
神谷さんからのメールのタイトルも「明日来れる?」だった。
「おはよ、奏ちゃん。」
「神谷さん、おはよう。」
「・・・この前は、ごめんね。あたし、おせっかいだったね。」
あたしは首を振った。
「庄司君にも言われたの・・・。奏ちゃんが最近来ないのは、あたしが何か余計な事言ったんじゃないかって・・・。」
「・・・神谷さんが桐生さんの事、話してくれたのは良かった。」
あたし達は、駅構内を出て桐生さんのマンションへと向かった。
「ただ、正直あたしにも良く分からないの、神谷さん。」
「・・・うん。」
それからは、今日のホームパーティの事を話した。
桐生さんのマンションは最上階にありバルコニーが広く、そこでバーベキューが出来るらしい。
流石バーを2軒も経営出来るほどの人なのだと思った。
けど、会うのはちょっと怖い。
ズルイ男なのだと判っていて、初対面した時にあたしは臨機応変に対応出来るだろうか。
オートロックを神谷さんが簡単に解除する。
「神谷さん、桐生さんの奥さん達も居るの?」
「まさか!奥さん達は奥さんの実家に帰省してるの。・・・奥さん達が居るのにあたしを呼ぶなんて自殺行為でしょ?」
最初のドアを押しあける神谷さんの背中が、泣いてる。
あたしにはそう見えた。
EVの中で今日のパーティを楽しもうと、神谷さんは色々とあたしに話し続けた。
あたしには、震える気持ちを紛らわせようとしてる様にしか見えなかった。
ドアの横のインターホンを押し、名を名乗ると「どうぞ」と男の人の声がした。
玄関には、いくつかのブーツとスニーカー、赤いピンヒールが綺麗に並んでいた。
あたしは一瞬、体を硬くした。神谷さんもそれを注視しているのが解った。
あたし達以外に女の人は居ない筈。




