表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運び屋ショウカと奴隷少女  作者: 不眠蝶
9/10

2-5 散る花びらに踊る虹

「ダメだ。お姫様には危険過ぎる」

「何回目ですか!流石に我慢の限界です!」

運び屋ショウカの事務所では朝から大声が響いていた。レイラにとって、それはもう限界だった。危険の一言で誤魔化されるのはもう御免だ。何とか一緒に外の世界に出られないか、必死に訴えたのだが聞き入れて貰えない。ショウカという人は、やはり分からない。

「いいか、俺は危険だから警告してるだけだ。何も嫌がらせをしたい訳じゃねぇ」

「ですが!私が来てから一回も外の世界に出てないと!」

「そうだよ!私もひまだから外に出たーい!!」

これにはレイクも同調してくれた。監視役として、レイクも置いて行かれるのだが流石にガンの所に何日、何週間と置かれていると飽きも来る物だ。働かずとも収入を貰えている奴隷が労働を求めるのもおかしなものだが、我慢の限界という言葉は正しかった。いい加減、外の世界を見たい。この25番地の景色も散々見てきた。新しい発見があるのは分かる、それでも、外の世界でしか得られない物だってあるはずだ。

「…仕事に断りを入れるか。ネールさんなら適当に見繕ってくれるだろ」

「…ネールさんからの仕事なら、危ない仕事じゃないんじゃないの?」

「あの人からでも危険なものはあるさ、場所と用途による」

ショウカは相変わらずこちらを見下した様子で喋っていた。身長差からして仕方ないのは仕方ないのだが、どうにも違う意味でも見下しているように思えてならない。身分も確かに下だ、自分からそう願ったのだから。

「君が断りを入れるとは珍しいな。何か重大な理由があるのか?」

いつの間にか部屋の中に入っていたネールはアレクを連れて、ショウカに尋ねた。本当に気配を消していたかのように突然現れた。

「連絡が簡単に取れて助かる。異世界間の電話は料金高いしな」

「私の見立てでは十分に役立つと思うのだが。レイクとも合わせれば君の仕事は格段に楽になるだろう」

ネールは自分の見解を忌憚無く述べた。仕事を断る事よりも、レイラを仕事に出さない事に重点を置いた話し方だ。断る事については既に受け入れている、という事だろうか。

「そのままの意味だ。お姫様には危険って言ってるだろ」

「でもっ、私はもう奴隷です!お姫様ではありません!」

「…何か忘れてるような…僕…前に聞き忘れてた様な…」

独り言ちるアレクを尻目にレイラはヒートアップする。自分はもう奴隷という身分に墜ちたのだ。好きに労働させて欲しい、ただ掃除をするだけの毎日はもうごめんだ。絶対に外の世界を見るんだ、その決意がより強くなった。ショウカだけにそれを奪われてたまるものか。

「いいや、分かってないな。まだ連れてく訳にはいかねぇ」

「それじゃあどうしたらいいんですか!私に教えてください!」

ショウカは頭を掻きながら、外へと眼をやった。その後にアレクに視線を送った。

「そういや、今日は祭りの日だったな…。そこのアレ、この二人を頼む」

「え?僕ですか?別にいいですけど…」

「待って下さい!まだ話は…!」

「どっちみち仕事は断ったんだ。今日は外の世界には行かねぇよ」

そう言うと、アレク達を置いて一人、先に祭りの会場へ向かった。その背中を追いかけようとしたが、アレクによって捕まってしまった。

「まぁ落ち着いて下さい。事情は詳しく知りませんが一呼吸して」

背の低いアレクは中腰になりながら、視線を合わせる。怒りで体が震えていたレイラは徐々に息を整えていった。

「君のそういう所は学ぶべき所があるな。子供を見るという事に長けている」

褒められているのか分からないがとりあえずアレクは褒められたと認識する事にした。ネールにそんな事を言われるのは初めてなのだ。

「私達がここを尋ねたのも仕事の話の一環さ。祭りの屋台を巡りながら話をしないか?そうすれば落ち着くだろう」

腰に手を当て、もう片方の手で外へ出ることを促している。今は気を抜いて話をしよう、という事なのだろう。外では祭り囃子も流れ始めている。いつまでもこの部屋にいても仕方が無い。話をするにしてもショウカは外へ出てしまったのだ、どのみち外へ出るしか選択肢はない。

「…分かりました。一緒に行きます」

「レイラちゃん、良かったよ!ああいう時はガツンと言うに限るんだよ!」

「あぁ、あまり煽らないで下さい。それじゃ行きましょうレイちゃんにレイ…ラちゃん?」

その言葉に頷くと、外へ出た。諦めに似た感情が心を支配していたが、こうなったら祭りを楽しむしかない。これが初めての体験なのは間違いがないのだから。外の世界へ行けなかったのは残念だが、楽しめるものを楽しむしかない。これで鬱憤を晴らすしか今のレイラには方法が無かった。


外は桜色の花びらで染まっていた。公園は飾り付けも相まって、いつもとは違う幻想的な雰囲気を醸し出している。春の収穫祈願、という名目らしいが神輿の一つも見当たらない。どうやら屋台やら何やら出して雰囲気だけ出すための祭りのようだ。それは怒り心頭なレイラにとって少し耳障りなもので、俯きながらアレクの後ろを付いていった。

「ネールさん達はなんで来たの?」

「私が行こうと決めたのさ。ここの所、本当に危険な仕事ばかりだったからな。大丈夫か?と言いにね」

どうやら嘘は言ってなかったようだ。だとしたら、お姫様には危険な仕事というのは本当の事になる。こちらを気遣っての事であるのが判明した。だが、心配されるほど危険な仕事ばかりしていたのは何故なのだろうか。やはり、何か隠している。全てをさらけ出してくれないと話し合いのしようがない。奴隷として受け入れてくれたのなら、やはり仕事がしたい。外の世界に出て、色々な旅をしたい。

「僕も驚きましたよ。護衛付きの仕事を何度もこなすなんて…、度胸があるってレベルじゃないですね」

「ごえいつき?ショウカが護って貰うの?」

「ええ。普通の運び屋なら自分で護衛を雇うんですが今回はネールさんが協力してくれて…」

あの力強いショウカが護って貰う絵面など予想も出来ないが、それほどの危険度があった仕事なのだろう。この異世界群にはリホのように馬鹿みたいに強い者達も存在する。そんな存在とはまだ出会った事はないが、油断しているとすぐ遭遇するのだ。

「あ、はろろーん。ネールしゃあん。何かお祭りやってたから飲んじゃったぁ」

「出たばっかなのになんで絡まれるんだよ…くそ…」

リホはショウカの首を小脇に抱えてこちらに近寄ってきた。これだけで強さにはランクがあるというのがハッキリと見て取れる。今まで自分達を見下してた存在がこの程度扱いにされているのは見てて滑稽だ。

「えー?そこはやっぱ…運命とかじゃないの~?会場に来た瞬間、目と目が合ったじゃないのさー」

「まず酒でも飲んでればって考えてた俺が馬鹿だった…。お前がいる可能性を考えてなかったな」

ショウカはリホの腕を払いのけると襟を正して立ち直った。あくまで威厳は保っておきたいようだ。

「君はその癖さえなければ、少しはまともに付き合って貰えるんじゃないか?」

「癖…?なんかあるかなぁ…?」

「まず酒癖、その次に絡み癖だな。そして最後に男癖だ」

「ネールさん…俺は被害者だ。そんな風にいわんでくれ。面白くない男なのは分かってるが」

「ショウカさん…僕と同じ言い訳してますよ」

「同じレベルの被害って事だよ。力の差的にもな」

リージョンキーパー総帥ともなるとやはりその力は一般人とドラゴンレベルで純粋な力の量が違うのだろう。ショウカは終始、苦い顔を崩さなかった。本当にリホがここに来ているとは知らなかったようだ。

「あー、レイクちゃんにレイラちゃんじゃない。二人もおまちゅりに?」

「はい…まぁ」

「これからアレの人の奢りで色々食べるとこ!」

「え!?僕ですか!!いくら大人とはいえそんな理不尽な…」

リホは少し考えた後、レイラを引き離した。レイクとアレクはポツンと取り残された。

「ちょっとお話があるから、レイクちゃんその人とよろしく~」

「うん!屋台めぐってくる!」

「か…考えてくださいね?僕も稼ぎは多くないので…」

「情けない事を言うな、未来への投資と思え」

そのままレイクとアレクとネールは屋台巡りに繰り出した。リホはレイラと、ついでに逃げそうなショウカを捕まえてその辺の木に腰を落ち着けて座った。その木の葉は桜色の木々に囲まれる中、何故か一本だけ緑色だった。

「なんかお悩みありそうね。お姉さんが聞いてあげるからいってみ?」

「いえ、その…」

ショウカがいる手前、本音をもう一度出すのは憚られた。言える事は、少し濁して出すしかない。

「…リホさん、は色んな世界を見て学んだ事ってありますか?」

「ないよ?」

自分の中では深刻に考えて、必死に捻りだした言葉を即答の一言で返された。毎日、毎日その事を考えていたのに、たった一言で否定された。そうすれば返す言葉は一つもない。

「こいつは天才過ぎるからそういうのないんだよ」

「いやー照れるなぁ。そんな褒めあいでよ」

ペシペシとショウカの頭を叩くリホを見てショウカの心配を思わずしてしまうくらい手玉に取られていた。それではこの人に悩みを相談する必要なんて微塵もない。悩み、という言葉からも無縁の存在だ。突然のお悩み相談に驚きはしたが、何も解決はしなさそうだ。元よりアドバイスを出すつもりなんてなかったのかもしれない。二人の掛け合いを見て、自分がここにいる意味はないだろう、とこっそり抜けだそうとするとリホに掴まれ、引き戻された。

「お悩み相談がまだでしょー?ちゃんと話しなさい!」

「えっ、いえっ。私にはもう…」

「話してないっ!ちゃんと言いなさい!」

ショウカの前だからと萎縮してしまっていたが、もうこの際正直に話してしまった方がいいかもしれない。

「私…外の世界に出て、もっと色んな事を勉強したいんです。でも、ショウカさんが…」

「それなら私が2番地にでも連れてってあげようか?キサラギ総司令にも会わせてあげるよ」

「馬鹿やめろ。あの人が娘馬鹿なのは知ってるだろ。年が近いの連れてくと泣き出すぞ」

思ったよりあっさり外出の許可が出た。2番地は科学の最先端が詰まった番地で、Az(アーズ)の全てが揃っていると言っても過言ではない世界である。そこへ行けば何か、得る物があるかもしれない。その誘いには喜んで首を縦に振りたい。だが、何かが引っかかる。

「でも、それでレイラちゃんは解決するの?」

「え?…私は外の世界に出たくって…」

「もう出てるじゃない。あなたは25番地の奴隷になったんだから。自覚を持ちなさいって」

そうだ、確かにもう外の世界には出ている。自覚はあるが、そうじゃなくって。そう言いたかった。

「たぶんショウカがお仕事回さないのもそういうとこよ?ショウカは悪いと言われる事はしないもんね」

「……分かってるならもう解放してくれ」

「いい?自覚を持つのは奴隷としての、よ。あなたはもうお姫様じゃないんだから」

リホはそれだけ言うとレイラを放した。そして、ショウカの手を強引に引き酒場のブースへと歩いて行った。ショウカの目は密かに助けを求めていたような気がするが、レイラにはどうにも出来ないので視線を逸らす事にした。

お姫様じゃないんだから、そう言われたが自覚はあると何度も心の中で反芻していた。だが、どうにも納得いかなかった。自分は今、奴隷なんだ。でも、どうしても引っかかる。何かがあった。木に背を預けて座り込んでいると、見慣れた顔が現れた。灰色の狼の獣人、ガンと、熊だ。

「うわぁぁああ!!」

「おいおい、二回目だろ。いい加減慣れろよ」

「僕だよ。ハリー。ハリー・ベアード」

見た目のインパクトに思わず叫んでしまったが、言葉を聞いてようやく落ち着いた。ちゃんと麦わら帽子を被った熊だ、それはハリー以外にいない。恐らく、たぶん。ハリーは麦わら帽子に手をかけながら祭りの様子を眺めていた。

「今年も大盛況だねぇ。ウチの畑の為にここまでやってくれるなんて嬉しいなぁ」

「あっ、そう言われればそうですね…」

収穫祈願という事はこの祭りはハリーの畑の為に開かれた様なものである。それ以外に大きな畑はない。あの田園地帯の収穫は普通に考えれば相当な量だろう。その為に祈りの祭りを開くのはまったくおかしくないと言える。

「そういや…あれだ。もう一方の奴隷はどうしたんだ?」

「レイクちゃんですか?今は一緒じゃないですけど…」

「あっ、あそこにいるんじゃない?奴隷服は目立つから分かりやすいよねぇ」

ハリーが指差した先には、確かにわたあめ屋台の前に立つレイクがいた。頭の一本角と金髪はとてもよく見える。そこからくすんだ色の服が覗けば間違い無く奴隷のレイク・スレイブだ。

「レイクちゃんに用があるんだったら私がとりなしますけど…」

「いや、そういう訳じゃないんだが…。というかそんなのいらないだろ」

ガンは頭を掻きながら、俯いた。心の中では少し心配している所があるのだろう。人混みが多く、リホのような呑兵衛がいると分かっているのなら尚更だ。それを素直に表に出せないのがガンという人だ。

「レイラちゃんは何でここに?レイクちゃんと一緒にいないの?」

「えっ…えぇっと。ちょっと訳があって…」

その時、ふと頭に思い浮かんだ。自分は本当に奴隷としてあっていられるのだろうか。リホに問いかけられた言葉の意味を思い出す。あなたは今、奴隷なのだから。本当に奴隷として、いられているのだろうか。

「あの…私って奴隷としていられているのでしょうか」

「あ?その服着てるなら身分は奴隷だろ」

ガンは間髪入れずに返した。ガンにとって奴隷服を着ている人間はみな奴隷なのだ。それ以上の定義は存在しない。だから難しい事は考えずに答えた。レイラが何に対して悩んでいるのか分からなかったのもある。ハリーは少し考え込んでから、優しくレイラの頭に手をかけてから答えた。

「奴隷、とはちょっと違うかな。君は君だよ。僕はそう思うかなぁ」

「ハリーさんは優しすぎるんだよ。ちゃんと身分ってもんを教えてやらないと調子に乗るぞ」

自分は自分。その言葉は迷っているレイラにだいぶ強く響いた。本当の身分に対して悩んでいる自分には自分があるのだろうか。ただ、外を見たい、それだけを考えている自分は本当に自分なのか。それは奴隷としてはあるべき立場にない。ただ、我が儘を言っているだけだ。奴隷なのに外に行きたいと、リホの言葉の意味がやっと分かった。まだ自分はお姫様気分のままだ。でも、ただじっと待つだけなのは性に合わない。何より奴隷としての仕事を貰えてない。それが一番の不満なのだ、でも奴隷として仕事が来るまで堪え忍ぶのが普通であろう。だが。

「うん…そうなんでしょうかね…」

「…何か悩みがあるのなら俺以外にしてくれよ。ハリーさん行こうぜ」

「僕達はちょっとお仕事があるから、またねぇ」

二人はそう言うと、会場の中へ消えていった。一人取り残されたレイラはまだ、考えていた。ただ、外の世界を見て勉強したいだけなのだ。だけどそれは、奴隷には過ぎた願い。仕事のついででいいから、と思っていたがそれは奴隷の考える事ではない。未だショウカが「お姫様」と呼ぶのはきっとそういう所にあるのだろう。考え過ぎても仕方ない、答えは分からない。どっちが正しいのか。

今からレイク達と合流するのは何だか憚られた。遠くから見る三人は楽しそうで、そこに入る余地が無い様な気がした。だから、絵を描く事にした。メモ帳にこの祭りの会場を、一人遠く離れた所から。描いていると、一人、見慣れた人がいる事に気が付いた。

その人は視線に気が付くと、ゆっくりと近づいて目線を合わせるよう座り込んで語りかけた。

「お久しぶりです。レイラちゃん。予告通り取材に来てました」

「シバさん…。お久しぶりです」

シバはレイラの描いている物を覗き込んで、自分が描かれている事に気が付いた。

「本当にそのままを描いてくれてるのですね。貴方に描かれて光栄です」

「…私、奴隷ですよ…?」

今の葛藤にちょうどいい言葉をかけてくる。みんな、みんな、自分を惑わせるような言葉ばかりかけてくる。奴隷として生きていく事に決めたのに、それを迷わせるような、相応しくないと言う様な言葉ばかり。

「例え貴方が奴隷だとしても光栄な事です。貴方は気高い方ですから」

「…っ!奴隷なんですから気高いなんて…」

思わず食い付こうとするとシバに一本、指を立たされて、いたずら気味に片目を瞑られた。

「身分とその人のなりは比例するものではありません。だから私はレイクちゃんにも敬意を払っているのです」

自分はその程度の事、分かっているつもりだった。だから同じ奴隷のレイクに同じ様に敬意を払っていたのに、自分だけ奴隷だから、と自分を貶めてしまっていた。でも、それは紛れもなく事実で、それ以外に外の世界に出られる要素なんてない。

「私はレイクちゃんにお変わりなく、というメッセージを添えました。でも貴方には変わって欲しいと思っています。良い意味で、ですね」

変わって欲しい、その言葉が持つ意味がよく分からなかった。もう奴隷になったのだ、お姫様じゃなく、奴隷に変わったんだ。これ以上にどう変われというのか。大人は難解な言葉ばかり並び立てる、レイラには到底、理解出来ない。みんな、みんな、よく分からない事ばかり言う。まだ子供だからなのか、頭の知能が足りてないのか、自分の中で整理が付かなかった。

「大丈夫です、すぐに分からずともいいのですよ。貴方は恵まれています」

「…でも、私には、すぐにでも…」

外の世界に出たい。その言葉は最後まで出せなかった。それを出せばただの我が儘になるだけなのが分かっていたから。脱走したお姫様の時と変わらない、かといって奴隷としてずっと退屈なまま終えてしまいたくない。自分の言葉を全部出したい、それでも出す事は許されない。何故なら今の身分は奴隷なのだから。色んなジレンマがどっと湧いてきて、目に涙が浮かんできた。

シバは優しくハンカチを取り出すと、それで目を拭ってくれた。シバは終始、優しい笑顔を浮かべていた。こちらと同じ目線で、こちらと同じ立場に立ってくれているかのように見つめてくれている。

「レイクちゃんと一緒にいれば分かりますよ。あの子は変えてくれる側ですから」

そう言うと、シバの目線は屋台巡りをしているレイクに変わった。相変わらずこの混雑した会場の中でも目立つ服装と格好だ。メモ帳とペンをポケットにしまうと、自然と体が立ち上がった。確かに、レイクなら変えてくれるかもしれない。彼女に不思議な魅力を感じていた自分がいた。あの時からそうだった、橋の上に案内してくれた、あの時から。ただの姉気取りではなく、本当の姉のように見えた。

それだけじゃない、確かに、何かを変えてくれる存在に見えていたのだ。大きな何かを変えてくれる訳ではない。自分の中でつっかえている小さな何かを変えてくれる、そんな存在に見えるのだ。あの屈託のない笑顔の中にある、小さな何かを、みんなを変えてくれると思ったのだ。

「一緒に行きましょうか?それとも」

「大丈夫です、一人で行きます」

もう涙は浮かんでは来なかった。確かに地面に足を付けて歩いていたのだ。変わりたい、そう心の中に思いながら。シバはそれを優しく見送ると、自分の仕事に戻っていった。

レイクの後ろにこっそりとついているとレイクはすぐに気が付いたようで、素早く振り返った。

「あれ、レイラちゃん。どうしたの?リホさんとのお話終わった?」

「う、うん。他にも色んな人とお話してきた」

「なら一緒に食べようよ!この焼きそば美味しいよ!」

「僕の事情もちょっと考えて欲しいんですけどねぇ…」

アレクはすっかり困り顔で随分搾り取られた様子だった。気付けばネールも何か口にしている。三人分の食べ物を全部出していたのだろうか。格下と呼ばれる彼にはとても厳しい出資のようだ。

「…その様子だと、変に絡まれたようだな。レイク、彼女と一緒にいてやれ」

「ん?何で?みんなで巡ろうよ!」

「僕としては賛成ですね!やっぱりこういうのは子供同士で巡るのが一番楽しいですよ!」

ネールはやれやれと言った顔でアレクを見つめた。そして、アレクを軽く押すと二人だけで歩き始めた。後に残されたのはレイクとレイラだ。

レイクはレイラの顔を覗くと、何か考えた様子で焼きそばを啜った。或いはなにも考えてないのかもしれない。レイラは何故か、レイクの顔を見る事が出来なかった。見れば、この目で考えている事がバレてしまうから。考え込んでいる事を悟られたくない、レイクにはきっと解決出来ない事だろうから。

「そこら辺、歩いていこっか。きぶんてんかんにはなるよ」

「うん…」

やっぱり、悟られてしまったのか。自分が今、落ち込んでいる事に。同じ奴隷という身分として、姉だの妹だの付ける変人。それがレイクという人だ、だが、それだけだ。変わった人には変わりない、が、彼女が何かを変えてくれるのだろうか。

歩いて行くと、やはり、あの木の下に辿り着くのだった。一本だけ、葉が緑色の木。でも彼女は、他の皆とは違う行動を取った。

「のぼろう!ここから見る景色が結構いいんだー」

「えっ?のぼるの?」

こちらの言葉も無視して、木にしがみつくとパッパッと簡単に登って見せた。レイクにその身体能力があってもレイラにはそんな芸当は出来ない。まごまごしていると、レイクから手を差し伸べられた。その手を取ると、いとも簡単に体が浮いて、レイクに抱きかかえられた。少し気恥ずかしくなって、離れると木の上から見る景色は下から見る景色とは全然違った。

上から見下ろす景色は祭りに参加している皆が、全員見えた。リホに絡まれてるショウカも、屋台を組み上げようとしているハリーとガンも、カメラの前で喋っているシバも、休憩しているネールとアレクも、皆見えた。ちょっと新鮮な景色だ、でも、それだけだ。

これは、今の悩みとは何も関係がない。この景色が見られた所で、今までと何も変わらない。ここは25番地なのだ。外の世界とは違う、今まで通りの25番地で、いつもの景色だ。これを見せられた所で、そう言おうと思ったけれど、これはレイクなりの厚意からなのだ。今は黙って、この景色を描こうとした。そこでペンを出す手をレイクに止められた。

「無理に描かなくていいよ。外の景色が見たいんでしょ?」

「う、うん…」

外の景色とは、外の世界の景色なのだが、それを言いたいのだが、口には出せなかった。

「私はおねえちゃんだから分かるんだ!レイラちゃんはここにずっと居ていい器じゃない!」

「…うん?」

「もっと外へ出て、色んな世界を歩くべきだよ!」

自分と同じ答えを出してくれた。そうだ、それが言いたかったんだ。でも、それを言ってもどうしようもないんだ。そう言いたかった。

「だったら、答えは一つじゃない?お姫様としてめいれいすればいいんだよ!」

そんな答えは予想していなかった。お姫様として、それは既に捨てた地位。今の自分には無いはずのもの。そんな事をしても意味がない、自分はもう、奴隷なのだから。しかし、ふと、最初にショウカに言われた言葉を思い出した。

「流れを変えるのは逆らって泳ぐ魚じゃない…」

レイラは必死に流れに逆らっていた。ショウカの頑なに外へ連れて行ってくれない態度に対して。それに対しての答えはなんだっただろうか。

「変わらない、何か…」

自分の手のひらを見つめてみて、変わらない何かを持っているのか、今一度、問いかけて見る事にした。外へ行きたい、これは変わらない事だ。ずっと20番地のお城に篭っていては何も学べない。それを思い立ったからこそ脱走して今に至るのだ。だとすれば、変えられるはずだ。その気持ちはずっと、ずっと胸の内にあったのだから。

それなら、何故、ショウカは連れて行ってくれないのか。ショウカは何も変わらない、変わってくれない。対抗してずっと変わらずにいた、でも、それは流れに逆らった行為なのだろうか。元々、何も変わらない様な偏屈な人間を変えようとする事自体が間違いだったのだろうか。答えのヒントは、レイクがくれたような気がする。

「レイラちゃんはお姫様で奴隷!それは何も変わらない事だから」

そうだ、お姫様として帰る事を約束していた自分は、完全な奴隷ではない。あくまでお姫様の範疇にいるのだ。例えタグを書き換えられても、奴隷服を着ていたとしても、本当の自分はお姫様なのだ。髪を切っても、土まみれになっても、何も変えられない事実だ。だから、ショウカは自分を連れて行ってくれないのだ。自分の本質はお姫様なのだから。

「…そっか。だから…」

メモ帳を一ページずつめくっていく。それらは全て、お姫様として勉強する為に描き残したものである。奴隷として描き残したものではない。自分の中で無意識に、奴隷とお姫様が別れていなかった。今まで体験したものは、果たして奴隷として受けたものだろうか。レイクと一緒だから受けられた、レイクは自分を、レイラを変えてくれる存在なのかもしれない。

「ショウカのやつもお姫様のめいれいなら逆らえないよ!自分が悪いと言われる事はしないやつ、ってネールさんが言ってた!」

要はお姫様を危険な所に連れて行く責任を取りたくない。ショウカはそう考えているのだ。だからいつまでたってもこの25番地から外へは出してくれない。ずっとレイクという護衛を付けて外へは出さないのだ。ならば命令してやればいい、自分をお姫様扱いから変えてくれないショウカに向かって、外へ連れて行けと。

「ここの景色、お祭りじゃなくてもいいからたまに見に来るといいよ!それじゃ!」

レイクは突然、そう言うと木から飛び降りてしまった。レイラは一人、取り残されてしまった。木登りの経験などないレイラにとって、登った木から下りるのは至難の業である。答えは出たのだから伝えなくてはならない、ショウカに。だけど、それは勇気のいる事だ。この木はただ一つ、緑の葉をしているのにやけに背が高い。だからこそ、景色がいいのだが。足をどこかに引っかけられないか、探していると誰かが傍にいる気がした。

「……?誰?」

周りを見渡しても、誰もいない。祭りのざわつきが遠く聞こえる中、木の上という閉鎖空間に閉じ込められたレイラは少し気が張っているのかもしれない。風の音が誰かいるように感じさせたのかもしれない。誰かがいるとしたらレイクも気付いていたはずだ。でもそんな様子はなかった。だとしたら、ここにいるのは誰なのか。

風がもう一度、吹いたような気がした。何だか湿り気を感じる風は空の晴れ模様とは反対に雨の気配を感じさせるものだ。天気予報は晴れだった、確かに見てきたからハッキリと覚えている。そんな時、肩を一回、叩かれたような気がした。

「…えっ?誰?」

よく見えない、誰かがいるような気がした。ここは魔法世界、何が起きても不思議ではないが、その手の話は聞いた事がない。魔物の類は外からしか来ないと言われてたし生き物は科学世界のものと変わらないと聞いていた。この地にいる特有の何かか、分からない。でも、その目は確かに捉えた気がした。

薄く、人型の形を保っているもの。それはまるで少年のようであり、少女のようでもあった。誰であるかは分からないが少なくとも、自分が木の上に登るときにはいなかったはずだ。彼は傍に座ると、無言で空を指差した。若干の雨雲が低く下りてきている。やがて、晴れているのにも関わらずパラパラと雨が降り始めた。祭りの会場は少しのざわつきを起こして屋台の屋根や木々の下に避難する人達が増え始めた。

「雨…今日は晴れるはずだったのに」

気にしないで歩く人もいる、その程度の雨だが祭りの雰囲気を止めるにはちょうどいいタイミングだったようで、賑わいも静かになり、その場には僅かな静寂が訪れた。

「あなたが降らせたの?」

思わず隣の彼に聞いてみる。彼が指差した瞬間、雨が降り出した。薄く、透けている姿から魔法生物のような感覚を得る。或いは、精霊の類か。でも、そんなものが近くにいるなんて事は聞いてない。ショウカやレイクならもっと早くに知っているはずだ。自分が出した言葉は、首を横に振る事で応えられた。

木の上はちょうど良く雨がしのげ、木の葉の一つ一つに雨が当たる音がする。風はいつの間にか止み、雨の音だけがその場を支配していた。悩みにふけるにはいい時間だ、そんな気がした。

「あなたはどっちにすればいいと思う?お姫様と奴隷」

お姫様として命令すればショウカは言うことを聞いてくれるだろう。仕方なく、ではあるが自分の目的は達成される。奴隷として従えばこのまま25番地に幽閉されたままだろう。ショウカは自分の事をお姫様としてしか見てくれない。奴隷のままでいる事にメリットがあるかと言えばない。しかし、外に出る為に決心した事なのだ。自分の身分がどれだけ落ちぶれようとも外の世界を見て勉強すると。

どちらかを選ばなければならなかった。自分の身の振り方を。他人に委ねようとしている時点で間違っている事は分かっている。ただ、それだけの判断をする能力が今のレイラにはなかった。悩みに悩み、考えに考え、答えに行き着かなかった。自分の身の振り方をどうすればいいのか、ひたすらに悩んだのだ。

彼は何も答えてくれなかった。ただ、時間だけが過ぎていく。木の上で、雨の音を聞きながら、それ以上に何もない時間だけが過ぎていく。自分一人で考えた所で、何も答えはでないのだろうか。俯き続け、膝を抱えた時、彼は指を一本だけ、前に向かって突きつけた。その先を追うと、雨は徐々に止みつつ、また風が吹き出した。その景色は。

桜色の花びらの上を虹が踊っていた、止みつつある小さな雨が花びらに当たって小さな虹を作り、花びらと花びらの間に虹を架けていく。そこでレイラは気が付いた、生まれて初めて、虹を見た、と。『幸運の虹色の瞳』は一度も虹を見たことがなかった。だからそれがこんなにも綺麗で、心動かすものだとは思わなかったのだ。今まで誰も幸せにしてこなかったと自負していた自分が、こんな綺麗な瞳を持っていたとしたら、きっと、誰かの心を動かし、幸せにする事が出来ていたであろう。

だとしたら、答えは出た。この瞳を、皆に見て欲しい。こんな綺麗な景色を見られる自分は幸せだ。だから虹色の瞳は、確かに幸運をもたらすものなのだ。20番地の皆の言う事は間違いではなかった。私は私で良い。思い切って、高い木の上からジャンプしてみた。足が痺れる感覚がしたが、悪くない。振り返ると、そこには誰もいなかった。木の上には誰も居らず、ただ、桜色の花びらが舞い散るだけだった。おかしいと思った、この木だけ緑色の葉だったはずだ。けれども目の前の大樹は桜色の花びらを散らせていたのだった。

「あれ…?なんで…」

「レイラちゃーん!だいじょーぶ!?」

レイラが下りてきたのを見てからか、レイクは大袈裟気味に頭にビニール袋を被せて濡れないようにしながら駆け寄ってきた。

「えっ、うん。大丈夫。それよりレイクちゃん…」

「急に降って来たから…濡れるの嫌だし!それより本当に大丈夫?濡れてない?」

そっちの心配をしていたのか、と笑うとレイクは不思議そうに首を傾げた。この木の下はまったく濡れる事がない。もちろん、木の上も。

「レイクちゃん…私、レイクちゃんの言ってた事が分かったよ」

「なにが?なんか言ったっけ?私」

「私はお姫様だってコト!」

「…?そんなの当たり前じゃん!」

「「ねー!!」」

打ち合わせもしてないのにその言葉はまたしても合った。やはり二人は似た物同士なのだ。境遇も出自もまるで違うが、姉妹のように見えるほど、似た物同士なのだ。

雨はすっかり上がり、雲も見えなくなる頃には祭りの会場は賑わいを増していた。その中でレイラはレイクとアレクとネールと共に、出来ていなかった屋台巡りを行うのだった。

「射的!射的やりたいです!アレの人さん!」

「あの…物事を頼むならちゃんとした名前で呼んでくれると嬉しいな…」

「慕ってくれている証だろう?私も呼んだ方がいいかな」

「勘弁してくださいよ!」

アレクはすっかり金を巻き上げられる役になり、あちこちで散財を強いられていた。今日の出費だけでも大変な数になっていたのだ。冷や汗をかきながら、明日の自分のご飯を考える。そんな一日であった。

「いい?レイラちゃん…狙う時は相手をいちげきでしとめる気持ちで…」

隣でレイクが何かもそもそと食べながらアドバイスをする。今日は楽しむだけ楽しもう、そう思う事にしたのだ。

その様子を遠くから眺める二人がいた。決してあの二人が近寄らない、酒のブースで。

「元気、取り戻したみたいね。私のお陰かな~?」

「お前のアドバイスは遠回しすぎて伝わらんだろ。自分で気付いたんだ」

「その言い方酷くない?私だってお姉さんとしてだね…」

「そんな年齢か。もうおばさんだろ」

「いいじゃないのよ~。自分からおばさん呼びするほどまだ老けてないって事だから!」

「俺はもうおじさんだよ」

そう言って酒を呷ると、目を伏せた。これから始まる毎日に憂いを帯びながら。


「姫として命令します!私を外の世界に連れていきなさい!」

家に帰るなり、ショウカに向けて発した言葉はそれだった。もう自分はただの奴隷ではない、お姫様であり、奴隷なのだ。だからお姫様の権限だって使える。なにせ相手がお姫様扱いする。

「…それがお望みなら、そうさせて貰うよ。次の仕事は楽だからな」

まるでこちらの言動を見透かしたかのように仕事の予定を入れていたショウカ。全てお見通しかのような態度には腹が立つが、これでようやく外の世界へ行ける。

「やっと外の世界へ行けるね!私のお勧めは…83番地とか!」

レイクは既に色々な異世界を知っているようだ。番地の名前を聞いただけではどんな世界が想像も出来ないが、レイクが言うのなら期待が持てる。未だ見た事のない番地の想像をするだけで気持ちがワクワクするのだった。

「楽しみ…!外の世界ってどんなのだろう」

「私が絵に描いてしんぜよう!これから部屋で作戦会議だ!」

小さな物置部屋へ向かって走り出す。無限の異世界を夢見ながら。

「…俺も甘くなったかな。こんな危険な事はやるつもりはなかったんだが」

砂糖菓子を取り出し、口に咥えるとテレビを点けた。すると取材されているレイクが映し出された。

「今日はお兄さんの奢りで食べにいらしたんですか?」

「はい!アレな所が多いけどお金はくれるので頼りになります!」

「ちょっ、ちょっとレイちゃん!その紹介の仕方は酷すぎるよ!」

「成る程…少し距離を置いた方がいいかもしれませんね」

「待って下さい!弁明を、弁明の機会を…!」

作戦会議に向かったレイクの部屋に向かうとドアを強めに開け、レイクを壁に向かって放り投げた。例えどんなにアレだったとしても、世間からの評価をこれ以上下げる行為は悪い事なのである。その事を分からせる必要があった。テレビには奥に一際大きく咲く、桜色の花びらを付けた木と座り込んだレイラが映っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ