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運び屋ショウカと奴隷少女  作者: 不眠蝶
5/10

2-1 よくある身分の堕とし方

緑が一面に広がる世界をリヤカーが石ころを蹴りながら走る。奴隷服を着た少女が牽いて。リヤカーには幌が張ってあり、中身は見えない。だが、そこにいるのは誰なのか。ここまで読んだ人には分かるだろう、運び屋ショウカと奴隷少女だ。

ショウカは相変わらず、レイクにリヤカーを牽かせ、自分は幌の中で草の上に寝転んでいた。適度に圧力を加えて欲しいとの事だったのでショウカ自身が重りになることでその役目を果たした。その中で彼は本を読んでいた。本、というよりパンフレットだ。ここは20番地、『魔法世界』だ。魔法世界というのはその景色だけで人を感動させる物も多く、この20番地もその類である。観光の名所としても知られ、お城や砂漠、マグマが噴火している火山など、色取り取りの景色が見られるファンタジーな世界だ。そんな世界だからこそ、パンフレットを読んでいた。普段から来る事もあるが、新しい発見があるかもしれない。それが本という物だからだ。

対するレイクは不満だった。先程から何も起こらない、この退屈な景色が、だ。この世界では魔物という類の生物も存在するが、街道はほとんど安全に整備されているため、その安全は保証されていた。仮に現れても、レイクが気にせず倒せる程度の相手だ。故につまらない、不満を言いたくっても幌がそれを邪魔する。言えば聞こえるだろうが、姿も見えないんじゃ退屈しのぎにもなりはしない。普段は歌を歌って我慢するのだが、遠くから聞こえる轟音がそれを阻んでいた。水が流れる激しい音、どこかに強い流れの川があるようだ。それも、これから向かう目的地の方に。それは気分の良いことではなかった。これから五月蠅い場所へと向かうのだから。

「しょうかー!つまんないー!」

どうしようもないから大声で叫んだ。そうすれば嫌でも聞こえるだろうから、自分の意見はハッキリと言う事に決めたのだ。もっと我が儘に、もっと縦横無尽に、そのスタイルを貫く事にした。幌の中から声が聞こえる。

「仕事しろ、仕事。歩いてるだけで仕事になるんだからいいだろ」

「それならショウカがやればいいじゃん!」

「俺は今、忙しいんだ」

そう言うと、がさっと言う音と共に寝返りをうった、音がした。それにますますムッとした、自分は寝てるだけのくせに。反論しようと思ったが、反論するのも面倒になったので。前を歩く事にした。もうレイクには前を歩くことしか選択肢がないのだ。

「あーあ、こういう時、いもうとかおねえちゃんがいたらなー!」

つい先日、大家族のファミリードラマを見たばかりである。子供というものは得てして、つい最近みたものを欲しがるものだ。事実、それはレイクの憧れであった。無駄なリーダーシップを持つ事から妹の世話をみて遊んであげたり、子供心がまだ残る事からお姉ちゃんに甘えたいという欲求は当然ながら持っていたのだ。その一言は心から出た本当の一言なのである。そんな事が有り得ない、という事実を飲み込みながらも。

歩いて、歩いて、ひたすらに歩いて。寝そべっているだけのショウカを困らせる為に少し早足で歩いて行くと、音の根源に辿り着いた。とても大きな石レンガ造りの橋で川はもの凄い勢いで流れている。そのせいで水の音が激しく、とても五月蠅い。思わず耳を塞ぎたいのだが、リヤカーを牽くからには片方しか防げない。これを早く抜けたい、その一心で牽いていくが、余りの勢いの強さに水飛沫がこちらにまでかかってくる程だった。

「ぬれる!ぬれるよー!ぬれるのやだー!!」

逆竜川(げきりゅうがわ)っていうんだと嫌ならさっさと行け」

パンフレットに書かれた文字を見ると。昔々、かつて王国に攻め入ってきた竜を打ち倒そうと山を背にして陣取った所、竜が放った火の玉が山に直撃し、山から水が勢いよく流れ出て竜を押し出して打ち破る事が出来たのだという。この勢いを見ればそんな逸話も納得出来そうなくらいである。あまり湿気らすのも製品に良くないのでさっさと通って欲しかったショウカはその文字を流し読みしながら、レイクを急かした。

「そうだ!ショウカ!こういう時は交代しよう!」

「誰がするか。最低限働けって言ってんだろ」

中に入れば確実に遊ぶと分かっていたショウカは手厳しかった。頬を膨らませながらレイクは歩く、目的地はこの先の王国だ。異世界とは星でもあり、国でもある。気軽に行き来出来てしまうが故に番地と名付けられているが、その世界の中にも国があり、世界がある。それぞれの番地にはそれだけの物語があるのだ。数千の異世界の中には。

この20番地もそういう物語があった。現に今、物珍しいお姫様がいるという。目の色が虹色に変わるという不思議なお姫様だ。パンフレットにはこう書かれていた、『幸運の虹色の瞳』。それは縁起の良いことだ。ショウカはそんな事を考えながらまた寝返りをうつのだった。


城下街に着くと、そこはとても閑散としていた。誰一人として街の外に出ていないような、人の気配をまったく感じない。まるでゴーストタウンだ。その違和感にどこか疑問を抱きつつもレイクは目的の場所へ向かう。そこはいわゆる薬草屋で、今回の荷物は薬草なのだ。それがこの街の状態と、どこか結びつくようなきがした。店の前に着くと、いつも通りに荷物降ろしの準備に入った。

「やあやあ、ショウカさん早かったね」

「品物はこれで間違いないな?それにしてもこれだけの量を俺に運ばせるかね」

リヤカーに隙間無く詰められた薬草の箱は、これだけの量、を言わせるに相応しい程には多かった。リヤカーで運ばせるには少し酷にも見える、もちろん一般の人間ならではの話だが。

「流行り病でみんな倒れちゃってねぇ…あぁ、早く入ってきなよ」

荷物を持ったレイクが中で見たのは芳しいハーブの香り。それもそうだ、ここは薬草屋なのだから。色取り取りの草花の数々に、お花屋の方が正しいのではないかと思わせるほど店内は華やかだ。レイクが持って来た薬草は、それ程に色味はないただの緑草なのだが。店の奥まで持ってくると、何やら美味しそうな匂いが漂ってきた。

「気になるかい?ウチでこれから振る舞おうと思ってる薬草スープなんだが」

気になって匂いの方を見ていると、勘づかれたようで声をかけられた。それにすぐさま頷くと、棚から一皿取り出して、よそりつけをしてくれた。早く食べたい一心で手早く荷物を降ろし、駆け寄った。手渡しされたそれは、透き通った黄金色をした、如何にも美味しそうなスープだ。

「今の流行り病に効く奴なんだよ。飲んどけば予防にもなるかもな」

まだ湯気がたっているそれを一口飲んでみると、これまでの旅路の疲れからくる喉の乾きと、体の芯から温まる高揚感と、全身の血流が良くなったような解放感。これは体に良い物だ、レイクでもそれが分かるくらいに美味だった。

「どうだい、レイクちゃん。効いたかい?」

「効いた!もう一杯!」

「もう一杯じゃねぇよ。仕事しろ仕事」

ショウカに軽く頭を小突かれて残りの箱を降ろす作業に戻る。だけども、ちらりと振り返る。

「一つ教えてやろう、その薬草スープは鉄板悪趣味姉ちゃんのもんだ」

その一言が聞こえた瞬間、レイクは露骨に目を瞑って舌を出して咳き込み。素早く作業に戻った。

「はは…。よくグローディアさんの薬草使ってるって分かるねぇ。流石ショウカさんだ」

「あの人は商品未満のものは売らない主義って知ってるからな」

微妙に答えにならない答えで返すのがショウカという人だ。実際は見て分かっている、調理台に載せられた原料になったと思われる薬草の数々。その品物の品質を遠目で見て分かる、ショウカという人の鑑定眼は底知れぬ物があった。

「今回、運んできたのはネールさんのとこだが…相当に重症なのか?」

「…まぁ、そうなるかな。街が閉鎖するくらいだからさ。今時、外に出てる人なんかいないよ」

街のざわめきというものが一切聞こえない外の気配がそれを証明していた。響いているのは、レイクが木箱を持ち降ろししている作業の音くらいだった。外の街並みも見てみれば、中には窓を木材で封鎖していたり、扉の前に立て札を置いてあったりと随分と厳格に制限されているようだ。

「俺達くらいか…。まぁこれが仕事だから仕方がないがな」

「そのお陰で多くの人の命が助かるってんだから有り難いもんだよ。またよろしくな、ショウカさん」

全ての荷物を降ろした事をレイクが報告すると、レイクに先にリヤカーに向かうよう指示して、薬草屋に別れを告げた。リヤカーの中に入ろうとすると、中に何かいた。

目が合った、薄暗い幌の中で、中にいる人物と目が合った。ここでは外に出ている人はいない筈である。つい先程まで、まったく足音がしなかった。取りあえずレイクに連絡する。

「おい、荷物は全部降ろしたんだろうな」

「見れば分かるでしょ?全部降ろしたよ」

もう一度、リヤカーの中を見る。確かにいる。小さい女の子だ、それこそレイクと同じくらいの。妙に身綺麗だが、服は一部、破いた後がある。そして、その目は自分を警戒するかの如く黄色く見えた。

「じゃあこれなんだ」

ショウカの様子がおかしいのに気付いたのか、レイクはいつの間にかショウカの隣に来ていた。共に中を見るとレイクの目が輝いた。

「わー!お姫様みたい!」

薄暗い中でも分かる、顔の整ったセミロングの黒髪、レイクと遜色ないほどの美少女だ。だが、ショウカにはそういう事は関係ない。問題は何故、ここにいるのかだ。

「お前が入れたんじゃないんだな?」

「知らないよ?」

「あ…、あの…匿ってください!」

ようやく、中の少女が喋ってくれた。どうやら何かに追われているらしい。だが、ショウカからすれば匿う理由はない。それこそ、こんな如何にも高貴そうな少女を匿うというのはリスクがある。考えていると遠くの方から足音が響いてきた。ただの足音ではない、鉄具足のような重い足音だ。この世界の規模から考えるに兵士の類に違いない。

「断ったら?」

ショウカとしては一つの道筋が見えていた。流行り病が蔓延しているこの状況で、わざわざ外に出てこんな貧相なリヤカーの中に隠れ道を見出したようなお姫様は素直に引き渡した方がいいに決まっている。下手に匿えば罪に問われる、それは間違い無い。何より、その顔は見覚えがあった。リヤカーの中に載せてある雑誌、パンフレットの中に。

「あ…あなたに攫われたと告げ口します!」

ターミナルの到着時刻などと合わせればそんな事は出来ないと証明する事は出来るのだが、本人に言われると即刻、有罪を食らいかねない。何せここは普段、自分達が暮らしている世界ではないのである。法はこの世界にもあり、この世界の味方である。もう匿うしか道はない、溜息を一つ吐くと、手を付きだして一言ひねり出した。

「……どうしてもっていうなら声は出さないって約束出来るか?」

頭を一度、下げる事で了承の合図と受け取ったショウカは、近づきつつある足音に対し、レイクに中に入れと指示すると、自分はリヤカーの取っ手を持って歩き出した。

明らかに兵隊であると思われる隊列がこちらに向かって走り出している。先頭を切っているいかにも大臣のような髭を蓄えた老人が息を切らしながらこちらを制止しようと手をつきだしている。手を膝に付けながら息を整えると、威厳を失わないようにか咳払いを一度してから話し始めた。

「…こほん、失礼。中身を拝見させて頂いても?」

「ああ、構わないぞ。ただ坂になってるからブレーキはかけさせてくれ」

取っ手にあるレバーを引くと、車輪の傍からガキン!と音を立てて支え棒が出た。もう一本レバーがあるが、そちらは使わなかった。ただ、音は相当響いたようで一部の兵士達は思わず耳を塞いでいた。

「五月蠅くてすまんな。これも結構、使い込んでるもんだから」

大臣の様な人が真っ先にリヤカーの中を覗き込むと、そこには何もなかった。唯一見つけたのはショウカが読んでいたパンフレットだけで、それ以外に何も載せていない。

「…失礼ですが、この世界には観光に?」

「観光に来ただけでこんなものは牽いていかないさ。さっきそこの薬草屋に運びの仕事してたんだ」

指差したのは先程の薬草屋。何も間違った事は言っていない。嘘は吐いていない。

「では…この姫に見覚えは?」

そう言って差し出されたのは、『幸運の虹色の瞳』を持つ姫様のページだ。ついさっきまで暇潰しに見ていたパンフレットの。

「…随分と綺麗な姫さんだよな。逃げ出したのか?」

「え…っ、いえっ、そんな事は…あるわけがないじゃありませんか」

「だったら関係ないな。もう行って良いか?流行り病があるんだろう?」

「あぁ、これは失敬。どうぞ、お通り下さい」

レバーを元に戻すと、ガキン!と音を立てて支え棒が引っ込む。そのまま歩いて行くのを兵隊達は見送っていたが、しばらくするとまた走り出した。間違い無く反対の方向へ行った。

逆竜川(げきりゅうがわ)の橋を渡りきると、ようやくそこでリヤカーは止まった。全て万が一を見越して、万全を期して、そこまで渡った。ここまで来れば追っ手は来ないだろう。取っ手を置き、リヤカーの中に入ると、そこには二人の少女がいた。レイクと、謎の姫君だ。二人を交互にみやるとどっちがどっちだか分からなくなるくらいに似ている。お姫様の目の色は緑色に見えた。

「もう大丈夫だ。外へは出られたぞ」

レイクに手を取られ、リヤカーから降りるとおどおどと周りを見渡し始めた。どうやらこの辺りを見た事がないらしい。これはもしかしたら、本物のお姫様かもしれない。

「びっくりしました…こんな仕掛けがあったなんて」

リヤカーの中央部分はある操作をすると開いてすぐに閉じる。その中は大型の荷物一個なら隠して運べるくらいにはスペースが空いているのだ。検閲を通る際にショウカが使う常套手段である、運び屋として、仕事を受けた時の緊急時に使える様にとガンにこの機構を頼んで作って貰ったのだ。ある操作とは、先程のレバーである。大きな音で落下音を消し、ブレーキに目が行く様に仕込んである。もう一本のレバーがちゃんとした普通のブレーキだ。

「それにしてもそっくり!私、レイク・スレイブって言うの!あなたは?」

「え!?私、レイラ・シャルロッテって言うの…」

「レイクとレイラ、そっくりだ!!」

「「ねー!!」」

「おいそれやめろ。仕込んでたのかお前ら」

まるで仕込んでいたかのように声を合わせる二人。傍から見れば姉妹にしか見えない程に、既に息があっていた。二人に面識はないはずだが、まるで今まで生まれた時から一緒としか思えない程に、既に息があっていた。こういう子供の掛け合いが嫌いなショウカは砂糖菓子を取り出すとそれを咥えた。問題はここからどうするか、なのだ。

「ご要望通りに匿ったぞ。用はこれでないな?それじゃ帰らせて…」

「ま、待って下さい!」

踵を返そうとしたショウカに対し、眼前に現れたレイラ姫。その目は何か、決意を燃やしているかのように赤く輝いていた。確かに、何かを覚悟している目だ。それを見ては立ち止まるしかなかった。

「わ…私を…」


「私を奴隷として雇って下さい!!」


砂糖菓子を口の中に放り込み、バリバリと噛み砕くともう一本取り出して口に咥えた。そして、静かにリヤカーの中に入るとレイクを指差して指示を出した。

「行け、奴隷。25番地に帰るぞ」

「あっ、えっ。待ってください!!」

「そうだよ!ショウカ!そういうの良くないよ!人の話も録に聞かないで…」

「そういう問題じゃねぇだろ。お姫様を奴隷にするなんざ首切りもんだぞ」

自分の首に手を当てて示す。一国のお姫様を奴隷にするなんて普通では考えられない。そんな事があの国にバレたらショウカは指名手配犯になってしまう。ショウカ自身、悪い事はしたくないのだ。本来なら匿う事自体、躊躇った事だ。あれだけ血眼になって探されているのなら差し出すのはまだ良い行いである。それも、一国のお姫様なら。

「えっ?レイラちゃんお姫様なの?」

「それでも!奴隷になりたいんです!力仕事は向いてませんが…掃除、雑用くらいなら…」

並々ならない熱意で語るレイラに対して、ショウカの反応は変わらなかった。

「これ以上、奴隷を雇えるか。ましてや力仕事も出来ないんじゃウチには向いてないな」

「いいじゃん!レイラちゃん何歳?」

「えっ、11だけど…」

「じゃあ私のいもうとだ!いもうと決定!」

それに対し、ショウカは手を振って早く行けと促した。リスクが高すぎる事はしない、それがショウカという男の本質である。この世界でもこの先、商売をやっていく事を考えると姫の誘拐など言語道断。ましてや奴隷として働かせるなんてもってのほかだ。そんな事は絶対にしない。例えこれだけ懇願されようとも。

「私…。変わりたいんです!皆を幸せに出来る本物の姫になる為には、外の世界に行きたいんです!」

「………ちょっと外、出るか」

そう言うと、ショウカは勝手に歩き出した。レイクにリヤカーを脇に止めるよう指示を出して。その目には何か、哀愁のようなものを感じ取れた。川に向かって、ゆっくりと。

「『幸運の虹色の瞳』…私、そんなものになれてないと思うんです」

歩んでいる途中、レイラは語り出した。ショウカはそれを砂糖菓子を口に咥えながら、聞いていた。

「だって私…歴代の王家の一族の中でも魔法が使えない…ただ目が変わってるだけの…」

そう語るレイラの瞳は鈍く、青く輝いていた。本当に悲しんでいるかのように。それを聞きながらもショウカは歩みを止めなかった。

「今、私の国は災禍の中にあります。本当に私が『幸運の虹色の瞳』を持っているのなら…!」

「そういう悩みは、俺の趣味じゃない。悩み相談なら腐るほどされてきたからな」

川の水飛沫が直に当たる所まで降りてきた。もう、すぐ目の前は激流だ。そこでようやくショウカの足が止まった。その辺の石ころを拾うと、それを見つめながら溜息を一つ、吐いた。

「時代や世界の流れっていうもんはよく川の流れに例えられる」

石ころを片手て弄びながら今度はショウカが語り出した。静かに、しかし、確かにレイラに向かって語りかけている。

「川の流れを変えるのは流れに逆らって泳ぐ魚じゃない。変わらない、何かだ」

そう言って石ころを少し勢いを付けて投げると投げられた石は浅瀬の一つに引っかかり、確かに流れを変えた。かかる水飛沫の量が明らかに増えていく。

「…まぁ、それも相当強いもんじゃないといけないけどな」

しばらくすると、投げられた小石は弾け飛んで流れは元に戻った。たった一つの石ころでは流れを変える事は出来ない。それはまるで、試されているかのような気がした。レイラにとって、その覚悟とはその石ころ程度なのか、もしくはこの激流に耐え続けている浅瀬なのか、もしくは。

「私は…。絶対に後悔しません!そう決めて、逃げ出したんですから…!」

走りやすくしたのか、脚の部分が破れた高級そうなドレスの裾を握りしめてそう言った。それには確かに覚悟が見て取れた。それで十分じゃないかと言える程に。こういう時に弱いのがショウカの方だった。今にも泣き出しそうな決意の表れ、後ろからじっと見られている奴隷からの視線、これが嫌だから匿いたくなかったんだ。溜息をまた、一つ吐くと。リヤカーに向かって歩き出した。

「文字の読み書きは出来るな?あと掃除が出来ると言ったからにはやってもらうぞ。特にあれがやらねぇからな」

「私の名前は「あれ」じゃないもん!」

レイラの目が輝いた。赤く、ルビーのように。

「はい!頑張ります!!」

走って追いかけるとレイクが慌てて追いかけ、手を繋いだ。その顔は笑顔爛漫である。

「私の事は、おねえちゃんでもレイクでもどっちでもいいからね!」

「え、えーっと…レイクちゃん?」

「私の方がとしうえだよー?!」

「推定な、推定」

手を繋いだ二人は、まるで導かれるかのようにリヤカーに向かって走り出した。そこがまるで自分の居場所であるかのように。



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