1-3 世界商人の事
異世界間の移動にはターミナルと呼ばれる特殊な施設を使う。その中で「船」に乗り、しばらくの時間を経て違う世界へ移動出来るのだ。それはまるで飛行機にのって違う国へ行くかのように当たり前の事で、ターミナルもそれに準拠するような設備を整えている。これは各世界に一つずつしかないものであり、番地を付けられた異世界には全て存在する。もちろん、3番地にも25番地にも。25番地のターミナルで一夜過ごしたあと、朝になってから出発した。
今、ショウカ達は3番地のターミナルにいる。上位の番地なだけあってそれだけの人が行き来する、人混みからはぐれないよう、レイクはショウカの裾を握りながら進むがアレクはなんとかそれに付いていくので精一杯だ。人にぶつかっては謝りを繰り返してひたすらに歩いて行く。ショウカの歩幅はレイクに合わせているのか、少しばかり歩みが遅いのが唯一の救いだった。
3番地は特別仕様でターミナルから直通で、世界商社本部へと繋がっている。というか、そこへしか行けない。一本道で繋がった通路は特別な許可がでない限り外へは出られない。つまり、この世界商社本部の為だけに一世界が存在しているのである。その他の土地はリラックススペースと称して野ざらしの自然が広がっている。だが、実際利用する人はまったくいない。訳の分からない原生生物や植物がそのままの形で残されているからだ。外へ出るのはよっぽどの変人か暇な人間である。
ようやく一本道まで進むと、そこには見た事のある人物がいた。アレクと同じ服を着た、薄茶色の長髪の女性だ。
「思ってたより早かったな。もっと駄々をこねて残っているものだと」
「流石に僕でもそんな事はしませんよ…」
「それで、なんで一緒なんだ?ショウカも用事があるのか?」
視線はショウカに向いた、もちろん、近くにいるレイクにも。この3番地で奴隷がいるというのはまずい。何故ならそれは商品でもあるからだ。リヤカーも持たずに来ている所から正直に3番地に用事があって来たのはよく分かる。だが、奴隷を連れて来ているのは良い事ではない。
「ああ、呼ばれた訳じゃないが話があるからな。同じ人と」
「グローディアに?…となると、話す事は同じか」
二人の会話に何か入れないスキマがあるような気がするが、それについて言うとまたもや格下呼ばわりされかねないので話に出さない事にした。
「でも探してたって言ってたのでショウカさんも聞いてたんじゃないですか?」
「聞いてる訳ねぇだろ。本人に会うのも久しぶりだ、むしろお前からそれを聞いたからなおさら行く気になったんだよ」
自分から聞いたから?ますます分からなくなってきた。この二人の会話はどこか高度すぎる、理解するにはもう少し時間が必要なようだ。今は分からなくってもいい、まだ知り合ってから数日と経たないのだから。
「それなら、身だしなみは整えたほうが良かったんじゃないか?」
視線は明らかにレイクに向いている。ショウカの普段通りのラフな格好に言っているようにもとれるがどちらにもとれるその言葉はレイクにだけではないという優しさなのだろう。
「このままの方がいいだろ。奴隷を連れて来いって話なんだからな」
「そうなんですか?グローディアさんが会いたがるとは思えませんけど…」
グローディア・サンドライトは多元異世界群きっての大商人であり、唯一のAランク保持者である。その秘密は裏の顔にある。人身売買、薬物の密造、違法武器の売買…黒い噂は絶えないが彼女が一番儲けている事には何も間違いがないのである。才女として名高く、史上最も早くAランクに至った事から表彰まで受けている。要するにすごい凄い人なのだ。そんな人がちんけな運び屋を探し、更には奴隷にも会いたがっている。どうにも分からない話だ、難しい事は捨て置いて今は歩き出す事にした。
「鉄板悪趣味姉ちゃんが出迎えてくれれば楽なんだがなぁ」
「そういう事をする人間ではないと知っているだろう?彼女なら最上階でお待ちだ」
世界商社本部、天をも貫くような高層建築物である。後から継ぎ足し続け、今も尚、その高さを伸ばし続けていると言われている。一本道の通路は上がガラス張りになっており、そこに入った時から嫌でも目に入るとてつもない建物だ。レイクにとっては全てが新鮮で、ここに来た時から一言も発さないくらいには周りの景色に夢中になっていた。数多くの異世界を運び屋として旅してきたが、3番地にはこれまで来た事がなかった。大抵の荷物は現地にあって、3番地には通う用事事態がなかったのだ。もちろん、これよりも凄い施設は見た事があるのだが、それよりも新鮮、という事が大事なのだ。
「へぇー、アレの人ってあんな凄いとこで働いてるんだー」
「えっ、まぁそうだけど…そんなに凄いとこでもないよ。僕がやってるのも基本雑用だし…」
思わず照れるアレクに対し、ネールが釘を刺す。
「ちゃんとした商人の仕事が出来ればこの上ないのだがな」
「ぐっ…!ごめんなさい…」
「そもそも世界商人ってなにしてるの?」
レイクにはそこの所がよく分かっていなかった。仕事をくれる人、という程度の認識で何が仕事なのかを理解してないまま自分の仕事をしていた。ショウカに言われるままに仕事をこなしていけばいい、それで過ごしてきた。特に疑問に思わなくっても生活に支障が出なかったから今まで聞いてこなかった。
「そうだな…。異世界で売っている物を違う世界に紹介する仲介役だな。商人の名を持ってはいるが自分でブランドを立ち上げているのは少ない。それこそ私と…グローディアくらいか。他にも何人かはいるだろうが、信頼を置けるのはその二つくらいな物だ。普通の世界商人は他の商店と契約を結び、欲しい顧客に売りつける。アレクはそういう仕事が本来だ」
長い話は基本的にレイクの耳には入らない。途中からは聞き流したが、きっと難しい仕事なのだろう。ネールさんが説明してくれたのなら、それに対して応えなければならない。その時、レイクの頭に一つの返答が浮かんだ。これだ、閃きはすぐさま言葉となって出た。
「しょうかしょうか (そうかそうか)」
その言葉が終わるや否や、爆音と共にレイクは地面に叩き付けられていた。軽くショウカは右手を振ってつい本気を出してしまった痛みを飛ばしていた。
「次、同じ事言ったらその角へし折るからな」
なんとかレイクも立ち上がると、置いてかれる前に付いていこうと走り出した。アレクはそれを苦笑いしながら眺めていた。こうしてみれば、ただの仲の良い親子の様にも見て取れる。だが、実際は奴隷なのだ。二人の不思議な関係がアレクを惹き付ける何かなのであった。
世界商社本部はとても近未来的な構造である。2番地の技術を駆使した、最先端の科学技術がそこかしこに散らばっている超高層建築物だ。中央にそびえ立つどこまでも伸びる柱がこの建物を支えているらしいがそれが本当かどうかは定かではない。ともかく、凄い金がかかっているのは間違いがない。全体を白で統一された洗練された近未来的デザインはまさに3番地のシンボルである。
レイクがまず興味を持ったのは中央の柱に巻き付いている蔦だった。触れてみようと手を伸ばしたが触れられない。何度、手を伸ばしても空を切ってしまう。鮮明な緑が目の前に映っているのにどうやっても触れることが出来ない。ホログラムという技術らしい、よく見れば周りの景色もほとんどがホログラムのようだ。一階部分は緑が多めでその下の土までもがホログラムである。レイクはそれらを片っ端から掴もうと手を伸ばしたが、全て空を切った。
不思議がっているレイクを角を持って引きはがすと、上階から声が聞こえてきた。明らかにこちらに向けて喋っている。
「見て、アレク君よ。噂通りの美形ね」
「ほんとだ。女の子みたい~。可愛いわね」
ショウカは砂糖菓子を取りだして口に咥えると俯いているアレクに対して言葉をかけた。
「モテる男は大変だな」
「…やめてください」
中性的な顔立ちと低身長はアレクにとって何よりのコンプレックスだった。何よりそれのせいでアレの人と呼ばれるようになってしまったのだから。モテるというのも事によってはショウカの言うとおり大変である。
「ほら、でも10番地の…」
「ああ、そういう趣味があったのよね…残念」
ショウカは砂糖菓子を素早く噛み砕くと俯いているアレクに対して言葉をかけた。
「モテる男は大変だな」
「放って置いてください!」
「あまり苛めてやらないでくれ…本人にとっては辛い事なんだからな」
ネールがフォローに入ると、ショウカも流石にそれ以上言う事はやめた。本人にとっては本当に辛い事なのだ。相手が例え女王と呼ばれる程に高貴な相手だとしても。
「見て、奴隷よ…首輪も付けてない…」
「本当だわ…何で野ざらしにしてるのかしら」
聞こえて来る話題がレイクの方に移った。レイクは確かに首輪も何もしていない、いわば野良犬のような存在なのだ。この小綺麗な世界商社本部にはとても似つかわしくない、若干の土埃をかぶった小汚い奴隷なのだ。その言葉はレイクの怒りに火を点けた。
「何さ!私は犬じゃないもん!!」
反論すると、ショウカは無言で角を取って持ち上げてズカズカと歩き出した。アレクも、ネールも、まるで聞こえなかった様にしている。それがレイクには何だか気に食わなかった。もっと反論してやりたいがショウカに頭を取られている。何なら殴りかかりに行きたいのにいけない。もっと、もっと、言い返してやりたいのに。
「犬みたいなもんだろ。相手にしてないでさっさと行くぞ」
「いーぬーじゃーなーい!!どれいだもん!!」
何故そこまで奴隷という立場に誇りを持つのかは分からないが、奴隷という事をどうしても強調したいようだ。少なくとも犬扱いよりはましなのかもしれないが、それでも奴隷である事に執着しているようだ。
「嫌いなんですか?犬…可愛いと思うんですけど」
「嫌いなんだと、あと猿と雉だったかな嫌がってるの」
オーガにまつわる昔話ではそれらに同胞を大量に殺されたのだという、その話をするとアレクは首を傾げながらもこの嫌いようを見ると、どこか納得しなければいけないような気がした。だが、いまにも噛みつきそうなこの姿勢は犬そのものだ。本人が嫌がっているのだから口には出せないが。
「さっさと行くぞ、向こうさんもそんなに待っててくれないだろう」
ネールが促す様に、グローディアという人はそれほど寛容な人ではない。何せ商人の頂点に立つ身分であるから、その仕事量は多忙を極める。アポイントメントも取らずに会える人ではないのだ。今回はネールが事前に取っていたが、こうして団体を連れて来る事は伝えていない。多くの我が儘を通してくれる人ではないと分かっているから早めに到着して説明しなければならない。
自動で動く階段に乗り、自動で動く箱に乗り、十分ほど経ったのちにようやく辿り着いた。扉が開くと自動で動くロボットが出迎えて、こちらを見つめていた。少し経つとまるで案内をするかのように振り返り、動き始めた。
「一々めんどくせぇんだよなぁ…。会うだけならここまでする必要ねぇじゃねぇか」
「彼女はそれだけ警戒心が強いという事だ、そういう商売をしている事だしな」
その言葉に半分頷きながらも、ショウカは砂糖菓子を取りだした。口に咥えても、ロボットが特に反応する様子はない。これがいつも通りという事なのだろうか。
「聞きそびれてたんですけど、グローディアさんとは知り合いなんですか?」
「あぁ。仕事は幾らか貰ってる。だけど言えばそれだけっていう関係だな」
ただの上下関係ではない、何かを感じ取っていたのだがどうにも普通の仕事相手という関係のようだ。ショウカという人の底は知れない。そんな何かを感じているのだがそれを引き出せずにいるような気がしてムズ痒い。自分にもう少し話術というものがあれば、そうも思うのだった。
「君の事は大分見込んでるんじゃないか?でなければ会う事すらできないだろうに」
「あー…。そうかもな。あの人は気に入らない人とは会わないか」
わざとらしい言い方でショウカは誤魔化した。何か、隠したい事があるのだろうか。
「ほら、ショウカさんって意外と人脈広いじゃないですか?もしかしてネールさん以上に偉い人とも知り合いで…とか」
アレクの発言に、ネールとショウカは一度立ち止まった。それは本当に言っているのかと、試すかのようにアレクを見つめている。そんな異常な雰囲気の中で、アレクは何も言葉が出せなかった。何か出そうと思うと誤魔化す言葉しか出てこない。この二人がどんな答えを待っているのかが分からない。もう出せる言葉は一つだけだ。
「な…なんちゃって…?」
ショウカは静かに砂糖菓子を取り出すと口に咥えて歩き出した。ネールは呆れ顔で溜息を吐きながら歩き出した。レイクは何も考えずロボットの後を付いていった。アレクは一人、取り残された気分で俯きながら歩き出した。
「まだつかないのー?」
長い、長い回廊をロボットに案内されるがままに付いて行っているが、一向に辿り着く気配はない。流石にレイクはしびれをきらしたようで不満を漏らした。それを聞いてネールが一つ、提案した。
「ショウカ、一つ分けてくれないか」
「奴隷にくれてやるもんじゃねぇ。甘やかすのも癪だ」
「まぁまぁそう言うな。貰っていくぞ」
ショウカのポケットから勝手に一つ取り出すと、それをレイクに向かって放り投げた。上手くキャッチすると、レイクもそれを試しに咥えてみた。
「う~ん。大した味しないなー」
「当たり前だろ。ただの糖分補給用だからな」
そう言いながら腕を組むと、レイクは歩調を少し落としてショウカの視界に入らない様にすると同じ様に腕を組んで歩き出した。どうやらそれで口は塞げたようだ。二人並んで歩くその姿は正しく親子の様に見えるのだった。やはり二人は似ている、その様で似せない様にしている。そんな感じがした。アレクの個人的な感想でしか過ぎないのだが。
ようやく大きな扉の前に辿り着くと、ロボットはそこで足を止めた。どうやらここが目的地のようだ。見た感じでも分厚そうな、何者をも通さないと言わんばかりの鋼鉄の扉だ。ネールは手で先に行くように促した。どうやらショウカ達が先でいいらしい。よく分からないが、アレクはショウカ達に付いていく事に決めて歩き出した。
その部屋はシンプルに黒く、その中で混じる緑が逆に浮いているようにもみえる。奥に見える大きな窓からは真っ白な雲が望め、この部屋自体がただものではないと感じさせる程だ。そして、部屋の奥、窓を眺める翠髪山葵色の目をした長髪の女性こそがグローディア・サンドライトだ。その服は、全身深碧色のコートであり、五つの宝石の束は自らが頂点に達している事を意味するかのようにたなびいている。
「君にしては早かったな。ショウカ・ジョーショルム」
「フルネームで呼ぶのはやめてくれ。そう言ったはずだ」
二人のやり取りに若干の緊張感を感じつつも、アレクはまだ見知った顔だからこそ、我慢出来る。レイクの方は知らない顔だからこそ、何の感情も抱いていないようだ。
「それが件の奴隷か…。もういい、帰っていいぞ」
「だそうだ、お前はネールさんと一緒に外で待ってろ」
「なんだとこらぁ!なめとんのか!!」
一目見ただけで帰っていい、これはどう考えてもなめられている。そう感じたレイクは思いっきり殴りかかろうとしたがアレクは必死にそれを両手で引き留めた。頑張ればレイクの力なら余裕を持って引き離せるはずなのだが、アレクの力加減を知っててくれてか。動かないでくれている。
「…というか、なんでアレクまでいるんだ?君を呼んだ覚えはない」
「ですよね!そうですよね!!お邪魔しないよう…っ!帰ります!ねっ!レイクちゃん!」
「はなせぇ!さっきっから人の事見下しやがって!!どれい根性見せてやる!!」
アレクは自分の持てる力全て、体重をかけて何とか扉の方へ引っ張ろうとするがレイクはまったく動かない。それもそうだ、種族からして力で勝てる訳がない。それでも止める理由がある以上、止めなければならない。相手が悪すぎる、手を出したら何が返ってくるか到底分かる訳もない。それは恐らく死、それ以上の何かが返ってくるかもしれない。
「うるせぇな。格下共々、外に行ってろ」
ショウカは軽々とレイクを持ち上げると、扉を開けて放り投げた。慌ててアレクがそれについて行くと素早く扉がしまった。それに対し、レイクも素早く扉を開けようとするといくら押しても引いても扉はビクともしない。叩いてみてもまったく意味がない。
「開けろー!!一言なんか言わせろー!!」
「あぁ、暴れちゃダメだよレイちゃん!」
何度も扉を叩いてみるが、ただ、音が響くだけでまったく効果が無い。その内に手が痛くなったのか諦めて扉の前で座り込んでしまった。
「なんだ、もう帰ってきたのか」
扉の前に備え付けられたベンチに腰掛けていたネールが話しかけて来た。本を読みながら。
「もう少し長引くと思ってたんだがな。特にアレク」
「僕ですか!?あの場所にあれ以上いられる自信ないですよ!!」
事実、内心びびっていた。顔見知りとはいえ、グローディアという人に対する感情は複雑だ。正直にあの人と会話出来るかと言えばそうではない。それくらいに恐ろしい人なのだ。
「なんだ!言い返す事もできないのか!!そんなんだからかくしたって言われるんだよっ!」
「逆にレイちゃんはなんでそんな強気でいられるんですか!?相手はグローディアさんですよ!?」
レイクには難しい事は分からぬ、レイクは奴隷である。名前はなんとなしに聞いた事がある気がするがとりあえずむかつく奴だという事は分かった。まずはそのところから説明しないといけなかった。
「グローディア・サンドライト。世界で唯一無二のAランク商人だ。私を差し置いて、な」
そう言うとネールは自分の腰にぶら下げた宝石の束を持ち上げた。それは五個、本来ならAランクを示す個数である。なのにネールは表ではBランクの商人として名が通っている。
「そういえばそれの個数でえらいとか決まるんだよね?ネールさんも同じくらい偉いの?」
「まぁ…そうなるな。だが、私は彼女の妨害工作によりランクが下になっているのさ」
「なんだ!やっぱり悪い奴じゃん!!」
語るネールはどこか優しげに、友の事を語らうかのように穏やかな表情で喋っていた。今回のアポイントメントだって急に取り付けられた事や例外の人数を引き連れても断らなかった事から上位の商人の間でしか通じない何かがあると思わせられる。アレクはそれだけは感じ取る事が出来た。
「そんな悪い奴と知り合いなの?アレの人」
「知り合いっていうか…なんていうか…その…」
言い出しにくかった。それくらいに負い目を感じていたからである。本来なら出逢った時にでも話せた事なのだが、自分の口から話すのはどうにも憚られた。
「元弟子なんだよ、グローディアの」
言い出せずにいるとネールの口から真実を告げられた。そう、アレクはグローディアを師匠として仕えていた時があったのだ。世界商人になってからすぐの時、真っ先に一番偉い人の下に就きたいから、その熱意だけでグローディアの弟子の座を勝ち取った。最初は嬉しかった、何よりも偉い人の下に就けたのだから。だけども、真実を知ってしまった。彼女が何をしているのか、どんな方法で地位を確立したのか、どれだけの他者を蹴落としてその場にいるのかを。それを知った時、アレクは自分から身を引く事を決めた。弟子の座を断り、一商人として我流でもやっていく。そう決めた時にネールから引き抜きの話が舞い込んできたのだった。
「…そう言われると、少し語弊があるような…ないような」
アレクとしてはあの人の下にいた時間は無かった事にしたいのだ。それくらいに正義巻の強い人間だった。実力はないが、こうと決めたら貫けるような行動力は多少、持ち合わせていた。
「事実だろう?私だって君がそこにいなかったら引き抜きなんてしなかったさ」
「そうなんですか?よく分からないですけど…」
質を重視するネールの商売とアレクの性格はあっている。そうだと思ったから引き抜かれたのだとばかり思っていた。
「ふーん…いろいろあるんだね。まっ!私はあいつ気に食わないけど!」
「気に食わないっていうのは分かりますけど、殴りかかるのは良くないですよレイちゃん」
「分かっていいのか?どこで聞かれてるのか分からないぞ。格下」
ネールの視線はロボットに向いている。ここまで案内してから微塵も動いていない、だが盗聴機能が付いているかもしれない。その可能性はグローディアの慎重な性格からして否定出来ないものであった。
「あっ!ええっ…そう…ですかね…」
「まったく…そういう所があるから私もショウカも口出しにいかなければならないんだ」
「えっ?僕のせいなんですか?」
アレクは完全に理解が追いつかなくなった。自分のせいでネールとショウカが動いた、というのは今までの情報を整理すれば何となく理解出来るような気がした。ただ、何故自分のせいなのかが分からなかった。何かしでかしたのだろうか。何か失敗したのだろうか。思いつくもの全て挙げても分からない。
「う…うぅーん…何だろうな…全然分からないです…」
ネールは大きな溜息を吐くと、再び本を読み始めた。レイクは相変わらず扉の前に座っている。そうなると自分にはその答えを探す以外にやることはない。うろうろと歩き初めて考え込む以外にアレクにはやる事がないのだ。答えは恐らく出ないだろう。
「一つヒントをやろう。アレク、彼女とつい先日会った時にどんな会話をした?」
「えっ?…えーっと…」
(君は最近、運び屋ショウカの所へ行っているようだね)
(えっ、そうですけど…何でですか?)
(もし会ったなら伝えてくれ、私が探しているとな)
「う…全然分からないです。ネールさんもその場にいましたよね?」
この会話の中に何か不自然な点はあっただろうか。どう考えても答えは出ない。悩み続けているとまるで答えを出すかのようにネールが切り出した。
「あのグローディアが、ショウカの言葉を借りるなら格下の君の動向になんで詳しいんだ?」
グローディアは耳の辺りを掻くと、テーブル近くのソファーに座り、対面に座るように促した。耳の辺りは長い髪に隠れてよく見えない。どうにも怪しい雰囲気をかもしているがショウカは何も臆する事なく、いつも通りどっかりと座って、まるで対等であるかのようにみせた。流石にその口には砂糖菓子はもうなくなっていた。
「貴方が奴隷を雇っているのは聞いていたけれど…随分小綺麗だったわね」
「力と顔くらいしか商品価値の無さそうな奴隷だ。あんなのあんたのとこなら幾らでもいるだろ?」
「あれは貴方の趣味かしら?だとしたら少し見方が変わるわね」
「趣味じゃねぇ。ただ拾ったから働かせてるだけだ。それ以上の事は求めてねぇ」
二人は平然と話を続けているが、喋っているのはただの運び屋と大商人である。何故か対等な立場で喋っているようなやり取りであるが本来それは異常である。それは運び屋の肝が据わっているからではなく、お互いの信頼関係が成せる物である。
「その割りには大事にしているようだけど…私から隠していたようにも思えるし」
「いいか、ガキを無闇に痛めつける趣味もないし、それをひけらかす趣味もねぇ」
本人が聞いたら怒りそうな言葉だが、必要以上に暴力は振るわないというのはショウカ本人の中でも決めている事だった。何よりそれは悪い事だ、自分が悪いとされる事は絶対にしないのがショウカという人なのだ。
「何なら私が預かってもいいのよ?もっと商品価値を高めてあげられるわ」
彼女の言う商品価値というのはそのままの意味だった。奴隷としての、商品価値。
「そりゃどうも。ただ、あんたのとこに預けると五月蠅いのがいるからな。お断りさせて貰う」
「あら、残念。いい取引だと思ったのだけど」
何やら不穏な空気が漂うように見えて、お互いの距離は適切に保たれている。しっかりと線引きされた場所から一歩も踏み込まない、高度なやり取りが交わされているかの様に見えた。
「さて、俺がここに来た本題だが…」
だが、そのままで済むはずもなく。先に踏み出したのはショウカだった。
「奴隷運びの仕事はこれっきりだ。俺はもうやらねぇ」
すっぱりと言い切った。これ以上ない言葉で、もうやらないと断言した。
「…それはあの奴隷がいるから?可愛い奴隷に愛着でも湧いたからかな?」
「不満なら二年以上前から漏らしてるだろ。やりたくねぇ、やる気がしねぇ。言ってたはずだ」
事実、ショウカは奴隷運びの仕事について否定的だった。陰鬱な表情をした奴隷を運ぶのを嫌がっていたのだ。グローディアの製品は良くも悪くも丁寧だ、しっかりと調教されている。死んだ目をした奴隷の羅列を見て気分が良くなるような人間は少ない。ショウカも然り、そのような奴隷を相手にしたくない人間なのだ。だからこそ、レイクのような奴隷を飼っているとも言える。
「それで、君は私からそれを認めさせる何かを持っていると?」
相手は大商人、グローディア・サンドライトだ。余程の事が無い限りは仕事を断れる様な相手ではない。ただの運び屋であるショウカにそんな実力があるのか、そう問いかけている。
「別に?持って無いさ。これはただの要望だ」
「なら話はここまでだ。悪いが私は忙しいのでね、君の奴隷を見たかっただけだから帰って…」
「話を少し変えるが、あんた。格下に見張り付けてるだろ」
突然、ショウカが切り出した。それもまったく関係ない話を。ショウカにも、奴隷にも関係ない話だ。そんな話をしに来た訳では、お互いないのに。
「格下…アレクの事か?彼はネールの弟子でもある。ライバルの動向を警戒するのはおかしい事ではないだろう?」
「それにしては随分調べあげてるじゃないか。ウチの奴隷が小綺麗だとか」
「…何が言いたい」
ショウカの動向が読めない。シンプルにグローディアは疑問に思った。このやり取りに何か意味があるのだろうか。早々に帰らせた方がいい、そう頭の中で危険信号を察知したがショウカ程度の人間にやり込められる筈が無い。その慢心がグローディアの中で生まれていた。
「一つ忠告しておくが格下を自分の物にしたいと思うのなら諦める事だ。ありゃ中身スッカスカだぞ」
「…?何故アレクの話になる。答えておくとあれでも彼は元々私の下にいた事がある。いつでも引き抜こうと思えば引き抜けるのだぞ」
「人間、正反対のものには惹かれるものはあるだろうが…。あれだけはやめておけ」
「待て、何の話をしている。私は…」
「確かに見張り付けとかないと誰に取られるか分かったもんじゃないってのは分かるがな?それでも…」
「何の話をしている!と言っているんだ!!」
それまで冷静だったグローディアが突然、声を荒げた。それもそうだ、向こう主体でべらべらと喋られても会話になっていない。流石にこれには誰でも怒るだろう、むしろ、それを誘っているのかもしれないが。
「あぁ?格下に見張り付けてんだろ?誰にも取られないように」
「見張りは確かに付けている!だが取られないように、というのはどういう意味だ!」
「そりゃ決まってんだろ。惚れてんだろ?わざわざ女周りの情報調べて」
ショウカは有無を言わさず断言した。グローディアがアレクに惚れていると。そして、女が近くにいないか調べているのだと。
「俺と交流を持つって事はあいつとも会う可能性があるって事だもんな。そりゃ怖いよな」
「違う!そういう意味で見張りを付けた訳ではない!さっきも言った様にライバルとして…」
「ライバルとして、だけならウチの奴隷の事なんざ調べないはずだ。例のアレがあってからだろ?見張りを付けだしたの」
そう、グローディアがショウカを探していた理由はレイクにあった。運び屋ショウカに美少女の奴隷がいる、その情報だけでショウカを探すとなると答えは一つだ。レイクを調べたかったから、その目で一目みて、アレクに気があるのかどうかを調べたかったからに違いない。ショウカはそこまで読んで、この話を持ちかけていた。そして例のアレとはアレの事である。
「ぐっ…!そこまで読まれているなんて…あなたは勘に優れている事で有名だものね…」
「どこで有名なのかはしらねぇがお褒めに預かり光栄だね。で、実際どうなんだ?惚れてんのか?」
「才能に惚れているというのならそういう事になるわ。でも男女の…」
「まだシラをきるつもりなら本人に話すぞ。お前はどう思ってるんだって…」
そこまで切り出すと、突然グローディアは懐から銃を取り出した。今までの怒りを引き出させるショウカの話術からだろうか、冷静な判断が出来ていなかった。銃を取り出す事で暗に認めてしまったのだ。グローディアがアレクに惚れていると。
「何が要求なの!?ただ仕事を辞めたいだけじゃないわね!!」
「いーや、それだけだぞ。それだけ取り付ければ十分だ」
ショウカは砂糖菓子を咥えると、肘を膝に付け、完全に自分が優位である事を証明した。この勝負に勝ったのだ。相手が焦って銃を取り出した事で確信になった、これで相手の弱みを握った事になるのだ。一つ、自分の条件をのませる事が出来る。それは奴隷運びの仕事を辞める、ただ、それだけだ。
「本当に?本当にそれだけでいいのね?」
怯えているのか構えている銃は震えている。それは2番地で作られた最新鋭の銃で、片手でも持てる小型銃でありながら鋼鉄の板十枚は軽く貫通するとても危険な代物である。それを突きつけられながらもショウカは完全に平然としていた。何故なら本当にそれだけでいいからだ。
「口の堅さには自信がある。保証していい」
「………ならいいわ。その条件、飲みましょう」
こうして二人の間に契約が交わされた、奴隷運びの仕事はあと一回。ただそれっきりにすると。口約束だけだが、それでお互い通じると信じ合えている仲だからこそ、この契約は成立した。銃を懐にしまうとグローディアは溜息を吐きながら俯いた。
「それにしても…そんな事をするほどあの奴隷に価値があるとでも言うの?」
分からなかった。こんな事をするのはあのレイクという奴隷のせいとしか思えなかった。これまでしっかりと報酬は支払ってきたし、良好な関係を築けているとグローディア自身も思っていた。普段から愚痴を漏らすのも本人の性分だと思っていたし、気怠げなのは生まれつきだとしか考えられなかった。そういう人物だと割り切っていたからだ。でも、奴隷の仕事に関してだけは降りたいと言う。それはレイクに関係があるとしか思えない。
「さっきも言っただろ?…俺はこの仕事が嫌だから辞めたい、それだけだよ」
ショウカはどこか、アレクと自分を重ねていた。嫌だから辞めたい、それはアレクが通した我が儘と同じなのだ。聞かなくても分かる、アレクがグローディアの下から離れられたのは変わらなかったからだ。どこから見ても格下で、中身が無いように見える男でも、確かに何かがある男のように思えたのだ。
アレクは相変わらずうろうろしていた。レイクは精神統一したかのように目を瞑り、珍しく一言も発さずあぐらをかいていた。あるいは寝ているのかもしれない。ネールはひたすらに本を捲っている、誰に声をかけたらいいのか分からない。この空間に耐えられるほどの度胸をアレクは持っていなかった。
「…お、遅いですねぇ…ショウカさん」
独り言ちるも誰も話に乗ってくれる人はいない。みな、それぞれに集中している。アレクだけがやることがないのだった。
「何話してるんでしょうねぇ…あっ!男女二人で話す事といえば恋バナとか?」
とぼけた口調で話すとネールの手の動きが止まった。それはまるで、本当にそう言っているのかと試すかのように。ネールの視線を感じる、明らかにその言葉に何か意味があるような含みを持たせた視線だ。だがアレクには二人がそんな話をするとは到底思えない。何か返答が欲しくてボケてみせたのだが刺すような視線がそれを許さない。どうにか出せる言葉はたったこれだけだった。
「な…なんちゃってー…」
大きな溜息と共にネールは視線を本に落とした。興味を無くしたかのようなその態度にどうにか取り繕うと考えるも何も答えが出ない。結果出た言葉は情けない一言なのだった。
「あの二人がそういう話するわけないですよね!特にショウカさんとか!」
「そうだな…ショウカは疎いというか…興味がない所があるからな」
その物言いに何か攻め所があるのではないか、そう直感が言った気がした。
「もしかして、ネールさん…。ショウカさんとそういう関係だったり…」
「いや、ないな」
即答で、目線も合わさずに返された。どうやらその気はないらしい。何より、その次の言葉がアレクを困惑させた。
「そもそもあいつには先約がいるぞ」
「えっ!?どういう事ですか!!ショウカさんにお相手がいるっていう事ですか?!」
理解出来なかった。あの偏屈で不格好で老け顔で背が高く力が強いだけのショウカに相手がいるという事実を受け入れる事が出来なかった。どう頑張ってもショウカからアプローチしないとでも、とても相手が出来る訳がない。そしてショウカがそんな事をする人にはとてもじゃないが思えない。むしろ一生伴侶を得ないで生活する道を選びそうな人間だ。
「そうだ。結構お似合いだと思うんだがな。向こうはとても乗り気だし」
「僕にはショウカさんがそんな魅力のある人間には見えないんですけど!?」
その言葉を発すると扉がゆっくりと開かれた。まるでその瞬間を待ち望んでいたかの様にレイクは駆けだした、ショウカの横をすり抜けようとフェイントをかけて一旦、止まり、かがんで再発進したのだがその全てを読まれて見事に角を掴まれて持ち上げられた。
「はーなーせー!!絶対やりかえしてやる!!」
「ショウカさん!話終わったんですか?!僕から話があるんですけど!!」
「何の話だ、俺の魅力の話か。あるわけねぇだろそんなもん」
「ですよねー!安心しました…。はっ!いえそれだけじゃなくって!」
ネールは本を閉じると、扉へ向かって歩き出した。次に自分の話をするために。
「その様子だと、上々に終わったようだな。私からも警告してくる」
「念入りに言っといた方がいいぞ。悪趣味も程々にしとけってな」
「はは。こちらとしても、うろちょろされるのは好きじゃないからな」
それだけ話すと、扉の向こうに入り扉を閉めた。未だ暴れるレイクを取り残して。
「あいつ!絶対どれいをなめてる!!私の事みくだしてる!」
「安心しろ、お前の身分はそれ以上落ちない。だから見下されて当然だ」
「ショウカさん!僕からも色々話が…」
「話なら落ち着ける場所でさせろ。これを抑えるのも大変なんだぞ」
これと言って突き出したのはレイクだった。何とか角から手を離そうとあの手この手をやってみているのだが一向に改善しない。掴まれた手は大変という意味を知りたいくらいにガッチリと掴まれている。それ相応の何かを要求しているのだろうか。
「あ…えーっと。ご飯食べませんか?僕の奢りで…」
「めし!?」
「いいな。奢りと言ったからにはちゃんと払って貰うぞ」
アレクは身分の低さも相まって資金には余裕がないのだが、これしか方法は思いつかなかった。レイクも落ち着きを取り戻したようで、角から手を放されてもアレク達に付いていくくらいには怒りが収ったようだ。その足取りはとても軽快で、とてもさっきまで怒っていたとは思えない。上々の交渉になった事は良い事だが、内心どこか不安を抱えるものもあったのだった。
世界商社本部には様々な施設が併設されており、当然、その中にはレストランがある。そこそこ値の張る所だが。壁はほとんどガラス張りで、荘厳な景色が臨める。生い茂る木々、そこに生きる原生生物。そして遠くで吹き上がる火山煙。自然はほとんどそのままで取り残された場所であり、3番地で人間が活動するのはこの世界商社本部とターミナルだけなのである。偶然にも空いていた窓際の席を取ると、まず、レイクが窓際に、ショウカがその後に座った。アレクは当然、対面である。
レイクは窓の外の景色を一心不乱に見ている。飯を食いに来たのに、景観に圧倒されているようだ。これには少しアレクもほっとした。もしかしたら、結構食べる方なんじゃないかと考えていたのだ。この様子なら食に執心はなさそうだ。ショウカは注文用のタブレットを取ると、勝手に幾つか操作したあと、アレクに向かって渡した。
「…あ、あれ?レイちゃんの分は…」
「こいつが文字読める訳ねぇだろ。その分も頼んどいた」
不安が再燃した、奢りであるからと、好きなだけ頼んだんじゃないかと疑ったがそこは奢りと宣言してしまった以上はある程度我慢する覚悟ではいた。
「あっ!青い鳥!青いのいたよ!ショウカ!」
「25番地にもいるだろうが。んな珍しいもんでもねぇよ」
「噴火した!噴火したよ!あそこ!!」
はしゃぐその姿は子供そのものだ。その服さえ着てなければ、と思わせる程に。アレクからしたらショウカと落ち着いて色々な話がしたかった。彼女について、聞きたい事が多すぎた。
「レイちゃんとはすっかり息があってますね。どれくらいの付き合いなんですか?」
「…2年だ。それがどうした?」
たった2年、それにしては息が合いすぎている。お互いの間合いも完璧に把握してるような、何十年の付き合いを感じさせる。
「随分と仲が良いなーって…。レイちゃん、幾つですか?」
「えっ?うーん…推定12歳!」
「す…推定って…」
「記憶喪失なんだと。二年前に医者に診せたときに推定10って言われたからそうなるな」
アレクには知らない情報がどっと入ってきた。拾ってきたとは言われたが記憶喪失も含まれていたのかと。
「そうですか…やっぱり付き合いの長さが違いますね」
「何だ?そんなにこいつの事が知りたいのか?」
まるで幾らでも知ってるかの様な物言いについ何でも聞きたくなる。知らない情報が多すぎる、この二人に対して。
「はい!僕としてはとても興味深いので!」
「だとよ。どう思う?最下層」
「さいかそーじゃない!どれい!話をしたいならショウカを通してよね!」
「どの口が言うんだ。呼び捨てにすんじゃねぇって言ってんだろ」
まず聞くべき情報としては何だろうか、そう考えた時に真っ先に出てきた物を口に出した。
「奴隷に随分執着してるみたいだけど…そんなに好きなの?」
奴隷という身分は決して誇るべき部分ではない。ショウカも言ったように最下層の人間だ。なのに、どこか奴隷という立場に誇りを持っているかのように振る舞っている。レイクにはそれだけ奴隷に執着する理由があるのだろうか。
「私はいつかげこくじょうするからね!それまではどれいにあまんじてあげてるの!」
胸を張って、そう答えた。まるでそれが当たり前かのように。そんな事が出来るとは到底思えないが本人は本気のようだ。やはり奴隷に似つかわしくない、普通の女の子だ。絵に描いた様な勝ち気のおてんばな普通の女の子だ。
「そう言ってますけど…ショウカさん?」
「下克上なんて許すわけないだろ。さっさとどっか行けって言ってるんだがな」
こっちはこっちでどこか偏屈だ。追い出せるのならいつでも追い出せるだろうに、アレクの頭でもそれくらいは分かっていた。正直になれば売り飛ばすなり、捨てていくなり出来るはずだ。自分が悪いと言われる事はしない、人ではあるのだがそれは悪い人ではないの証明でもない。こんなにも意地が悪い人がいるのだから。
「やっぱりお二人は僕の見てきた中でも飛びっ切りで変わった人達です」
「…悪口で言ってんのか?」
「いえ、ただ…こう考えてしまって…」
「お二人は一体何者なのですか?」
それは自分の本心であり、最も聞きたい事だった。大商人二人と面識があり、気軽に面会出来る立場のショウカ、奴隷でありながら奴隷を誇る、元気活発な少女レイク。二人ともただならぬ雰囲気を感じていたのだ。ただの一介の商人でしかないアレクにとって二人はイレギュラーみたいな存在だ。自分が平凡過ぎるからかもしれない、それでも変わり者の二人にはどうしても聞きたい事なのだった。
「何者に見える?」
ショウカは逆に聞き返してきた。アレクから見れば二人は。
「…運び屋ショウカと奴隷少女…ですかね」
「ならそれ以外にないだろ。少なくとも俺は、そのつもりで生きてる」
そう言われると言葉がつまった。これ以上、聞ける事はないのだろうか。
「レイちゃんは?どうですか?」
「私はどれい!そしていつかげこくじょうを…」
「う…うぅーん、そういう事じゃなくって…」
「あっ!私25番地でいちばんゆうめいなどれいなんだよ!さいんあげよっか?」
こっちは聞かなくても勝手に喋ってくる。だが、関係のある事ばかりではないようだ。25番地で一番有名な奴隷というのも、それはそうなのだろうが、それを聞きたい訳ではない。
「何か…僕には知らない特技や人脈や。あるんじゃないですか?お二人は絶対只者ではないです!」
「人脈の点で言えばそうだな、まぁお前の知らない人と知り合いではある」
「じゃあやっぱり…!」
「ただそんなのは普通の事だろ?特別すごい人と知り合いな訳じゃない」
そんな筈はない、大商人二人と知り合いなのだ。もっとすごい人と人脈を持っててもおかしくはない。ただ、その具体例が思いつかない。これ以上すごい人となると限られてくる、それこそ2番地の総司令や5番地の大魔女。そんな人達とショウカが交流を持っているとはとても思えない。何故ならネールやグローディアは仕事仲間という共通点がまだあったが、それらの人々に対して仕事が行くはずがないのだ。ましてやこんな運び屋だと。
「…僕には何だか誤魔化されたような気がします」
「気のせいだ。俺だってたまたまネールさんや鉄板悪趣味姉ちゃんに仕事を頼まれたから繋がりがあるだけで、自分の実力でコネを持てた訳じゃねぇ」
それは何だか、心からの言葉のように思えた。自分の実力じゃない、その部分が何だか強調されて聞こえたのだ。あの変わった運び方からして、確かにあの二人が好んで頼むようなやり方ではない。きっと、本当に偶然に仕事が入って、そのまま知り合いになったのだろう。それだけは確信出来るような気がした。
「俺は流されて生きてる。そんな奴が大した男な訳ないだろ?」
どこか哀愁があるような、含みを持たせたような言い方だった。自分が本当に大した男ではないと、心からそう思っているからこそ出ているような言葉だった。
「…レイちゃんは、どう思う?」
「きゅうりょうもろくに支払わない、ろくな男じゃないね!」
「お前、本気で角折るぞ」
ここまで談笑していると、頼まれた料理が運ばれてきた。そこでアレクは自分が注文してない事に気が付いた。慌ててタブレットを確認していると、レイクに向けて運ばれてきた料理が明らかにおかしい。ポテト、ポテト、ポテト。まるで奢りで食べる料理ではない。ショウカの前に運ばれたのは普通の魚定食だ。奢りと言ったからにはもっと派手に行く物だと思っていたがあまりにも質素だ。
「…あれ?本当にそんなので良いんですか?もっと…」
「タダ飯食えるならそれでいいんだ。別に強欲な訳じゃない」
アレクが聞きたかったのはそういう事ではなかったのだが、アレク自身はこの中で一番高いハンバーグ定食を頼んだ。
「レイちゃんもこういう時はもっと言っていいんですよ?そんな…ポテトばかり…」
レイクはフライドポテトを頬張りながら、手に持ったそれでアレクを指した。
「知らないの?じゃがいもは生で良し煮て良し焼いて良し揚げて良しの万能食材なんだよ!?」
「ま、それくらい芋が大好きな芋臭い娘って事だ。こいつは大抵これでいい」
これで良い、とは言われたが流石に自分が我慢出来なかった。
「レイちゃん…僕のハンバーグ少し分けようか?」
「たべるっ!」
結局食べるのか、そう思いながらも一番高いものを選んで正解だった。とアレクは内心思っていた。
ターミナルに戻ると、レイクは一人先に受け付けへ向かった。早く帰りたい一心の様だ。3番地では奴隷一人で異世界間の移動は出来ないのだが。アレクとショウカはそれを見ながら、レイクには聞こえない様に、アレクは後ろを向くよう誘導した。二人だけでしたい話もあったのだ。
「ショウカさん…グローディアさんとどんな話をしてたんですか?」
「…別に、一つ仕事を辞めさせてくれって話だけだ」
ショウカをそこまで守銭奴だと思っている訳ではないが、きちんと報酬を支払うグローディアからの仕事を辞めるというのは尋常ではない。ましてやグローディアは最大手もいいとこだ、ネールよりも仕事量は多いだろう。そこでそんな話だけで済ませる訳はない。
「ショウカさん、その仕事っていうのは…」
「格下が知る必要はねぇ。これっきりだしな、…いや待てよ。お前、次の仕事何だ?」
「えっ、グローディアさんの手伝いで奴隷運搬の…」
「何番地だ」
「44番地…もしかして…」
もう一度レイクの方を見る。レイクは何故、自分一人で受け付けが出来ないのかで揉めている。奴隷に人権を求めているようだ。25番地でなら一人でも異世界渡りが出来るのだが、3番地では認められていない。それがどうしても気に食わないようで妙に食い付いている。
「…いつも通りガンさんのとこに預けるとして、またお前と仕事する事になるなんてな」
「いや…僕もただの偶然で…まさかグローディアさんはこれを狙って…」
一つの道筋が見えた、自分とショウカを一緒に仕事させる事でレイクを使わせようとしていたのではないか。だとしたら、大変な事になってしまう。レイクがあの場所に来てはいけない。
「レイちゃん…付いてきませんよね?大丈夫ですよね?」
「真っ先に逃げたお前が言えた台詞か、ガンさんのとこなら大丈夫だ。それくらい信頼してんだよ」
レイクを44番地に連れてきてはいけない、何故ならそこは奴隷の名産地だからだ。そこで彼女は自分の本当の意味を知ってしまうかもしれない。25番地であれだけ活き活きとしていた彼女は、良くも悪くも奴隷らしくなかった。きっとそれは、奴隷の本当の意味を知らなかったからに違いない。テレビで見る程度の知識しかなく、実際の現場を目撃してしまえば、彼女は変わってしまうかもしれない。
「仮に付いてきたとして、大した事はないだろ?」
アレクはその言い方に思わずむっとした。
「あんな元気で良い子なのに、それを失わせるような事は許せません!」
「そうか、俺はあんなの一奴隷に過ぎないと思ってるんだがな」
その一言に対し、アレクは強い怒りの感情を抱いた。安い同情と言われようとも、彼女は変わってはいけないのだ。ただの奴隷に抱くべき感情ではないと分かってはいるが、一人の少女に対して抱くにはおかしくない感情だ。彼女を奴隷として見てるショウカと少女として見ているアレクの間には、確かに溝があった。
「ショウカー!話が通じないからなんとかしてよー!」
レイクがこちらに駆け寄ってきた。話が通じないのは当然の事ではあるのだが、本人的には何とかして欲しいようだ。
「まぁ安心しろ。そう簡単に変わりゃしねぇよ」
「いったいどんな理屈で…!」
「俺もお前も、そうだからだ」
そう言うとショウカはレイクの角を持って引きずり、先にターミナルへ向かった。アレクは釈然としない気持ちでそれを見送った。万が一があるはずがない、それは知っているのだけれど扱い方が気に食わない。ショウカという人は良い人なのか悪い人なのか、自分の中で踏ん切りが付かなくなっていた。彼という人を評価するにはまだ時間が浅すぎるのかもしれない。それでも第一印象から、どうにも悪いイメージしか浮かばない。不安を抱えながらも、自分の仕事の準備の為にアレクは本部へ戻る。空は何故だか曇り始めていた。