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運び屋ショウカと奴隷少女  作者: 不眠蝶
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1-2 奴隷少女の事

もう一度足を運んだのは魅力を感じたからだ。あの二人にもう一度、逢いたいと思ったから。さほど不思議な理由ではない。どうしても確認したい事も、聞きたい事も、色々あったから。だからこうして、無理を言って再び物置小屋に来たのだった。

「おはようございます!」

威勢良く声を出してドアを開けると、視線が一つ、こちらに向いた。

「何しに来た、格下」

「遊びに来ました!」

「今すぐに帰れ」

たった今、開けたドアを指差され、その指を弾いた。ショウカは如何にも機嫌が悪そうに見えたが、レイクの姿は見当たらない。あくまで「二人」に話がしたいのに、ショウカとは話しづらいからレイクという仲介役が欲しかったのだが、どこにもいない。

部屋の奥、まるでとってつけられたかのようなドアが静かに開いた。そこからはあの、いつも通りの奴隷服を着たレイクがいた。明らかに眠そうだ、今まで眠っていたのだろうか。時間はもう街が動き出す頃、だいたい9時くらいだ。あくびをしているとショウカから角を掴まれ、アレクの前に持って来た。

「丁度いい、こいつの面倒をみてくれ」

こいつ、とはレイクの事だろう。だが面倒をみてくれ、というのはどういう事だろう。

「まぁ暇なので別にいいんですけど…」

「本当に遊びに来ただけなんだな…預かってくれるならなんでもいい」

放り投げるようにしてレイクを離すと、頭を掻きながら視線を逸らした。明らかに尋常ではない。

「…何かあるんですか?レイクちゃんがいると不都合な事でも…」

「察しが良くて助かる。そういう事だ、奴隷を仕事に使えないんだよ」

どうやら普通の仕事ではない事をやるようだ。先日の件を考えてみれば奴隷は最低限でも働かせると言っていたからには、絶対連れて行くものだと思っていた。詮索をしようかと考えたがショウカから何か聞き出せるような力を自分は持っていない。ひとまず預かれば後から教えてくれるかもしれない、そう考えてここはひとまずショウカの言う事を聞く事にした。

「ねむいー…何もやる気がおきなーい…」

レイクの方は我関せずと言った所で、自分の気持ちを言葉にすると立ったまま眠ろうと目を瞑った。以前からこういう事はあったのだろうか。アレクの知る範囲ではこういう秘密にされた事を追求しそうなものだが。

「行く先も特に決まってないんですけど…お勧めの場所とかあります?」

「そうだな…いつもならあそこに預けるからそこに…」

「ガンちゃんのとこ行っていいの!?」

突如、キラキラと目を輝かせてレイクが叫んだ。その目はまるで遊園地に行く子供のようでもあり、久しぶりの散歩に出かけられるペットのようでもある。

「ああ、行っていいぞ。なんなら先に行け」

その言葉を聞くや否や、あっという間にドアの前にいるアレクを弾いて駆け出してしまった。

「…えっ、えーっと…。その人の所へ行けばいいんですか?」

「すぐ隣だ。お隣さんって事で仲良くして貰ってる…。お前も見に来るか?」


運び屋ショウカのすぐ隣、金属の臭いと火の臭いが強く鼻を刺激する大きな工房だ。看板もない、無骨な建て構えから中の住人の気質を感じさせる。工業はストーンピークにおいては盛んではない。あくまで採掘の街であり、加工や板金の類は違う街で行われるのが普通だった。その中で異質なのがこの工房だ。普通の住宅街の中でも浮いている、その工房はとても子供には似つかわしくないものに見える。

だが、レイクは喜び勇んで飛んでいった。その理由が何かあるのだろうか。そう考えながら歩いていくとすぐ隣という事もあって、すぐについた。大きく開かれたシャッターの中に二人、いる。片方はレイクでもう片方が恐らくガン、という人なのだろう。こちらを確認するとズカズカと詰め寄って来た。

「おい!ショウカ!!ガキは入れるなって何度も…」

「まぁまぁいいじゃねぇかガンさん。いつもの事だろ?ほんの数日預かってくれりゃいいんだ」

「数日も預かれるか?!ガキは嫌いなんだ!今までは退屈しのぎに付き合ってやってたが今回ばっかりは…」

そこで初めてガン、はアレクに向き直った。まるで今まで眼中に入ってなかったかのように。

「お前が男を連れてるなんて珍しいな…普段女連ればかりなのに」

「ショウカさん…普段どんな生活してるんですか…」

女連れの中にはネールも含まれているのだろうが、そう言われる程には印象付けられているのだろう。だがアレクの中でショウカの評価が一つ下がった。

「いいか、男友達は遠くにいるだけで普段の方は勝手に付いてるだけだ」

「そうかい、そうかい。それだったら今度紹介してくれ」

そういうとガンはアレクに向かって手を差し伸べた。ショウカと違って最低限の礼儀を持ってくれてるようだ。

「…俺の紹介がまだ、だったなガン・グレーテイルだ。種族は見ての通りだが、あまり怖がってくれるなよ?」

その見た目は狼。それが一番近かった。頭は完全に人のそれではなく、手足は獣のように見えてそれでいて人の様でもある。獣人だ。灰色の尻尾に全身が白と黒の網模様。大きさはショウカよりは少し小さいくらいで思わず威圧される感じはあるが、言葉の端々にまだ、話の通じる人という感じがする。

「あっ、アレク・カーレットです。ショウカさんとは仕事仲間で…」

「そこは友達って答える所だろ?こういう時に距離詰めとかないでどうするんだ商人」

そう言いながら頭をポンと叩くと工房の奥へと足を運んでいった。

「それじゃ、例の奴持っていくぞ」

「あ…あぁ…例の奴か…それならガキも預かってやる」

アレクには分からないが二人の間に通じる言葉の様な物があるようだ。あれ程イヤがっていたガンが預かってやる、と快諾した。どうにも分からないがレイクを預かってくれるようだ。

その後をつける影があった。小さな影、それでいて素早く、正確にショウカを追う影はガンの手によって止められた。

「ガンちゃん!裏切るのかー!!」

「裏切るも何も、お前、奥に入ったら荒らすだろ!!玩具ならこっちにあるからこっち来い!!」

例の奴はレイクも知らないようだ。それを探ろうとつけていったらいとも簡単にガンに捕まった。例の奴とはアレクにも想像が付かないがレイクに知られたくないような物。そんな物のような気がした。

「そうですよ。テレビだってここにありますし…」

前にテレビが好きだ、と話に聞いた。アレクにとっては唯一の情報だが一緒に遊べる…というか時間を過ごせる手段なのだ。テレビを点けるとレイクはそれに食い付く様に目の前に陣取った。

「次のニュースです…列車運行のスケジュールが一部変更になり…」

「シバさんだー!」

テレビに映っているのは25番地の有名女子アナウンサーのシバ・シェーンである。かつて25番地のミス・コンテストで優勝し、数々のドラマや映画、マルチに活躍する大物芸能人である。その美貌とテレビに引っ張りだこな所からレイクの中では一番の憧れの人である。憧れは何人いても物足りないものでレイクにはまだ憧れの人が二、三人はいる。ニュースの内容やドラマの内容はよく分かってないが、それでも追いたくなるのが憧れだ。事実、今日の夜更かしで朝はとても眠かった。

「テレビに集中してくれるならそれでもいいが…今日はこっちも用事があるんだ。見るだけでいいなら自分の家で見ててくれ」

「なになに?ガンちゃん~もしかして嫉妬?私が遊んでくれないからって…」

「そうじゃねぇよ!預かってもいいとは言ったが本当は…」

「知ってるよ」

その場の空気が凍り付いた。何故、なぜ知っているんだというガンの寒気から来るものだろう。アレクにはまったく分からないが、何かまずい情報を知られているのだと感じ取った。自分には到底分からないが。

「取材!来るんでしょ!!今日!」

ガンが頭に手を当てて目を瞑った。もう完全に詰んだと言わんばかりの諦めの表情だ。

25番地のテレビ局は一つしかない。その為、どこに取材しにくるかの情報は早く回ってくる。ご近所付き合いの上手いレイクは既に知っていた。今日、あの、シバさんが、ここに取材しに来る事に。だからこそ今日の預かりに関して一際、目を輝かせたのだった。もしかしたら、会えるかも。そんな淡い期待を抱いて。

「あ~そうだ。だから邪魔にならないようにして欲しいんだ。なっ?」

「やだ!私も取材受ける!!」

「レイちゃんはここで働いてないでしょ?たぶん取材も受けられないと…」

「アレの人はだまってて!」

あだ名も相まってアレクの心はしょんぼりとしてしまった。心にそこそこの傷を付けられた。どうやらレイクは取材を嫌でも受けるつもりらしい。

「いいか、ガンさんの言う事はしっかり聞け。あんまり困らせるんじゃねぇぞ」

奥からショウカが戻ってきた。その手に見慣れない機械を持ちながら、それが例の奴、なのだろうか。アレクはそれを何処かで見ていた様な気がした。

「えー…だってー…」

「だってもくそもあるか。それが終わればガンさんも幾らでも遊んでくれんだから我慢しろ」

「幾らでもは遊ばねぇよ!?」

そのツッコミをスルーしながらショウカは工房を後にする。あちらもあちらで用事があるようだ、奴隷を使えない、そういうような。

「あー…あんた。ちょっと見張っててくれないか?こっちも準備があるんだよ…」

「僕ですか?…まぁ見張るだけなら…」

テレビにかじりついているレイクを見ているだけなら特に力もいらない。だが、それをどかすほどの力は持っていない。いざ取材が来た時にどうすればいいのか…。そうも思うがまだ時間はあるようなのでそれまでの面倒を見ていればいいのだ。ガンも獣人という事は力もある、きっといざとなれば強硬手段に出るのだろう。

「いやーガンちゃんが取材を受けるなんて私もはなが高いなー」

「何様目線だよ…ったく。だからガキは嫌いなんだ」

不満を漏らしながらもショウカの様に叱りつける、というか暴力に訴えるような様子はない。

獣人と言えば戦闘民族である。その繁殖力の高さと早熟な成長力から数々の異世界で傭兵や軍隊の一員として名を馳せてきた。当然、この工房で働いてるからには力はあるのだろう。レイクを引き留めた時も十分な力強さを感じた。…だが、だからこそ疑問を持った。何故その様な戦闘民族がこの平和な世界で工房を開いているのかと。戦闘民族である事から武器を自作する事は当たり前の様に行われているが、それは技術を高めるためではなく、ただ単に戦う為だけの技術だったはずだ。工房を開き、取材を受けるとなるとそれは高い技術力を持っている事を意味する。ガンという獣人は相当な変わり者だろう。

ショウカとは友達のようだが類は友を呼ぶとも言うし、お互い似た所があるのかもしれない。口調も…レイクに対する接し方も…まぁまぁ似ているようで違う。そんな所なのだろう。

考え事をしながらテレビを眺めていると、レイクがいなくなっている。どこに行ったのか探すとガンの元にいた。テレビ画面はニュースも終わり、お目当てのシバが映ってないようだ。

「ふんっ!バン!バン!!」

銃型の玩具をガンに向かって何発も打ち鳴らす。鋼材を片付けていたガンは何か辛抱たまらなくなったようで玩具箱に向かって走ると同じ銃を持ち出し撃ちあい出した。

「さっきからうるせぇんだよ!この野郎!!そんなに遊びてぇなら遊んでやるよ!!」

「ふはははは!やっとその気になったかこぞう!」

何やら小芝居が始まっている様だが、自分が今見ている必要はないようだ。テレビのスイッチを消すと携帯電話が鳴り出した。苦虫をかみつぶした様な表情で取り出すと、発信先はネールだった。元々ここには無理を言って残ったのだ。それが上司から電話が来る、という事はそういう事なのだろう。二人は遊んでいるし、少しだけなら、と外に出て応答ボタンを押そうとしたとき、ショウカの事務所に入っていく人影を見た。何処かで見た人のような気がしたが今は応答が最優先だ。今は気にしなくてもいい。

「もしもし、何ですか?」

「まさか本当に残っているとはな…そんなに気に入ったのか?」

電話の向こうからは呆れの感情が伝わってくる。「どうしても残りたいんです!」とネールと共に帰る事を拒み、25番地に残ったのだ。呆れられても仕方ない。

「あはは…その…それで用件は…」

「私が電話するという事はどういう事か分かるだろう?お仕事だ」

分かっていた。そうなるだろうな、と。今の自分はサボっているのと同じなのだ。

「それって…断る事って…出来ないですよね…?」

「ああ、私の力ではな…。君のことが大好きなあの人からのご指名だ」

落胆の溜息を吐くと、振り返る。なんと言い訳をしよう。その人からの仕事はどう頑張っても断れない。仕方ない、で片付けるしかないがそれで納得してくれるだろうか。特にショウカの方は…。

「その皮肉はやめてください…。僕にだって選ぶ権利が…」

「あると思うのか?あいつ相手に?」

「…ありません。はい」

権力というものは時に非情だ。圧倒的強者を相手にはどうしようもない。圧倒的弱者であるアレクには従う以外の選択肢はないのだ。

「じゃあ3番地に戻って来てくれ。場所はいつもの…」

俯きながら目を泳がせていると、ショウカの事務所から何人かの人間が出てくるのが見えた。先程持ち出していた機械をリヤカーに載せて、リヤカーを引き始めた。前回の仕事ではこの世界の物を運ぶから何も載せていなかったが、今回は異世界に行くのだろう。まるで案内されるかのように鉄道の方へ向かって行った。ショウカからの視線も感じたが、今は気にしない事にした。

「はい、分かりました…。あ、そうだ、ネールさんに聞きたい事が…」

「…なんだ?そのまま聞けばいいじゃないか」

「いえ…出来れば合流してから聞きたいかな…って」

あの機械、あの人物、あの雰囲気。何か覚えがあった。だが、この場所で聞くのはなんだか憚られた。もしかしたら、レイクに聞かれるかもしれない。そういう恐れがあった。出来れば聞いて欲しくない、知って欲しくない相手だからこそ。

「ショウカさんって…もしかしてあの人からの仕事受けてるんじゃないかな…って」


突きつけた銃口は真っ直ぐに相手の眉間を捉えていた。それは、相手も同じだった。膠着状態というやつだ、どちらかが先に引き金を引けばいい。そんな簡単な事すら出来ないのだ、この緊迫感というやつは。指を引いた瞬間、相手が先に撃つイメージが脳内から離れない。どうしても負ける図がちらつく、それが勝負という物だ。勝ちと負けが両方、頭の中でチカチカする。どちらにぶれればいいのか迷いを生む。だが、時として、天は何にも関係なく勝敗を分かち合う。そんな時は最後まで、構えていた方が勝つんだ。

「すいません…ちょっと用事が出来ちゃって」

「あぁ!?見てくれるんじゃなかったのかよ!!」

バン!と音がするとピピピピピ!とヒットを報せる音が銃から響く。目に入っても痛くならないレーザーサイトを備えた、照準に捉えた状態で引き金を引くと音が鳴る対象年齢6歳以上の玩具だ。久々の勝利に酔っていると何やら目の前で揉めている。それくらい集中していたのだ、この遊びに。

「はいーガンちゃんの負けー」

「あ?!いや、今のはノーカン…いやそれよりもだ!まさか帰るとか言うんじゃ…」

「すっすいません!本当すいません!!レイちゃんもごめんね?」

ひたすらに謝り倒してアレクは逃げていった。その後を追う赤い光線があった、バン!バン!と二発撃つとそれは命中せずにただ、静寂だけが訪れた。

「こしぬけめ…」

「…あーあ…どうすりゃいいんだよ…取材…」

一番の課題が残ってしまった。いざという時はアレクに任せて外で遊ばせるつもりだったのだ。その予定が崩れてしまった。何度も預かってる経験からして頑固な所は分かっている、絶対に取材を受けるまで外には出ないだろう。自分が飼っている訳でもない奴隷をどうして紹介してやればいいのか。頭の中をぐるぐる回してみてもどうにも答えは出ないのだが肝心のレイクは銃を玩具箱にしまうとこちらを向いた。

「もうすぐ来るんでしょ?取材」

「…そりゃあなぁ…あと一、二時間くらいで…」

「じゃあ外行ってくる!!」

思わぬ提案だった、まさか自分から出て行ってくれるとは。いつもの調子なら絶対に折れないのにあっさりと諦めてくれた。若干の不安を抱きつつもそれは一番の良案だ、乗るしか無い。

「あ…、あぁ行ってこい」

ストーンピークは銅晶石の名産地である。銅晶石はその名前のまま、銅の色をした水晶であり、金属でもあり、魔石でもある。導電性を持ちながら魔力も通し、様々な魔導回路に使われていてその需要はとても高い。25番地の目玉であり、特有と言うほどでは無いが多くの異世界に輸出されている。ガンはその銅晶石の加工に精通している。ガンが加工し、精錬した銅晶石は通常より導製が高く、その技は職人の粋に達している。数千の異世界の中でも指で数えられるレベルの隠れた職人だ。自分の技を他人に見せたがらない気質から弟子も取らず、製造法も秘密な所からその名は広く知られてはいない。

取材の話が来たのは突然だった。どこから話を嗅ぎ付けてきたかは分からないがどうしても、と押し切られてしまった。そこはショウカにレイクを押し付けられるのと同じ様に、どうしても、という押しに弱い流されやすい気質のある、優しさを含んだガンの性格から取材を容認してしまった。

「さて、もう少し片付けるか…」

ある程度の段取りは説明されていた。そのままがいい、とは言われていたが来ると分かっている人に対してちゃんと礼儀を持って迎える几帳面さがガンらしさである。ショウカとはまるで違う部分であった。


運び屋ショウカと工房の前には無骨な作りの建物に相応しくない少し大きめの公園がある。本来は住宅街であるから不自然な事ではない。普段ならレイクが外で遊ぶと言ったらここである、当然、今もここにいたのであった。レイクには無駄なリーダーシップがあり、近所の子供相手によく遊ぶし更には設備の点検だってお手の物である。何かが壊れそうだったらガンに報せて直してもらったり、喧嘩の仲裁役だって買って出る。そんな公園の中に潜む影があった。それはまるで縄張りを見張る獣、道のすぐ傍にある低木に身を隠し、レイクはそこにいた。ただひたすらに待っていた。その瞬間を、どうしても味わいたいから。

取材に来るならばここを必ず通るはずだ、そう踏んで先回りしていたのだ。レイクにもその程度の知能はあった。どうせあの場所にいてもあーだこーだ言われて話もさせて貰えないに違いない。それなら先手を打って自分が待ち伏せする事で、取材を受けられなくとも一言、二言、言葉を交わせればと思った。レイクにとってシバはそれくらい憧れの中にあって、他の憧れの人には普段から会えるけれどもシバは特別、何と言っても大好きなテレビの中にいる人物なのだ。もう話す事が出来ればなんでもいい、それくらいに憧れの気持ちは強かった。絶対に会えない、そう思っていたからこそ。

息を殺してただひたすらに待っていると、複数人の足音と話し声が聞こえた。その中には聞き覚えのある声もあった。低木に遮られて良く見えはしないが間違い無く彼女だ、そう思った。極限まで待った、自分の目の前に来るまで。心臓の高鳴りを感じる、間違っていたらどうしようなどの臆病風ではない、何を話そう、何を聞いてみよう。頭の中はそれでいっぱいだった。拒絶される事など微塵も頭になかった、そのどこまでもポジティブ思考なのがレイクという人を表していた。

ここだ、野生の勘で飛び出したレイクはごろごろと転がりながら集団の前に躍り出た。集団の先頭、特別、線の細い、黒髪茶眼の女性。彼女こそが憧れの中の憧れ、シバ・シェーンだった。

「あら、まぁ」

口に手を当て、思わず驚いた動作をすると周囲のスタッフと思われる人物がシバを囲い出す。レイクは突然現れた不審者に過ぎないのだ。警戒されて当然なのだがそんな事は頭に入ってなかった。ただ、一言。正直に言いたい事があったから言った。

「あ、あのっ。サインください!!」

ポケットから紙とペンを取り出すとそれを正直に突きつけた。自分が考えた中で一番欲しいと思ったもの。それは会話などよりもサインという形に残るものが欲しかった。だから、第一声はこうなった。

それに対し、シバは少し考え込んだあと、自分を囲うスタッフの肩に手をかけて道を空けるように指示すると、レイクの身長に合わせて屈み込み、紙とペンをその手に取ろうとした。

「待ってください、その子…奴隷ですよ?」

「なんだとこらぁ!なめとんのかわれぇ!」

25番地には奴隷制度というものはちゃんとある。だがその条件というのはとても緩いものだった。あくまで身分最下層というだけでしっかりとした人権はあるし、特別差別される事はない…のだが、25番地には奴隷という人がとても少ない。しっかりした金持ちが開発してるのもあって採掘に出かけている従業員のほとんどは正規雇用で奴隷という身分で使われている人はまずいない。仮にそうだったとしても、ちょっと変わった奴程度で済まされるだろう。その程度の扱いだ。だが、少ないからこそこうして差別を受ける時もある。どうしても少数派であり、最下層の人間である以上それは避けられないだろう。

「いいじゃない。元気があって、それにこんな可愛らしいし…」

土まみれの手に握られたペンと紙はそれ相応に汚れてしまっているがそれに嫌な顔一つせず、受け取るとすらすらと何かを書き始めた。それがサインであることには間違いない、レイクの興奮は最高潮に達していた。

「はい、私のこと知っててくれたのね」

返してくれた紙とペンを受け取ると、不思議な温もりを感じた。これが憧れの人が、自分に向けてしたためてくれたもの。そう思うと、とても胸が高鳴ったのだ。大事にポケットにしまうと自分なりに礼をしようと頭を下げた。

「それにしても…あなた奴隷なのにどうやって知ったの?」

「あっ、あのっ。テレビが好きで毎日見てます!!」

正直に答えた、そう答えるしかなかった。本当に毎日の様に見ているし、テレビも、シバという人も大好きだからこそ、その答えしか出なかった。

「奴隷なのにテレビが自由に見られる…。あなた、どこで働いてるの?」

「あそこっ!あそこではこびやっていうのをやっててですね…」

指差したのは運び屋ショウカの事務所だ。物置小屋に形容されるそれは申し訳程度の看板と、古めかしい外観から用が無い人はまず立ち寄らないであろう雰囲気を醸し出していた。少なくとも、この建物を見て興味を抱く人はいないだろう。

シバはしばらく考え込んだように指を顎に当てると、閃いたかのようにレイクに向き直り思わぬ提案を出した。

「あなた、テレビに出てみない?」

体に電流が走るような気持ちだった。その一言は神から授けられた天啓の様で、さながら神の啓示の様で、もしくは神の思し召しの様だった。とにかく、凄かった。言葉では、レイクの語彙では到底形容できない感情がほとばしったのだ。

「い、いいんですか?その子奴隷で…」

「いいじゃない!元気があって、ちょっと汚れちゃってるけど綺麗にすれば私よりも可愛く…」

「そういう問題ではなくって!何の関係もない奴隷ですよ?…今回の取材には」

まずい、このままではテレビに出られなくなる。そう思ったレイクは咄嗟に言葉を出した。

「あっ!私、時々、手伝ってるよ!おとなりさんだから!」

まるでその言葉を待っていたかの様にシバはスタッフの方へ向き直った。

「なら関係あるわね?取材に何も問題はない、という事で」

「はぁ…そう言われるならいいですけど…」

諦め気味にスタッフが答えると、レイクはまたもや目を輝かせてシバへ近寄った。すると、シバは手を差し伸べてくれた。恐る恐るレイクがその手に向かって手を伸ばすと、その手を引っ張るかのように取ってくれた。二人が手を繋ぎ、工房に入ろうとすると頭を抱えたガンが座り込んでいた。


頭を二度叩く、最後の仕上げと言わんばかりに一度、強く叩いた。苛つきを通り越して諦めの境地に入っても何か解消せずにはいられないのが人というものだ。ましては、完全に自分を出し抜かれた形を取られたのなら。

「なんで叩くのさ!いいじゃん!ガンちゃん!華も必要だってテレビで言ってた!」

「自分が華だとでも思ってのかこのガキ。お前は無関係だろうが」

「お手伝いしてるのは本当でしょ?こんかいはそのだちんという事で…」

手伝っているというのは嘘ではなかった。忙しい時期にはレイクの力を借りて重い鋼材をあっちへ運びこっちへ運びさせていたのは間違いじゃない。しかし、取材を受ける立場にあるかどうかは甚だ疑問なものだ。もう受けてしまったものは仕方ないとして、問題はこいつをどのように抑えながら取材を進めるかだ。あることないこと喋るんじゃないか、その不安はどうしても晴れないのだ。最悪、この奴隷はショウカのものなのだから責任はそいつに押し付けるか。そう受容するしかなかった。

「で、どうすりゃいいんだ。仕事してる風を映せばいいんだよな?」

流石に製造方法は秘密にしているので、あくまで何かしてる風で、後はテレビの尺に合う程度に収められればいいという話だった。鉱石を溶かし、叩き、伸ばし、冷やす。そんなありきたりな鍛冶場を見せられればそれでいい。隠された職人を紹介するコーナーなのでそれだけ撮れれば十分なのだと説明された。

そこにレイクを加える訳なのだが、今、レイクがやるべき仕事は特にない。忙しい時には手伝いを頼む事は確かにあったにせよ、今は忙しくないし何よりやってる事はただの雑用である。あれを持ってこい、これを持ってこいのやり取りだけで特筆すべき、撮るべき部分はないのである。

「そうですねぇ…なるべく自然体の方がいいかもしれません。飾らないやり取りの方がお二人らしく映えそうです」

「自然体ってなんだよ。それなら俺はここで仕事してるだけで…」

「何言ってるの!ガンちゃん!私達の自然体と言えば…これでしょ!」

そう言ってレイクは玩具箱からチャンバラソードを取り出した。ガンは静かにそれを取り上げると戻し直した。

「えー!?これでしょ?!ついさっきまでやってたじゃん!」

「あのな!仕方なく遊んでやってるだけで自然体でも何でもねぇよ!」

「いいかもしれませんね!それでいきましょう!」

「何がいいんだよ!!獣人のおっさんとガキが遊んでる絵面が欲しいのかお前等!!」

ガンには到底理解出来なかったが、シバにはシバなりのインスピレーションがあるようだ。後ろのスタッフは半ば呆れ気味にそれを見ていた。シバは売れっ子アイドルの側面もあり、発言力は強く逆らえない。基本的にシバ主導で撮影が進んでしまうのでそれを止める事は出来ないのだ。それが例えどんな絵面になろうとも。

「一見険しい表情を見せる職人気質の獣人と奴隷でありながら可憐な少女…このお二人の交流はウケますよ!」

完全に自分の世界に入られてしまった。こうなったら手の施しようがない、スタッフは諦めながらも小道具を取り出して撮影の準備に入っていった。

「どうなってもしらんからな…」

こちらも諦め気味に玩具箱に手を突っ込むとチャンバラソードを取り出した。それを見てレイクも同じ物を取り出す。すっかりやる気満々だ、素振りをすると妖しく刀身が光輝く。対象年齢10歳以上の玩具だ。ちょっと硬めなので幼い子供が使ってはいけない。しかし、ガンの振る刀は違った。まるで光ったあと、残像の様な物を残してより妖しさを増す。その光景にレイクの目が光輝いた。

「すごい!ざんぞうけんだ!!どうやんの?ガンちゃん!」

「コレか?こりゃコツがいるんだよ…俺がちょっと手を加えたんだがな?」

二人のやり取りを見てシバは静かに笑う。自然体だ、この画が欲しかった。レイクに対して指導するガンの姿はまるで親戚のおじさんと子供のようだ。求めていた工房の姿とは明らかに違うのにその笑顔はどこまでも純真なのだった。


剣と剣がぶつかり合う音が響く、その度に体の何処かが切れていく、それは止められない斬撃の嵐。お互いの実力は伯仲、決着が着くとしたらどちらかが倒れるまでだ。ひたすらに打ち合う、剣は残像を描き、残像は相手の体を切り裂く。それではダメだ、確かな手応えが無ければ。この手に、確かに斬った、その唯一無二の快楽を求めて二人は斬り合う。そう、それは相手を仕留めるため。相手を確実に…殺す為に。

勢いを付けて振った斬撃は流星の様な軌道を描いてカメラに刺さり、カメラマンは無事に息を引き取るかのように気絶した。チャンバラソードはまるで土台であるかのようにカメラに直撃して、カメラは火花を散らし思わずシバは駆け寄った。

「…良かった。テープは無事だわ。替えのカメラもちゃんとあるし…」

レイクの種族はオーガ、つまり鬼である。その種族は普通は異形であり、人とは遠くかけ離れた姿をするのが普通である。しかし、レイクは角以外はほとんど人であり、力は飛び抜けて強い…と言うほどでもない。大荷物を背負ったリヤカーを牽ける程度で、ショウカという人間にも勝てないのである。その理由はレイクのその姿にあった。オーガは人に近いほど弱くなると言われ、特別人に近い、美少女の姿をしたレイクは種族の中では最弱に値するとされている。

その一撃でなければカメラマンごとチャンバラソードは貫いていたであろう。それだけ全力で振り切ったのだ。結果、すっぽ抜けてしまったのだが。

「…はしゃぎすぎたか…」

「…うん!再生してみたけれど良い感じね!迫力があって素晴らしいです!」

「そいつの心配はしてやらなくていいのか?やらかした方が言うのもアレだが…」

そいつ、とは気絶したカメラマンの事だ。仮にも仕事仲間を放棄してやるべき事ではない。

「打ち合いを見て気絶するとは…それだけはくねつしたしあいが出来たって訳だね!」

何処か自慢げにレイクが言い放つ、それに対してガンは思いっきり頭をチャンバラソードで叩いた。

「白熱し過ぎだろ!というか、お前がすっぽぬかしたせいだろうが!」

「なによ!私を熱くさせたのはガンちゃんの癖に!!」

「何処で覚えたんだ、んな言葉!!」

「この前の私のドラマね?!見ててくれてありがとう!」

「お前か!?変な事ばっかり覚えさせやがって!!」

普段レイクは暇な時間が多く、昼にもテレビを見る事が多い。夜のテレビは眠くて途中で寝てしまうので内容を覚えてない事も多いが覚える内容には多少の偏りがあるようだ。これもその限りではない。ひとまず、気絶したカメラマンは日陰に置き、毛布を掛けて隠蔽し撮影を続行する事にした。

予定から大幅に遅れているし、何より本来ならいらないシーンを映すのにこれだけの時間がかかったのだ。撮影は「巻き」で行われる事になった。スタッフが移動を始めるなか、窓から差す光にガンの視線が移った。今日の温度は少し高めでそういえばこんな春だった、そう思い返しながら。

「ガンちゃん?行かないのー?」

「んあ?ああ…行くよ」


金属が煮えたぎる溶鉱炉の中、熱気はこの部屋全体に渦巻いていた。既に準備は出来ていた、後はここで銅晶石を投入するのを見せるだけだ。銅晶石は粘度が高く、それ故か熱を加えると多量の水分を吐き出して湿気でより熱くなる。獣人用に変形させたゴーグルを開けると、汗が抜けて若干の涼しさを感じる。そんな中、汗一つかかずに入っている人がいた。

「…準備が出来るまで入ってくるな、と言っていたはずだが」

「いえ、こういう時にこそお話が出来るかな。と思いまして」

首を傾げながらもガンはそれ以上怒る素振りを見せずに歩き出した。この部屋は熱いだけあって冷蔵庫が常備されている。それを開いて、中から二本のペットボトルを取り出すともう一本をシバに向かって放り投げた。

「どういう意味だ。話す事なんてこれ以上ないぞ」

取材の事なら既に済ませた。記事としても書きたいと言うから形式だけだが幾らか喋ったのはもうある。予備のカメラの起動準備に手間取ってるスタッフ達を待っているだけの時間ならあるが、彼女から話をされる謂われはない。余計な事も喋りたくなかったガンとしては早めに出ていって欲しかったが、シバの言葉が気になってつい、渡してしまった。話す口実を。

「ありがとうございます。頂きますね」

「それで…なんだ。お話とやらは」

聞かれるよりも聞き出す方がガンとしては好みだ。なによりシバの考えている事が分からない、約束を破ってまで話がしたいというのならよっぽどの大事なのだろう。しかし、それに覚えなんてない。

「…お隣から時々お手伝いに来るというお話でしたね。あの子は」

「…あのガキの事か」

如何にも好きそうなものだ。美少女であり、力があり、それでいて奴隷である。テレビが好みそうな話題だ。思わず鼻で笑いそうになった。

「あの子の雇い主…ショウカさんでしたか?看板を見かけました」

「ああ…そうだ。ガキについてなら…」

「その方は今どこに?」

緩やかに、気付かれないように誘導されているような気がする。この手のタイプはガンにとって最も苦手なタイプだ。

「…今は仕事中だ。違う世界(とこ)にいる」

「なら今、彼女について聞けるのはあなただけ…という事ですね?」

ほら来た、ガンは内心そう頭の中で呟いた。だからこの手の相手は苦手なんだ、ショウカ然り。

「…正直、本人に聞いた方が早いと思うんだがな…あまり詳しくないぞ?」

ペットボトルの蓋を開けると空気の抜ける音と、冷えた中身からの心地よい涼しさを感じる。適当な所に腰掛けると思い出すように一つ、二つ呟くように語り始めた。


そうだな…最初に来た時はお人形みたく大人しかったな。ショウカに連れて来られた時に聞いたんだが記憶喪失なんだと、それでかどうかは知らねぇがなーんにも言わない…ただ突っ立ってるだけのお人形だ。

お人形ですか…?今の彼女の姿からはとても考えられないのですが、それに加え記憶喪失…。なにやら事件の気配がしますね。

そうだろ?ただショウカから聞いた話ではその辺に転がってて…一応の手当をしてやって…色々聞いてみたが何にも応えないから仕方なく奴隷として雇う事を決めたらしい。まぁあいつなりの優しさなんだろう。口では誰でも貰っていっていいとは言っているがそういう所を見てたんだからな。

ふむ…そうでしょうか?ショウカさんという人のなりを知らないのでどうとも言えませんが。本当に優しいのなら奴隷以外の方法もあったのでは?

知らねぇよ、本人がそう決めたんだから。あのガキもそれで満足してるみたいだしな。ただ…急に喋り始めたんだ。今みたいにな。虫にも怯えそうなガキが突然クワガタムシ持って工房入って来た時はそりゃびっくりしたさ。どうなってんのか知らねぇが本人に聞いても「そうだっけ?」だとさ。あの変わりようにはどうにも納得出来ないとこが多かったな。

確かに…そのようですね。一体何が起きたのでしょうか?ご本人に聞いても分からないと言うことは…やはりショウカさんが一番良く知ってるのでしょうか。

そのショウカに聞いても「知らねぇよ」だとさ。何が起こったのかさっぱりだ、二人の間にしか通じない何かがあったんだろ。確かあのガキが来たのが2年前で…変わったのが半年後だ。その半年の間に何があったのか分からないんだが俺が見てた限りでは、突然変わったな。ゆっくりと心を開いたというよりは急に人が変わったんだ。だから起きたのは変化じゃなく事件なのかもしれないな。

事件…!興味深いですね!ちなみに最初にお会いしたときはどのような経緯で?

ああ…テレビの修理だったかな。あの家に付いてる物置部屋に古いテレビがあったんだと。それを直してくれって言われて…。まぁちょっと弄れば直る程度だったからすぐ点いたさ、そしたらその前に釘付けになって…その辺は今とあんま変わんないな。それでもまともな言葉は喋らなかったが…。そういや名前があったんだったな、奴隷のレイを入れてレイクだったか。その名前で呼びかけても応答しちゃくれなかったが。

レイク…名前があったのですね…。だとしたら失礼な事を…。

何だ急に。奴隷に名前付けるなんざ珍しい事ではあるが名前で呼ばなくったって通じるから大丈夫だろ。

いえ、こちらの話です。それで…もう少し、変わった時のお話を聞きたいです。ショウカさんはどのようなご反応を?

ショウカにも話は聞いたさ、アイツに何があったんだって。そしたらいつも通りにインスタント麺を用意してやったら「それ飽きた」って言われたんだと。そこからああなったらしい…。何回聞いても要領を得ない話ではあるがな。あいつは嘘は言わないが大事な事は誤魔化す奴だと思ってるからそれ以上の事はあるんだろうが…。もしかしたらそれ以上、何もなかったのかもしれないな。当事者じゃねぇから何とも言えないが。

…それは確かに、分からない話ですね。でも急に変わってしまったという事について何か反応は無かったのですか?

別に?無かったさ。あいつは何も変わっちゃいない。奴隷の扱いはそのまんま、ついでに修理費についてもツケのまんまだ。唯一変わったのは俺への呼び方くらいか?呼び捨てだったのが急に「さん」付けで呼ばれるようになったんだよな…ありゃ何でだか。俺が何かしたか?

うーん。それについてはなんだか分かるような気がします。今日のお二方のやり取りを見ていると、特にですね。

何だよ、あんたまで…。ガキと遊んでやってるだけじゃねぇか。それでなんで「さん」付けになるんだ?どいつもこいつも分かんねぇな…。

それでは次にレイクちゃんが逃げない理由について、お聞きしたいですね。あれほど活発な少女なら引く手あまたでしょう。ましてやあなたとも良好な関係を築いているのならあなたの元で働く事も考えられるのでは?

俺はガキは嫌いなんだ、ショウカも同じ事言ってたがな。あんだけぶん殴られて投げ飛ばされて…それでも違う所にいかないのは何か理由があるんだろ。それこそ変わった理由の一つに…、ってますます分かんなくなっちまったな。とにかく、あの二人にはそういう事情があるんだよ。ショウカは何も変わってないし、あのガキは急に変わっちまった。それ以外の事は本人達に聞いてくれ、俺から出せる情報なんてこんなもんだ。

「ガンちゃーん!なにしてんのー!?」


語り初めてどれだけの時間が経っただろうか、二人が持っているペットボトルは両方とも空になっていた。それだけの時間が過ぎたのだ、もうとっくに準備は済んだのだろう。レイクが扉を叩く音が部屋に響く。

「うるせぇ!お前が叩いたら壊れるだろうが!!…とにかく、話はここまでだ」

…まだ話は浅すぎる。事件にしては内容が無い、日常にしては濃い、そんな感じのお話だ。もっと聞かなければ、これを記事にするには、彼女の姿を暴くには足りなすぎる。シバの心の中は物足りなさでいっぱいだった。どうしたら…、そう考えた時に一つの案が浮かんだ。

「ご協力ありがとうございます。貴重なお話が聞けました」

手を挙げる事で返事をしながらガンは扉へ向かう。いい加減、叩くのをやめさせないと本当に扉は壊れかねない。扉を開けると、そこにはいつものレイクがこちらを見上げていた。

「なんだ、準備出来たのか?気絶した奴も起きてるんだろうな」

「起きたよ!シバさんがいないと取材が始まらないって言ってて…」

「あ?そうか、今さっきまでそこに…」

振り向くとそこにはシバはいなかった。レイクの方に向き直るとその後ろにシバがいた。

「すいません、お手洗いを探してて…」

あくまであの話は内密に、という事か。そう受け入れたガンは溜息を一つ吐きながらその言い訳はないだろう、と独り言ちるのだった。

カメラマンは予備のカメラを構え、作業する様子を撮り出したがなにやらガクガクと震えている。何か思い出したくない事でもあるのだろうか。ちゃんとした撮影になる事を願いながらガンは作業を始める。その裏で、シバはレイクの肩を叩いた。

「レイクちゃん、ちょっといいですか?」

「おい、あんたがいないと取材が始まらないんじゃなかったのか?」

「大丈夫です、リポーターとしてはあとから声を入れる編集をすればいいだけなので」

呆れ顔をしながらもガンは溶鉱炉に向けて銅晶石を放り込み始めた。もう構う時間がもったいない、早く取材を終わらせてここにいる全員を追い出す事が何より先決だ。そう決めたガンは震えるカメラマンと共に撮影を進めるのだった。

春の日差しが差し込む小窓の下、レイクはシバと二人、向かい合う形で立っていた。レイクからしたら何故自分が呼ばれたのか分からないし、二人きりでいられるのは嬉しいし、聞きたい事もいっぱいあった。しかし、先に話を切り出したのはシバの方だった。

「すいません、レイクちゃん。さっきのサイン、まだ持っていますか?」

ポケットの中に手を突っ込むと、サインしたときより若干しわくちゃになった紙が出てきた。その手は少し震えているようで、しっかりと突き出されている。

「ごめんなさい…、ちょっと汚くなっちゃった…」

「いいですよ。何度でも書き直してあげます。ただ、そのサインにちゃんと書き足したい事があって」

そう言うとサインされた紙を取り、自らのポケットに入ったペンで何かを書き足すと再びレイクに渡した。

「…そう言えば、私…名前言ったっけ?」

「先程、知ったんです。特別親しい人にはお名前とメッセージを添えるのが私のサービスなので」

渡された紙には確かに書き加えられた部分があった。だが、残念ながらレイクには文字が読めない。なんと書いてあるのかまったく分からないが、特別親しいと言われたのはとても嬉しい事だ。ほんの短い期間だから本来はそんな関係に無い事など少し考えれば分かる事だがレイクにはそういったサービスを付けてくれたのが何より嬉しい事だった。

「そんなさーびすが…!あ、ありがとう!シバさん!」

書き加えられた部分を何度も、何度も読み直す。読めないけれど、読み直す。どんな意味があるのか、帰ってきたらショウカに教えて貰おう。そんな事を考えながら。

「このサービスのお返しに…一つだけ、サービスして貰っていいですか?」

指を一本立てて、片目を瞑りながらイタズラ気味に笑った。それに対してレイクは二度、頷く事で快諾した。自分に出来る事ならなんだってしてやりたいのだ。

「これから私のする質問に素直に答えてください」

まるでクイズ番組のような物言いに思わず背筋がピンと立つ。心音が高まる、何が始まろうと言うのか。

「一つ、あなたがお手伝いを始めたのはいつからですか?」

取材の延長線上と考えればおかしくない質問だ。レイクはその事について話してはいなかったのだから。

「んーっと…。たしか一年と…半分くらい前?二年前にショウカの所に来たからー…」

ガンから聞いた話とまったく相違ない。これは間違いがない情報だと言う事だ、確認がしっかりと取れた。しかし、それは本当に必要な事だったのだろうか。その意図はシバにしか分からない。

「二つ、あなたが奴隷としての労働を含め、辛いと思った時はありますか?」

気付けばシバは小さなカメラを構えていた。先程からずっと撮っていたようだ、この映像も使われるのかと考えるとレイクにも緊張が走る。質問も真面目だ、しっかりと答えなければ。

「う…う~ん…。生きてれば辛い事もある!テレビでも言ってた!」

自分なりに格言っぽく答えてみせた。その言葉が出た時に、しっかりと胸を張って言える事が出来た。答えにはなってない気もするが、そう答えるのはレイクらしさなのだ。ちゃんとした時にちゃんとした事が言えないのが彼女だ。それっぽい事なら幾らでも言える。

「それでは最後に…」

勿体ぶるような言い方をすると、カメラを何か操作した。電源を消したのだろうか、カメラを降ろして、しっかりとレイクの目をみつめながら問いかけた。

「貴方は今、幸せですか?」

まるで核心を突くかのような、これだけが聞きたかった事かのように言葉を発した。レイクはしばらく考え込んだ、今の自分、取り巻く環境、それらの全てを統合して答えは出せるのだろうか。答えは「はい」か「いいえ」しかない。それでも、答えを出さなければいけない。目の前にいる人に納得出来るような答えを。しっかりとした答えは出せない、それっぽい言葉も浮かばない。だとしたら出る言葉は一つだった。

「…まぁまぁかな!」

自分で出来るそれなりの笑みを浮かべて答えてみせた。それが伝えたかった事だから、素直な自分の気持ちをぶつけてみせた。

「うーん…でも食事はいんすたんとだし、きゅうりょうは安いし…やっぱり不幸かも…」

後になってからこの言葉を付け足すのもレイクらしさである。全てを聞き終えたシバは納得した様な顔をして、カメラをしまった。満足のいく取材になったのだろうか、レイクは疑問に重いながらもシバが何も言わないのが答えなのだと感じるくらいは出来たのだ。

「貴重なご意見ありがとうございました。ご協力ありがとうございます」

「は、はいっ!えへへ…」

憧れの人にお礼を言われて思わず照れるレイク、そのくらいこの時間は貴重なものだったのだ。この一時は絶対に忘れない、そう心に決めたのだった。

「今度、テレビで一緒に出ましょう!あなたがメインヒロインで…角は…帽子で隠す事も出来ますね」

「えっ!いいの!?やったー!!」

なんと共演の約束まで取り付けて貰えた。これ以上の事はない、嬉しさで走り回るレイクを横目に、シバは静かに確信したのだ。この子は間違い無く、見込んだとおりの子だと。この子は絶対に、変わってはいけない子だと。


リヤカーを牽いて、ショウカは無事に仕事を終えて帰宅する最中だった。工房の前を通った時、ちらりと中身を覗いた。そこには頭を抱えたガンがテレビを点けて何か考え込んでいた。何か声をかけようかと思ったが、そこにレイクの姿がないのが気になった。アレクがいない事については何故か知っていた、どうせすぐにいなくなるのだろうな、と。それよりもレイクだ、あの奴隷が数日のあいだ何をしていたのかをちゃんと問い詰めないといけない。ガンがあれほどに落ち込んでいるという事は何かがあったのだろう。人様に迷惑をかけてしまったのなら怒らなければならない。リヤカーを元の場所に戻すと、ドアを少し強めに開けた。

大抵、こうする事で寝てる時は起きる。時刻は夕暮れ時だが、そんな時間だからこそ昼寝でもしてるんじゃないかと考えたのだ。靴はしっかりとある、という事はここに居るという事だ。居場所が分かっている以上はやるべき事は一つだ。ズカズカと早歩きで居間へ行くとそこに奴隷がいた。ソファーにどっかりと座り込み、テレビを点けている。まぁそれしかする事はないだろうな、と思いながら奴隷に制裁を加えるべく近寄るとあちらから声をかけてきた。

「あっ!ショウカ!!いいところに帰ってきた!もうすぐ始まるよ!」

「あ?なんだよ…」

テレビを指差すレイクに釣られ、視線をテレビに逸らすと「大好評!世界で一番有名な奴隷」のテロップが浮かんでいた。頭を抱えていたガンの事を思い出した、まったく同じ姿勢になったからだ。預ける時にガンに用事があるとは知っていた。だがこんな事になるとは到底、思っていなかった。

「ご好評につき!あのコーナーを再放送致します!それではVTRをどうぞ!」

そう言って切り替わった画面にはガンの工房が映し出されていた。用事とはこの事だったか、流石のショウカでもそれまでは読めなかった。預かってくれるといってくれたので大人しく甘えてしまった自分を悔いる。こうなった以上は仕方ない、レイクの角を手に取ると、素早く後ろの壁に向かって勢いよく放り投げた。活きの良い音が鳴ると、ずるずると滑り落ちる音が響く。

「こちらではこのような可憐な奴隷少女が手伝いに来ていて…」

画面には予想通りの言葉の良い事情が並べられている。一緒に取材を受けたのならそうなるのだろうなと簡単に分かった。こんなヒロイックな奴隷の事を放っておく訳がない。きっとあることないこと喋ったに違いない。そう思いながら眺めていると後ろから手が伸びて来た。

「ほら!ここ!すごいでしょ!!」

すごいでしょ。と言われて見せられたのはチャンバラを繰り広げながらカメラマンに向かって剣をすっぽぬかした所だった。ショウカは無言で角を握ると持ち上げて激しく揺らし、五月蠅い奴隷を黙らせた。どれだけの人に迷惑をかけているというのか。自分では把握しきれない、あとでガンの所にも行って謝ってこよう。そうも考えた。

「ひたむきに生きる彼女はそれでも幸せだと、語ってくれたのでした…」

ただの工房紹介では画にならないと思ったのだろう、半分はレイクの事を特集したコーナーだ。大きく溜息を吐くと、手前のテーブルに紙の山が置かれているのに気が付いた。手に取ると、どれもこれもレイクに関するものばかりだ。「テレビで見ました!とても可愛かったのでまた出て下さい!」「応援してます!奴隷だって頑張れ!!」。どうやらレイクに対するファンレターのようだ、それが山のようにある。

その紙の山の中に一つ、不思議なものを見つけた。明らかに文字になっていないのだ。解読に難儀していると、またしても後ろから手が伸びた。

「おい、こりゃなんだ」

伸びた手にそれを渡した。筆跡からしてレイクのものに違いない。なにせ文字になってないのだから。

「それ、私が練習したサイン…名前書いて貰ったから…」

「あ?…あぁ…そうか…」

ショウカは解読に時間がかかった理由に気が付いた。無駄にながい文字列、かろうじて読める部分。そこから推察するに答えはこうだ。

「お前が間違ってるんだよ。名前の部分はここまででこっから後はいらねぇ。どうやって知った?」

レイクはポケットの中にしまった、更にしわが増してしまったシバのサインを出した。それを見たショウカは眉間に皺を寄せながらも、それを読み上げた。

「レイクさんへ。どうか、いつまでもお変わりなく、健やかに…。だとさ。年寄りに出すようなメッセージ付けるんだな」

「えー!?そんなめっせーじが…うん?うーん…」

内容に納得出来てないようだが、書かれた文字はそう読める。今ここに、文字が読めるのはショウカしかいないのだから。でも、あのシバさんがそれだけの意味を込めた訳では無いと考えるも答えはでない。

そうやって悩んでいると、ショウカがテレビを消したのと同時に勢いよく、ドアが開け放たれる音がした。誰かが急いで駆け込んできたかのような、風雲急を告げるといったような感じの勢いだ。何事か確認するのが普通だろうが、それに対して冷静に待ち構えるのがショウカという人とレイクという少女だった。この二人は変な所で似ている。

「しょ、…っ!ショウカさん!いますか!!」

この声はアレクだ。ゆっくりと立ち上がって玄関へ向かうとそこには汗だくで息を切らしたアレクがいた。

「この通りいるが、何のようだ。格下」

「あっ…!良かった…。ご無事だったんですね…」

その言葉には疑問に思う所が多いが、それは一旦置いておく事にした。

「そうだ、お前が見捨てた奴隷ともどもご無事だぞ」

「見捨てたって…。あっ!!いやっ。そんな…そんなつもりはなくって…」

「その台詞『浮気する男が言う言い訳ベスト10』に入ってたよ!テレビでやってた!」

「まじか。やっぱり信用するんじゃなかったな、こんな男」

どうにも二人を相手にすると向こうのペースに飲まれてしまう。一度、深呼吸をしてから落ち着いてアレクも語り出した。

「その…向こうでショウカさんの話を聞いたんですよ。3番地で…」

「それがどうした。普通だろ、これでもちゃんとした運び屋として経営してるんだぞ」

「話をしてた人が問題で!…その…グローディアさんが探してたって」

グローディア・サンドライト。ネールと並ぶ大商人だ。彼女のランクは頂点に達するAランク、ネールよりも実質偉いのだ。

「ああ、これから行くつもりだ。その鉄板悪趣味姉ちゃんの所に」

アレクは思いっきりずっこけた。思わずそうするくらいにはおかしい事を言っているのだ。このショウカという人間は。

「て…鉄板悪趣味って…!その…人の身体的特徴をあれこれ言うのは…」

「鉄板っていうのはそれくらい冷たいっつー事だよ。…お前、そんな目で見てたのか?」

思いっきり頭を横に振って否定するアレクだが、アレの前科がある以上そういう話題は出すべきではない。レイクが若干後ずさるのを見て流石にアレクには違う汗が出てきた。

「ともかく!そういうあだ名は無いですよ!仮にも女性ですし…」

「そうか?界隈ではこれで通じるんだぞ。一度言ってみるといい」

「絶対言いません!それに言えません!!」

こんな押し問答がしたかった訳ではない。アレクは早く本題に入りたかった、ショウカが行くつもりだと言った事も含めて。

「それより、聞きたい事がある」

「あっ僕も聞きたい事が…」

「俺が先だ。先に答えろ、お前も知り合いなのか?」

相手の質問の中身が分かっているからこそショウカは先手を取った。同じ事を聞くと思ったからだ。

「え…えぇ…グローディアさんとはそれなりに…」

「それなりで知り合える相手じゃねぇ。ましてやお前みたいな格下だとな」

思わず拳に力が入るが、そこは抑えた。相手が二重の意味で悪い、言葉の躱し方も、力の差も。更に実際そうだからだ。簡単に知り合いになれる人ではない、相手は頂点に立つ人なのだから。

「ともかく、答えは分かった。それじゃ行くぞ、奴隷も連れて来いって話だからな」

そう言うと、レイクの頭を叩いてアレクをどかし、外へ勝手に向かおうとする。まだアレクの質問には答えていない。必死に追いかけていく彼を見張る影があるのだった。

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