9西の魔女の娘の企み
いつもありがとうございます。
アンナ危機一髪ですね。
どうぞお楽しみください!
えっ?足って?
どういうこと?と、足元を見ると、何とその女の子は幻のように姿を消した。
しまった!と、アンナは母の言葉を思い出した。
自分と同い年の力のある娘には気を付けるんだよ。それは私らの命を狙う西の魔女の娘で、北の呪いで足を失った子だからさ。名前もお前と同じアンナなんだよ。
どうしよう?
アンナは周囲を見回すと、森の奥へと走り出す。するとアンナを追うように、後ろから男達の罵声と怒号が聞こえて来た。
「東の魔女の娘、出て来い!」
「あ、いた!あそこだ!」
男達はアンナを見つけると、一目散に追いかけて来た。
森へ逃げなくちゃ。全てを知り尽くしたこの森の奥へ逃げれば、きっと助かる。
しかし、そんな必死に逃げるアンナの脇腹を、男の撃った銃弾が貫いた。
ぎゃぁっ!と悲鳴を上げて、倒れ込む。起き上がろうと腕を動かすも、体が動かない。撃たれた脇腹からどくどくと流れる血が、アンナの意識を遠ざけていく。
逃げなくちゃ…森の奥へ逃げないと、殺される…!!
体を動かすことができなくなったアンナの視界に、男達の靴がぼんやり見えた。
「ったく、ちょこまか逃げやがって。さて、この薄汚い娘はどうする?殺す前に少し楽しませてもらうか?」
「いや、だめだ。牧師様からの命令で、こいつの生き血を持って帰らなければならないのだから、楽しむ前に仕事だろう?」
「そうだな。じゃあ、まずは血をたっぷり頂くとするか」
激痛と出血で朦朧とする耳に、おぞましい会話が聞こえて来る。
アンナの目に、恐怖と悲しみの涙が溢れる。
私、殺されるんだ……助けて、お姉さん。
と、その時、ひひん、と馬の鳴き声が聞こえて、男達がざわめきだした。
「この女!」
男達の靴がアンナの視界から消えると、鞭を振るう鋭い音が響き渡り、次々と悲鳴が上がる。
まさか…!
アンナは目を見開くと、最後の力を振り絞って、耳を澄ました。
すると、ソフィアが馬の鞭を振るいながら、男達に怒鳴り散らしているのが聞こえた。
「ヘデラちゃん!!」
ソフィアは叫ぶと、襲い掛かってくる男達を、次々と馬の鞭で打ちのめす。しかし、目を打たれて地面に転がった男の一人が、銃を構えてソフィアの馬の足を撃った。
馬が悲鳴を上げて転がると、ソフィアの体も地面に叩きつけられる。体が衝撃で動かない。顔をしかめて何とか立ち上がろうとしていると、男が猟銃を構えて近づいて来た。
「このじゃじゃ馬が、手間かけさせやがって…、ぶっ殺してやる!」
ソフィアは腰から短刀を抜くと、全力で男の額に突き立てた。血飛沫が飛び散るのと同時に、断末魔のような悲鳴を上げて男は地面に転がった。
「くそ、やっちまえ!」
頭を鞭で打たれて血を流す男が立ち上がり、猟銃を構えてソフィアを狙う。
どうしよう?
ソフィアが対抗する術を必死に考えていたその時、パンッと銃声が響き、猟銃を構えていた男が倒れた。はっとしてソフィアが顔を上げると、馬に跨った村長のヘンリクとその部下数人の男達が、銃を構えている。
「大丈夫か?この男達を全員捕縛しろ!!」
ヘンリクが部下に命じると、男達はあっという間に捉えられ、ぐるぐる巻きにされて馬に繋がれた。ヘンリクはソフィアに近づくと、馬から降りた。
「俺の馬で街の医者まで運ぶ。乗れるか?」
「私は大丈夫だけど、ヘデラちゃんが…。あの子を助けて!!」
「分かった」
ヘンリクは返事をすると、馬を引いてアンナに近寄る。意識を失ったアンナは、脇腹から夥しい量の血を流して、真っ青な顔をしていた。
「ヘデラちゃん」
ソフィアは微かに息のあるアンナの体を抱き上げると、そっとヘンリクの馬に乗せた。
そして自分も馬に跨ると、その小さな体を落ちないようにしっかり抱える。
「じゃあ、出発だ。俺が引いて行ってやるから、しっかり掴まっていろよ」
「ありがとう」
ソフィアはお礼を言うと、ヘンリク達と一緒に森を出た。捕縛した男達は、ヘンリクの連れてきた男達によって、村へと連行されていった。
街の病院へ到着すると、アンナは医師の待つ病室へと運ばれた。
診察した医師はアンナの怪我を見て、顔をしかめる。
「盲腸を銃弾が貫通しています。しかも森に横たわっている間に、少し虫に食われたのか、ばい菌が入っているらしく、炎症反応もあります。できることはするけれど、熱が下がらなければ命の保証は無いことを覚悟してください」
医師に言われて、ソフィアは頭を抱えた。
もっと早く樅の木の下に行っていれば、こんなことにはならなかったのに。
ヘデラちゃん、ごめんね。
横たわるアンナの小さな手を握り締めながら、ソフィアはその夜、一睡もせずアンナの側に居続けた。
それから一週間、アンナは目を覚まさなかった。高熱にうなされ、時折うわごとのようにソフィアを呼ぶと、荒い息を吐き続けた。
水しか飲めない体は次第に衰弱し、見るのも気の毒な程、やせ細っていった。
「もう、ダメかもしれませんね。もってあと数日といったところでしょう」
医師はそう言うと、ソフィアを見る。ソフィアは目を見開くと、力無く置かれたアンナの手を握った。
どうか目を覚まして。もう一度起きて、私に笑顔を見せて。
樅の木の下で、美味しそうにソフィアの作った料理を頬張る無垢なアンナの笑顔を思い浮かべて、ソフィアは涙ぐむ。
すると、今まで一週間閉じたままだった瞳が、ゆっくりと開いた。
「ヘデラちゃん!!」
ソフィアは思わず声を上げると、握っていた手に力を込める。
「……お姉、さん?」
アンナは小さく呟き、自分がどこにいるのか把握しようと目を動した。
ここは病院なの?私は……そうだ。森で男達に襲われて、お姉さんに助けてもらったんだ。
「……私、生きてるのね?」
「そうよ!ヘデラちゃんは助かったの。村長さん達が助けてくれたのよ?」
そうなんだ。
安堵の涙が頬を伝う。私は助けてもらったんだ。
「よく意識が戻りましたね。奇跡だ。意識が戻ったなら、あとは熱が下がれば安心ですね」
医師もほっとしたように、胸を撫でおろしている。
翌日、アンナの熱は無事下がり、それから三日程入院して、アンナは退院した。
アンナは家へは戻らず、ソフィアの住む宿屋へ戻った。
母は心を病んでいたので、ヘンリク村長が事情を説明すると、安心したのか何も言っては来なかった。
「盲腸が完全に癒えたわけではないので、ひと月は安静に過ごしてください。その後も無理は厳禁、いいですね?」
そう医師から指示されて、ソフィアは次の春までずっとアンナの側にいようと決めた。
商売は今あるものを売れば、何とかなる。
とにかくアンナの側にいて、ちゃんと体が治るまで見守ってあげたい。それがソフィアのたった一つの願いだった。
今日もお話を読んでくださいまして、本当にありがとうございました。
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