4二人きりの朝食
体調の良い時はどんどんアップしていきます。
どうぞお付き合いください!
目が覚めると、すっかり日が昇っていた。アンナは起きると、服を着替えて水を汲みに外へ出る。井戸は樅の木の近くにあって、使っているのはアンナの家だけだった。
鈍色の雲に覆われた空を見上げると、ちらちらと雪が舞っている。
分厚いショールを引き寄せながら、小さな手で水汲み桶を持って井戸へと向かった。すると井戸のところに、ソフィアが立っていた。
「おはよう、ヘデラちゃん」
にっこり笑顔で挨拶されて、アンナは目を丸くする。
「お姉さん、どうしてここに?」
「今日もヘデラちゃんとお話したくて来ちゃった。仕事は午後からだから、午前中は一緒にいれるかなって待っていたけれど、もう十時よ?魔女さんの朝は随分遅いのね」
「ごめんね。うち、ママが夜遅くまで仕事をしているから」
アンナはそう言うと、水汲み桶を手に、重たそうに井戸水を汲む。
「水なら私が家まで持って行ってあげるって言いたいけれど、ヘデラちゃんの家の場所は内緒だものね」
「そうなの、ごめんね。これ置いてきたら、すぐ戻るから、少し待っていてくれる?」
「いいわ、待ってる」
ソフィアはそう言うと、どさっと男の人みたいに樅の木の下に胡坐をかいて座った。アンナはそんなソフィアに苦笑しながら、急いで水を家に運ぶ。
「お待たせ」
水汲みを終えたアンナが、恥ずかしそうに微笑むと、ソフィアはアンナを抱き上げて馬に乗せた。
「村へ行こう。私の宿屋へ連れて行ってご馳走してあげる」
「えっ?……いいの?」
正直、アンナはあまり村が好きではなかった。何故なら、村の人々の多くは、アンナの家が魔女の家系だからといって、白い目で見るからだ。しかし、ソフィアは全く気にしなかった。馬で宿屋へ行くと、アンナを連れて、堂々と宿屋の中へと入って行った。
「ただいま」
「お帰りなさい。あら…!」
女将さんにあからさまに嫌な顔をされて、アンナは俯く。週に一度母の編んだショールを売りに来るだけでも、村の人々から「呪われた魔女」だと言って陰口を言われているのを知っていたからだ。案の定、女将さんはわざとらしいため息をつくと、ソフィアを見た。
「お客さん、困るんだよねぇ?こんな薄汚い子を連れて来られちゃ。商売の邪魔になっちまう」
しかしソフィアは全く臆することなく女将さんを見ると、にっこり微笑んだ。
「別に泊るわけじゃないし。ちょっと部屋にいるだけならいいでしょう?何なら、宿代を倍の金額前払いで払うから、台所も貸してもらえると助かるんだけど」
悪びれもせず、堂々とお願いしてくるソフィアに、女将さんも諦めたように頷く。
「分かりましたよ。じゃあ、宿代倍頂く代わりに、台所も空いている時は好きに使っていいよ。この子のことも何も言わないから、それでいいんだろう?」
「ありがとう!助かるわ」
ソフィアに笑顔でお礼を言われて、女将さんは苦笑しながら奥へと入って行った。
「じゃあ、早速、私の得意料理を作ろうかしら」
そう言うと、ソフィアは背負っていた鞄の中からナイフと燻製の肉を取り出して、手早く火を起こし始めた。アンナはどうしたらいいのか分からなくて、きょろきょろしながら立っている。
「…お姉さん、何か手伝うことはある?」
何もしないのが居心地悪くて聞くと、ソフィアはてきぱきと手を動かしながら、にっこり微笑んだ。
「もうできるから、その辺に座っていて」
そう言うと、再びジュージュー音を立てるフライパンと向き合う。
アンナはふぅ、とため息をつくと、立ったままソフィアの手元をじっと見た。料理に慣れているのが一目で分かる、手際の良さだ。
「できたわ。部屋に行こう」
しばらくしてソフィアはフライパンから顔を上げると、嬉しそうに大皿にパンと肉料理を盛り付けた。
「私、運ぶよ」
咄嗟にアンナが差し出した小さな手を、ソフィアは首を横に振って、大丈夫と断る。女の人にしては力持ちらしく、バッグを肩にかけると、片手に大皿を持って器用に運びながら、とんとんと階段を上っていった。
「どうぞ」
そう言って、扉を開けると、小さな二人掛けのテーブルと、ベッドだけ置かれた殺風景な部屋が出て来た。
「お邪魔します」
緊張しながら挨拶すると、アンナは珍しそうに部屋を見回す。
いつも外から見る宿屋は、こんな風になっているんだ。
宿屋の前をうろつこうものなら、あのおばさんにまるで野良犬でも追い払うかのように、叱られるのを、アンナは嫌という程知っていた。
「さ、朝ごはんにしましょう。遠慮なく食べてね」
ソフィアが言うと、アンナはまだ焼きたてで湯気の立ち上る肉料理と、パンの良い香りに思わず目を細めた。パンの上にはチーズもたっぷり乗っていて、皿の隅にはベリーのジャムも添えられている。
こんなに美味しそうな食事はいつぶりだろう?
パパがいなくなってから、母は次第に心を病んで食事を作れなくなってしまった。しかも家の収入は母が編むショールを村で売るお金だけだったので、家の前の畑で育てたジャガイモや野菜でアンナが作る薄いスープだけが、毎日の食事だった。
「どうしたのヘデラちゃん、遠慮なく食べていいのよ?」
「う、うん。ありがとう」
アンナはお礼を言うと、恐る恐るパンに手を伸ばした。
「いただきます」
と言って、口に入れようとすると、ソフィアは待ってと言って、ベリーのジャムをアンナのパンに乗せる。
「こうすると、とっても美味しいのよ」
「…お姉さん」
アンナは小さな口を開けて、パンにかぶりついた。
甘じょっぱくて、ベリーの香りがふわっと口の中に広がって、何とも言えない美味しさだった。
「美味しい!!」
アンナが笑顔になると、ソフィアも嬉しそうにパン頬張る。
「肉料理もどうぞ。ちゃんと食べないと、大きくなれないわよ」
「うん!」
アンナはぱっと顔を輝かせると、肉料理を口の中に入れた。
肉なんていつぶりだろう?
バターとハーブで味付けされたそれは、今まで食べたどんな肉料理よりも美味しかった。
はぁ、幸せ。
思わずうっとり顔を綻ばせる。
こんな幸せな気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれない。
物心ついた頃から、呪われた魔女と言われて隠れるように生きてきたアンナにとって、ソフィアのいるこの部屋は、心から安心できる魔法の部屋のようだった。
アンナがパンと肉料理を夢中で頬張っている間に、ソフィアは暖炉でお湯を沸かして、紅茶を入れてくれた。
「はい、食後のベリーティー。体が温まるわよ」
そう言って手渡してくれた大き目のティーカップには、紅茶の中にパンに付けたのと同じベリージャムがたっぷり入っている。
「ありがとう!いい香り!!」
カップから香るベリーと紅茶の甘い香りに、アンナは思わず涙ぐむ。
「お姉さん…どうしてこんなに優しくしてくれるの?私は…村の人達にも良く思われていないのに…」
すると向いの椅子で長い脚を組んでベリーティーを飲んでいたソフィアが、顔を上げる。
「人がどう思おうと、そんなの関係ないわ。私達、もうお友達でしょう?美味しいものを食べるなら、一人より、仲良しのお友達と一緒の方が断然楽しいでしょう?」
「お姉さん」
アンナは何度も瞬きしながら、涙を堪える。するとソフィアはそんなアンナに、優しい笑顔で微笑んだ。
「これからも、毎日樅の木の下に行くから、朝ごはんを一緒に食べてくれないかしら?いや、一緒に食べましょう。約束よ?」
アンナはこくんと頷くと、涙を流しながらお礼を言った。
いつも本当にありがとうございます。
次話も続きますので、お楽しみいただけますと幸いです。
これからも、どうぞよろしくお願い致します!