2ヘデラとの出会い
いつもありがとうございます。
ついにソフィアが運命の女の子、ヘデラと出会います。
どうぞお楽しみください!
気が付くと、外はすっかり夜で、屋敷はしんと静まり返っていた。
ソフィアは頭痛のする頭を抱えながら、そっと起き上がる。
時計は真夜中の二時半を指している。
ゆっくり立ち上がると、テーブルに置かれた水を飲んで、覚悟を決めた。
屋敷から逃げよう。追っ手がかかるだろうから、なるべく遠くに。
旅行鞄に入るだけの荷物を詰めると、そっと部屋を抜け出て、養父の書斎へ行く。金庫から数か月は楽に暮らせるだけの現金を抜いて、鞄の奥に入れると、台所へ行った。綺麗に片付けられた台所から、パンを盗んで、足音に気を付けながら裏口の扉を開ける。
外に出ると、冷たい夜風に思わず身を竦める。
しかしソフィアは振り向かない。周囲を素早く確認すると、一目散に走り出した。
三年後、ニ十歳になったソフィアは、鬱蒼と森の茂る、小高い丘の上にいた。ぱりっとした旅装束に身を包み、紺色のマントを翻して馬に跨る。
あれから、必死で商いを覚えて、何とか一人でやっている。
売るのは手作りのアクセサリーやそれぞれの土地で仕入れた珍しい食品で、秋が深まる前に、森の向こうの村に商売に行くところだった。
しかし、さっきから、同じ道をぐるぐる回っているのに、一向に森の向こうへ行けない。
「どうしよう?」
周囲を見回すと、小高い丘には樅の木が一本立っているだけで、他には何もない。
やっぱりこの先の村へ行くのは、無理かな?
そう思って行先を変えようとした時、ふと樅の木の下に小さな女の子がいることに気が付いた。
女の子はまだ幼く、細い体にぶかぶかの茶色の服と白いエプロンを身に着けて、寂しそうに樅の木に寄りかかっている。
ソフィアは馬から降りると、手綱を引いて笑顔で女の子に近寄った。
「あの、娘さん。この先の村へ行く道を教えてくれないかしら?」
透き通るような声で話しかけられて、女の子は一瞬びくりと顔を強張らせると、恐る恐るソフィアを見上げた。
綺麗な人。大きくて、優しそう。
「あ、あの…私も村へ用事があるから、一緒に」
緊張しながら小さな声で言うと、女の子は恥ずかしそうに微笑んだ。
二人はゆっくり歩きながら、丘を下りた。鬱蒼と木々が茂る森は暗く、少し薄気味が悪い。
しかし女の子はそんな森を全く臆することなく、当たり前のようい歩いて行く。
「娘さんは、この近くに住んでいるの?」
黙って歩くのも気まずいので尋ねると、女の子はきちんと折りたたんだショールを大切そうに抱えながら、ソフィアを見た。
「そうだよ。私…この森の奥に住んでるの」
女の子はそう言うと、ちょっと気まずそうな顔をする。
そう言えばママに、家の場所を知らない人に教えてはいけないって、言われていたっけ。
この女の人は綺麗だし、優しそうだけれど、大丈夫かな?
女の子は横を歩くソフィアの綺麗な紺色のマントをまじまじと見た。
しっかりした生地の丁寧な仕立てのマントはとてもお洒落で、この辺りの村人が着ているものより全然洗練されていた。靴だって、まるで絵本の中の王様の兵隊さんが履いているみたいな、立派なものだ。
「あ、あの…お姉さんは、どこから来たの?」
女の子が恐る恐る尋ねるのが可愛らしくて、ソフィアは思わずふふっと笑みを浮かべる。
「ずっと遠くの街からよ。そう言えば、まだ名前も名乗っていなかったわね。私の名前はソフィア。娘さん、名前を聞いてもいいかしら?」
えっ?名前…?
女の子はどきっとして俯いた。ママからむやみに知らない人に名前を言ってはいけないって、言われていたので、どう答えようか必死で考える。
するとソフィアは、そんな女の子の心中を察したらしく、にっこり微笑んで女の子の頭をぽんぽんと撫でた。
「ごめんね。いきなり知らない人に名前を聞かれて、言いたくないよね」
久しぶりに優しく頭を撫でられて、女の子は目を見開く。
「私こそ、ごめんなさい。うちは魔女だから、ママが名前やお家の場所を誰かに言ってはいけないって言うから…」
「そうだったのね。でも、魔女でも何でも人はみんな同じよ。誰が偉いわけでも、偉くないわけでもない。私はそう思うわ」
「お姉さん」
女の子はソフィアの目を見る。夜空みたいに綺麗な目。邪な気持ちが微塵も無いことが、はっきり分かる、澄んだ瞳。
こんな綺麗な目の人を、女の子は今まで見たことが無かった。
森を抜けると日差しが少しずつ二人を照らす。小さな村にはいくつかの店があり、人々が忙しそうに行き来している。
「ありがとう娘さん。ここまで来れば大丈夫よ」
ソフィアに言われて、女の子ははっとする。どうしよう、このお姉さんのことを、もっと知りたい。
「あ、あの…私、ヘデラって言うの。お姉さんは、いつまでこの村にいるの?」
するとソフィアはぱっと顔を輝かせて、体を屈めて女の子の目を真っ直ぐ見た。
「名前を教えてくれてありがとう。私は秋の終わりまでこの村にいるから。そこの角の宿屋にいるから、いつでも会いに来てね。ヘデラちゃん」
「うん」
女の子は頷くと、手を振りながら森の中へと走って行った。
何て素敵なお姉さんなのだろう?今までこんなに優しい人がいただろうか?
嬉しさで飛び跳ねながら森へ入ると、女の子は真っ直ぐ家へと向かった。
いつもお話を読んでくださいまして、本当にありがとうございます。
次話もどうぞよろしくお願いいたします!