15十三歳の秋
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それから三度目の秋。アンナはついに十三歳の誕生日を迎えた。
母の病状は進み、時々訳の分からないことを呟いたりするようになって、最早アンナのことも半分くらいしか分からなくなっていた。
しかしそれでも、アンナは一人で樅の木の丘に立つと、こっそり誕生日祝いに用意しておいたお菓子を食べた。それは、一年前の秋にソフィアが買ってくれた、棒付きのトナカイの形の飴菓子だった。
可愛らしい飴菓子を、少しずつ舐めながら樅の木を見上げていると、さわさわと冷たくなりかけた秋風が、頬を撫でる。
あーあ、ついに十三歳の秋になっちゃったな。
あれからずっと色々な方法を思いついては、頭の中でシュミレーションしてきたが、いまいち納得できる方法に巡り合えていなかった。
どうしよう。やっぱりお姉さんがここに来たら、もう来ないでって言ってみようかな。
本当は大好きだし、ずっと一緒にいたいし、来てくれるのを、首を長くして今か今かと待っているのだけれど、ここへ来ればお姉さんは確実に私が殺さなければならない。それだけはどうしても嫌だった。
しかし、もし私が来ないでって言って、私がお姉さんを殺さなければ、どうなるのだろう。母の話によると、悪魔の約束を裏切った者として、お姉さんとアンナだけでなく、母もみんな魂を食われてしまうとのことだった。魂を食われたら、もう生まれ変わることもできなくなる。永遠の闇の中に閉じ込められてしまう。
それでも、お姉さんを殺せないアンナは、ふとある方法を思いついた。
そうか、その手があったよね。
お姉さんを殺さず、周囲の人たちにも迷惑をかけず、家の呪いを断ち切る方法。
正直、それをするのはとても怖い。
でも、それをやらなければ、アンナがソフィアを殺さなければならなくなることは、何があっても必至だった。
長時間口の中で舐めて、すっかり目と鼻が剥げた飴のトナカイを見ながら、アンナは決心した。次にソフィアがここへ現れたら、きっと後悔の無いように過ごそうと。そして、秋の終わりの日が来たら、その時は自分の心の中で決めたことを必ず実行しようと。
アンナの誕生日から三日後、今年もソフィアはやって来た。
今日はいつにも増して大きな荷物を背負っていて、アンナの顔を見ると嬉しそうに微笑む。
「ヘデラちゃん、お誕生日おめでとう!ちょっと遅れたけれど、お祝いのお料理を作りたくて、一緒に宿屋へ来てくれる?」
「今からで、いいの?」
「そう、今からよ。一緒にお昼を食べましょう」
「ありがとう、お姉さん!」
母にみつかると邪魔されてしまうので、アンナは家をチラチラ見ながら、慎重にソフィアに着いて行った。
宿屋に着くと、ソフィアは背負ってきた大きな荷物の中から、鮭の缶詰を取り出した。
「今日はね、私の一番大好きで得意な料理を作るわ。後で喜ばせたいから、ここで待っていてくれる?」
「うん、待ってる」
アンナは返事をすると、ドキドキしながら椅子に腰かけた。
いったいどんな料理を作ってくれるのだろう?家では薄いじゃがいものスープと僅かなパンしか口にしていないので、ソフィアの作ってくれる料理は、どれも涙が出る程美味しかった。
しばらく部屋で待っていると、クリームソースのほんのり甘い香りが、ふわっと部屋に立ち込める。
目を細めて、香りを堪能していると、トントンと階段を上がる音がして、ソフィアが鍋を抱えて戻って来た。
「遅くなってごめんね。やっとできたわ。さあ、たくさん食べてね」
そう言うと、鍋と一緒に持ってきたお皿に、美味しそうな料理をたっぷりよそった。
「これは鮭のクリーム煮よ。私の地方の料理なの。とっても美味しいから食べてみて」
「美味しそう!!」
アンナは目をきらきら輝かせると、そっとスプーンを持って一口すくう。口の中に入れると、鮭とこくのあるホワイトソースが絶妙で、堪らなく幸せな気持ちになった。
「お姉さん、これ凄く美味しい!!」
「そう、気に入ってもらえてよかったわ」
ソフィアは嬉しそうに微笑むと、自分もクリーム煮を口に運ぶ。
アンナは夢中で一皿平らげると、二杯目をおかわりした。
クリーム煮をたっぷりご馳走になって、すっかりお腹いっぱいになると、ソフィアはさらに荷物の中からチョコレートを出して、ベリーのジャムがたっぷり入ったベリーティーを入れてくれた。
「二人きりのお誕生日会ね」
そう言うと、アンナの口の中に花の形をしたチョコレートをそっと入れる。
甘いチョコレートの味に目を細めるアンナを見て、ソフィアはにっこり微笑んだ。
「チョコレートを口に入れたまま、ベリーティーを飲むととても美味しいのよ」
「そうなの?」
アンナはチョコレートをゆっくり味わいながら、そっと口を開けてベリーティーを一口含んでみる。すると、ベリーの酸味がチョコレートと混ざって、何とも言えない美味しい味になった。
「美味しい!お姉さん!!」
アンナは両手で頬を包み込むと、幸せな味を堪能した。
すっかりお腹いっぱいになったアンナは、それからソフィアと色々な話をして、日暮れの前に家へと帰った。
「ただいま」
おそるおそる扉を開けると、母が揺り椅子に座って編み物をしていた。
「遅かったじゃないか?またあの女と会っていたのかい?」
今までアンナのことすらまともに分からない日も多かったのに、今日の母は何かを見たのか、正気を取り戻していた。
「…ママ、違うの、あのね」
「言い訳は聞きたくないよ!いいかい?その女もきっと、お前をさらって売り飛ばす気でいるんだ!安易に信用しちゃいけないよ?ああ、何でお前なんか生まれて来たのだろう?お前さえ生まれてこなければ、私はパパを殺さずに済んだのに…」
途中からまたいつもの譫言になったことにこっそり傷つきながら、アンナはそっと目を逸らす。
ママは大好きだけれど、この言葉を言われると、自分の存在の何もかもが否定された気がして、消えてしまいたい程悲しくなるんだよね。
台所の隅でそっとうずくまって泣いていると、ふと脳裏に声が聞こえてきた。
―お前の母親の命は、あと一年だ。だからお前は、今度の秋の終わりの日に、あの女を殺さねばならない。
ママがいなくなる?!ショールを編むだけでなく、魔女として霊能力に長けた母は、ずっとその力で今や未来を見て、時に他の魔女がしかけた呪詛を跳ね返して、アンナを守ってくれたことは知っていた。霊能力のある魔女なんて、いくらでもいるけれど、母のは的確で強力な分、その力を使えば使う程、命が減っていく特異なものだった。
西や北から身を守っているうちに、命が減ってしまったんだね。
ママがいなくなったら、私は生きてはいけない。
こんな病気のママでも、ママがいるからこそこの森で暮らすことできるのだ。
やっぱり私は、あの計画をやるしかない。
アンナは幸せな気持ちもすっかり冷めて、逃げようのない現実を受け入れる覚悟を静かに決めた。
いつもありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します!