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魔女の伝言  作者: 日下真佑
1/17

1 旅立ち1

こんにちは。

日下真佑と申します。

今日から「魔女の伝言」連載開始です。どうぞよろしくお願い致します。

 1919年、春。北欧のとある街の、うららかな午後。

窓辺に置かれたベッドに、その女性は横たわっていた。

女性の名前はソフィア、この家の一人娘で、旅の途中で病に侵され、ひと月前に屋敷に戻って来たばかりだった。

一日中夢とぼんやりした現実を行き来する意識の中、ただ、日に三度運ばれてくる食事をほんの少し口にするだけで、唇は乾ききって、最後に話をしたのはいつだったか、思い出すこともできない。まだ、三十になったばかりの体は、すっかり痩せ衰え、命の終わる瞬間を静かに待つだけの日々を過ごしていた。

「体の具合はどうです?今日はこの街に仕事があったので、寄ってみましたが」

そう言うと、ジャンは黙ってソフィアの顔を覗き込む。

「……ジャン?」

ソフィアはゆっくり顔を動かして、ジャンと名乗る男の顔を見る。ジャンは幼馴染で、今や音楽家として、国中で知らぬ者はいない有名人だったが、ソフィアがお屋敷に戻ったのをどこからか聞きつけて、仕事の合間を縫って、お見舞いに来てくれたのだ。

「…私は、この通りよ。あなたは、仕事が、忙しいのでしょう?」

乾いた唇を必死に動かして言葉を紡ぐ。少し前までは、ひばりのようだと言われた美しい声も、今はしわがれて、しゃべるのが精一杯だった。

「ええ。仕事は忙しいですよ。でも、あなたにどうしても会いたくて。長い旅でしたね、女の身で、あなたは昔から無茶ばかりする」

慈しむような、ちょっと責めるような複雑な顔で、ジャンは苦笑する。そんなジャンに、ソフィアもふっと力なく笑みを浮かべると、遠い目をした。

「そうね…でも、悔いはないわ。いい人生だった。満足よ……ただ」

窓の外に、小さなヘデラの葉が絡まっている。その葉が風にそよぐ度に、ソフィアは少し前のことを思い出す。

アンナ…ヘデラの葉のように、可憐で強い女の子。

私の最愛の少女。自らの命を絶って、私を守ってくれた、世界で一番大切な子。

そう、彼女のことを誰かに伝えたいということだけが、ソフィアの最後の心残りだった。

「ジャン、私の生涯で一番大切な人のことを、聞いてくれるかしら?あの子のことを誰かに言い残しておきたいの、最後のお願いよ」

意思の強い瞳でジャンを見つめると、ジャンは何度も頷きながら、上着の襟を正して、椅子に座り直した。

「いいですよ。聞きましょう。聞いて私が、書き残しておきましょう」

そう言うと、鞄の中から、五線紙とペンを取り出す。五線紙を裏返して、傍らのテーブルに乗せるのを見て、ソフィアはふぅ、と小さく息を吐いた。

 あれは、今から十年前のことかしら。

夜空のような深い藍色のソフィアの瞳に、鬱蒼とした森の奥の丘の上にある、大きな樅の木が映る。

 樅の木。まるで全てを知っているかのように、小さなアンナの人生を見守り、そして、私をアンナの元へと導いてくれた不思議な木の下で起きた物語を、ゆっくりゆっくり、語り始めた。


「お見合いなんて、絶対に嫌です!」

十七歳の誕生日、ソフィアは小さな額に入った写真を、床に叩きつけた。写真に写っている偉そうな男は、髪が薄く太っていて、そして下卑た表情を浮かべていた。

「何で、好きでもない、それも歳が十五も上の方を花婿にしなければならないの?私にだって選ぶ権利があるわ」

しかし、そんなソフィアの必死の抵抗も、この国の経済を牛耳る養父の耳には入らない様子だった。養父は厳めしい顔をさらに険しくすると、黙ってソフィアに近づき、その頬を打った。

「生意気を言うな!お前を従兄の家から養女に迎えたのは、この家を継がせるためだ。文句を言わず、この男と結婚しろ!」

「嫌です!!」

頑として言うことを聞かないソフィアを睨み付けると、義父はもう一度拳を振り上げる。

殴りたければ、殴ればいいじゃない!

ソフィアはきりっとした目を見開くと、一歩も引かない覚悟で養父を睨み付けた。

十三歳で養女に来てから、ソフィアは毎日のようにこの養父に殴られてきた。子どものいない養父は、国一番の財閥の経営者だ。最初から親戚中で一番器量が良くて賢いソフィアを養女にして、有力な家の男と結婚させることだけが目的だった。

ソフィアは毎日のように、貴族や役人達が、尻尾を振って養父に自分の息子を是非婿にと売り込みに来ていることを知っていた。そして父はそんな中から値踏みして、三十二歳の伯爵家の次男を、この家の婿に迎えようとしている。

「爵位があれば、益々我が家の信頼も上がり、商売も思いのままだ。逆らうことは許さん。週末の婚約パーティーまで、大人しく部屋で待っていろ」

流石に嫁入り前の娘の顔を何度も打つわけにはいかないと何とか拳を下ろした養父は、そう言い放つと黙って仕事へと戻って行った。

「ソフィア様も、お部屋にお戻りください」

執事がさっと手を上げると、メイドに両脇を抱えられる。

「放してよ!」

身をよじってメイドの腕を振りほどこうとしたその時、首の後ろにチクッと何かが刺さる感覚がした。

ん…?

ソフィアは全身の力が抜けて、がくんと膝をつく。朦朧とする意識の中で執事を見上げると、手に注射器を持っていた。

「旦那様のご命令です。お許しを」

く…悔しい!!

ソフィアは抗うことのできない脱力感に顔を歪めると、その場にぱたんと倒れこんだ。



いつもお話を読んでくださいまして、本当にありがとうございます。

よろしければ、感想や評価等いただけますと、大変励みになります。

これからもどうぞよろしくお願いいたします!

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