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6話:太陽の子。メフルダード。

「アセナ妃様、第三位皇妃様がお呼びでございます。東屋の方へ御移動くださいませ」


 天幕テントの隅でゆっくりとヨーグルトを口にしていたアセナに、カルロッテに命ぜられた宦官が神妙な面立ちで言った。


(……嫌な予感は当たるものねぇ)


 無位の妃たちのざわめきがピタリと止まり、周りから強い視線が浴びせかけられる。


 絶望。嫉妬。羨望。疑問。好奇心。

 声を聞かずとも同僚の無位の妃たちの感情が伝わってきた。

 ねっとりとした敵意にザワリと背に粟が立つ。


(だからイヤなのに。胃が痛い……)


 後宮での生活が心地よかったのは、全員が横並びであったせいだ。

 立場は同じ無位の妃同士。

 皇妃の侍女として絶妙なバランスで成り立っている。

 

 皇帝の渡りがなく名も知られぬ宮女。皇帝から振り返られることもないこの関係。

 閉ざされた空間であっては平穏な生活は何より尊い。

 一度でも声がかかれば、バランスが崩れるのは必至だ。


「アセナ様、御覚悟召されよ」


 リボルが真摯な顔をしてアセナに進言した。アセナの気持ちなど見透かしているのだろう。

 小さく溜息をつき、


「……わかりました。参ります」

 アセナは立ち上がり天幕を出た。


 天幕の外は夏の太陽が容赦なく降り注いでいた。

 ウダの郷のように湿度は高くないが、日差しは強くじりじりと肌を焼く。


 ほんの数メートル。

 ほんの数メートル、数歩の距離だ。

 それなのにアセナにはとてつもなく長く感じられた。


 アセナは東屋の入口で頭を下げ跪いた。

「お呼びでございましょうか。アセナ・ウダ=バヤル参りました」


 あれほど姦しかった無位の妃たちは誰一人口を開かず、アセナの一挙手一投足を批判がましく見つめている。

 同僚たちの無遠慮な眼差しはアセナの心をがりがりと削る。


 

 わずかな沈黙の後、カーテンの向こう側から声がかけられた。


「アセナ」


 聞き覚えのある声だ。

 深く落ち着いたかすかに甘さがある心地よい声。

 ドクリと心臓が鳴る。


「側へ寄れ。顔が見えぬ」

「畏まりました」


 アセナは綿織物のカーテンをくぐり東屋の中へ入った。

 パシャにおいての最高権力者は、左にカルロッテ、右に白髭の老人と側近を配し、如何にも機嫌がよさそうにくつろいでいる。

 皇帝の前まで進み出ると、緊張と畏怖で強張りつつもアセナは儀礼にのっとった口上を述べ、平伏した。

 アスランは顔を上げるように命じ、


「急に呼びたてて悪かったな。……詩は諳んじれるようになったか? アセナ」

「いいえ、陛下。まだまだ先は長うございます。昨晩はお聞き苦しいものを披露してしまいました」

「そうでもない。月下で聞くとなかなかよいものだった。これからも励むといい」


 カルロッテは二人のやり取りを聞き、納得した様子だ。


(“秘密の特訓”を見られちゃったのね)

 夜勤……とカルロッテはよんでいるが、閨勤めの待機時にお付きの宦官と何かしら勉強をするのを許可した覚えがある。

 昨晩もそこでアスランと出合ったのだろう。


「ところで。アセナよ」


 アスランはふいに立ち上がるとアセナの元へ歩み寄った。

 ふわりと乳香の香りが広がる。


「へ……陛下?」

「お前の瞳を見せてくれ」


 アスランは優しくアセナの顔を両手でつつみこみ、顔を上に向けさせた。驚きのあまりアセナは動けない。

 アスランの秀麗な顔立ちが間近に迫った。

 黒い瞳は真っ直ぐにアセナの瞳を捉え、昨晩と同じ好奇心にあふれた表情をしている。


(近い……!)


 アセナは顔中を紅潮させる。

 昨晩に引き続きあまりに距離が近い。

 自分の表情がアスランの黒い瞳にしっかりと映りこむのが確認できる。息使いすら感じられ、掌から伝わるぬくもりに軽く眩暈がする。


 しばらくして満足したのかアスランはゆるりと目じりと口元を緩め、「すまなかったな」と囁くと満足したのかそっと手を放した。


「赤くなっているぞ、アセナ?」


 アスランはからかうように笑った。


「澄んだ碧眼だ。夜とは印象が全く違う。やはり日中ひなかに見る方がいい。『ウダの碧玉』の意味がよく分かるというものだ。……ヘダーヤト」


 振り返り、白髭の老人を呼ぶ。


「おぉ、このお方がウダのお妃様でございますか。なんとお美しいお方ですな」


 ヘダーヤトはしっかりとした足取りで、アセナの元に歩み寄った。

 八十に手が届こうとする年齢ではあるが、矍鑠として声の張りは若々しい。


「アセナ妃様。初めてお目にかかります。わたくしはヘダーヤトと申します。パシャの歴史や文化を研究しておるしがない学者でございます」

「左様でございますか。ヘダーヤト様、アセナと申します」

「様は必要ありませぬよ、妃様」

「……ではヘダーヤト先生とお呼びしても?」

「よろしゅうございますよ」


 ヘダーヤトはアセナの瞳を食い入るように見つめる。


「これはお見事な『ウダの碧玉』ですな。このヘダーヤト、もうすぐ八十になりますが、これほどの色彩の瞳は見たことがありません」

「郷でも青い瞳は多いのですが、私のような色はほとんどおりません」

「そうでしょう。陽の光の下ではどうなりますか?」


 アセナはアスランに許可を求め、夏の日差しの下に移動した。

 続いて東屋からでた一同は驚嘆の声をあげる。


 アセナの瞳が青から春の若葉のような淡い緑色に変化していた。

 空へ視線を移すと、その瞳はより強い日差しを受け、青みが消え黄色に変わる。


「なんと! 碧石から淡い金碧石へ変わったと思えば今度は黄玉。ああ、いいえ、これほど黄味が強いと黄金の様にも見えますな。なんとも摩訶不思議」


 興奮しつつもヘダーヤトは何度もうなずいた。


「陛下、間違いありませぬ。アセナ妃様は“先祖がえり”でございます。偶然にも後宮にいらしたことは、かつてないほどの僥倖でございました」

「……そうか」


 皇帝と老学者のやり取りを聞きながら、アセナはウダの郷に伝えられた言い伝えを思い出した。


 ウダの郷には稀に太陽を映した瞳を持つものが生まれる。

 神の加護を受けるその子は限りない幸運をもたらすだろう。

 郷に繁栄をもたらす子になろう。

 それは『太陽の子(メフルダート)

 神に祝福されし子。

 

 と村の古老が寄り合いのたびに語っていたことを。




読んでいただきありがとうございます!


6回目のアップになります。


ブクマ・評価も本当にありがとうございます。

いまちょっと凹んでいまして。

ブクマや評価をみて頑張ろう!!って思えました。

心の支えですw


次回は月曜日に更新したいなとおもってます。

ぜひ読みに来てください。

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