62話:誉れ。
アセナが謁見の間に入室すると同時に、エリテル将軍に率いられた十数名の兵士達が一斉に頭を垂れ跪いた。
公式ではなく私的な謁見ではあるが、皇帝アスランの将来の皇后と告げられた存在に皆が皆緊張した面持である。
張り詰めた空気の漂う中、リボルに導かれアセナは肘掛のある豪奢な椅子に腰をかけた。
このような場には大抵アスランも同席していたが、今回は私的な案件でもあり、アセナ一人である。
上手く対応せねばならない。
ひしひしとした圧を感じる。
(ここまでしなくてもいいんじゃないの……)
たかだか護衛との謁見でこの大げさな式(しかもこれで公式ではないという)。
庶民育ちのアセナには考えられない。が、これが皇后として生きる道なのだろう。
(慣れなくちゃ。これがアスラン様のご覧になられている光景なのだから)
アセナは片方の掌を下腹にあて、足に力を入れ声を出す。
「勇者たちよ、顔を上げなさい」
公人としての第一声だ。
思っていたよりも小さな声だったが、とりあえず声は震えなかった。
「今日は私の為にありがとう。パシャの勇敢なる皇軍のつわ者と見えることができ、とても光栄に思います」
これでよいのだろうかと不安になる。
アセナは整列する兵の前に立つエリテルに視線を渡した。
エリテルは大きく頷きアセナの座す椅子の隣に立つ。
「アセナ様、上出来でございますよ」
といつもと同じ穏やかな口調で耳打ちをし、パシャの英雄は芝居ががった様子で振り返り大きく腕を広げた。
「アセナ皇妃殿下。御前に控えるこの者達は、我が兵団でも忠誠心に厚い腕も確かな者たちばかりでございます。一騎当千と言っても過言ではない漢どもです。皇帝陛下と貴女様の為ならば進んで命を捧げましょう」
尊敬する将軍に剛の者と讃えられた兵士達もまんざらではないのか、それぞれが喜色を浮かべる。
神への信仰に似た眼差しがアセナとエリテルに向けられた。
眼差しの熱さにエリテルがどれだけ兵士たちの支持を集め尊敬されている将軍であるのかが、ひしひしと分かる。
アセナはそのエリテルの養女といえど娘なのだ。
兵士達の士気も上がろうというものだ。
「ご不安も多いでしょうが、大いにご安心なさってください。この者達が何をもからも貴女様を守り通しましょう」
「ありがとうございます、将軍……いえ、お養父様」
エリテルは誇らしげに部下を見つめる。
「この者達は身分は低いですが、歴戦をくぐりぬき、近衛兵に匹敵する強さを持つ勇士達です。皇后位に就かれるとはいえ未だ皇妃のあなた様に、陛下がこのように厚意をお与えになられるとは、アセナ様、本当に愛されていらっしゃる。父としても鼻が高いですよ」
「そんな」
アセナはふわりと頬を染める。
ほんの少しの会話だが、それだけでもアセナの緊張もほぐれ、いつものはつらつとした表情が戻って来た。
周りが一瞬明るくなったような眩いアセナの美しさに兵士達から感嘆の息が漏れる。
エリテルは「この美しい娘に添う事もかなわず、任務で都を離れることができないとは」と面映そうに顎に手をやりながら、一人の仕官を呼びつけた。
「スナイ。こちらへ」
短い返事とともに右端に控えていた癖の強い黒髪に日に焼けた褐色の肌の青年がスッと立ち上がり、アセナとエリテルの前に進み出る。
青年は特徴的な碧い瞳を真っ直ぐにアセナに向けると深く傅いた。
(サヤン)
アセナは青年の名を口の中で呟く。
ウダの郷で一緒に育ったサヤン。
同じ日に生まれた同い年のアセナの幼馴染だ。
パシャの法により十五で徴兵され、そのまま除隊することなくエリテルの下で軍人として名を上げた故郷の誉れである。
恐るべき速さで出世し僅か五年でエリテルの師団の参謀にまで昇った逸材は、リボルによれば今回の改革でもめざましい成果をあげたという。
(郷にいたころの面影はもうないわね)
軍服をさらりと着こなした青年は、痩せた土地で鍬を持ちアセナと作物の出来で一喜一憂していたなど想像もできないほど貴公子然としている。
子供のころ、アセナはサヤンが好きだった。
誰にでも優しく親切だったサヤンは憧れだった。
今はもう思い出となってしまったが。
「アセナ皇妃殿下。恐れ多くも皇妃殿下の護衛隊長を拝命いたしましたサヤン・ウダ=スナイと申します。全身全霊をもって皇妃殿下にお仕えいたします所存でございます」
堂に入った口上を述べサヤンが顔を上げた。
アセナが軍人としてのサヤンに公の場で会うのは初めてである。
浅黒い肌としなやかな肢体に士官の制服がよく似合う。
アセナは思わず頬を緩めた。
「サヤン。久しぶりね。元気そうでよかったわ」
「はい。アセナ皇妃殿下もお変わりなく」
任務中であるからか、サヤンの表情はアセナと対称的に固く冷たい。
「スナイにはアセナ皇妃殿下のこの事案の全てを取り仕切るように、皇帝陛下から直々に命が下されております。何なりとお申し付けください」
「そうですか。サヤン、よろしくお願いね」
「畏まりました」
「ところで」
エリテルがアセナとサヤンにだけ聞こえるように囁いた。
「アセナ様とスナイは同郷の友と聞いております。つのる話もございましょう。今から時間をとりますので、話し合われてはいかがですか」
「え?」
アセナは思わず聞き返す。エリテルは更に声を顰め、
「よいですか。アセナ様。サヤンと二人で話しができるのは、これが最後の機会となりましょう。しっかり話しておいた方が良い」
と早口で言うと、
「おおっと年のせいか小水が近くて困りますな。アセナ皇妃殿下、申し訳ないのですが、ほんの少し席を外させていただきます」
護衛隊の兵士を退出させ、自らは侍従宦官のリボルの腕を掴むと大股で部屋を横切り控え室へと向っていった。
読んでいただきありがとうございます!
ここ数日体調を崩してしまい、お休み気味でした。
久しぶりにPCに向かいましたが、文章の書き方もすっかり忘れていてびっくりです。
ムーンライトノベルズにスピンオフを書いています。
(※タイトル少し変更しました。「滅国の巫女は草原の覇者の腕の中で夢を見る。」 https://novel18.syosetu.com/n9540gf/)
不定期更新になりますが、次回も是非読みに来てください!
皆様に多謝を。またお会いできることをいのって。
↓よろしければ、こちらもどうぞ。
[連載中]
ゆるゆるご都合異世界恋愛物語です。
「前世から人生やりなおします!」
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