61話:個人的な感情。
程なくしてアセナの里帰りが正式に決定した。
アスランが許可するまでの道のりは簡単ではなかった。
なにより問題が多すぎたのだ。
政局が安定しない現状で、将来皇后に内定している皇妃を後宮外へ出すことはあまりに危険すぎる。
中央は掌握しているが地方には未だデミレル派も残っていた。
特にウダの郷のあるクルテガ皇領はデミレル家門が実質支配していた土地である。
丸腰で敵地に乗り込んでいくようなものだ。
さらにはアセナのために特別に人員と予算を割かねばならないことも容易ではなかった。
庶民の妻の里帰りではないのだ。
アセナは将来の皇后だ。それなりの格式を保たねばならない。
そのためには警備に滞在する館の整備と滞在費用がかかる。
裕福な後見のない皇妃である。すべての費用は国庫からの持ち出しとなる。
戦争、改革と続いた中で余裕のない財政状態でこれは厳しい……とアスランは否定的であった。
が、その程度やりようはいくらでもある。
内政、とくに財務に関する諸々はアスランの副官カルネウスの最も得意とするところだ。
「予算も人員もお悩みになることはありません。ご安心ください」
とカルネウスが具体的な数値を出しても、アスランは首を縦に振らなかった。
矛盾しない内容であれば大抵の案件は許すアスランが、これほどまでに拒否するというのは珍しいことだ。
(つまりは個人的な感情ですか)
カルネウスは小さくため息をつく。
皇子の頃から志を強くもち、どんな逆行であろうと乗り越えてきたアスランには、これまでの所為には迷いは無かった。
兄皇子達を排斥することも、帝位につくことも、今回の改革も、即断即決。
情に流されることはなかったのだ。
(アセナ様に関しては随分迷われるらしい。長年仕えてきて初めてですね。人間的で悪くは無いですが……)
事が進まないのはいただけない。
処理しなければならない案件は山のようにあるのだ。確かに重大な事項であるが、さっさと決めてもらわないと後ろが詰まって仕方ない。
カルネウスがあまりに頑ななアスランを『さぁどうしようか』と思案を始めたタイミングで、アスランの師ヘダーヤトが助け舟を差し出した。
「あれですなぁ、陛下はお寂しいのですな」
アスラン以外の、皆の視線がヘダーヤトに集まる。
ヘダーヤトが顎鬚をゆるゆると揉みながらしたり顔で語り始めた。
「確かにアセナ皇妃様は大変お美しい方でございますし、なにより陛下が幼い頃から焦がれておった『太陽の子』。ほんの数ヶ月でも遠くへやってしまうのが、身を裂かれるがの如くお辛いのでしょう。やれやれ恋をしてしまうと皇帝も凡夫になってしまうということなのでしょうなぁ」
カルネウスが身を乗り出す。
「ヘダーヤト様、それ詳しく教えていただいても?」
カルネウスがアスランの下に付いたのはアスランが成人した後のことである。
それまでのアスランを把握してはいない。副官として押さえておきたいところである。
アスランは頭を抱え、
「……お前たちいい加減にしてくれ」
いたたまれないのか頬を火照らしながら、弱りきったかのように口を開いた。
まさかの恩師からあのような言葉が出るとは思わなかったようだ。
「分かった。承諾しよう。だがこの件は極秘事項だ。アセナと腹の子の安全の為に密やかに動けよ」
「畏まりました」
と皇帝の忠実なる臣下は深々と頭を下げたのだった。
「最後まで陛下はご納得いっておられなかったのですが、カルネウス様とエリテル将軍、ヘダーヤト様の説得で許可なさったようです。それとカルネウス様から面白いお話をうかがいました。決まるまでにこんなことがあったらしいのですよ」
リボルが笑いを堪えながらアスランの状況をアセナに説明した。
「アスラン様が?」
アセナに対しては常に甘く優しいが、思い焦がれて離れて寂しいとまで思われているとは初耳である。
他人から聞かされるのは複雑だが、それでも片恋ではないことが実感で心が沸き立つ。
「寂しいって思っていただけるほど大事にされているのって幸せね。すごく嬉しいわ」
「左様でございますね。リボルもまさか里帰りも陛下の御心も両方賜れるとは思っておりませんでした」
「ほんとに。両方は贅沢かしら。バチがあたるかな」
夢心地になりながらアセナは侍女に差し出された濃い藍色の上着に腕を通した。
「バチなどあたりませんよ。両方いただいても、よろしいのではありませんか。アセナ様はそれだけの価値がお有りになられるのですから。多少の我侭は許されるべきでございますよ」
リボルがアセナの肩口のたるみを直しながら、
「この上着は地味すぎやしませんか? もう少し鮮やかなものにいたしましょうか」
「ううん、これで十分よ。上品ですてきだわ。これに陛下から頂いた真珠の髪飾りをつけましょう」
この後、アセナの里帰りのために編成された護衛団との謁見が控えている。
自らの身を盾にアセナを守る者達だ。尊敬をもって皇妃として相応しい姿で彼らの前に立たねばならない。
アセナは自らの姿を姿身に写し、大丈夫と自らに言い聞かせるように頷くとリボルとともに謁見の間へ向った。
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ムーンライトノベルズにスピンオフを書いています。
(※タイトル少し変更しました。「滅国の巫女は草原の覇者の腕の中で夢を見る。」 https://novel18.syosetu.com/n9540gf/)
不定期更新になりますが、次回も是非読みに来てください!
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