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47話:行商人。

凡そ一か月ぶりの更新になりました。


今回から場面が変わります。

 都の中心からやや離れた場所にその屋敷はある。


 広大な敷地を囲む高くそびえる塀とかすかにのぞく優美で古風な造りの母屋は、大邸宅が立ち並ぶこの一角においても一際目立つ。


 高い格式と重厚さを兼ね備えるこの屋敷は、そう、パシャで有数の権勢家・デミレル一族の主屋敷である。


 とはいっても、一貴族の屋敷としては壮大すぎるこの規模。

 まるで皇帝の住む王城であるかのような壮大さであるが、それはあながち間違いではない。


 元々は帝室のいくつかある離宮の一つであったものを、パシャ最後の国王、そして初代皇帝アスラン一世に仕えた天才宰相ケマル・デミレルの多大な業績を評価し下賜されたのだ。


 以後数百年。

 デミレル家門と帝室の密月の象徴としてその地に佇んでいる。





 デミレル家の正門門番小屋の戸を青年が叩いたのは、正午をやや過ぎた頃のことだった。


 背にうず高く木箱を積んだロバの手綱をとったすらりとした青年は、松葉色まつばいろの長衣に皮の長靴という清潔であるが簡素な姿で佇んでいる。


 じりじりと地面を焼く初夏の日差しを避けるために、麻のフードを目深に被り、その表情は見えない。

 時おりちらりと垣間見える日に焼けた褐色の肌と癖の強い黒髪が、青年がパシャの民とは異なるルーツであることを物語っていた。


 青年はひょいっと門番小屋を覗き込み、


「こんにちは。サームさんいらっしゃいますか?」


 フードを脱ぎながら愛想の良い笑顔を浮かべると誰にともなく声をかけた。


 ちょうど昼食時であり、警備から戻って来た私兵たちで備え付けられたテーブルは全て埋まっている。

 そう広くない門番小屋がざわめいた。


 青年の思いのほか整った顔立ちと、この辺りでは珍しい深い海のような碧い瞳、そしてその全身から漂うしなやかで強靭な雰囲気が、猥雑な門番小屋とは如何にも不釣合いで、如何にも異質であったのだ。


「ユンサル商会の小僧か」


 ひときわ身体の大きな門番、サームと呼ばれた男は、汁椀のなかに匙を投げ入れるとそそくさと外へ出た。

 やれやれというように腕を組み、呆れたように言う。


「ズラク。お前、また約束なしで来たのか?」


 この青年は昨日も一昨日も、こうして門番小屋に顔を出していた。


 青年は都の中ほどににある舶来品を取り扱う商家の番頭である。

 最近売上げが思わしくないために、わざわざこのお屋敷街を行商にまわっているのだという。

 

 数日前、この家の主人が何かしらを買い取ったらしく、味をしめたのか日をおかずデミレル家にやってきているのだ。


「ちょっと良い品物が手に入ったのです。いてもたってもいられなくなりまして……」

「お前、昨日もそういってなかったか? はぁそれにしても今日はずいぶん荷物がおおいじゃないか。何を持ってきたんだ?」

「ふふ、ごらんになられますか? 驚きますよ。最高級品の絹の反物と装飾品です」


 青年はロバの背につけた荷につけた覆いをはがし、一番上の木箱の蓋をずらした。

 油紙に包まれたみるからに上等な絹の反物がギッシリ並んでいる。


「ヘマントから今朝届いたのです。とても質の良い品物ばかりで、年に一度入るかは入らないかの素晴らしい品なのですよ。たなに出す前にデミレル家の奥方様やお嬢様に見ていただきたくて」

「うん、そりゃあそうだな。商人としてはいい心がけだ。だがな、ズラクよ。ここは天下のデミレル様のお屋敷だ。約束もない者を中に入れるわけにはいかねぇんだ」

「……ああ、そうでした。サームさん」


 青年は門番に小さな包みを握らせ、


「お土産をお渡しするの忘れるところでした。ヘマントの伝統的な菓子ですよ。門番の皆さんでどうぞ。お早めに食べてくださいね」


 門番は慣れた様子で包みの口を緩めると、梅の花の形に整えられた砂糖菓子の間から煌く金の粒が見える。サームはそそくさと包みを懐に収めた。


「いつもすまんな。さぁ入るがいい」


 門番は何食わぬ顔をして鋲の付いた正門の大扉を開けた。



 青年はロバを引き、軽い足取りで門を潜りぬける。

 ここ数日通いつめただけあり、すでに屋敷の建物の配置や構造は頭の中に入っていた。


 巨大な敷地を迷うことなく屋敷の使用人用玄関を目指す。


 ふと青年は足を止め、しばし思いを巡らすと、母屋の前庭へ向うことにした。

 すこし遠回りにはなるが前庭を通っても使用人玄関へ到ることもできる。今日は趣きをかえてみたかったのだ。


 ある目的のために。


 青年は2階の窓から自らの姿が見えるように、ゆっくりと時に立ち止まりながら進む。


(さぁそろそろだ)


 青年はワザとらしく書類を落とすと、しゃがみこんだ。

 時を置かずして「ズラクさん」と青年を呼ぶ声がする。


 身なりの良い少女が息を切らして駆け寄ってきた。

 成人女性の衣裳を身にまとっているが、まだまだ全体に幼さが漂う。

 成人してそう幾ばくも経っていないのだろう。

 健康そうなふっくらとした艶やかな頬がほんのり色づいている。


「これはリリお嬢様。ご機嫌麗しゅう」

「今日お約束はありましたっけ?」


 ズラクは立ち上がると、恭しく頭を下げる。


「いいえ。不躾でございますが、約束なしで参上いたしました。今朝方、素晴らしい品物が手に入ったものですから」


 と言いながら跪くと、リリの柔らかな右手を取り大胆にも自らの唇を当てた。


「きっと貴女様にお似合いになりましょう。スズランのように清楚な貴女様に」


 甘く優しく囁きながら、上目がちにリリを見つめる。

 ラピスラズリのような深く碧い瞳が、日の光をうけ、わずかに彩度を増し明るく輝いた。


 リリの頬が真っ赤に染まる。


「……そんな表情かおでこちらを見ないでください」

「失礼いたしました。……リリ様。奥方様にお取次ぎいただきたいのですが、叶いますでしょうか」

「お義姉様ねぇさまに?」


 リリは少し躊躇いながら、


「今、庭園の東屋におられます。今日の午後からはどなたともお会いになられる予定はないはずなので、大丈夫なはずよ」

「ご案内していただけますか?」

「もちろん。私、ちょうどお義姉様のところへ行くところだったの。それにズラクさんのお願いなんですもの。断れないわ。……さぁ行きましょう」


 リリはふわりと身を翻し、兄嫁の待つ庭園へ歩みを進めた。


 ズラクはリリから少し後方をロバを引きながら従う。

 その端整な横顔に氷のように冷めた微笑を浮かべて。




 このズラクという名の青年。

 真の名はサヤン・ウダ=スナイという。

 ウダ族の戦士にして邑長の息子。

 そして皇帝アスランの密命を受けデミレル家に潜入した――間諜である。

読んでいただきありがとうございます!


前回の更新から一ヶ月が経ちました。

なんというかどう話を進めて良いのか全く思い浮かばず、筆が進まないうちにこんなに時間が経ってしまいました。


なんとか!

なんとか今回更新することができました。

本当によかった~~~。


今回からサヤンの暗躍?が始まります。

サヤン、ちょっと下衆くなりますが、ぜひ読みにきてくださいね。


更新しない間にも沢山のPV・ブックマーク、そして評価をいただいていました。

本当にありがとうございます!

すごく嬉しいです。


不定期更新になりますが、次回も是非読みに来てくださいね!

またお会いできることをいのって。


↓よろしければ、こちらもどうぞ。

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