46話:恍惚と暗躍。
アスランは再び祭壇に向かう。
荘厳な霊廟の天窓から柔らかい日差しが差し込み、空中を舞う埃に反射しキラキラと煌きながら皇帝の全身に降り注いだ。
神の寵愛を一身に受けた預言者のように神々しい。
不思議な祝詞ともにアスランの手により儀式が進められていく。
神や先祖に捧げる旋律とゆらゆらと揺れる香炉の月下香の香りが混ざり、強くアセナの鼻と思考を突く。
アセナは恍惚としたここではないどこかへ意識がもっていかれるような感覚にとらわれた。
突然、大地がぐらりと揺れ、眼前のレリーフや祭壇、そしてアスランまでもが、香炉から立ち上がる煙のように左右に歪みはじめる。
(地震??)
違う。
自分だけが揺れているのだ。
意識が朦朧とし体は重く沈み姿勢を保つことすら出来ない。
(めまい? なんでこんな時に……)
アセナは脱力し椅子の背もたれにもたれかかった。
最も望んでいたアスランの気持ちが自分に向いている。
そして命の恩人ダイヴァはアスランだった。
霊廟と香、そしてアスランの告白。心が未だ追いつかない。
自分が望んだことが叶ったというのに。どうしたというのだ。身体が動かない。
「アセナ!!」
椅子の背にもたれかかるアセナに、アスランは儀式の手を止め駆け寄った。
「申し訳ございません。急にめまいが……」
「身重だというのに、無理をさせてしまったか。すまぬな」
「大丈夫です。……アスラン様、いいえ、ダイヴァ様。私は卑賤の身。それでも貴方様のお側にいることをお許しくださるのですね?」
アセナは朦朧としながらアスランの頬に手を伸ばした。アスランは優しく握り締める。
「ここをどこだと思っているのだ。先祖の前で偽りを言うはずもないだろう? アセナ、お前は俺の『太陽の子』だ。俺はお前のものだ」
「嬉しいです……すみません。身体が……」
「よい。……儀式を止めるわけにもいかん。もう少しだけ耐えてくれ、いいな?」
「……はい」
アセナはようよう返事をすると、瞳を閉じまた椅子の背をうずめたのだった。
アセナはゆっくりと瞼を開けた。
見覚えの在る天井である。
皇后宮の寝室だ。
ひどい眩暈に襲われ、世祖祭の後祭に参列しないまま直接皇后宮に戻って来たところまでは覚えていた。寝台に倒れこんだ後は記憶が無い。
西側の窓から穏やかな日差しが差し込む。
いつの間にかもう夕刻であるらしい。
(何てこと……。大切な儀式の最中に気を失ってしまっただなんて……)
アセナは重だるい体をなんとか起こし、ため息をついた。
大失態だ。年に一度の大切な公務であったのに。
「おや。お目覚めになられましたか」
物音に気付いたリボルが顔を出した。
「私あれから寝てしまっていたのね。どれくらい寝ていたの?」
「三時間ほどでございますよ」
リボルは陽気に言いながら、湯気のあがる白湯と薬包ののった盆をアセナの前に置いた。
「よく眠っておいででした。身重でいらっしゃいますし、知らず知らずのうちにご無理をなさっていたのではないかと、御殿医殿がおっしゃっていました」
「……そう」
言われてみれば、久しぶりに熟睡したような気がする。
妊娠してから気分の悪さと吐き気で夜も眠れず、食べる物も満足に食べられなかったのだ。
きっかけ一つで倒れてしまうところまできていたのかもしれない。自分の身なのに思うようにならないとは何とも歯がゆかった。
「何かお召し上がりになられますか? 少しでも御腹に入れておいていただきたいのですが。陛下が珍しい南方の果物や菓子をお持ちくださったのですよ。それとも粥などの方がよろしいですか?」
「うーん。あまり食欲がないの。あ、クルテガの干しサンザシ、未だ残ってる? あれなら食べれそう」
「残っておりますよ。お持ちしましょう。その前にお薬を飲んでくださいね。血の巡りを良くし身体を温める効果があるそうですよ。アセナ様にも御腹の御子にも良いそうです」
盆の上の薬包を広げる。うっとむせ返りそうになる生薬独特の臭いが立ち上がった。
悪阻で臭いに敏感になっているアセナにはいつも以上にきつい。だが、なんとか白湯とともに流し込んだ。
リボルはアセナの様子に満足そうにうなずく。
「よろしゅうございましたな」
「は? 何が?」
ひどい醜態をさらしたのだ。
例えウダ族であり伝説の『太陽の子』であるとしても、皇后位に就こうかという皇妃が帝室の行事一つこなせないということは、これから改革を行おうとするアスランに対する弾糾の術を与えてしまったことになる。
「大失態であったかもしれませんが、禍転じて福となる、でございますよ。アセナ様への陛下の御寵愛を内外廷に知らしめる結果になりました」
世祖祭の秘儀を終え、アスランがアセナを胸に抱き霊廟を出てきたこと。重臣達の前でアセナが懐妊をしていると明らかにし、そのまま輿に乗せ皇后宮まで付き添って来たこと。
リボルはまるで講談師のように身振り手振りをふまえ語った。
「アセナ様が今上にとって唯一無二の存在であると、御自らご表明なさったと変わりません。さらにこのリボルが名実ともに将来の後宮の宦官頭であることも顕示できたわけです。万々歳でございますよ」
「もう、あんたってほんとに前向きで素敵ね」
リボルのぶれない強い意志が自分にも欲しいとアセナは思う。
自分の信じる事に迷いも躊躇いもない。全力で努力し前だけを向く強さは心底うらやましいものだ。
直ぐに手に入るものではないけれどいつかは手にしなければ、自分自身を守るためにも。
アセナは干しサンザシを取りに部屋を出るリボルの背中を見守りながら、未だ温かい白湯を口に含んだ。
同じ頃。
密やかに帝室専用の医局の扉を開く男がいた。
外套と頭巾を目深にかぶり顔は見えない。が、身のこなしから宮廷作法に慣れた人物であると推測できる。
男は薬棚を前に作業する薬師に囁きかけた。
「これを。追加分です」
懐から両手に余るくらいの大きさの巾着袋を取り出す。薬師は手早く受け取ると、薬棚の引き出しの一つに収めた。
薬師の額にうっすらと汗が浮かぶ。
「いいな、約束は忘れないでくれ。必ずだ」
「当然です。安心してください」
頭巾の男は冷静に言い、また音もなく扉から出て行った。
読んでいただきありがとうございます!
平日に一度更新しようと思っていたのですが、かけませんでした。
何とか!!
今日書き上げることが出来ました。
よかった……。
PV・ブックマークありがとうございます!
すごく嬉しいです。
次回も是非読みに来てくださいね!
(更新は週二回 木or金、日の予定です)
またお会いできることをいのって。
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