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44話:世祖祭

 皇帝のみにつくし皇帝の子孫を残すのが後宮の目的だ。

 正しい血統を継ぐために空間を閉ざし、間違いの起こらぬように男性を徹底的に排除する。後宮の宮女は何ものからも守られ秘せられるものであるのだ。


 当然、公の場である外廷に現れる機会は限られる。

 皇后とそれに継ぐ地位に付く者のみが、必要と判断された案件に対応する時にのみ外出が許されるのである。


 つまり、未だ皇后位には即位していないアセナに、外廷からの打診があったというのも、帝室における重要儀式へ皇后位(内定者を含めて)参加が不可欠であると判断されたからだった。


 そうまでして行われる案件とは――年に一度、木々が芽吹く季節に行われる世祖祭である。

 

 アセナは外廷に向う道すがらリボルから行事の概要を知らされた。

 外廷内の歴代皇帝の霊が祭られる霊廟にて厳かに行われている秘儀で、歴代の皇帝・皇后へ国家安寧の祈りを捧げるのだという。

 昨年までは無位であったアセナにこの手の知識はなく、付け焼き刃な知識ではあるが、ないよりは()()だった。


「ご先祖様に国の安寧をお願いするのね?」

「左様でございます。皇帝陛下と皇后陛下のお二人のみで霊廟にて行う、帝室にはるか昔から伝えられた秘儀だそうでございますよ。リボルも詳細は分かりかねます」

「そんな大切な行事に私が参加してもよいものなの? 皇后位につくとはいえ、皇妃なんだけど」

「陛下の思し召しだとのことでございます。アセナ様はお気になさらず、粛々とお進めください」


 未だ皇后位についてはいないアセナが参列することは、慣例では許される事ではなく、皇帝の一方的な裁可に一部の官僚や門閥貴族たちは大いに動揺し反対した……ということは伝えないでおこうと、リボルはそっと思ったのだった。




 外廷につくとすでにアスランと家臣達が完璧に準備を整えて待ち構えていた。


 アセナの姿を確認すると、最上級の正装に身を包んだアスランは、


「来たか」

 とだけ言い霊廟に向う回廊へ向った。


 アスランとアセナが先頭を行き、少し離れて重臣や高位貴族たちが静々と進む。


 重要な儀式ということで、誰もが皆押し黙ったままだった。

 足音だけが回廊に響く。


 アセナは前を行くアスランの背中を、郷愁の思いで見つめていた。


見違みたがうはずもない。ダイヴァだわ)


 厳しく辛い幼少の記憶。その中でもたった一つの輝き。優しく私の頭を撫でた青年。


(どうしてアスラン様は、私に何もおっしゃらなかったのだろう?)


 十年前といえば、もうアスランは十七歳の成人だ。

 あまりに些細なことなので忘れてしまったのか。

 それともアスランが認識しておきながら伏せていたのか。

 それならば自分如きが口に出すなど出過ぎたことではないか。


 ぐるぐると思考が回る。

 けれど直接訊ねたかった。そしてアスランの口から答えを聞きたい。


「アスラン様」


 アセナはアスランにだけ聞こえるように呟いた。アスランは一瞬足を緩め振り返るそぶりを見せたが、


「どうかそのままでお聞きください」

 というアセナの言葉に、足を止めることなく歩み続けた。


「私は子供のころ、食うか食わずかのとても貧しい生活をしておりました。その頃、心の支えにしていたことがあるのです」


 気持ちが昂り涙がこみ上げてくるのを必死に抑えながら、アセナは言葉を継いだ。


「それは自分の名を書くことでした。お手本を見ながら地面に何度も書いて、没頭することで、日々の辛さを紛らわしていました。私も郷のほとんどの住人も文盲でしたので、文字というものはとても尊く貴重なものでした。当たり前ですが、郷人に文字を教えれる者はおりません。私は旅でウダの郷を訪れた貴人に教えていただいたのです」


 文明・文化に触れること。

 厳しい現実から離れることのできる唯一の術だった。


「いつかその御方にお会いして感謝を伝えたいと願っておりました」


 一呼吸おく。

 こつこつとアスランの堅い靴が石畳をならす音だけが耳に入った。


「覚えていらっしゃいますか?」

「……アセナ」


 アスランは足を止め、


「着いたぞ」

 振り返りもせずに言うと、宦官が開け放った霊廟の中に入っていった。


 アセナは好奇心に負け、場の空気を読まなかった自分の不甲斐なさに赤面した。

 昂ってしまったのは自分だけだったと、情けなさにどこかへ隠れたかった。


 何かを察したリボルが「アセナ様、お入りくださいませ」と催促し、何とか気持ちを立て直し、すすめられるがままアスランの後に続く。


 アセナが廟に入ったのを確認すると、ゆっくりと戸が閉められた。


 霊廟の中は皇帝と皇后しか入れない。

 アセナとアスラン。ただ二人のみだ。


 霊廟はだだ広い空間だった。

 天窓から柔らかい日差しが降り注ぎ、埃が光を反射しキラキラと瞬く。重々しいくらいの静寂に包まれていた。


 廟の真ん中に身の丈ほどの大理石のレリーフが安置され、囲う様に祭壇が設けられている。

 祭壇には数々の供物と香炉が並べられ、レリーフの正面に豪華な彫刻が施された椅子が二客並べておいてあった。


 身重のアセナを気遣ってか、アスランは座るように勧めると、ふいに口を開いた。


「……あの旅は」


 アスランは丁寧な手つきで香炉に火を入れる。


「俺の起点になった。兄弟を廃してでも皇帝として立とうと決めたのも、あの旅だった」


 アセナは震える手で裳を握り締めた。


(アスラン様は覚えておいでだった!)


 アスランは頬を緩め、


「ウダの郷で貧しい子供おまえに出会い、さらに思いを強くしたんだ。パシャの国の民、それも帝室直轄領の民が、その日食う物もなく襤褸を着、識字をする機会もあたえられぬとは如何なことかと」


 しかし声色を変えることなく淡々と語った。

 その間も手を休めることなく、全ての香炉に火を入れる。


「どうしようもない憤りに満ちた旅だったが、『太陽の子(メフルダード)』を思いもかけず見つけたことは幸運であったがな」


 とアセナの頬を撫ぜ、


「あの痩せぎすな娘が、これほど美しくなるとは思わなかった」


 そこにはウダの郷の秘密の花園のダイヴァと同じ優しい笑顔があった。


読んでいただきありがとうございます!


世祖はせいそと読むそうです。

そのまんまですねw

最後ちょっとアスランがデレました。

やっとw

次回もすこーしデレる予定です。


ブックマークありがとうございます!

すごく嬉しいです。


次回も是非読みに来てくださいね!

(更新は週二回 木or金、日の予定です)

またお会いできることをいのって。


↓よろしければ、こちらもどうぞ。

[連載中]

ゆるゆるご都合異世界恋愛物語です。糖分しかないお話を目指しています。現在甘さ控えめ展開です。

「前世から人生やりなおします!」

https://ncode.syosetu.com/n6147gb/


[完結済]

ただひたすら幼馴染が主人公を愛でるお話です。

「アイのある人生は異世界で。」

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