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42話:月下香(2)

前回に引き続き閑話っぽい寄り道話です。


サブタイトルを閑話からナンバリングに変更しました。

 鳥が長閑にさえずり、吹く風はさやかにそよぐ。

 初夏にさしかかろうとする日差しは柔らかで麗らかである。


 だがアセナは体調の悪さからか、それともこのヘダーヤトに知らされたウダの事実の衝撃の大きさからか、柳眉を歪ませ肩を震わしていた。


「ヘダーヤト先生。私は何も知りません。それなのに何も知らないままに皇后として生きていくなど……ましてや命を失う覚悟を決めろなどと、あまりに酷です。私には無理です」

「アセナ様、よいですか。物事にはすべては因があり解があるのです。因を知れば自然、解もでましょう。逆もまた然り」


 ヘダーヤトはリボルを呼び、クルテガの献上菓子と茶を並べさせた。

 干しサンザシの実を口に放り入れ、ゆっくりと咀嚼する。


「すこしこの爺の昔話でもいたしましょう。もう十数年も経ってしまいましたが……」


 当時すでに賢者として名の知られたヘダーヤトは、後宮の皇子の教育を担っていた。

 数多くいる皇子達のなかでも特別に強い光を放つ皇子がいた。


 第三皇子アスランである。


 彼はぬきんでた才能を持ち何をやらせても想像以上の結果を出す、大変優秀な生徒であった。


 ただヘダーヤトは、アスランがその年頃の少年に似つかわしくない冷めた眼差を見せることが気になっていた。

 彼の母は第四位皇妃であるがパシャの属領出身の出であり、影響力のある後見人を持っていなかった。おのずから権力とは無縁であり、おそらくはこのまま飼い殺しで生きていくのだろうと、幼いながらも聡いアスランは半ば諦めていたのだろうとヘダーヤトは推測していた。


 だがそれは違っていた。

 その小さな胸には自らの置かれた環境と自堕落な父帝や兄達に怒りの火種が生まれ、故に冷酷な光を宿していたということに気付かなかった。


 若く血気盛んな十代半ばに差し掛かったアスランは、内廷で時に外廷で衝突を繰り返した。

 同調圧力の強い外内廷においての異端分子は、和を乱す不都合な存在だ。

 文武両道で才能の片鱗を見せ始めていた第三皇子は、強力な門閥に支持された皇太子・第二皇子にとっては目障りこのうえない。

 もてあました父帝は外戚に推され、アスランの成人を待たずして宮廷から排斥した。

 高潔で人望の厚いカヤハン・エリテル将軍の下に送りだしたのだ。


 これでもう皇位争いからは外れた道を行くことになると、誰もが思っていた。


「エリテル将軍はそのとき、北の国境の警備をになう役を得ておられました。陛下は一人の兵士としてエリテル将軍に仕えることになったのです」


 けれどもアスランは希望を失ってはいなかった。

 国土と民を知る目的で暇をみては領土を渡り歩いた。

 身分を隠し数人の供を連れただけの姿は、誰にも気付かれることなく、お忍びという名の視察は数年続いた。


「ある年のこと、陛下はクルテガ皇領にお行きになられたのです。アセナ妃様の故郷であるウダの郷のある領です。クルテガは帝室直轄領だとはいえ信頼のある臣下を代官としてたてて、直接帝室が采配を振るうことはない土地でしてな。ゆえに陛下はご興味をお持ちになられ、当時駐留しておられた師団の駐屯地から遠くない場所であったので、視察先にお選びになられたようです」


 理由はそれだけではない。

 アスランはクルテガという土地に憧れを抱いていた。


 かつてクルテガにはウダ族の国が栄えていた。

 領は北国に接し巨大な山脈がそのほとんどを占め、農耕には向かない土地であったが、ウダの民にはその地の利を利用して交易という術で最大限の利を上げる賢明さがあった。


 歴史を学びウダ族の血を継ぐ建国の祖に対して並々ならない尊敬を持っていたアスランは、クルテガの地に対しても同じ思いを抱いていた。


 きっと素晴らしい領であるのだろう、と。


 満を持してアスランが嬉々として足を踏み入れた土地は、しかし、かつての繁栄は既に無く、クルテガという名を冠してはいるだけの貧困に包まれた領と化していた。


 耕作に向かない土地であるにもかかわらず官は耕作を強要し、そこから上がるわずかな作物も年貢として上納させた。皇帝の直轄地であるにもかかわらず、代官により民は徹底的に搾取されていたのだ。


 交易も制限され細々としたものを商う程度で、生活を改善できるほどではなかった。

 役人の腐敗と数百年にわたる怠慢の結果、民は日常的に飢え救いようのない困窮に陥っていたのだ。


「そのころの今上は度々上奏じょうそうなさっておられたのだが、先帝陛下まで届くことはなかったのです」

「どうしてですか? 直轄領がその有様など許されぬことでしょう? なにがあったのでしょう」

「クルテガの代官は、代々デミレル家が務めることが賢帝からの伝統になっておりましてな。その頃もデミレル家の親族が担っておりました。当時の筆頭宰相はヤスミン様のお父上君でございます。聡明な方でいらしたが、幾分身内には甘い……つまりは握りつぶしたのです」

「それが上がっておればクルテガの、ウダの困窮は今よりも少しでも良くなっていたということですね」

「左様でございます」


 幾度目かの奏上が破棄された時、アスランの内で何かが崩れ、たぎる怒りがまた噴出し隆起した。

 アスランは十七の年を迎えていた。


「このヘダーヤト、もう老い先短い老人ならばと、都の外れに庵をこさえて隠遁しておったのです。ちょうど十年になりますかな。春も盛りの頃に陛下が尋ねておいでになられました」


 長く伸ばした髪を結い上げ、妙にはつらつとどこか吹っ切れたよい表情をしたアスランが、何の先報もなく庵を訪ねてきた。


「この国はもうダメだ。この腐敗は元から断たねば民は救われない。俺は力をつけ帝位を望むとおっしゃいました」


 ヘダーヤトはふぅと息をついで、アセナの若草色の瞳を凝視した。


「そして月下香マルヤムをみつけたとも。何のことかは分かりませんでした。何度となく問いましたが、陛下はお話にはなられなかった」

月下香マルヤム……」


 建国の賢帝アスラン一世の母にして、パシャ最後の王の妃。ウダの心の支えであった『太陽の子(メフルダード)』。

 

 アセナと同じ代の『太陽の子(メフルダード)』は唯一人しかいない。


(『太陽の子(メフルダード)』は私だけしかいない。でも私は陛下とお会いしたことなどないはず)



 否。

 ある。一度だけ。


 9歳の春にウダの郷で、若い旅人に出会ったことがあるではないか。

 時が経ちもう顔すら定かではないが、立派な身なりをした貴人だった。

 文明にかけ離れた貧しい自分に字を教え、生きる光を与えてくれた。


 アセナは唾を飲み込んだ。


 ダイヴァ。

 貴方なのか。

読んでいただきありがとうございます!

いつもは木曜日更新ですが、今回は一日遅れでの更新になりました(汗)


アスランは子供のころから優秀でした。

平々凡々と生きている宮平ですので、優秀な人材というのにかなり憧れがあります。

優秀な方々というのはやはり見える世界や考えることが違うんでしょうか。


前回と今回、閑話という形にしました。

でも番外編といった趣でもなく。

いつものナンバリングに戻すかもしれません。

(※ナンバリングに変更しました。R2.3.29)


ブックマーク、評価ありがとうございます。

嬉しいなぁと見るたびに感動してます。


次回、不定期更新になりますが、是非読みに来てくださいね。


↓こちらもぜひ。


今日の午前中に更新しました!

ゆるゆるご都合異世界恋愛物語です。糖分しかないお話ですw

「前世から人生やりなおします!」

https://ncode.syosetu.com/n6147gb/


完結しています。

ただひたすら幼馴染が主人公を愛でるお話です。

「アイのある人生は異世界で。」

https://ncode.syosetu.com/n1461ft/

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