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41話:月下香(1)

本編はなれまして閑話っぽいお話です。


閑話:月下香としていましたが、やはり本編に続くお話であるので、ナンバリングに変更しました。

(R2.3.29改)

 皇后宮の中庭の中ほどに素朴な造りの東屋が建てられたのは、つい先週のことである。

 この宮の女主人の体調があまりに優れない日々が続くため、皇帝が慰めになるだろうと建てさせたのだ。

 

 夏へ向うこの時分。

 東屋は暑さが増す皇后宮のなかで一番心地の良い場所であった。


「おや。アセナ妃様。もういらっしゃっておいででしたか」


 白髪白髭の老人がゆっくりとした足取りで東屋に踏み入れた。


「今日はお顔の色がずいぶんよろしい」

「おはようございます。ヘダーヤト先生」


 皇后宮の女主人アセナは長椅子の背に持たれかかっていた身を起こし、


「今日は悪阻も落ち着いたので朝から気分が良くて……。ずいぶん早くに来てしまいました。ここまで爽快なのは久しぶりなものですから」

「それはよろしゅうございましたな。陛下も御安堵なされましょう」


 ヘダーヤトはうんうんと相槌をうち、テーブルの上に書物を広げた。

 法学の名著と呼ばれる題名を眺め、ふむ、と呟く。


「今日は法について講義しようと考えておりましたが……体調がよろしいようなので、特別にアセナ妃様がお知りになりたいことをお話いたしましょうか」


 老学者はふと思いついたかのように言った。


「わぁうれしいです」


 アセナは両手を合わせ素直に喜ぶ。


「では賢帝の母君様のお話を伺いたいのです。お願いできますか」

「建国者アスラン一世のご母堂様でございますか……」


 パシャを帝国にまで引き上げた初代皇帝アスラン一世。賢帝と呼ばれる彼はアセナと同じ『太陽の子(メフルダード)』である。

 母から秀麗な容姿と日の光で色を変える瞳を父から強い魅力カリスマと明晰な頭脳を受け継いだ偉丈夫であったと伝えられている。

 現在の帝室で“先祖がえり”が尊ばれる所以はそこから始まったものだ。

 

 初代皇帝と皇帝の母がウダの血を継ぐ者とアスランから知らされてから、アセナにとってはどうしても知っておきたい事であった。


「賢帝の母君様はウダの出身であると聞きました。ですが、ウダの郷にはそのお方の事は、伝えられていないのです。パシャの建国の祖の母であるならば子孫に伝えられるべきことですが、全くといって良いほど聞いたことがありません」


 話好きなウダの郷の古老たち。

 祭りや寄り合いの度に濁酒どぶろくに酷く酔いながら、ウダの英雄譚や昔話を面白おかしく子供たちに語っていたものだ。

 郷の娘が王の子を産みさらにその子が皇帝となる立身出世物語は、郷を誇りに思う年寄りの好みそうな話だ。

 だが、只の一度も彼らの口の端にのぼった事はない。子供にはまだ早い艶談や猥談まで嬉々として聞かせていたというのに。


「確かに。疑問に思われるのは当然でございましょうな」


 ヘダーヤトは長い顎鬚をゆるゆると上下に撫でた。


「王に愛され子を産む。子は皇帝となり帝国の支配者となる。女子としての理想といってもよい人生でしょう。しかしウダ族にとっては屈辱的な出来事であったのですよ」

 

 ヘダーヤトは目を閉じ記憶の糸をたどりながら話始める。


 パシャの初代皇帝アスラン一世は父王から続く侵略戦争を勝利をもって終結に導き、現在の隆盛の礎と築いたパシャの英雄である。

 王制を廃し、新たに皇帝を頂く帝政を布いた賢帝との名でも呼ばれ、今でも歴代の皇帝のなかで絶大な人気を誇る人物だ。


「その母君がウダ族の『太陽の子(メフルダード)』、月下で芳香を漂わせる花の名と同じ名を持つマルヤムという女人であるとパシャ正史にあります。絶世と称えられるほどの美姫でパシャ王は深く愛されたとのことです。ただし正妃ではなく数多くいた側室の一人であったと記されておりました」


 ヘダーヤトは茶をすする。


「凡そ三百年ほど前のパシャは未だ王を頂く国でありました。パシャの周囲は小国が林立する……群雄割拠と例えるのが一番相応しいですな、各国が覇権を競っておった時代です。今のクルテガ皇領を支配しておりましたのが、アセナ妃様の御出身元であるウダ族ですな」


 当時のウダ族は辺境の蛮族と蔑まれることもなく、寧ろこの大陸の各地まで商隊を遣わし、貿易で得た財力と交渉力で周辺諸国が恐れる民族であった。

 何ものにも囚われず自由に駆け独自の信仰をもつウダは、多種多様な民族のひしめくこの大陸においても異質な存在であったのだ。


「それでもウダは負けたのですね。パシャに」

「はい。賢帝の父君様、最後のパシャ王はそれはそれは戦上手の戦略家でございました。またパシャ王を支える宰相ケマル・デミレルの謀はまさしく奇想天外そのものでしてな。結果、国としてのウダは滅亡させられたのです。将来の脅威を排除すべくウダ族は老若男女、老人から生まれたばかりの赤子まで徹底的に排除されました」


 つまりは虐殺された、ということだろう。

 だが数百年を経た今でもウダ族は存在している。

 クルテガの山深く厳しい土地に居を移して、細々とそれでも生きている。


「パシャの力をもってしても滅ぼしきれなかったということですか?」

「滅ぼさなかったという方が正しいでしょうな。ウダの精神の象徴であった『太陽の子(メフルダード)』と宗教の棄教を引き換えに、ウダ族の生存を許したのです」

「なんてこと……」


 アセナは絶句した。

 先祖が表立って伝えなかった、そして忘却を望んだ事実。

 代々が信仰していた神を、宗教を棄てるということ。そして民族の象徴であっただろう『太陽の子(メフルダード)』を略奪されるということ。

 どれほどの屈辱と絶望を与えただろう。


「私は全く知りませんでした。知らされもしなかった。……古老は歴史をあえて語らなかったのでしょうね。パシャの民となってすでに数百年。厳しく貧しいウダの郷に生きざるを得ない子らを思いやって」

「左様でございましょうな」

「ヘダーヤト先生。知らないということは、何と罪深いことでしょうか」


 アセナは悲痛な面持でヘダーヤトの皺だらけの指先を見つめる。


「陛下は……アスラン様はご存知でいらっしゃるのでしょう?」

「もちろん全てご存知です」


 ウダの血を継ぐアセナを表舞台まで引っ張りあげる意味はどこにあるというのか。


(ウダ族の私を皇后に据える意味は……。アスラン様は何をお考えになっておられるの)


読んでいただきましてありがとうございます。


今回は本編から離れて寄り道になります。

アスランとアセナのルーツのお話です。

ウダ族とパシャではずっと昔から確執がありました。

今は落魄れて貧困の底にいるウダ族ですが、かつては隆盛を極め、巨大勢力だったのです。

アセナが皇后になるのも周囲がもめそうです。


最近、甘味がぜんぜんないです。

わー、ほんとにない。

ただアスランは良くも悪くも治世者ですので、甘いの似合わないかもしれないとか最近思ってしまったり。


とりあえず甘味欲望は別作品に吐き出していますので、理由要らないけど甘いのお好きな方は是非そちらもお読みくださいね。

「前世から人生をやりなおします!」

https://ncode.syosetu.com/n6147gb/


ブックマークありがとうございます。

なんと評価も頂きました!!

ほんとびっくりです。

自分の好きなように書いてきたので、あまり受け入れられないかもと思いつつ更新してきました。

なので、評価していただけてほんとにうれしいです。

ありがとうございます!


次回も是非お会いできることを祈って。

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