39話:憎しみは深く巣食う。
凱旋式から二十日も過ぎた頃。
オビスから第三位皇妃カルロッテが帰宮した。
都が盛春を向かえ気候も良くなったために、外廷からの帰京要望もあって戻って来たのだ。
アセナはこの日を待ちに待っていた。
カルロッテはアセナが無位の妃の頃は部屋子として仕え、皇妃となってからは唯一といっていい胸の内を明かせる人物である。
階級的には遥かに及ばないが、同い年の二人は閉ざされた後宮に於いては互いに頼りあう必要な関係であった。
アセナは一人で皇妃として歩んでいけるほどの力は未だない。
皇妃としてのアセナを造り上げる柱の一つとして、カルロッテはなくてはならない存在なのだ。
アセナは戻ったばかりのカルロッテを、到着したその日に強引に呼び寄せた。
急な招待を拒むことなく「アセナ、少し痩せたのね?」と可憐な笑顔をうかべカルロッテがアセナの前に現れたのは、午後を少し回った頃であった。
北国出身の皇妃は通された応接室を見回して言う。
「ここは皇后宮というわりに、人気がなくてちょっと寂しいわね。皇后位につこうかという妃の住処ではないわ。アセナ、もっと賑やかで良いと思うのよ。人を増やしましょ」
皇后宮は他宮に比べて勤め明らかに使用人の数が少ない。
皇妃には皇妃の身の回りの世話をする侍女と無位の妃、妃専属の宦官と雑務を果たす宦官、下女など各宮に百人近い人数を抱えることになる。
が、アセナには無位の妃が付けられていないために他宮よりもかなり少なめだ。
これはアスランがアセナの周りに多くの使用人を置くことを望まなかったことが大きな理由だった。
その代わりにアスランの意を受けた厳選された者だけが仕えている。
宦官も女官も忠誠心に篤いといわれる人材が集められ、ゆえにどこの宮よりも統制がとれていた。
最小限の使用人たちがきびきびと働く様はとても気持ちの良いものだ。しかし、女主人に侍る女官たちの数が他の皇妃の半分もいないのは如何なものか。
着飾った侍女たちに傅かれるだけでも格が上がるというものだ。
「ほんとに。無位も何人かは入れるべきです」
「第四位宮から移しましょうか? 国から連れてきた侍女もおりますし、私の宮はかなりの大所帯で余裕があるのです」
カルロッテに続き、第二位皇妃シーラと第四位皇妃オミーシャまでもが意見する。
どうせ会合するなら他の方も招待するべきだとのリボルの意見を取り入れ、急遽呼び寄せたのだ。
「皆様、お気遣いありがとうございます。ですが、今のままで充分です。陛下も無位の妃をこの宮に召抱えることをお好みになられませんし。無位が居ない以上、使用人もそう必要ありませんから」
「えぇ?? 陛下が拒否なさったの? ありえないわ。たとえそうだとしてもこれだと少ないわよ」
一番の年長者シーラが信じられないという顔でカルロッテとオミーシャに同意を求める。
アセナという頭を持つ三人の皇妃はすっかり打ち解けた様子で、あれがダメこれはいいと喧しい。
(姦しいということはこういうことね)
とアセナは眼前の皇妃達を眺め思う。
近隣諸国出身の皇妃達はあの凱旋式の後、三人ともアセナの元に付くと表明した。
諸国の姫が皇后位に付けば国家間の軋轢を生む。
それであるなら“皇帝の意によって選ばれた”アセナに付くのが最善の策だ。
皇妃達の選択はアセナにとっては願ったり叶ったりだった。
掌握せよというアスランからの指示を、実質何もせずに達成することができたのだから。
「あぁほんとアセナ殿には感謝しています。こうして他の皇妃と会うことすら、以前はできなかったのですから」
ヘマント出身のオミーシャは祖国を思わせる大らかさで率直に言った。
「正直孤独で退屈しておりました。私の国には後宮がないので、この生活を理解していても受け入れるのは大変でしたもの」
後宮内では宮女はライバル同士だ。
一度でも皇帝の渡りがあった皇妃は、プライドもあり他宮を訪れる事などできない。
だが皇后(もしくはそれに連なる者)の誘いとあれば集まることも易い。
他国から一人嫁いできた姫君たちは、その内には孤独を抱え込み語り合える相手を求めていたのだ。アセナは救世主といったところなのだろう。
「アセナ殿」
シーラが背筋を伸ばし、
「ヤスミンにはご注意くださいね。あれは権力に取り付かれているだけでなく、陛下に心まで囚われております。嫉妬に狂う女ほど何をするかわかりません」
真摯な眼差しを向ける。
凱旋式でのヤスミンの姿は周囲に強烈な印象を残した。
女という性を強く濃く形作ったような姿はぬぐいきれない嫌悪感を生み、未だにシーラの内に巣食っている。
「ヤスミン様の恋心は存じております。あの方は陛下を愛しておられることも」
(自分も。とは言えないな……)
アセナは自分とヤスミンに被る部分もあり、一概に排除できない感情もあり複雑だ。
「差し上げるばかりで決していただけないというのは、辛いものがありますから」
「……あのね、アセナ」
カルロッテは苦笑する。
「陛下は貴女のことだけは特別に想っておられると思うわよ。他の皇妃とは全てが違うわ。」
「そうでしょうか」
「まぁ! 『太陽の子』が情けない。ちゃんとした眼で御覧なさいな。答えはもう出ているでしょうに」
アスランがアセナのことをどれだけ大事に扱い慈しんでいるのか。
どれだけ柔らかい眼差しを向け、どれだけ話かける声が甘いのか。
第三者から見れば一目瞭然だ。分からないのは当人だけ、ということだ。
「私はアスラン様にとって政争の駒です。それ以上ではありません」
「……アセナ。貴女って馬鹿ねぇ、ほんとに」
その頑なさはなんとかならないかしら、とカルロッテは呆れたように言うと茶碗を持ち上げて優雅な仕草で口をつけた。シーラもオミーシャも同調する。
「いいこと、アセナ。陛下が毎日お渡りになり朝までこの宮に滞在なさってるという意味。もう一度お考えなさい。貴女が懐妊した後も変わることがないという意味もね」
アセナは手にした干菓子を取り落とす。
「カルロッテ様、ご存知だったのですか?」
アセナの妊娠は公にはなっていないはずだった。
もちろんアスランを始め、内外廷の幹部の耳には入っている。
次期皇后の懐妊は大変な慶事であるとともに政治的混乱の誘因となる。公にするためには充分な準備が必要だ。
カルロッテは視線を落とし、低い声で言う。
「アセナ。この後宮にはどこにでも耳があり目があるのよ。完全な機密というのを保つのは不可能よ。……当然ヤスミンも掴んでいるでしょうね。お気をつけなさい。貴女、殺されるわよ」
読んでいただきありがとうございます!
今回は女子会ですw
皇妃が勢ぞろいしました(ヤスミン除く)
きっとめちゃくちゃ盛り上がったんじゃないかなと思います。
ブックマークありがとうございます。
砕けそうになることも多くて(煮詰まって別作品書いたりしてますがw)本当に励みになります。
次回もまた読みにきてくださいね。
ふわふわゆるゆる異世界恋愛も書いてます。
「きみに光を~」とは正反対のテイストです。
ただひたすらイケメンが甘い物語です。
よろしければ是非。
「前世から人生やりなおします!」
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