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32話:アセナ、ヤスミン。そしてシーラ。

 程なくして高らかに軍旗を掲げエリテル将軍とその師団数千がアスランの前に整列をした。

 一団の中でも明らかに周りと違う雰囲気を漂わせた壮年の男が、堂々とした足取りでアスランの前に進む。


世界の支配者(ジャハーンダール)、偉大なる皇帝陛下」と大きくよく通る太い声で口上を述べた。


 壮年の男、救国の英雄であり遠征軍の総司令官カヤハン・エリテル将軍である。日に焼け威風堂々とした英雄の姿に誰もが息を呑む。


「カヤハン・エリテル、勅令を果たし戻ってまいりました」

「長きにわたり難儀であった」


 アスランはエリテルの肩を親愛をこめて抱くと、兵士達や城郭周りに集まった平民達から歓声があがった。

 何度も戦に勝ち、たとえ負け戦だとしても兵の命を何よりも大切にするエリテルは、徴兵制が布かれるパシャにおいて庶民に絶大な人気を誇る英雄である。


「エリテルよ、よくやった。お前なくしてこれほどの戦果はあがるまい。感謝する」


 アスランは心からの笑顔でエリテルを労った。皇子時代、エリテルの副官として従軍していたのは民衆にも広く知られている。


「褒章もたっぷり用意してある。期待していいぞ?」

「ありがたき幸せでございます」


 エリテルは下手くそな俳優のように大げさに礼をすると、アスランの隣に控えるアセナに目をやった。


「これは、アセナ様。皇妃に御成りになられたと伺いました。おめでとうございます。……しかし、しばらくお会いしないうちに、お美しくなられましたな。パシャといわず、この大陸のどこを探してもアセナ様に敵う者などいますまい。父として大そう鼻が高い」

「将軍、それは褒めすぎです」


 アセナは顔を真っ赤にし、

「エリテル将軍、いいえ、お養父とうさま。ご無事にお戻りになられ、安堵いたしました」

 と慣れない様子ではにかんだ。


 三人のやり取りを、第一位皇妃ヤスミンは忌々しい表情で眺めていた。


(称えられるべきは妾であるべきじゃ。あそこは妾が立つ場所であるというのに)


 パシャの英雄を迎える紫衣の皇帝、そして未来の皇后として公衆に披露されたアセナが穏やかに言葉を交わす姿を、ヤスミンは射殺さんばかりの形相で睨みつける。


 皇帝の横は第一位皇妃であり、嗣子ファフリの母である自分こそ相応しい場所だ。

 ヤスミンはそのように育てられ、そのように生きて来た。

 ぱっと出の卑しい娘にさらわれるなどと。誇りが許せなかった。

 何度その現実を叩きつけられても、奥底から湧き上がる怒りは治まる事はなく寧ろひどく高ぶるばかりだ。


 怒りが最高潮に達そうとした時、「ヤスミン殿」と小さいが明らかに侮蔑を含んだ声がし、ヤスミンは声のするほうに顔を向けた。


「臣民に見られておりますよ。そのような醜いお姿、お控えなさってくださる? 今上の皇妃がすべてそうだと誤解されても困りますもの」


 ヤスミンと並んで立つ皇妃の一人、第二位皇妃シーラは顔を真っ直ぐ前に向けたまま、目だけを動かしヤスミンを制した。


 ヤスミンはふっと無表情になるとちらりと侍従宦官に目配せをし、結い上げた髪に飾られた薄絹のベールを下ろさせる。

 淡くぼやける視線に、ヤスミンはわずかに冷静さを取り戻した。


「マルデニテのシーラ姫。パシャの民は愚かではございません。陛下の横に立つ者はどちらの血がふさわしいのかすぐに判断いたしましょう」

「あら、これはおかしなこと。そんなことは口に出さずとも瞭然でしょうに」


 シーラが実際にアセナの姿を目にするのはこれが初めてだ。


(あの方がアセナ様。美しいことは美しいけれど。傾国というほどではないわね)


 シーラは記憶の糸をたどり始めた。

 社交界の人員把握は王族の義務と幼い頃から教え込まれたシーラは、一度言葉を交わした相手を忘れることはない。だが、記憶をいくらたどってもアセナの姿は出てこなかった。

 多く居る無位の妃に埋もれ目立つ存在ではなかったということだろう。

 無位時代は第三位皇妃カルロッテの部屋子として過ごし大そう可愛がられていたというが、それは三位の宮の内だけでのことだ。


(それでも陛下のお目に留まったということは、運命なんでしょうね。陛下にとって誰よりも必要な方ということね)


 シーラは久方ぶりに見る夫の姿に何の感情もわいてこなかったが、アスランのアセナに対する態度には少なからず衝撃を受けた。


 政略結婚といえど子を産んだ自分に対してさして関心もなく、閨の最中であっても徹底して冷酷で人としての心があるのかどうかすら疑ったアスラン。

 それが甘いともいえる笑顔を浮かべ、穏やかに応じる。


(ここまで来ると天晴れだわ。別人ね)


 アスランはアセナを溺愛しているとの話は宦官から聞いていた。

 アセナのために皇后しか住まうる事のできない皇后宮の扉を開け放ち、国宝ともいえる駿馬を与え、さらには帝室所領の離宮の使用も許したというほどに。

 疑ってかかっていたが、実際に目にすると納得せざるをえない。


(残念だけど、ヤスミンが皇后になることはないわね。かわいそうに)


 先帝の皇后が身罷り十年、その扉を開ける者は自分だと信じて疑わなかったヤスミンにとっては最大級の屈辱なのであろう。


 シーラにはヤスミンが抱く感情を理解できなかった。


 隣国マルデニテの王族シーラにとって結婚とは国家間の戦略であり、パシャの後宮に存在することと子を産むことだけが重要なのだ。皇帝の寵愛など二の次だ。どうでもよいことなのだ。


 けれどこのままヤスミンを放って置くこともできない。同じ皇妃として、子を産んだ宮女として、皇帝の不興を買い立場が脅かされるのは困る。

 諌めておくべきだと判断し、シーラは口を開いた。


「今の陛下の尊顔を拝見すれば、皇后は誰がふさわしいなど子供でも分かるわ。ヤスミン殿、あなたのご実家がどれだけ力のある家門だとしても、叶えられないこともあるということよ。諦めなさいな。見苦しい」

「異なことをおっしゃる。この後宮に住まう者で皇后を望まぬ者などどこにいると? 子を産み皇后位についてこその宮女の本望というものでしょう? 今はアセナ妃が寵愛を受けているだけ。移ろいやすい陛下の寵はいつどこへ参るか分からぬ」

「……詮無きことを」


 なんという執着か。

 シーラは舌を巻いた。もうどうにもならない。

 ヤスミンに関われば、何かしら渦を受けるだろう。自らの産んだ双子姫を守るためには、処世のためには誰に付くべきか。


 突然、群衆がどっと沸き、アセナがふいに振り返った。

 太陽のように煌く黄金色の瞳がシーラを捉える。

 何事も見通しているとでもいうかのような瞳に、シーラは身を震わせた。


(アセナ様こそ仕える方かもしれないわ)


 これが正解だ。シーラは確信した。

読んでいただきありがとうございます!


ヤスミン、カルロッテに続いて三人目の皇妃シーラが登場しました。

双子の姫を産んだシーラも隣国のお姫様です。

アスランよりも年上のアラサーw

基本揉め事は避けて通るタイプです。


ブックマーク・PVありがとうございます。

ゆっくり不定期更新になりますが、次回もよろしければ見に来てくださいね!

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