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30話:謀略。

 灯りを落とした室内にアセナの声だけが響く。

 寝台の横に置かれた小さなランタンからの光を受け、アセナの瞳がわずかに黄金色を帯びた。


「『太陽の子(メフルダード)』を産むことですか?」


 アスランは口元を緩めると、「それも魅力的だがな」とどこまでも甘く囁き、アセナを胸に抱き寄せた。


「……お前に求めることは何があっても生きていること。それだけだ」

「生きること?」

「そうだ。近い将来皇后に立つお前はこれから確実に命を狙われる。俺やエリテルの加護があると分かっていても、どこの門閥の出でもないお前の命を奪おうとする者が来る。その全てをかわして生きのびろ」

「それは……」


 なんと無茶を言う、とアセナは言葉を飲み込んだ。

 アスランが言うようにアセナには守ってくれるべき門閥がない。

 アセナを支持する者は軍部の大物エリテル将軍だけだ。民衆と軍部に絶大な人望を持つエリテルだが後宮の奥深くまでは影響力を持たない。


 そんなアセナを唯一守る盾はこの夫だけだ。

 しかも愛情――元よりアスランにはあるかどうかも分からない不確かな感情だ――という儚い盾に縋らねばならないという。

 なんとも難易度の高い作戦である。


(だから無理だと最初に言ったのに。荷が重過ぎると)


 かといって投げ出して逃げることのできる時機は過ぎている。

 リボルの言ったとおりだった。

 もう自分ではどうしようもないところまで来てしまっている。権力争いの濁流に飲み込まれてしまっているのだ。

 河岸に泳ぎつき一抜けなんてできるはずがない。望むだけ無駄だ。流されるだけ流されるしかない。


 そうであるならば。

 最善の手を選ぶほか無い。


 アセナは覚悟を決めた。アスランが生きろというのなら全力で生き抜くだけだ。

 皇后位に就く以上警護はより堅固になり、おいそれと死ぬようなこともないだろう。努力するだけの価値がある。

 アセナはアスランから体を離し、寝椅子ディヴァンの上で身を正した。


「私も命は惜しいので精一杯頑張ります。ですがアスラン様は意味も分からず戦々恐々と狩られるのを待てという。そんなのは嫌です。せめて御心内をお聞かせいただけますか?」

「そうだな。お前も知っておくべきか。もう当事者だ」


 アスランはほのかに色づいたアセナの頬を甲でさらりと撫ぜ、


「俺は内に外に敵が多い。ようやく一つは片付いたが……」


 と深く息を吐いた。


 外患の一つ。

 北の国境を接する国ヴィレッドブレードとの長年の諍いは改善へのとりあえずの道筋はできた。が、三方を諸国に囲まれたパシャにはいくらでも争いの火種が燻っている。すぐに何か起こることは無いが繊細な対応が必要だ。


 それよりも火急な対策をとらねばならないのは外よりも内。内政の方だった。


「俺にとっては国内パシャにいる敵の方が手に余る」


 アスランは胸に抱いたアセナの髪を弄び、何かためらいがちにアセナを見つめた。


「即位した時に俺が何と呼ばれていたか知っているか?」

「えぇ」


 四年前。女衒に売られ後宮入りした最初の日にリボルから聞かされた。


 この後宮の主は冷徹な手を使い帝位を手に入れた先帝の第三皇子。

 簒奪者アスラン、と。


「俺は元々は先帝の第三皇子だ。帝位を継げる位地にはなかった」


 アスランは珍しく滔滔と語り始めた。


 アスランの父である先帝には皇帝としての大きな功績といったものはない。

 帝としては凡庸といっていい。

 政治手腕よりも色好みとして知られた皇帝であった。


 男色に走ることは無かったが女には目がなく、後宮には美貌の女たちが貴賎を問わず多く集められていた。

 当然多くの皇子や姫が産まれ、アスラン自身、兄弟姉妹が何人いるかなど正確な数は分からないほどだった。


「後宮で産まれたのならば母が誰であれチャンスは平等。特に皇子は例え奴隷の女から産まれても、本人の器量次第で権力を手にすることが出来る、と建前ではそうなっているがな」


 実際は違う。

 後宮においても外廷と同じで、パシャが建国され数百年、太平の世が続く現在では門閥と後見、そして出自がものをいう。


 皇子の後見人はそのまま皇子の母の後見人が勤める。

 強権を持つ後見がいる皇子が言うまでもなく帝位を継ぐのである。

 皇帝に即位した暁には後見人のみならず母方の縁者にいたるまで恩恵を受け、パシャにおいて絶大な力を振るうことになる。


 アスランは聡明さも武芸の腕も申し分なく、さらに煌くような容姿と肢体は数多くいる皇子達からぬきんでた存在であったにも関わらず、そう高くない母の出自により宮廷で重んじられる事は無かった。


「無能がのうのうとして権力を貪っているのが許せなかった。酒と女にしか興味のない兄が帝位に就くこともな。俺は十七の時に自ら皇帝になると決めた。出自や門閥など関係ない。己の腕で奪い取ってやると」


 多くいる義母弟と同じように有力貴族か他国に婿入りをするだろうとの周囲の思惑をよそに、アスランは軍人として名を上げ軍部を後ろ盾に着実に地盤を築き力を蓄えた。


 二十歳を越える頃には新興貴族や商人を派閥にとりいれ、伝統門閥出身の兄皇子二人を謀略で陥れ廃した。

 そして皇帝として即位したのである。


 帝位に就いた後、アスランは高潔であることを貫いた。

 優秀ではあるが身分が低く軽んじられていた者を重用し、門閥に属する者達でアスランに従属しない者は容赦なく遠ざけた。

 ゆえに冷遇された門閥貴族や官僚たちはアスランに深い怨恨を抱くようになるのである。


「俺が帝位を継ぐと決め十年、即位し四年。未だに敵対する者も多い。門閥のなかには義母弟おとうとをかつぎ上げて反乱を謀っている阿呆もいる」


 アスランはアセナに酒を酌むように伝え、なみなみと注がれた葡萄アングール酒を一気に煽った。


「政権が安定するまではこれ以上叩くわけにはいかなかったのだが……あの夜、お前が後宮に居ると知り、天啓が下りたと感じたのだ。機が熟したと」

「つまりは私をエサにして群がる後宮内の門閥やそれに連なる奸臣を一網打尽にしたいということですか」

「まぁそういうことだ」


 建国の英雄パシャの賢帝アスラン一世と同じ名前を持つアスランと、賢帝を思わせる『太陽の子(メフルダード)』。

 さらにどこの門閥からも保護されていないアセナは、最高に都合の良い存在ということなのだろう。


「なんて大きい餌なんでしょうね。これだけ大きいと食い逃してしまう間抜けなどいないでしょうね」


 金で買われた身分でどうこう言える立場ではないが、嫌味の一つ二つくらいは言っても許されるだろう。


「恨むか? アセナ」

「アスラン様が決めたことでしょう? その代わりに全力で守ってくださいませ」

「あぁ約束する」

「どなたを排斥なさるおつもりですか?」


 アスランは凝った刺繍の刺されたクッションに身を埋め、ゆっくりと目を閉じた。


「……ラーミン・デミレル。デミレル家の当主だ」

「名門貴族デミレル一族をですか……」


 デミレル家は筆頭臣下でありパシャの名門貴族である。

 そしてアスランの第一位皇妃ヤスミンの出身家であった。


読んでいただきありがとうございます!

ブックマーク、PVもたくさん本当にうれしいです。


ちょっとだけアスランが心中を吐露しました。

屈辱的な子供時代もあったんだろうなぁなんて書きながら思いました。


不定期更新になりますが、次回もぜひ読みに来てくださいね。

またお会いできることを祈って。

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