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28話:サヤンは天に請う。

今回はアセナの幼馴染サヤンのお話です。

めっちゃ長くなりました。

二話に分けた方がいいかなぁ。

三月。

ヴィレッドブレードとパシャとの国境は静かだった。


晴れ渡る空の下、ウダの青年サヤンは愛馬の手綱を握り小川の側で足を止めた。


馬から馬具をすべて取り外すと、桶を小川に浸す。

未だ春は浅く雪解けの水は氷のように冷たい。


馬の背に水を流し、ブラシでこする。汚れの下から艶やかな毛並みが現れた。灰地に黒の斑の葦毛が美しい。

サヤンは白い息を吐きながら小さくいななく愛馬の鼻面をなでる。


「ダルヤー、日差しが暖かいな。もう春だぞ」


極寒の雪の降り積もる峠を越えた大切な相棒だ。凍え死ぬ寸前まで行きながら耐えることができたのもこの馬のおかげだろう。

感謝をこめて丁寧に洗う。


「せいがでるなぁ、サヤン」


土手の上から野太く精悍な声がし、サヤンは手を止め振り返った。


「コサルさん」


サヤンの年上の同僚コサルは人のいい笑顔を浮かべると一気に土手を駆け下りた。

黒髪の青年の隣に並び、余ったブラシでダルヤーの背を共にこする。


「国に帰れると思ったらじっとしてられなくてなぁ。早く美味い蒸留酒ラクを浴びるほど呑みてぇ。サヤン、都に着いたら飲み屋いこうぜ。いい店があんのよ」

「いいですね。でもコサルさんは奥さんに怒られるんじゃないんですか?」


コサルは「サヤンと行くのは無条件で許してくれるんだぜ? イケメン様様だなぁおい」と笑うと、ブラシを桶に放り投げた。


豪放磊落とはこの人の事をいうのだろう。

見上げるような長身に硬く盛り上がった筋肉、太く低く響く声は戦場こそ相応しい。

英雄エリテル将軍の腹心の部下であり、歴戦を供に戦った戦友でもある。


「お前、今回めちゃくちゃ出世するだろうなぁ。エリテル閣下の幕僚入り確定だろ。二十歳前に幹部とかどんだけ優秀だっての。“スナイ参謀殿”、お手柔らかに頼むよ?」

「おだてるのはやめてください。コサルさんこそ武勲をあげたでしょう? 私はたいしたことはしていません」


「何言ってるんだ。お前は誰よりも上手くやっただろ。胸を張れよ。幕僚どころか皇帝陛下の近衛隊長に取り立てられることもありえるかもしれんぞ。」

「それはないです。私は戦場で華々しく首代をあげたわけじゃない。むしろ民草を利用した汚い仕事をしただけですよ。幕僚はまだしも近衛は絶対ないと思います。家柄も良くないですし」

「謙虚かよ! まぁ顔よし、仕事はできて将来有望。さらには偉ぶらない人格者。うらやましい限りだ」


サヤンは愛馬に背をブラシでこすりながら、


「コサルさんはそう言いますけど、私の方こそ貴方がうらやましいです」

「そうか?」


「ええ。家に愛する嫁さんとかわいい子供が待ってくれてるなんて、ほんと妬ましいです。憧れますね」

「ハハハ、妬みやがれ。サヤンは独り者だったよなぁ。今回の戦、お前の働きのおかげで早期決着したようなもんだろ? 太っとい恩賞支給されんじゃねぇの? もしかしたら後宮の女が下賜されるかもしれんぞ?」


「……だといいんですけどね」


「なんだお前、宮女が欲しいのか。後宮の女ってことは諸国の美女ばかりが集まってるんだろ? そのつらで女にもてまくってやがるのに、これといった相手を決めなかったのは面食いだったせいかよ」

「そんなことはないですよ。ピンとくる相手と出会えてないだけです。コサルさんの奥方、美人じゃないですか。どこで出会ったんです?」

「子供のころからの幼馴染だよ。いやぁ美人だって? 世辞をいうんじゃねぇよ。あれはたいしたことねぇ。だけどなぁ胸はでかいし愛嬌のあるやつなんだ。かわいくてしかたねぇさ。いつもは気が強ぇんだが、夜は甘えて……」


「あー、おっさんの惚気ほんと結構です。来年は五人目のお子さん生まれそうですね。おめでとうございます」

「うっさいわ」


冬とともに始まったパシャとヴィレッドブレードの戦は一月前ひとつきまえ終了した。

戦場と定められた国境沿いでは大規模な衝突もなく、ヴィレッドブレード側の内紛により戦線を維持できなくなり停戦。程なくして降伏し、パシャの勝利が確定した。


コサルは懐から煙管を取り出し慣れた手つきでたばこを詰め火をつけると大きく吸った。


「長引くとおもってたけどな。閣下は伊達じゃねぇな。さすがだわ」

「これで英雄エリテルの名声は諸外国にも響き渡りましょう。パシャの軍神にたてつく国はいなくなりますね」

「閣下とヴィレッドの平民に乾杯だ。暴動がなけりゃ長引いていた」


戦のタイミングと同じにして都合よくおきたヴィレッドブレードの暴動。これにより戦局は一気に動き終戦へと向っていった。

まさしく神がパシャに味方したかとも思われる奇跡であった。


しかしこれは偶然ではなかった。

平民の暴動へ繋がる種火は数年前より静かにくすぶっていたのだ。


ここ数年続く天候不良とそれにともなう不作。北国の厳しい領土しかないヴィレッドブレードでは早急に手を打たないと一気に飢饉に繋がる。

が、王は有効な策を立てることができなかった。

じわりじわりと遅効性の毒のように無策ぶりが効いてくる。徐々に平民は飢え始めていた。


火種は次第に大きくなり、パシャと開戦した頃には一触即発の状態であったのだ。

そして戦の緊張と平民たちの不満が最高潮に達した時、暴動が起こった。


巧みに扇動したのは――パシャである。

正確にはパシャによって秘密裏に育てられた密偵により種火が劫火と化したのだ。


戦の気配が漂い始めた頃からエリテルの指示をうけた密偵たちは、ヴィレッドブレードの民衆に忍び、偽情報や物資を投入し続けた。時に甘言をも流布させ庶民の不満を育てていった。


そして民衆は蜂起したのである。

パシャを勝利へと導くために。


国として優位に立つためにパシャの密偵たちは“最後の一押し”を行った。

その密偵の中心がサヤンであった。


古来より肉体も精神も強靭で夜目も利き耳もよいウダ族は密偵に向いているといわれている。

サヤンは特に優れた青年だった。

徴兵されてすぐにエリテルに資質を見出され厳しく鍛えられた。僅か四年でパシャ軍の諜報部に欠かせない人物にまで成長し、この度の戦では神がかった働きをみせるまでなったのだ。


サヤンはダルヤーを軽く拭きながら、苦しい複雑な心境を搾り出すかのように言った。


「ヴィレッドブレードは内乱でしばらく混乱するでしょうね。これからもっと人が死ぬ……貴族や軍人は致し方ないところですが、平民は確実に飢えて死ぬでしょう。任務といえど自分は……」


飢えは過酷だ。

クルテガ皇領、そしてウダの郷を襲った大飢饉は地獄絵図のようだった。二度と目の当たりにしたくない。戦もそして自らがそうなるように導いた蜂起も、民衆にとっては只の厄災でしかないのではないか。


「しかたねぇだろ? 戦争だ。てめえの命があっただけでもありがたいと考えろ。その国のことはその国の奴らがなんとかすりゃいいのさ。一士官如きが憂うことじゃない」

「まぁそうですが……」

「国に帰って、おねぇちゃんを抱くことだけ考えておけばいいんだ。会いたい女いるんだろう?」

「えぇ」


会いたい女はいる。会えるかどうかわからないけれど、とサヤンは曖昧に笑った。


皇帝はアセナを気に入っているようだった。アセナはもう皇妃になったのだろうか。

一目でいい、その姿を見たい。

アセナは庶民を罪のない市民を死に導いた自分を許してくれるだろうか。


サヤンは『ウダの碧玉』と称えられる瞳をより冥くし深くため息をついた。


読んでいただきありがとうございます。


久しぶりにサヤンが出てきました。

アセナと離れて四年の間に、サヤンにも色々あったようです。

サヤンのお話、色々浮かんで入るんですけど、閑話で書けたら良いなぁと思ってます。


ブックマーク・PV・評価ありがとうございます!

とても嬉しいです。

好きなモノを書いていて、それでも読んで頂けるってメッチャ幸せです。


不定期更新になりますが、次回もぜひいらして来てくださいませ。

次回もお会いできることを祈って。

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