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27話:黄昏に君を想う。

 アセナはその場で開封する。


 祐筆ではなくアスラン直筆でカルロッテの療養継続許可とアセナの帰京を命じると一言書いてあった。

 公文書の堅苦しい文章とアスランのサインの下に走り書きがある。


 皇帝の指示を無視して、いつまでそこにいるつもりだ? この国に俺の意に背く者がいるとは知らなかった、と。


 アセナ額に汗が浮かぶ。

 弛緩した脳が恐ろしい記憶を忘却の池から呼び起こした。


(出発する時にアスラン様から十日で戻れとか言われてたっけ……)


 外庭からの知らせも来てたような気もするが、確認もせずリボルに適当にあしらっておいてと命じた覚えがある。

 サアッと血の気が引いた。自業自得といえど、胸のざわめきが止まらない。


 リボルはやれやれといった面持で、かすかに震えるアセナの手元を覗き込んだ。


「ですから何度も申し上げたではありませんか。ご自身でご確認なされないからです」

「分かってる。私が迂闊だったの」


 長閑で穏やかなこのオビスに浸りすぎていたようだ。

 アセナは丁寧に手紙をたたみ、リボルに託すと、真っ直ぐに前を向きシャヒーンを見据えた。


「名残惜しいですが至急支度いたしましょう。ただもう午後も遅い時間ゆえ、いそがせても都への到着は深夜になってしまいます。明日の早朝にオビスを発つでよろしいですか?」

「畏まりました。そのように手配しておきます」

「それにしても……」


 アセナはシャヒーンの後ろに整列し控える近衛兵に恐縮した眼差しを向けた。


「私一人の警護にシャヒーンさんと近衛騎兵二十人とは大げさすぎません?」


 パシャの精鋭・近衛兵は帝室を守る最後の砦であるといっていい。

 その中でもシャヒーンは由緒のある血統や完璧な経歴が求められる皇帝専属の護衛部隊の中隊長である。

 重要な任務を担う兵士がオビスまで無名の皇妃を迎えに来ているのだ。

 警護する対象が違うのではないか。


「少々大げさに思われるかもしれませんが、アセナ様はすでに皇妃様におなりになられておりますので、妃殿下の御警護としては妥当です。近衛の精鋭二十名、全力でお守りいたします」

「そうだったのね。戦後処理で忙しいでしょうに、本当にありがとう」

「いいえ、お気になさらないでください。任務でございますから。最初は陛下御自らこちらへ来るとおっしゃられたのです。それに比べれば何てことはありません」

「陛下が??」


 たかだか皇妃一人のために皇帝自ら足を運ぶなどありえない。

 シャヒーンは苦笑を浮かべ、「陛下はアセナ様のことになると何事もお譲りにならないのです」と呆れたように言った。


 後宮においては異例の避寒療養。そして帝室の宝である名馬を皇妃様に下賜。後宮は皇帝の義務としか捉えていないアスランからは考えられない処遇だが、おそらくは皇妃様への御寵愛の深さゆえということなのだろうと外廷では噂されているらしい。


「それってとんでもないものをおねだりしている高慢な妃じゃないですか。そのように思われているのは心外です」

「アセナ様が我侭というのでは決してありませんが、えぇ……烈帝と称される今上が……」


 もごもごとはっきりしない。シャヒーンの後ろに控えた副官たちも視線を泳がせアセナの方を見ようともしなかった。


「シャヒーンさ……シャヒーン、はっきり言ってもらってもかまわないです。教えてくれませんか?」

「はい。ええと……」


 シャヒーンは観念したかのように語り始めた。


「アセナ皇妃様を御寵愛なさるようになられて、今上は上機嫌であらせられたのです。ところが療養で都をお離れになられて終戦が決まった頃から、激務のせいもありましょうが、以前のように苛烈になられまして……大変厳しく言い渡すことも度々ございます」


「陛下が? 沈着冷静な方だと思っていましたけど。激昂なさるなんて意外です」


「今上はもともと強い情熱をお持ちの方なのです。ただ感情を御されるのが非常に巧みでいらっしゃいます。最も近いところでお仕えする者の前以外では決して感情をお出しになられることはありません」


 だがここ最近は苛立ちを隠さないことも多く、さすがに下働きの者に当たる事はないが、気心を許した腹心には辛らつな言葉を浴びせかけることもあるという。


「ですので、この荒ぶりを側近で審議した結果、アセナ皇妃様がいらっしゃらないからだろうと……」

「ええ?? それは違うでしょう。私が陛下の感情を左右するなど、勘違いです」


 アセナはアスランにとっての政争の駒だ。都合の良い存在でしかない。


「左様でございましょうか。陛下はアセナ皇妃様を大そうお気に召されていらっしゃいますよ」

「はぁまぁそれは……」


 利用価値があるからだ。

 先祖がえりの瞳を持つかつての支配者ウダ族の宝『太陽の子(メフルダード)』。

 偉大な賢帝の威光にあやかり、治世を磐石にするには最高の道具だ。さらにアスランの意で軍部の実力者であり民衆からの支持も厚いエリテル将軍の庇護も得ている。

 自分ほどの適任はいないとアセナ自身も思う。


「シャヒーンも知っているでしょうが、私が先祖がえりだからです。諸国の姫君を差し置いて卑しい身分出身の私を愛でられる理由はそれしかありません」

「アセナ様」


 シャヒーンは顔をあげ、陽の光を取り入れ黄金に煌くアセナの瞳を見つめた。


「その色変わりの瞳は今日初めて明るいところで拝見いたしましたが、とても神秘的で二人と居ない存在であるということは理解いたしました。建国の賢帝と重なるところがございましょう。ですが今上はそれだけで貴女様を重用されておられるわけではないと私は思います」

「私も真にそうであれば良いと思うわ」


 真実はアスランのみ知る、ということだろう。


「ねぇ、シャヒーン。エリテル閣下がお戻りになられるのはいつ?」

「凡そ一ヵ月後です。戦の処理の目処が立ち本陣の撤収も始まっておりますが、細々とした処理に時間がかかっているようです」

「サヤンは、ウダ族のサヤン・ウダ=スナイは生きているかわかる?」

「エリテル将軍配下の士官の死者はいないと聞いておりますので、生存しているのではないかと」

「そう」


 アセナは黒豹のようなしなやかで強かな幼馴染を思う。

 癖の強い黒髪から覗く深く濃い碧眼が懐かしい。日に焼けた浅黒い顔でサヤンは今のアセナの状況を何と言うのだろう。


 あの人懐っこい優しい眼差しで笑ってくれるだろうか、と暮れ始めた空に憂いたのだった。


読んでいただきありがとうございます!


11時台更新間に合わず!! お昼12時台の更新になりました。

会話ばっかり回ですw


ブックマーク・PVありがとうございます。

ほんとうに励みになります。

よろしければ評価等もしていただければ嬉しいです。


不定期更新になりますが、次回もお会いできることを祈って。

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