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26話:長閑な光の下で。

 オビスに滞在して一か月が過ぎようとしていた。


 戦も終わり北へ派遣されていた部隊が戻りつつある都は高揚と喧騒の極みであるらしいが、都から離れたこの帝室私領では何の影響も無い。

 ゆるやかな時間が流れているだけである。


 冬とは思えない穏やかな日差しの中、アセナはリボルや侍女に囲まれ暇をもてあましていた。


 オビスでやることといえば、カルロッテの相手と散策、乗馬、そしてこの療養へ同行したヘダーヤトの講義しかない。

 この日もすべての予定は早々に終了していた。

 庭園に張った簡易天幕の下で侍女や宦官と他愛も無いおしゃべりや特に必要も無い刺繍を刺すばかりだ。


 ほかほかと暖かな日差しは眠気を誘う。


 アセナは複雑な織り模様のクッションにだらしなく体を埋め、睡魔にそそのかされるままに身をやつしながら、ぼんやりと雲が流れていく様を眺める。

 ウダの郷で貧しいながらも必死に生きていた子供時代、農作業の合間に畝に転がり漂う雲を見ては豊かな生活を夢想したものだ。


(郷からは遠く離れてしまったけれど夢に近づいたかな)


 衣食住は保証されたうえに勉強もでき馬にも乗れる。誰もが自分を人として尊重してくれる。あの頃、夢想した世界だ。


(皇后位は余計だけど。うーん、でも贅沢な生活と皇后位で差し引き損はないかな?)


 ふと手を止める。考えれば考えるほど、損が大きい気がしてくる。


(ううん、損ばっかりかもしれない。アスラン様の要望を受け入れるんだから、もう少し好きにしてもいいよね)


 アセナは何か大切なことを忘れてしまっているような気がした。

 だがオビスの長閑な雰囲気のなかで深く考えるのも骨が折れる。

 一旦思考をとめ大きな欠伸をした。


「皇妃様とは思えない痴態!」ではある。

 が、アセナのだらしの無い姿にリボルやアセナ付きの侍女達は見て見ぬふりである。

 滞在初頭こそは諌めていた。しかし日がたつにつれ聞き入れるそぶりも無いアセナに誰も何も言わなくなった。

 ますますアセナは好き放題するが、侍従宦官のリボルは下品な仕草に嫌みったらしい視線をおくりながらも小言の一つも言うことはなかった。


 いずれ後宮に戻れば、今まで以上に厳しい生活が待っているのをアセナもリボルもそして周りの者も理解していたからだ。


 これから先は薄氷を踏むが如しの生涯を送ることになるだろう。一挙一動が注目され些細なことでも批判される皇后という人生を、皇帝から望まれる限り続けねばならない。

 辺境で生きてきた庶民にとって酷なことである。


「さぁアセナ様。そろそろ茶の準備でもいたしましょう。しかしまぁここはのんびりしていいですねぇ。心身の澱が流れ落ちる気がいたしますよ。リボル、老後はここで過ごしとうございます」

「ほんとだね。私も年をとったらこの宮で過ごしたいな。暖かいし。私の隠遁の時までリボルが生きていたらつれてきてあげる」

「なんとお優しい。今日は菓子を多めにお付けいたしましょう」

「侍女達にも配ってやって。あの子たち喜ぶわ」


 女達の嫉妬や嫌がらせのない離宮での生活はアセナの侍女たちにとっても楽園のようなものだ。残飯を撒かれたり、ネズミの死体を放置されたりすることはないのだ。

 後宮でのヤスミンの圧に巻き込まれた形になった侍女たちにも出来るだけ報いたい。不慣れなアセナを支える侍女たちは欠かせない存在になっていた。


「年寄りになるまで待てない。このままここにいたい。もう都に帰りたくないなぁ」

「それはちょっと難しいと思われますよ。アセナ皇妃様」

「え!?」


 背後からの聞き覚えのある声にアセナはあわてて身を起こす。


「シャヒーンさん!!」


 近衛兵の制服に身を包んだシャヒーンが品の良い笑顔を浮かべて立っていた。シャヒーンの後ろにはそろいの制服の近衛兵が整然と並び控える。


(アスラン様の護衛官のシャヒーンさんが何故ここにいるの? それよりも何よりこの気の抜けすぎた姿を部外者に見られたなんて……!)


 アセナは真っ青な顔をしてリボルを見た。

 ほら言わんこっちゃないと言いたげにリボルや侍女が手早く動く。見事な連携で見苦しくない程度にアセナの衣装を調え必死に取り繕い、なんとか体面が整えられた。


「久しぶりですね。シャヒーンさん」


 アセナはすくっと立ち上がり、天幕から歩み出た。

 陽をうけ碧眼が黄金に輝く。

 シャヒーンと近衛一同は息をのみ、その場で跪いた。


「お久しゅうございます。アセナ妃様。この度は皇妃昇格おめでとうございます。皇妃におなりになられましたうえは尊称は不要でございます。私の名は呼び捨てでお呼びください」


 いつかと同じ優しい口調に思わずアセナの口元もほころんだ。


「それでシャヒーン。オビスに用があって来たんですよね?」

「はい。本日は陛下の仰せ付けによりお迎えに上がりました」

 とシャヒーンはにこやかに言いながら皇帝の印章が押された手紙を差し出した。


読んでいただきありがとうございます!

今回は次回更新予定分と合わせて1話だったのですが、ちょっと長くなってしまったので2話に分けて更新します。


設定をすっかり忘れてしまいそうですが、アセナの瞳、青と緑が混ざったような色ですが光を受けると黄色に変わります。

最近作中に出してなかったなぁと反省中ですw


ブクマ・pvとても嬉しいです。


不定期更新ですが、よろしければまた読みにきてくださいね。

次回もお会いできることを祈って。

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