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23話:渡り。

本編戻ります。

ちょっと長くなりました。

 オビスの離宮は広大な皇領の中に在る。

 

 土地の穏やかさと景色の美しさを大層気に入った初代皇帝アスラン一世が、最愛の妃の為に建てた離宮だという。

 時代を経て補修や改築を繰り返し当初の面影は庭園にわずかに残っているだけだが、初代皇帝が愛した自然はそのままだ。

 

 長閑な日差しの中、庭師によって整えられた庭園をゆっくりと巡る二つの影。

 アセナとカルロッテである。


「カルロッテ様、今日はお顔の色がいいですね」

「オビスに来てからとても体の調子がいいのよ。都よりも暖かいせいかしらね」

 

 都からわずか三時間の距離しか離れていないというのに、このオビスという土地は別天地である。空気も緩く冬の底冷えもない。

 別名「避寒の宮」と呼ばれているのも納得である。


「不思議ですね。都からさほど離れていないのに、とても暖かいですね。空気の柔らかさは春のようです」

「そうね、冬とは思えない暖かさね。ヴィレッドブレードを思い出すわ。春の終わりに良く似ている」

 

 カルロッテは花壇の花を一輪手折ると、「遠いところまできてしまった」と誰に言うでもなく儚げに呟いた。

 

 カルロッテの祖国ヴィレッドブレードは冬が長く厳しい。

 北国の民にとって陰鬱な冬が終わり、生命が再び花開く春は特別だ。降り積もった雪が緩み草木が芽吹く春は冬を越すことができ生き残れたと神に感謝する。


 カルロッテも国に居るころは愛してくれた家族や使用人たちと幸せにひたりながら春を迎えたものだ。

 国のために他国に嫁がされ、家族が誰一人おらずたった一人迎える春。何と侘しいものか。


「お国にお戻りになりたいですか?」

「……帰ったところでもう祖国には居場所は無いわ。懐かしいけれど戻れるところではないの。国王陛下おじさまは決してお許しになられないでしょう。とても寂しいけれど」


 パシャとの橋渡しを望まれていたが、両国間の緊張は解けず最悪の状況にまで陥っている。

 

 カルロッテは祖国との戦が始まった直後、ヴィレッドブレード王からの密書で自分が切り捨てられたことを知った。

 利用価値の無くなった国王の姪など枷でしかないのだろう。

 国へ帰る道も絶たれ、かといってパシャにおいても居場所もない。対戦国出身の姫など針のむしろである。第三位の皇妃といえど、子もなく後見すらない寄る辺の無い不安定な身の上だった。


「もう子を成すことも無理でしょう。残りの人生はパシャのどこか静かな離宮でのんびり過ごしたい。贅沢かしらね」

「カルロッテ様……」

「あら、そんな顔しないで。私のことはいいのよ。それよりもアセナ、帰京した後のことを考えないと。今頃大騒ぎになっているはずよ」

「はぁ……」

 アセナは複雑な表情でため息をついた。


 この離宮に出発する前日の夜。

 アセナの元にアスランが訪れた。正式な手続きを経た上での“渡り”だ。


 その日、アセナは名実ともに皇妃となった。


 新しい寵妃の誕生に第三位の宮のみならず後宮中が沸いている、とリボルから伝え訊いてはいる。

 ただアセナ自身は翌日の午前中には後宮を出、離宮に向ったので体感はしていない。第三位の宮の宦官や女官達の浮き足立った雰囲気を感じた程度である。


「気をしっかり持ちなさい。アセナ」

 

 小柄なカルロッテがアセナを見上げて微笑む。


「陛下が自らお選びになったのよ。自信を持っていいの」

「はい」

 

 アセナは覚悟していた。

 後宮にいて皇妃候補となった以上、無位のまま後宮で過ごすという夢はとうに諦めていた。

 夜伽は避けられない。いつかはせねばならない。

 ただただとうとうきてしまったのかという諦めに似た感情があるだけである。

 それよりも床の中でアスランから聞かされた言葉の方が、初めての伽よりもアセナにとって衝撃であった。


 あの夜、甘く濃く男女の営みの残り香が漂うなかでアスランはアセナを胸に抱き静かに告げたのだ。

「いずれお前を皇后として立てる」と。

 

 アセナは絶句した。


「アスラン様、いったい何を……」


 驚きと恐怖で心臓は激しく打ち、体は小刻みに震えた。

 皇妃よりも高位の皇后位。ほぼすべての後宮の女が目指す場所である。が、アセナには全く興味も無く、階級的にも縁の無い位地だ。


「私には身に余るお役目でございます。皇妃という位でさえも分不相応であるというのに、皇后は……どうか御考えお改めくださいませ」

「前にも言っただろう? 最初から決めていたと」

 

 アスランはゆっくりと語り始める。

 思いつきで言っているわけではなく、アセナを見出した時から決めていたこと。

 教育係としてパシャの大賢者ヘダーヤトを付けたこと。ヘダーヤトは皇室のそれも直系の皇子にしか個人的に教授することは無い。それをあえてアセナにつけた。


「皇妃程度ではありえない待遇だ。お前には教養がない。皇后は後宮に篭っていればいいというものでもないのだ。外廷での公務も多くある。俺の横に立たねばならんこともあるだろう。皇后位につくお前には絶対に必要だからな」

「……ヘダーヤト先生も全てご存知の上で教授してくださっていたのですね」


 あの白髭の老師は一切おくびにも出さず、いずれ皇后に就く者をそれなりに仕立てるためにアセナと接し教育していたのだ。

 

 アスランに如何なる思惑があったとしても、アセナはヘダーヤトの師事できて幸せだと思う。ヘダーヤトのように深く広い学識をもつ人格者に直接教育を受けることなど、女の身ではありえないのだから。

 

 アセナの中ですべてが符合した。


「名門貴族出でもなく後見もいない。飛びぬけて端麗でもない『太陽の子(メフルダード)』というだけでアスラン様の御寵愛をいただいていましたのも、合点がいきました」

 

ウダ族という辺境の民が持つ『太陽の子(メフルダード)』。初代皇帝とその母の証であり、帝室において尊重される存在であるということは聞いていたが、後見のいない身でここまで重用されるのには何か深い訳があってのことであろうとアセナは考えていた。

 

 たが明らかにアスランに惹かれている今。

 大切にされているのがアスランの愛情によるものであればよいと心の片隅でほんのわずかだが期待していたのだ。


 けれど実際はどうだ。

 閨を供にして理解した。

 アスランの瞳には欲は満ちていたが、愛しい相手に与えるような慈しみは無かった。


(私はアスラン様の政争の駒でしかない)

 結局は策謀の道具の一つでしかなかった。


「俺を恨むか? アセナ」

「いいえ、アスラン様の御心が知れて安堵いたしました。少しは思ってくださっていればと期待もしましたが、全くの勘違いでございました。むしろ清清しいほどです」

 

 想いを奥底に隠して感情を出さずにアセナは言った。アスランはため息をつくと体を離し、「……もう休め、アセナ。俺も今日はここで休む」とアセナの頭をことのほか優しく撫でた。

 アスランの掌は大きく温かく心地がよかった。

 程なくしてアセナは眠りに落ちたのだった。


読んでいただきありがとうございます!

前回から少し間が空いてしまいました。

23話目の更新になります。


アセナが名実ともに皇妃になりました。

カルロッテが幸せになれるといいなぁ。


ブクマ・PVありがとうございます!

とても励みにしています。


次回もお会いできることを祈って。

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