22話:謀は密なるを良しとす。
アスラン目線のお話です。
帝室の私的な生活を行う内々な場である後宮を内廷という。
対して。
政務や皇帝の生活の場を外廷とこの国では呼んでいる。
パシャでは皇帝は外と内の廷を諸事に合わせて行き来するのが常だ。
アセナがアスランからの勅書に胸をざわつかせていた同じ頃。
皇帝アスラン・パッシャールは窓を背に執務机につき黙々と作業をこなしていた。
アスランが居るのは外廷の皇帝執務室である。日常のほとんどを過ごす場所であり、パシャの政治の中心地だ。
外廷はその国の顔でもあり権威を示すため豪奢な装飾が施される。が、この執務室は趣きが異なっていた。
部屋の主の性格を映し出したかのように絵画やタピストリーが掛けられるはずの壁には天井まで棚が配されギッシリと書類や本が詰め込まれ、装飾を一切排除した家具が無造作に置かれてる。
広大な領土をもつパシャである。
皇帝が全てを把握するのは不可能であり、大半の案件は官僚や上級文武官が処理し、重要な事項のみアスランの元に上げられる。
しかし如何せん内憂外患の昨今。
厳選しても膨大な裁可案件がアスランの手元に届けられることになる。
平素から過分な量であったが、ヴィレッドブレードとの戦が始まり、さらに倍増していた。
ここ数日は執務室と自らの寝室の往復のみで後宮に顔を出す時間すらない。
うっすらと疲労のにじむ顔はどこはかとなく色気が漂う。
「陛下、エシュヌンナからの報告でございます。御裁可をお願いいたします」
パシャ人としては珍しい淡い金髪碧眼の壮年の男――寵臣カルネウスがアスランの前に書類を広げた。
アスランは顔を上げることなく差し出された書類の隅々まで目を通し、机の正面で控えるカルネウスに問いただした。
「灌漑工事の遅れがでているな。何故上手く行っていない?」
「先日季節はずれの豪雨がありまして、周辺地域に多大な被害が出ました。現場の要望により灌漑工事を一時的に中断して復興作業を行っております。工期の遅れはその為でございます」
「いい対応だ。エシュヌンナに増員増資の指示を出しておいてくれ。雨季が来るまでには目処を立たせるように」
アスランは頷き癖のある字でサインを入れていく。
カルネウスは裁可の終了した書類と新たな書類を差し替え、直前に受けた使者からの情報を上申し始めた。
「北部戦線も順調に進攻しております。エリテル将軍の采配が見事でして、ヴィレッドブレード側は攻め手に欠き停滞しているようです。我が軍の被害も最小限に抑えております。“工作”の方も順調に進んでおりますので、あと2ヶ月もすれば収束に向いましょう」
「さすがエリテルだ。期待以上だな」
アスランはふと手を止め、
「エリテルに褒賞を考えておかねばな。未来の皇后の養父殿だ。相応しいものを用意しておかねばならん」
「……陛下。御心にお変わりはないということでございますか?」
「あぁ、計画通りだ。変更は無い」
視線も上げずに言うと、アスランは裁可の終わった書類をカルネウスに押し付けた。
「カルロッテ皇妃様とアセナ皇妃様の宮外療養を、後宮の規約を不意にしてまでお許しになられましたのも、そのためでしたか」とカルネウスは苦々しく応える。
「おかしなことを言う。療養を願い出た妃に慈悲を与えるのは夫として当たり前だろう?」
アスランは意味深に眉を上げた。
言葉のみで聞けば素晴らしい配慮であるといえよう。だが寵妃を心から慮って許可を与えたのではない。
これから実行する謀の妨げにならないように“こちらの不利にならぬよう一片でも傷つくことのないように”排しただけだとカルネウスは理解した。
帝位を継ぐ以前の皇子時代から仕えている主である。
カルネウスは誰よりも近くでアスランを見てきた。
この国の皇帝アスランは情が厚く、一度でも接するとその秀麗な容姿と豪胆な心意気に魅了される者も多い。
しかし決して表には出さないが冷酷極まりない一面も持っている。
アスランの定める基準から外れるものは容赦なく切り落とす。例えそれが自らの血縁者や歴代仕える忠臣であろうとも。
即位して四年。後宮の宮女に興味も持たず、政務に支障の出る相手にのみ義務として渡ってきたアスランが満を持して動き始めたのだ。
「ヴィレッドブレードの姫であるカルロッテ皇妃様はまだしもアセナ皇妃様は平民出身でいらっしゃいます。そこまで御執心なさる理由がありましょうか」
「アセナは全てにおいて理想だ。用いらぬ理由がどこにある」
アスランは筆をおき、立ち上がると背後の窓から外を眺めた。
「なぁカルネウスよ。俺が諾といっているんだ。自分の意で自由に出来ぬのなら後宮なんぞ必要ないと思わんか?」
「左様でございますが」
この国の宰相を輩出する家柄の娘よりも辺境の民ウダの娘を重用する。充分に準備し意図があってのことだが、国の乱れにも繋がりかねない。
カルネウスは心底アセナに同情した。
無位の目立たなかった娘が他人の意に巻き込まれ振り回されていくのは忍びないが、アスランがこうと決めたのなら仕方が無い。
「お止めしてもお聞きくださらないでしょうから、この件に関してはもう申しません。御心のままになさるとよろしいでしょう」
「さすがだな、カルネウス。ところで俺も妃の療養に同行したいのだが?」
「陛下がご自身でお決めになられたことといえど……」
カルネウスは自身の机に戻り、裁可待ちの書類を山のように抱えてきてはアスランの机に積み上げると、
「こちらを処理していただかないと政が動きません。よろしいでしょうか? 皇帝陛下」
有無を言わせぬ悪魔の如く愛想のいい笑顔を浮かべた。さすがのアスランも苦笑するほかなかった。
読んでいただきありがとうございます!!
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最近スランプ気味でして、まったくアイデアが浮かびません。
時々覗きにきては励みにさせていただいています。
午前中に人物紹介をアップしました。
是非参考に!
次回もまたお会いできますよう。