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18話:高慢と嫉妬。

 アセナはアスランの醸し出す甘い空気に耐えられなかった。


 とても居心地が悪い。

 こんなときはどうしたらよいか、経験の無いアセナには分からなかった。この落ち着かない気持ちをごまかそうと、うつむきながら口を開いた。


「一つ、質問をお許しいただけますか?」

「あぁ。俺で答える事ができることなら」


 幼い頃から賢者ヘダーヤトの教育を受けていたアスランは博学であり、アセナは感心することばかりである。

 問えば、大抵は納得のいく返事がくる。

 アセナは姿勢を正し座りなおし、アスランを正面に見据えた。


「陛下やヘダーヤト先生のおっしゃった“先祖がえり”というのは何のことなのでしょうか」

「まだ言ってなかったか」


 アスランはアセナの瞳を覗き込む。


「パシャ帝国の初代皇帝アスラン一世を知っているだろう? この国を造った偉大な皇帝だ。アスラン一世はウダでいう『太陽の子(メフルダード)』だ。以来、帝室では“先祖がえり”という隠し言葉で『太陽の子(メフルダード)』を呼び重用する慣わしがあるのだ。男子であるならば重臣として女子であるならば妃としてな」

「え、あの賢帝が??」


 初代皇帝アスラン一世は小国であったパシャを広大な領土と属国を従える帝国にまで発展させたこの国の建国の英雄だ。学のないアセナでも知っている。

 だが『太陽の子(メフルダード)』であったことは初耳である。


「あまりおおやけになってはいないが。確かなことだ」

「『太陽の子(メフルダード)』はウダ族独特のものであると思っておりました。パシャ帝室にもいらしたなんて思いもよりませんでした」

「違うぞ、アセナ。『太陽の子(メフルダード)』はウダだけのものだ」

「……賢帝にウダの血が入っていたということですか?」

「そうだ。アスラン一世の生母はウダから嫁いできた者、それもお前と同じ『太陽の子(メフルダード)』だ」


 アセナにとって初めて知る事だった。

 ウダの郷に居る時も一度も耳にしたことはない。おしゃべりな郷の古老が知っていて語らないということはありえない。


 つまり後世のウダの郷にはその事実は一切伝わっていないということになる。この強大なパシャを築いた皇帝の生母ともなれば、一族上げて永久に称える事であるはずだ。

 あえて伝えなかったということは、当時のウダにとってパシャの皇帝の生母は忌むべき存在であったということなのか。


 アセナはおののいた。


「それで私を皇妃に……」

「理由はそれだけではないぞ。お前は忘れてしまっているだろうが、俺は……」


「少々お待ちになってください! どうか! どうか!」


 突然、甲高い声が響いた。


 扉の外からリボルと誰かしらの押し問答が聞こえる。

 一瞬静まり観念したかのように静かに扉が開け放たれた。と同時に、衣擦れの音とともにすらりとした女性が扉をくぐり長椅子に並んで腰をかける二つの影を忌々し気に見つめる。


「まぁなかなか通してもらえぬと思うたら……。ほんに仲のおよろしいこと」


 と艶やかなけれども差すような毒を含んだ声を発した。

 声の主……丁寧に結い上げた髪に大ぶりな真珠の髪飾りを差し豪奢な衣装を身にまとった第一位の皇妃ヤスミンである。

 今日の装いは一段と豪華で皇后と言われても違和感がないほどの貫禄だ。


「無位からここまで登っていらしたうえに御寵愛も深いとは、うらやましい限り。のぅ、アセナ殿」

「ヤスミン様!」


 振り返りながらアセナは慌てて立ち上がると深く頭を下げた。

 アスラン来訪でごたごたしてしまい後手に回ってしまっていたが、本来ならばヤスミンとの約束の時間である。すっかり油断していた。


「よ……ようこそおいでくださいました。お出迎えできず申し訳ございません」


 アセナは動揺を隠せない。

 ヤスミンは感情の読み取れない笑顔を浮かべスッスと衣擦れをさせながら何とも優雅に歩み寄り、朗らかに祝いの言葉を述べた。


「アセナ殿。皇妃への昇格おめでとうございます。この度はほんによろしゅうございました」

「ありがとうございます」


 アセナの胃がキリリときしむ。


「どこぞの賤民が……あぁ山深い辺境の民、ウダの民であったかのぅ、そんな不確かな出で皇妃になるとは他に類をみないことじゃ。さすがカルロッテ姫の部屋子でおられる。どんな手で陛下を陥れたのじゃ?」


 アセナの顔が強張った。

 皇妃に昇格することが決まり、同位の無位の妃からは嫌味も暴言も浴びせられていた。

 だがヤスミンほどの高位にある者からの、直接的な憎悪は初めてである。


 後宮だけでない。

 生まれてこの方、これほど自分の生まれを卑下されたことはない。

 あまりの侮蔑にアセナは顔色をなくし、怒りに持っていかれそうになるのを必死に堪えた。


(私のこともだけど、カルロッテ様まで卑しめるなんて……許せない)


 アセナが抗議しようと口を開きかけた時、視界にヤスミンの後ろで打ち震えているリボルが入った。アセナと視線が合うとひどく不機嫌そうな顔で「言い返してはなりません」と声を出さず口だけを動かした。

 パシャ臣下で最上位にあたる宰相家に反抗すれば、アセナだけでなくアセナの後見のエリテルにまで害が及ぶかもしれない。

 ここは耐えるほかない。


「もしや、もうその腹に御子を孕んでおるとかいうのではあるまいな」


 リボルと並んで控えていたシャヒーンもありえない光景に声を失っていた。皇帝の寵妃に何と言う無礼。そしてそれはアセナだけでなく皇帝までも愚弄したも同然だ。

 しかしヤスミンは口を止めることはなかった。


「女衒に売られただけある。さすが女郎あがりじゃの。本来なら四人までの皇妃の定めを曲げてまで五人目を設けさせた。見かけは普通の娘であるというのに、なんという手練てだれか」


 アセナは震える拳を握り締めた。


(だめ、我慢できない)

 

 口を開きかけて、ふと拳にぬくもりを感じ目線を落とした。アスランの手が添えられている。

 アスランは首を振り、


「いい加減黙れ、ヤスミン」


 冷たく低く言い放った。

 静かだが一切の反論は許さない、そんな厳しさがあった。


 一気に沈黙が訪れる。

 

 ヤスミンは沈黙を裂き典雅な微笑みを浮かべ、アスランの足元に跪いた。


「お久しゅうございます。皇帝陛下。いいえ、我が夫君」



読んでいただきありがとうございます!

ブックマークも嬉しいです!

励みになります。


今日はクリスマスイブですが、今回はすごいドロドロなお話になりました。

ヤスミンさん怖い……。


次回更新は明後日を予定しております。

またお会いできることを祈って。

皆様に多謝を。

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