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16話:戦乱の足音。

今回少し長めになりました。

 ヤスミンが悋気に身を振るわせた同じ頃。

 アセナはぼんやりと降り続く雨を眺めていた。


「すごい雨ね」

「全くでございますなぁ」


 相槌をうちながらリボルは茶菓子を皿に並べていく。


 今日の菓子はウダの郷のあるクルテガ皇領産の干したイチジクとサンザシである。アセナが五人目の皇妃に内定したという話はウダの民の住むクルテガ皇領にも伝わっているらしく、日々なにかしらの品物が献上されていた。

 この干し果物も今朝アセナの元へ届けられたものだった。


「準備ができました。お茶が冷めないうちにお召し上がりください」

「ありがとう、リボル」


 アセナは席に着き、湯気を上げる茶碗を手にした。

 干しサンザシの実を一つ口に入れ、咀嚼する。強い酸味と干したブドウと香辛料が混じったような独特の香りが口いっぱいに広がった。


「懐かしい。美味しいわ」


 サンザシはウダの郷にも自生している身近な果物であった。酸味があり生でそのまま食べるよりも、加工して保存食として用いるのが主流だ。幼い頃のアセナと兄弟は、空腹を紛らわすために酸味を我慢して生のまま貪り食っていたものだった。


「左様でございますか? リボルはサンザシは苦手でございます。この酸っぱさは何とも好きになれません」

「都会育ちのリボルには口に合わないのね。美味しいのに」

「そういえばアセナ様」


 先ほど宦官の詰め所で聞いた話ですが、とリボルは前置きをしてひどく深刻な顔をする。


「とうとうヴィレットブレードと戦が始まるそうですよ」

「え? 北の国と? 北の国(ヴィレットブレード)はカルロッテ様の祖国でしょ? 戦にならないように協議しているってカルロッテ様おっしゃってたけど」


 ここ数年、国境付近で小競り合いが続き緊迫した関係であるというのは聞いていた。カルロッテが時おりもらす言葉から綱渡りのような交渉が行われているらしいと想像はしていた。


「それに陛下のご指示もあったのでしょう? それでもダメだったの?」

「パシャよりも向こうが上手うわてだったようです。交渉が決裂したそうで、開戦が避けられなかったようです。こんなことになって、カルロッテ様のご心労いかばかりか……」


 カルロッテはヴィレットブレード王の姪である。

 もろもろの国際問題回避のために、パシャ皇帝に対する楔役を託され後宮に送られてきたのだ。

 入内四年、祖国から重大な期待を担わされたカルロッテは、しかしパシャ皇帝に取り入る事も子を身篭る事もできずにいる。ヴィレットブレード王の目論見は外れたといっていい。

 役に立たないとみられたカルロッテは祖国からゴミのように棄てられるのだろう。


 アセナはカルロッテの心中を察して暗澹たる気持ちになった。


「カルロッテ様が心配ね。元々御体が強くない方なのに」


 ここ数日カルロッテは体調が優れず、今日は寝台から離れることすら出来なくなっていた。

 祖国との戦。敵の牙城にたった一人で耐え抜かなければならない心労は如何ばかりだろうか。


「明日にでも見舞いに参りましょう。カルロッテ様はアセナ様を信頼なさっておいでです。きっとお喜びになられましょう」

「そうね。クルテガの干し果物も持っていきましょう。少しでもお慰みになるかも」


 アセナはため息をついた。


(私には出来ることなど何もない。なんて無力なの……)


 外で戦争が起こっても、この都の王城の奥深くにある後宮には何の影響もない。

 いつもと変わらない日々が過ぎるだけである。

 こうして菓子を食み、茶をすすり、堅く守られた世間とはかけ離れたところで安穏に過ごす。


(せめて戦が早く終わりますように)


 この後宮の一室で祈ることしかできない。


「アセナ様。もう一つお知らせが。第一位皇妃ヤスミン様より面会のご希望がまいりました。本日中にいらっしゃるとのことですが……こちらの都合など考えもせずに、あまりの無作法でして……。如何いたしましょう? アセナ様を見下しているというか、リボルはらわたが煮えくり返りそうです!」


「リボルちょっと落ち着いて。私はまだ無位なんだから下でいいの。でもヤスミン様が何の用かしら?」

「それは敵情視察でございましょう。陛下の御寵愛を戴くアセナ様への牽制でございますよ」

「寵愛だなんて。私は未だに無位なのよ?」

「伽が未だだというだけです。陛下が足しげくこの宮にいらっしゃることは周知の事実でございますよ」


 これが御寵愛と言わずして何と言いましょう、とリボルは大げさに笑った。


「……ほんと自分の出世が絡むと嬉しそうに言うよね」

 自分の輝かしい未来に胸が高鳴るリボルを苦々しく見つめた。






 朝から降り続く雨は午後を過ぎた頃には雨脚は弱まり、うっすらと雲間から光が差し始める。

 山深い峠道を一騎の騎馬が越えようとしていた。

 

 葦毛の馬を器用に操るのは分厚い外套に身を包んだウダ族の青年サヤンである。


「ダルヤー、大丈夫だ」


 峠道はひどくぬかるんでいた。

 一歩進めるごとにズブリと沈み込み思うように馬の歩が進まない。

 ぬかるみに足をとられ馬が大きくいなないた。


「無理をさせてすまなかったな。ゆっくりいこう」


 サヤンは愛馬の首を優しくさすり声をかけ、不安にいななく馬から下りると手綱を引いた。

 足に力をこめ、峠道を登る。

 この峠を越えるとヴィレッドブレードに入る。国境までもう少しだ。


「峠を越えたら村がある。そこで休める。ダルヤー、もう一息だ」


 外套の頭巾から雨水が滴り落ち癖の強い黒髪をぬらした。

 冬の雨は容赦なくサヤンから体温を奪っていく。すでに歯は震えでかみ合わず、手の感覚も無い。ウダの苛酷な環境で育ったサヤンですらそろそろ限界が近いようだ。


「がんばろう」


 愛馬ダルヤーに語りかけつつサヤンは自分自身の気力を奮い起こした。


(何としても武勲をあげるんだ)


 アセナと再会した日。

 ヴィレットブレードとの開戦が確実となり、サヤンの仕えるエリテル将軍が総大将として派遣されるのが決まった。

 

 皇帝がわざわざ地方の守備を担っていたエリテルを呼び寄せたのも、パシャの英雄であり希代の戦上手で知られるエリテルの力でこの戦を早期終結させたいがためだった。


 あのヘマント風商家からの帰り道、馬上のエリテルは付き従うサヤンを振り返りながら言った。


「サヤン、お前にしかできない任務をやろう。武勲を立てたいのならば必ず成功させてみせろ」


 エリテルが自分に与えてくれた好機。

 何としても成功させねばならない。


(力をつけなければ。力が無い人間は何も成し遂げれない)


 サヤンは歯を食いしばった。

 都を発ったのは1週間前のこと。国境近くまでは整備された街道を駆け、より密かに国境を越えるためにこの峠道を選らんで二日。

 目的地はもうすぐだ。


(アセナ、俺は強くなって這い上がってみせる)


 サヤンは気力を振り絞り足を進めた。


読んでいただきありがとうございます。

16話目の更新です。


なんと今日(正確には昨日ですが)でアップし始めて一か月!!

2日に1回の更新ですが、なんとか続けられました。


読みに来てくださる方、ブックマーク・感想・評価つけてくださった方、皆様のおかげです。

本当にありがとうございます!

これからもよろしくお願いします。


次回は明後日更新予定です。

またお会いできることを祈って。



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