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14話:5人目の皇妃

「気に入って……そんな御理由でですか?」


 サヤンはあきれ返った。

 アスランは人好きのする笑みを浮かべ、アセナの額に唇を寄せる。


「悪いか? 俺もこの国の皇帝だ。自らの後宮の女を自由に選ぶ、それくらいのわがままは許されてもいいと思うが?」


 如何にも女好きを装うアスランに、サヤンは表情を変えず胸中で悪態をついた。


(誤魔化されたか)

 やはり本心は言わない。この男は、一つの国を支配する男は、何を秘めているというのか。


「サヤン、お前はいい面構えをしている。このまま励めば数年もすれば国中に名を轟かせる将になれるだろう。ウダ族というのはアセナといいお前といい実に面白い。……サヤン、俺の下に来んか? 有能な人材はいくらでも欲しいんだ」

「御戯れをおっしゃる」


 サヤンは小さくため息をつき、大げさに首を振った。


(このお方は本当に人が悪い)

 サヤンがアスランの思惑を察したの同じように、アスランはサヤンの想いに気づいているはずだ。


「私はエリテル閣下の近侍です。陛下の御許で御仕えするなど畏れ多いことです」

「それは残念だな」


 アスランは口元をかすかに緩めた。



 閑静な庭園に風がそよぐ。

 楼閣から老人と中年男性の賑やかな笑い声がもれ聞こえてきた。

 エリテルとヘダーヤトの酒宴が盛り上がっているのだろう。


 アスランはアセナの手を引き楼閣へ向けゆっくりと歩き始めた。


「アスラン様」


 アセナは隣を歩むこの国の権力者を見上げる。


「私が無位から皇妃に昇格する、ということでございますか?」

「ああ。すぐにではないが。時をみて上げるつもりだ。……嫌か?」


 アセナはふと足を止め、


「……私には荷が勝ちすぎます。とてもお役目を果たせるとは思えません。どうか別の御方を」

「アセナ、もう決めたことだ。急なことで戸惑うのは分かるが、新たな皇妃にはお前しか考えていない。今の後宮においてお前以外は在り得ない」


(……断ることもできないのね)

 アセナは夜空を見上げた。


 いつの間にか月が真上に来ていた。満月の光は閑かに降り注ぐ。


 真横から伝わる温もりと森の香りは、現実のものとは思えない夢のような心地にアセナを導いた。

 ぐらりと心が揺れるのを感じる。

 平穏無事な生活を望むのなら、絶対に抱いてはいけない感情だというのに。


(これが本当に幻だったらいいのに)


 アセナはそっと月に願った。

 今のままで自分が自分でいられますように、と。



 数日もしないうちに新たな皇妃が序せられるという案件は後宮中に広がった。

 五人目の皇妃候補は平民、しかも辺境の少数民族出身の娘であるという。

 当事者であるアセナはその渦中にあり、反応の大きさにうんざりしていた。


「そっとしておいてほしいのになぁ」

 アセナは独りごちた。


 後宮の敷地を散歩するだけで、宦官や下女達が次々とひれ伏し口上を述べ、尻がむずかゆくなる居心地の悪い思いをしなければならなかった。


 さらに部屋を与えられてから完全無視だった同僚たちが、アセナの顔を見かけるたびに擦り寄ってくるのである。

 皇妃昇格が公になった翌朝からアセナの部屋を訪問する無位の妃は途絶えることもなく、他の皇妃の宮からもわざわざご機嫌伺いに無位の者が訪問してきては、その度に不快にさせられた。


 ついこの間まではつまはじきにしていたというのに。その見事な手のひら返しに辟易した。日和見が過ぎる。


「リボル。これなんなの。私まだ無位でしょ?」


 アセナはリボルの淹れた茶をすすりながら、忌々しそうに言う。


「もう内定がでていらっしゃるのだから、皇妃に成られたようなものです。あぁリボルは思っておりました。アセナ様は磨けば光る玉であると。陛下のお眼鏡にかなう時が、いつかいつかこの時が来ると信じておりました」

「あんたって調子良すぎ。自分の出世のことしか考えてないくせに」

「これは心外な。常にアセナ様のことを一番考えておりますよ」


 リボルはするすると太鼓腹をさする。


(これからは気をつけておかないといけないな。アセナ様には味方よりも敵の数が多すぎる)

 突然の昇格、そして高名な将軍の後見。全てが皇帝自らの指示により進められているということも衝撃をもって後宮に伝えられていた。前代未聞、異例のことだ。


(とりあえず他の皇妃の宮を探っておかねば)

 特にパシャ出身の皇妃であり、現在唯一の嗣子を成した第一位皇妃ヤスミンは心穏やかではないだろう。平民、しかも身売りされた者が大貴族を差し抜くなど誇りが許さない。


「とはいえ……」


 リボルが言いかけて、部屋の入口に視線を動かした。体に似合わない俊敏な動きで、扉を開ける。

 小さな影がするりと薄暗い室内に入ってきた。


「カルロッテ様」


 キラキラと輝く金髪の儚げな姿のカルロッテである。重さを感じさせない軽やかな足取りで、アセナに駆け寄った。


「よかったわね、アセナ」


 珠が弾けたような美しい声だ。


「やっと後見が決まったのね。しかもエリテル将軍だなんて。安心したわ」


 アセナはきまりが悪そうに、


「ご存知でしたか?」

「ええ。聞いたわ。本当によかった。前々から陛下が強くお望みでいらしたのよ。アセナを五人目の皇妃にしたいと」

「ですが、カルロッテ様。貴女様は陛下のご寵愛熱く、皇妃様方のなかでは一番の……」


 アセナが皇妃になるということは、カルロッテからすれば寵を競うライバルが増えるということだ。


「私の元に陛下がお渡りになられてたのは、四人いる皇妃の中で私だけ子を成していないからよ。私の祖国ヴィレットブレードに対してその体面を保つためだけ。義務でしかないのよ」


 心底安心したかのようにカルロッテは笑った。


「アセナはそうじゃないわ。陛下自らお選びになられたんだもの。あなたは他の皇妃とは違うのよ」

「そんなことは……」

 ない、とアセナは思いたかった。

読んでいただきありがとうございます!

PV・ブクマもとても嬉しいです。


なんと感想をいただきました!

自分では分からない視点を知ることが出来て、本当に嬉しい&勉強になりました。

ありがとうございます!


次回もお会いできますように。

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