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12話:窒息へ進む道。

今回すこしばかり長めになりました。

 シャヒーンに導かれ一行がたどり着いたのは、繁華街の外れの鄙びた佇まいの商家であった。

 繁華街からそう遠くはないのに静寂に包まれ、高い壁に囲まれ外からは中をうかがい知ることは出来ない。

 丸い形に作られた門を潜ると、何度も利用しているのだろう、迷うことなくシャヒーンは邸宅の奥に歩を進めた。


 檜の柱が美しく並ぶ回廊を抜け、庭園に足を踏み入れる。

 広大な庭園の中心に人工池が造られ、囲むように楼閣や塔が立ち並ぶ様は、昇り始めた月の光に照らされて幻想的ですらある。


 アセナは通りすがりながら、楼閣に目をやった。

 建物の屋根は軒先が天にすらっと伸び、パシャにはない建築である。


「すごい」

「東隣の国ヘマントの様式です」

 木材を贅沢に使った建築が特徴です、とサヤンが微笑みながら語った。


「パシャは石造りが基本だから、初めて見るわ。でもとても素敵ね。リボル、ほらあそこも」

「確かに見事な造詣ですなぁ。このリボル、若い頃ヘマントへも参りましたが、その時の光景と寸分変わりません」

 リボルも感心している様子だ。初めて見る異国風の建物にアセナの心は躍り、移動中ということも忘れてはしゃぐ。


「アセナ妃様」 


しばらく庭園の小道を行った奥まった楼閣の前でシャヒーンが足を止めた。


「こちらでございます」


 引き戸が開けられ中に入ると、三人の男性が穏やかな雰囲気で卓を囲んでいた。

 アスラン、ヘダーヤト、そして顔に大きな刀傷のある壮年の男性が、豪奢な衣装ではなく裕福な商人のような格好で和気藹々と杯を酌み交わしている。


 シャヒーンは飾り気のない絹の袷を身にまとったアスランの前に跪いた。アセナ、リボル、サヤンもそれに倣う。


「陛下、アセナ妃様をお連れいたしました」

「シャヒーン、ご苦労だった。……一人知らぬ顔がいるな」


 アスランは浅黒い肌の青年の上で視線を止めた。


「面を上げよ」


 サヤンは顔を上げ反らすことなく真っ直ぐにアスランを見つめ返した。

 癖の強い黒髪の底から深く昏い碧眼がのぞく。

 アスランのこめかみがピクリと動いた。


「……ウダ族の者か」

「左様です。陛下」


 アスランの横で壮年――五十路いそじ近くの男は屈託なく言う。


「その若いのは私の部下のサヤン・ウダ=スナイです。肝の据わった、なかなか見込みのある奴ですよ。ちょっと使いにやってましてね、たまたまシャヒーンらと一緒になったんでしょう」


 男は酒盃に酒を注ぎ一気にあおると、アセナの方を向き人の良い笑顔を浮かべた。


「アセナ妃様、お初にお目にかかります。カヤハン・エリテルと申します」

「エリテル将軍でいらっしゃったのですね。道すがらサヤンよりお話を伺いました。お会いできて光栄です」


 ここにくる道中、アセナはサヤンから色々な話を聞いた。

 サヤンは軍に所属しているだけあり、アセナやリボルの知らない世界を知っていた。良家の出の近衛兵であるシャヒーンとも違い、庶民の風俗や流行にも詳しい。

 もちろんサヤンの直属の上司エリテルの事は一番の話題だった。情に厚く部下思いの希代の英雄はサヤンの尊敬を一身に集める人物であるらしい。


「アセナ、こちらへ。来て早々だが伝えておこう」


 アスランはアセナを自らの隣に呼び寄せた。サヤンの時とは全く違う、柔らかで優しい若干甘さの混じった表情でアセナに向き合う。


「エリテルにお前の後見を任す事にした。今日から公的にはエリテルの養女ということになる」

「私がですか!?」


 エリテルは国の英雄にしてパシャの軍の将軍の一人だ。

 アセナは老ヘダーヤトに助けを求めるように視線を渡した。ヘダーヤトは静かに頷いた。


「エリテル将軍は軍の実力者。いずれは大将軍としてパシャの軍を指揮されることとなりましょう。アセナ様の後見役としては申し分ありません。……アセナ様、後見がないままに後宮での生活というのは難しいものがあります。意味はお分かりですね?」

「……はい」


 アセナは小さく息を吸った。体がかすかに震える。


(後見がついてしまえば、もう無位でいられない)


 皇妃への道が確約されたようなものだ。

 魑魅魍魎が跋扈する後宮を一人で生き抜いていかねばならない。


「どうした、不満か?」


 アスランはゆるゆるとアセナの髪をもてあそぶ。


「いいえ、陛下。私ごときにもったいないことだと思います」

「そうか。エリテルは信用の置ける得難い男だ。安心していい。……今日のその姿もなかなか似合うな。もっと見ていたいが……」


 まだ会談せねばならない事項があるのだろう。


「陛下、離れに来る間に庭園を通りました。少し拝見していてもよろしいですか?」

「あぁここの庭は素晴らしい。ゆっくり楽しんでくるといい」


 名残惜しそうにアスランはアセナの額に口付けを落とし、開放した。




 楼閣を出、アセナは池を囲むように配された東屋や塔を眺めながら一人巡っていた。


(ふしぎな造りね)


 サヤンの説明によるとパシャの東隣の国ヘマントの伝統的な形式の庭園であるという。

 人工的に造られた池を中心に、楼閣や棟、東屋を配しところどころに柳や松が植えられている。

 パシャは後宮の庭もそうであるが幾何学模様を元にして作り上げるのに対して、ヘマントはあくまでも自然であることを尊ぶ精神が強いようだ。


「世界は広いのね。後宮に居てはわからないことばかり……」


 パシャの隣国ヘマント。この庭を見るだけでも、パシャと地続きであるにもかかわらず、文化がまるで違うことが分かる。

 

 アセナはウダの郷と後宮しか知らない。

 狭い狭い世界で生きていた。


(外出が許されたのは後見人と面会するため……)


 英雄エリテルの後見・庇護を得るということ。つまりは着実に次の皇妃への道が整えられつつあるということだろう。

 これからもあの後宮で生きていかねばならないのか。


 ――息がつまる。


 限られた人間と限られた空間。

 アセナはゆるくゆっくりと窒息し深い底無しの沼にずぶずぶと沈んでいく感覚に襲われた。


(私は世の中のことを知らずに、あの狭い後宮でしか生きれない……)


 今日、市場で見た人々は生き生きとして幸せそうであった。女衒に売られた身としてはどうしようもないこととはいえ、たまらない。



「俺と逃げるか? アセナ」


 アセナは振り返った。

 浅黒い肌のサヤンが月の光を受けて立っている。

 光を取り込んだ碧い瞳が、まるで自ら発光したかのように輝いていた。


読んでいただきありがとうございます。


今回出てくる庭園は東アジア・中華圏の庭園をイメージしました。

語彙力!!ってところですが、想像力で補完していただければ……。


ブックマーク・PV、本当にありがとうございます。

とても励みにしています。

皆様に多謝を。

次回、またお会いできることを祈って。


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