蒼空愚連隊
ノモンハンに舞い降りる死神たちの話。
1939年7月23日ノモンハン上空
『少佐、ノロ高地まであと一分です』
俺たちを運んでいる輸送機のパイロットの顔が正面スクリーンに表示され、到着を知らせて来た。
「了解。
各機、降下に備えよ」
「「「了解」」」
部下の顔が正面スクリーンに並ぶ。
俺を含めて八名が今回の作戦を遂行するメンバーだ。
『目標地点に到達』
「了解。
各機、降下準備」
俺はタッチパネルの降下準備を操作すると、操縦桿を握りしめる。
機体が回転を始め、やがて停止すると、機体が収まっている円筒型の格納筒の扉が開いていく。
猛烈に風が吹き込む音が聞こえるが、完全密閉されたコックピットの中には入ってこない。
『制圧射撃を開始します』
輸送機が装備している多連装ロケットポッドからロケット弾が降下地点に三連射され、地上から炸裂音が聞こえて来た。
『制圧射撃終了。少佐、御武運を』
「おう、後で回収地点で会おう。
よし、各機降下せよ」
「「「降下!」」」
部下たちが復唱と共に大空へと踊り出す。
俺もタッチパネルの降下を操作すると、機体が自動的に開閉口から飛び出し大空へと舞い出た。
後ろを振り向けば何故空を飛べるのかが不思議な、翼の無い輸送機が離脱していくのが見えた。
機体はぐんぐんと地上へと向かって落下していく。
「各機散開、それぞれの担当ターゲットを自己判断で攻撃せよ。
但し、これより任務終了後まで補給は受けられない。
弾種選択に留意し無駄弾を撃つな」
「「「「了解」」」」
攻勢中だったソ連軍地上部隊は突然の空からの制圧射撃を受けて大混乱に陥り、ソ連軍の戦闘車両が炎上し黒煙を上げているのが見えてくる。
俺は敵が固まっている場所に視点を合わせると、ロケット弾の発射トリガーを引き絞る。
すると機体の肩に装備された多弾頭ロケット弾が一発発射され、敵兵の上空に達すると花火の様に弾けて無数の子爆弾をまき散らし、それらが敵兵の頭上で更に弾けると光と煙で視界が遮られる。
「サーマルビジョン」
声に反応して、HUDの視野がサーマルビジョンモードに切り替わる。
サーマルビジョンで先ほど多弾頭ロケット弾を打ち込んだ地点を確認すると敵の生存者は居らず、即座に俺は次の獲物を見つけ出して、同様の攻撃を繰り返した。
幾度かロケット弾を打ち込んだ後、着陸高度まで降下したシグナルがHUDに表示され、機体のバーニアが姿勢制御を自動で行い、ふわりと着地した。
着地と同時に、機体のあちこちからソ連軍の弾丸がひっきりなしに命中する音が聞こえて来るが、ライフル弾程度ではこの機体の塗装すら剥せないだろう。
着弾する小銃弾の射線の先を索敵すると、生き残ったソ連軍の歩兵部隊がいた。敵兵士の殆どは恐慌状態だが、狂ったように叫び声を上げて部下を落ち着かせようと悪戦苦闘する将校が見えた。
そこの部隊が懸命に機関銃やライフルで反撃してきているのだ。
「悪いが時間がないのでな」
俺がその部隊にミニガンを撃ち込むと、あっという間に敵部隊の全員はコマ切れ肉の様になる。
HUDを見ると作戦時間は残り25分、戦術マップを見ると敵戦車がこちらに向かってくるのが見えた。
「よし!」
俺は機体を敵戦車部隊に向けて急発進させると、高速走行中の敵BT戦車に向けて25ミリオートキャノンを撃ち込んでいく。
口径は25ミリだが、タングステンで出来た弾芯を高初速で撃ち出すこのオートキャノンは、現在世界に有る全ての戦車の装甲を簡単に貫くだろう。
ガン、ガン、ガンとドラム缶を叩くような射撃音と共に25ミリ弾が撃ち出され、それが命中し車体を貫かれたBT戦車が炎上、或いは爆散する。
HUDにはBT戦車の内部構造までが表示されるので、エンジンルームや砲弾庫に確実に命中させる事が出来るのだ。
突進してきた高速機動兵器に全く対応の出来なかった敵戦車部隊はたちまちスクラップになり、脱出した敵兵にミニガンを浴びせ確実に殺していく。
二十分後、戦場はすっかり静まり返り、ノロ高地へ攻勢を掛けていたソ連軍の三個歩兵師団と一個戦車旅団は僅か十五分で殲滅され、その屍をノモンハンの平原に晒していた。
敵の誇る砲兵陣地も全て瓦礫に変わり、戦闘車両も全てスクラップに変わった。
敵司令部の高級将校達は勿論、降伏してきた兵士やサーマルビジョンで確認して未だ生きていた兵士も、敵軍の兵士は全て殺したので、今や動く者は誰もいない。
「あっけないものだな」
「隊長、まだ任務が残っていますが…。
本当にやるんですが?」
「おう、それが仕事だからな」
ソ連軍の攻勢を受けて混乱していた日本軍は、俺たちの乱入による殺戮劇をただ呆然と見ていただけだった。
俺たちがソ連軍を片付けて日本軍の陣地へ近づくと、九死に一生を得た第二十三師団の兵士達が歓声を上げ、手を振ってくる。
「梶川少佐は居るか」
声を掛けると、梶川少佐らしい人物が歩み寄ってくる。
俺はHUDを外すとハッチを開ける。
「自分が梶川だ。部隊の危機を救ってくれ感謝する…」
「それが俺たちの仕事だからな」
俺たちは帝国政府と契約している民間軍事会社に雇われている傭兵だ。
当然、将校位になれば俺たちの事を知っている。
俺たちの会社の傭兵の殆どは陸軍と海軍の出身で、元は同僚とも言えるからな。
「そうか…。
しかし、まさか増援に派遣されるのが貴官らだとは…」
梶川少佐の表情が曇る。俺たちの仕事には汚れ仕事も含まれるから、当然の反応か。
俺は懐から封書を取り出すと、梶川少佐に手渡した。
「帝国政府から貴官への命令書だ」
勿論、軍が政府と同位の権限を持つ帝国にあっては彼らがそれに従う義務はないのだが、軍人である前に帝国臣民でもあるからな。
梶川少佐は命令書を受け取ると内容に目を通す。
そして、溜息をつくと悲壮な表情を浮かべこちらを見てくる。
「これが帝国政府の方針ですか…。
ですが、ノモンハン国境事件処理要綱と言う物があったなど、我々は知りませんでした」
「帝国政府は今回の件を黙って済ませる気はない。
貴官は、そこに名前の載っている第二十三師団の将校の処断を直ちに実施する事。
軍法会議は必要ない。既に彼らは帝国に害為す存在であり、直ちに処断する事が決定されている。
関東軍の手による処断が許されたのは、帝国政府の恩情だと思ってくれていい。
しかし、貴官が出来ないのであれば、我々が行う」
「ですが…」
「責任を負うべき者が責任を負わぬ国は、亡びる」
「…わかりました…」
その後、第二十三師団の現場の将校達がリストに載っていた師団長を始め、参謀など全員を拘束し即座に処断した。
俺たちは第六軍の司令部や関東軍の司令部を急襲してリストに載っている全ての将校を粛清し、回収地点で輸送機に搭乗し帰還の途に就いた。
俺は搭乗機のコックピットで今回の命令を思い起こした。
『今回の任務はノモンハン周辺で発生中のソ連との紛争の完全な解決である。
現在ノロ高地に対し攻勢を掛けているソ連軍部隊を排除して第二十三師団を救援。
同時に、同地区に展開中のソ連第一軍集団の壊滅。
この任務達成後、関東軍に対する“特殊任務”を速やかに遂行。特殊任務達成後、回収地点まで移動し帰還する事』
普通に考えれば到底達成出来るとは思えない任務内容だが、やれてしまうのが今の俺たちだ。
元々は陸軍でパイロットをしていたのだが、今は帝国政府が契約した民間軍事会社に雇われている身だ。
ある日、何の前触れもなく得体の知れない民間軍事会社が、密かに帝国政府に売り込んできたと聞くが、その辺りの詳しいいきさつは知らない。しかし、直ぐに帝国政府との契約が成立したそうだ。
軍部の身勝手に辟易としていた帝国政府が、自分たちの判断で使える直属の手ごまが欲しかったという事らしい。
その後、その民間軍事会社に軍が持て余し爪弾きにされて居た訳アリの軍人が移籍させられた。
万が一、戦死しても軍人として扱われることは無いし何の保証も無いが、報酬は軍人時代とは比較にならない。
俺は帝国陸軍の航空部隊の大尉であったため、前職でのキャリアを買われて部隊長なんぞやらされている訳だ。まあ、その分報酬は上積みされているが。
だがしかし、俺たちの使用している機材は、明らかに今の時代の技術水準を逸脱している。
この人型機動兵器もそうだが、この輸送機もそうだ。この輸送機には翼が無いのだ。
人型機動兵器を八機も搭載出来、対地攻撃用武装まで装備しているこの重たそうな機体をふわりと浮き上がらせる推進装置が、機体の前後に二基ずつ計四基搭載されているが、実のところその推進装置が何なのか俺には理解出来ない。
全ては機密扱いだが、機密にする必要があるのか、という程現在の科学技術から隔絶しているのだ…。
俺の会社と帝国政府が契約を結んでから、明らかに帝国政府は変わったと思う。
まるで未来を知っているものが居るのではないかと思えるほどだ。
兎も角、俺たちは帝国政府に雇われている私兵だ。
帝国政府が依頼すれば日本軍だって相手にする。
汚れ仕事もお手の物。
そんな俺たちを、日本軍の将官達は畏怖を込めて「蒼空の愚連隊」と呼ぶ。
依頼されれば蒼空から降下し死をまき散らす、それが俺たちだ。
ガングリフォン的な高機動兵器がドロップシップから舞い降りて死をまき散らすという話でした。