万難排除で結婚したはずなのに、旦那が失踪した件
お嫁さん視点です。
私が生まれたのは、大きな山脈の麓にある田舎のヤグ村。
家はちょっと美味しい野菜を作る農家と有名なおかげでそれなりに裕福に。
幼馴染は両親とも美形で、変な生活をしてなければ姿は将来安泰のクロード。
ライバルになりそうな子は事前に排除済みなので速攻で彼氏ゲット出来ました。
私の名前はサラ、親譲りの栗毛の髪をポニーテールに束ねているのがトレードマークの、普通の女の子。
☆ ☆ ☆
「おめでとー」
祝福の言葉が村人たちの間から飛び交う。
15歳になった今年、無事に成人の儀を迎えた私は二歳年上のクロードと結婚した。
本当は実家の畑を手伝ってもらって、無理せず既得権益で生活したかった。
計算外だったのは、クロードが実家の影響ですっかり狩人に染まっていた事。
新婚生活を始めるにあたり二人で話し合った結果、彼のストレス解消も兼ねて狩人は続けて貰う事にした。
この判断に後悔する事になるなんて、この時は考えてもいなかった。
半年後、クロードが失踪した。
この世界はそれなりに過酷で、自然に振り回されがちだ。
特に狩人などはその典型で、仕事に出る出ないどころか、獲物次第では森に籠って帰る帰らないなんて事も多い。
だから出遅れた。
収穫祭用の大きな獲物を探して森の奥に立ち入る予定だと聞かされてた。
獲物の獲れ具合次第では数日は帰らないかもしれないとも。
そんな予定を聞かされて、雨の降る夜に一人寂しく床に入る日が続いた。
予定日を過ぎても帰ってこない。
弁当代わりに持っていった干し肉と黒パンは精々三日分。
嫌な予感がどんどん私の中で高まっていく。
冷たくなってた彼の姿が私の脳裏によみがえる。
あんな事は二度とゴメンだ。だから出来ることは全部したつもりだったのに。
私はお義父様の家に駆け込んだ。
もしクロードが遭難でもしているなら捜索は早い方がいい。
そしてお義父様の狩人の知識と感性はクロードに近い。
「クロードももう立派な狩人だ、慌てないでもう一日待ってみたらどうかな?」
「お願いです、どうしても嫌な予感が頭から消えないんです。
お願いします、お義父様!
彼を! クロードを探してください!」
『クロードとの生活の為に』サラとして生を受けて万難を排除して今を確保してきた私は、この人生で初めて酷く狼狽していた。
それは幼馴染の親として見守ってきたお義父様も初めて見るほど酷い状態だったらしい。
「わかった、まずは私が森に入ろう。
出来れば村で人手を募るのはもう少し時間をくれるかい?
一応、周辺の村にも逗留してないか確認の手紙を出しておこう」
「はいお願いします……」
出来れば息子の瑕にしたくないと思うお義父様の気持ちもわかっていた私には、そう答えるのが精いっぱいだった。
☆ ☆ ☆
一人寝のベッドで疲労に促されるように意識は虚ろになっていく。
思い出す。
私が日本人だったころを。
佐倉美紀だった私が、サラとしてこの世界にやってくる事になった事件を。
私には大事な、とても大事な人がいた。
子供の頃からいつも一緒で別れ別れになるなんて考えた事もなかった。
彼にべったりのお邪魔虫はいたけれど……
小、中、高……さすがに大学や会社は別々だったけれども、それでも雄太と私はいつも一緒だった。
二人が27歳になって、社会の厳しさに揉まれながらも余裕が出来始めたころ。
私は雄太にクリスマスイベントで賑わってる街に呼び出された。
『クリスマス』に『呼び出し』、なんともベタで判り易いイベントだ。
だから期待してた。
子供じゃないし、男女としての付き合いも長い。期待しないほうがおかしい。
これで別れ話でも切り出されたら包丁でも持ち出さなきゃいけないところだ。
そう冗談交じりに考えてた罰だったのだろうか。
約束の時間に少しだけ早く、その場所に辿り着いた私を待っていたのは……
パトカーと救急車の喧騒、血の海に倒れる雄太の姿だった。
そこからはあまり覚えてない。
雄太という柱を失った私は立って歩くことを辞めた。
私が立っていたのは草木も疎らな殺風景な、曇天の河原だった。
私の他に何人もの人が生気の無い目で船を待っていた。
私も、雄太のいない私にはお似合いかもしれないと思った。
でもそれなら……多少暴れて足掻いたところで失くすものなど無いとも気付いた。
私達とは違う、誘導員のような人が何人かいた。
その中でも気が弱そうなのを捕まえて私は問い詰めた。
ここが予想通りの場所だとしたら、私はどうなるのか。
私の求め続ける人がどこに送られたのか。
どうすれば、私も後を追ってそこへ行けるのか。
彼は私の疑問に素直に答えてくれた。あまりに素直に答えてくれるので、
雄太と再びと一緒になりたい事、その為に必要な環境づくりを手伝ってほしい旨も告げた。
あのときの私は随分と必死だった。
彼が涙目で視線を合わせないように逸らしていたけれど、彼の迂闊さのおかげでサラという恵まれた新しい人生を手に入れた事は幸運だったと今でも思う。
☆ ☆ ☆
作られた幸運の反動だったのか、クロードは見つからなかった。
お義父様が森の奥、雨に濡れた崖で崩れた場所を見つけ、遥か下には血の跡だけがあった。
彼はどこに行ってしまったのだろう。
また私は喪ってしまうのだろうか。
そんな事は認めない、だから出来る事をしよう。
彼が帰る場所を守り、彼を探すためにあらゆる手段を使い、もし彼が奪われたなら……取り戻すために血を流す事すら私は恐れない。