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Episode02 半妖の少女

 「イヴェール、 おいで」


ニャーン


 と毛足の長い”猫”が私:ネフレインの膝に乗り

喉を差し出す。


「ふふ 、甘えんぼさんね貴女 誰にでもこうだといいけど」


 私が赤子の時から、いつも傍にいてしかも老いた様子は無く

毛艶も、素早い動きも変わりはない。


 明日から世話になる扶養先の事を思い

明るい月夜が照らす寝台で思いを馳せていた


 この毛足の長い”猫”は普通の猫ではない

珍しい部分長毛種の上

毛色はヒヤシンス・ブルー足先はフロスティ・ブルーと色が分かれている

尾の先も色が一段と濃くおまけに瞳はパウダーピンクというどこからみても猫のような

何かである。


 そうこの子は猫の姿をした妖魔まものであり

普通の猫とは一線を隔していた。


 今は亡き父曰く、私の守り手ということらしい

幼いことから、救護院で育ってきた私は

同い年くらいの長期養療の、特に男子にからかわれた時は

蒼い水晶の様な透明な硝子質の爪と口から覗く同じく硝子質の牙を見せ

今にも飛びかからん勢いで、唸り声をあげるのだ


「うわ 色違いの女の猫が ボクを脅かしたぁ 

アイツっ オレサマを本気っで喰おうとしたぞ

院長センセにいいつけてやるっ ベーッ」


 とヒトの方から大抵は、退散するのだ。

メスではあったが、一丁前に、騎士ナイト気取りである。


「貴女 父様とうさまにすら 餌を貰うと 直ぐ居なくなって甘えようと

しなかっ”た”もんね」


 ゴロゴロ 喉を鳴らし フサフサの尾を揺らし私が”自在に動かせる”色違いの

部分の髪に絡めて来た


「今は誰も見てないから いいよね」

今度は クルリとお腹を見せ ますます甘えてくる

 「同じ”妖魔同士”だもんね 私は”半妖”だけど 良いわ」


と色違いの髪をフニフニ蠢かせて”彼女”をくるんでやる

 

ニャーン


 と 

一声、後は”猫”の様に丸くなり膝の上で丸くなって、大あくびを一つ

もう入眠したらしく定期的な胸の上下だけになった。


 私は、ネフレイン

人間の父と伝え聞くところによれば

強大な能力ちからを誇る純妖魔まものの母との愛の証し

半妖の娘 そのヒトである

 

 その二人も、もう居ない 母は、物心が付いた時には既に亡く

父の男手一つで ここ、”イヴェール骨董店”の近所の救護院で育てられたのある。

母の面影は、父が言うには私の大部分を占める銀光沢色の蒼っぽい銀髪 と

淡い金の瞳、そして自在に動かせる髪ともう一つの能力ちから

 (長年、魔導考古学者に携わってきた父ですら

亡き母と私のしか見たことが無いそうだ ......) に現れているらしい。


 色違いの淡いブルーラベンダーの髪は ふにふに イヴェールを赤子のようにあやし

微睡まどろみの中にいる彼女イヴェールは時折、もぞりと躰を動かした。


 五昼夜前、

父の葬儀を済ませた後、救護院の院長センセがいうには

何でも子供の居ない”大貴族”が後見人になってくれるらしい

「お二人たっての希望でね どうしても 貴女をお迎えしたいらしいわ」

と院長センセは寂しそうだった。


「それから 何でもね 貴女の事情も全てね 承知の上で養女に迎えたいそうよ

何なのかしら 貴女、特に持病なんか無かったのにね あぁごめんなさい 立ち入るつもりは

無かったの

家族の様なものだから、他人事とは思えなくて」

と彼女はそこで話題を切った。


「いぇ お気遣いなく たっての希望ということで有ればお受けしてもいいですが

父とはどんな関係だったのかと思いまして」

私は、まだ見ぬ大貴族の素性が気に成った。


 何しろ、私は半妖である このことは父からも 無闇に他人に自慢しても言い触らしても

ダメと幼い頃からきつく言われてきたのである

幼い頃は、意味が分からなかったが だんだんそれが如何に稀有で

忌み事かを、知ることになった


 私が棲んでいる世界”デュナミート”は人間・魔精ようせい妖魔まものが共存する世界。

ヒトとそれらは時に激しく対立し過去大きないくさ

幾度も繰り返されてきた。


 ヒトとはそれらとは 戦が暫く途絶えた水面下で今代でも互いに反目しあっていて

表面上は、共存しているように見えて実の所

見ないところで激しく支配域争いをしているという

そんな関係の最中で産まれたのが私:ネフレイン


 この色違いの髪のせいで

”忌み仔”ではないかと余計に勘ぐられたり

”色違い”などと蔑すみの言葉をなげられたりと幼い頃は

散々、心ないヒトに言われて来たの。


 そんな世間の事情もあって、半妖の私は極力 出自を隠して生活している。


 母の能力ちからの一つである動かせる髪は勿論、

母と同じような ”蔓薔薇” もひた隠しにしていて

”色違い” の髪も父が発掘した古代魔導遺物の暴走ということにしてあった。


 そんな ”事情” を全て知っているというのである、

関係を尋ねるのは当然だった。


「なんでも、レスタスさんの研究資金提供をしていた方々らしいわ

ふふっ あの方って研究と事務方以外はからっきしで

研究資金の工面にはご苦労なされてたらしいわ

それで、貴女を養女にしたいとおっしゃっている

方々がレスタスさんとの資金援助の契約も有ったらしくてね

ボクにもしものことが有ったらと それで」

とセンセは丁寧に話してくれる。


 父:レスタスはやはり自分の死を予見していたらしい

男手一つで育てるのにも、丈夫ではない躰である

冒険者達への護衛依頼費用やら野外の滞在費などお金のかかることには間違いはなく

娘ともなれば服やら小物やら下着まで男性よりその種の物にも費用がかさむ

救護院には幸いにも、裁縫師も常駐していたし可愛い服には困らなかった。


 そして父が晩年に季節の巡り15回の生誕のお祝いとして 

私に骨董店の空き物件を近所に見つけて

その権利を購入してくれたのである それも今思えば

私になにか遺したかったのかも知れない 

そんな父に研究資金援助の後ろ盾が居たことも驚きであった。

 父と私にとっては大恩人である。

断る理由が見つからなかった。

「そういうことで有れば、是非お受けしますと お伝え下さい」


 と言うと

「それがね先方から 使いを寄越すって 書簡が来たの

お父様の葬儀も済んでから未だ日が浅いのにねぇ

もう少し貴女の悲しみが癒えてからでも良かったのに、貴族の考えって分からないわね 

えっとこれ書付けよ

あの骨董店の処遇や今後の予定が書いてあるそうよ」

と書簡を渡された。


 それに依ると向う季節一巡りは 扶養先で”淑女レディとしての嗜みを身に付け

”公爵”家に相応しい教養を身に付ける事

その間はイヴェール骨董店を一時〆る事

その後は希望が有れば ”実家” との往復生活を赦し

此処(イヴェール骨董店)を正規に継いでも善い

但し、公爵家の公式行事には ”可能な限り” 出席をする事等が

書かれていて

最後に


 レスタス君からは多大な研究成果を貰って、当家はその恩恵に預かり

数々の魔導器の権利収入パテントがある ゆくゆくはネフレイン、

君に権利の全てを譲るつもりだ。


 葬儀の時の君を見て、君の素性を知った上で

我がクィンタクル公爵家に迎え入れるに相応しいと判断させてもらった。

君の名の元と成った言葉 ”ネフレイス” には ”つなぐ者” の意味もある

世間では君を悪し様に言う輩もいることもまた事実だ

私達も先は限られている 

そんな私達に娘を持つ悦びを与えて欲しい。


願わくば、この書簡を君が笑顔で見ていてくれることを願う


ルベリウス・クィンタクル公爵

セフィーラ・クィンタクル

連名で著す


追伸 : 


 見終わったら右下の陣に血を付けてくれればこの書簡は

消滅し君が見たことが分かる様に成っている


 とあり右下に魔術陣の文様がある

螳螂蜂の刃で切り血をつけると書簡は青白い燐光となりそれが小鳥の姿に成り

何処かへ飛んで行く


 私は、イヴェールと明日から此処を空けるため最後の掃除をすませ

地下の”お母様”に挨拶をして寝台で 


 このイヴェール骨董店の地下奥には私と同じくらいの

血玉水晶の結晶体がある。


 これは私が生まれた時、手に握って居たらしい

当初は手の平大だったものが私の成長と共に血玉水晶も成長し

いまでは背と同じくらいになった

これは妖魔部分の能力ちからの根源であり

私は今でも「かあさま」と呼んでいる

言葉は一切喋らないが明滅して”反応”する時があるのが

父亡き今、拠り所に にもなっている

 綺麗に拭き清め布を被せ

「かーさま 今暫く我慢してね ネフレインはいつもかーさまのお傍に居りますから」

と抱きしめる

一段と明るく輝き又、いつもの透明な赤い結晶に戻る


「イヴェール、 おいで」


ニャーン

と毛足の長い”猫”が私の膝に乗り

喉を差し出す。


こうして、イヴェールを呼び寄せて寝台で想いを馳せていた。


 あとは明日、迎えが来るのを待つだけになった

母より深くそして父より激しい、恋の駆け引きに巻き込まれ

それが世界や大陸をも揺り動かす

そんなことになるとは私は未だ知らない


 今は、猫型の妖魔まものと一緒に寝台で眠る一人と一匹の姿があるのみであった。

父:レスタスの物語を継ぎ

私:ネフレインの物語は

こうして幕を空けた。


 夜空には明るすぎる満月が、沈黙と私の想いを明け透けにするが如く照らしていた。


 翌朝、朝食後

私はお気に入りの薔薇柄のワンピースドレスに着替え

使者の来訪を待つばかりとなった。


 ノックの音共に

濃いアメジストの瞳、薄い男性的な唇、男性にしては烟る長い睫毛

やや切れ長な目付きの御者の様相を呈した

淡い金の髪のさらりとした長髪の青年が店に入ってくる

やや軽い感じの顔には似合わない格好なりをしていた


「これは、これは 美しき銀の姫 金の眼はボクを吸い寄いよせ

長い御髪おぐしは ボクを縛る茨の様」

といきなり私に向かって世辞とも本気共取れない麗句を並べ立てる


 と

今まで膝の上で丸くなっていたイヴェールが、激しく 警戒の声で唸る

今までどんな客が来ても無視を決め込んでいた彼女イヴェール

激しく反応する。


「おっと これは手厳しいな ”零のイヴェール” ふふ 今は退

この:ルビュートを あまり刺激しない方がいいぞ

いまはこの ”半妖” のネフレインに用がある

騎士ナイト気取りは為にならないな 

 さぁ?もう一度言うぞ 今は退け」


 やや、剣呑な空気を纏い

私の髪が ザワリ と蠢く

イヴェールは 素直に逆立てた毛を収めるも

警戒の色を緩めない

「やはり、私如きが脅かしたくらいではどうにもなりません

さすがは、 ”零のイヴェール” お見事です」


 とポンポン 

と舞台の役者の様に拍手をした

私は、彼の一人芝居の様な台詞についていけず呆けていると。


「おっと これは失礼 淑女レディ:ネフレイン いけませんね

貴女の妖魔まものの部分が反応しておりますよ」

といつの間にか彼に距離を詰められ耳元で囁かれる

こんなに男性を近づけた事は今までになく

大きく心が揺れ さらに蔓薔薇が出現しかけていた


 私が、母:イグレーシアから引き継いだ妖魔まものの部分の一つ

三本の蔓薔薇である

普段は髪に紛れている上に誰にも視認出来ない

だが 感情が昂ぶったり怒りや機嫌によって

蔓薔薇が出て来てしまう


 私の蔓薔薇は 

薔薇は蒼で蔓は銀

内一本は白銀の蔓に漆黒の小薔薇の蔓薔薇であり

これはさすがに古代魔導遺物のせいとはごまかせない。


 慌てて引っ込めるも彼は

「う〜ん 幼いながらも なかなかの能力ちからですね ネフレイン」

と蔓薔薇をつかもうとする」

「いやっ やめて触らないでっ!! 」

と少々大きめの声を上げてしまう

「これは とんだ失礼を 相変わらず ”零のイヴェール” は

鎮まってくれませんね 落ち着いて ”お話” したいのですが

どうしたもんかな」

と今度は肩を竦めおどけて見せる。


「まずは 貴男のお話を聞きますわ イヴェール 今は退いて頂戴 」

とやっと声を上げる


すると、あれほど警戒していたイヴェールは ピタリ と警戒を解き。

机に跳び乗って ジロリ と見据えていた

「先ずは、先の無礼をお赦しください イグレーシアの愛し仔 ネフレイン

ボク、リビュートめはルベリウス・クィンタクル公爵家が

家庭教師にてお嬢さま専用馬車御者にて、御察しとはお思いでしょうが

ヒト型の”妖魔まもの”でございます


 かの公爵家は、世間には詳らかには出来ませんが 妖魔まものとも交流が深い

血族にて、ボクは旦那様と奥様に多大な恩義がある者、


 クィンタクル公爵家が妖魔まものに理解があるのも

お嬢さまの出自を知って尚、養女に迎え入れたいご意向を示したのも

我等ヒト型の純妖魔まものとのつながりがあるからでございます

「貴男は かーさまを知って居るの? 」

私は見たことも無い母に思いを馳せる。


「そうですね 私のような下級な妖魔まものでは

御姿を見ることも 本来は叶わぬ御方 ですが

幸い私は一度だけ人間の青年とご散策なされたのを

幼少の頃拝見したことが有ります。 」

と憧憬の目で語る。


 ここでイヴェールは始めて完全に警戒を解き

目を瞑り無視した。


「やっと警戒を解いてくれましたか ”零のイヴェール” では

少し、ハッタリを効かせたつもりでしたが わたくしめが元より敵うお相手では有りませぬ」

背が高く若い容姿からとは思えない老齢の執事の様な口調で説明する。


「それで、貴男が使者? 」

すると、リビュートはニヤリ笑うと、さらりと髪をかき揚げ白い歯を見せつけた


「ふぅ、今までは、

ちょっと気張って執事のまね事をしたが疲れた 

ボクが使者だ よろしくなネフレイン 本来は”こっち”が素だ

なぁ このしゃべりでもいいだろ」

「えぇ構わないわ でもびっくりしちゃった まさか人界にも

妖魔まものが紛れていたなんて 救護院には居なかったわ」

「はは 当たり前だろ ボクらはヒトの病や怪我とは無縁さ

そういう君だって ヒトの病気したこと無いだろ? 」

言われてみればそうだった。


 父は躰が弱かったのもあるが風土病にやたら罹患して度々世話になっていたが

私は、そんなに風土病にすら罹患した覚えがない。

「そうね わたしはあまり記憶にないわ」


「だろ? 精々聖水や個体固有の忌避物にさえ気ぃつけりゃいいもんな

でも嬉しいぜ ボクが、ネフレインの姿を一番最初に見れたからな

アンタ 魔界オルティアでも有名だぜ

あのイグレーシアと人間との間に出来た仔だってな でも安心しな

人界では 人界の暗黙の了解ルールは守るさ 絶対他言はしねぇ

波風は立てたくないもんでね ボクは戦はもう御免だからね」

彼の素は見た目相応の砕けた喋りで前代の戦の経験があるらしい。


 でも裏を返せば半妖の存在が公に知れれば戦に成りうるのだろうか

今のわたしには、まだ理解が及ばなかった。


「でさ そろそろ わが公爵家に行きたいんだが その小さな旅用鞄でいいのかい

淑女レディってのは もっと大荷物と思っていたんがな」


「失礼しちゃうわ これが私の私物全てですっ!! 」

ーー この時の彼の印象は最悪だった だって嫌味に言うんですもの


ネフレインは、”わざと”怒った”振りをする

「これは 俺様が、教育しがいがある女だ ウチには執事とメイドが一人ずつ

後は我があるじ夫妻 それと俺様だけだ ってね

お勉強から”淑女レディの作法から何でも出来るぜ いい女にしてみせる

覚悟しなよ」

とリビュートは御者服の上見頃の裾をスカートを摘むようにして見せ

両足を交差させて戯けて見せた。

ーー なんて、無礼な男なのかしら? もういやになっちゃうわ ーー


ネフレインは頬を栗鼠の様に ぷーーっ と膨らませると

「そんな 事してっと いつもそんなん栗鼠見てぇな顔に成っちまうぜ

はっはは」

と莫迦にされる。


「んもぅ 男って女の繊細さ(デリカシー)って分らないの? 」

ーー相からず、男の子ってこんなのばかり

救護院の悪ガキと一緒だわ ーー


「そうさ オレは男だ 分かっていなくとも ”教育”は

出来るんでね 尤も、そんなネフレインを真っ先に”攻略”してみたいとも

思ってるんで よろしく!! 」

と私の顎に手をかけようとして すかさず イヴェールの手が出る

「うおっと ”零のイヴェール” 本気はよせ どうせオレの負けだ

此処で 塵芥には成りたくはないね なぁ よせったら」

イヴェールは相変わらず手を繰り出しているが”本気”ではなさそうだった。

やがて、 飽きたのか素早く馬車に乗り込んでしまった。


私はイヴェール骨董店に人払いの術を施す

ーーでは行ってまいります とうさま・かあさま ーー


 これは、父の研究日誌に生活に必要な術が書き取ってあり

父が存命の頃一緒に覚えたのである。

他にも、火を灯したり氷を造ったりと色々あったがマギの量と質は母からそのまま受け継いだらしく

とても威力が強く加減するのに苦労した覚えがあった。


「さぁ ”お嬢様” お足を此処に」

と 何と彼が手を差し出し踏み台の代わりをしたので 吃驚していると

「いいですとも 少しでも御身に触れることが叶えば

このリビュートの誉れ さぁどうぞ」

と差し出された手の平に足を載せ更に馬車の踏み台へ

彼の手はネフレインが乗ったにかかわらず ビクともしない


 意気揚々と馬車に乗り込むと




「へぇ ”見た目”より目方ないな 俺様が支えられるなんてな」

また繊細さを欠いた物言いに 返事もせず

黙って乗り込んだ。


 イヴェールは 唸り声を上げたが手を出そうとはしなかった。

そして、何と彼まで一緒に乗り込んで来て

「ちょっと!? あんたが御者じゃないの? 」

と抗議すると


「ふっふっふ この馬車自体も”妖魔まもの”さ 

俺様はその飼い主って訳 理解できた?

 俺様は屋敷へ向かう間中 ”ネフィ”の顔を見られるって事で

可愛い顔を見せてくれよ なっな? 

そういう訳だ ”ベリト”よ オレの”ネフィ”を丁寧に運べよ

向うへ付くまでに ”お尻が痛い”なんて言わせてみろ

当分”餌”は 無しだ覚悟しな」

と馬車に恫喝する


{御意我があるじ、リビュートの言葉のままに}

とくぐもった野太い男声。 


「私は そんなこと言わないわ それに貴男リビュートに”ネフィ”なんて呼ばれくない

これはとーさまにしか赦してない」

ーー 愛称で呼ばせるのって ”恋人” みたいじゃない でもちょっと嬉しかったかも? ーー


「これは 済まない ではネフレイン 馬車の中で観光ついでに

授業を始めようか? 」

ーー ふふ ネフィのヤツ まだまだネンネだな まぁ今は

俺様の凄さを見せつけてやるのが先だな 他のヤツには渡さねぇ ーー


 彼が中に入ったのは授業これの為でもあったのだ

「随分、熱心ね 」

ネフレインは目を細め心を見通す様に言うが

彼の表情・態度からは内心までは読み取ることは出来なかった。


「あぁ そうとも ネフレインの笑顔・涎を垂らした寝顔

全て この俺様が見てやる」

と彼は 足を組み小洒落た革靴をクイクイ

動かす

「貴男には 寝顔は見せませんよ〜だ」

ネフレインは それを言って気恥ずかしくなり窓から外の景色を眺める


 比較的、都市部に近い場所のイヴェール骨董店から

だんだん景色は郊外へ変わっていく

やがて鬱蒼とした 森林地帯へ差し掛かった。


「おっと 早速講義といこうか

ここはな ”タンゲル森林地帯” 危険な妖魔まものが多くてな

俺様やこの ”ベリト” 無しでは 危ねぇ それと”覚醒”してない

御前さんもだ まぁ 暫くはオレに守られていろ」

「覚醒? 」

ネフレインは訝し気な顔で訊く


 彼は、腕を組み話を切り出そうか悩んでいるようであった ......が

意を決したらしい その口を開く。


「覚醒って 御前さんの妖魔まものの部分だよ

まだ 御前さんは ”ネンネ”だからな って お袋さんが眠らせているのかもな

気に障ったら赦せ 

まぁ ここらは ガルフっていう狼型の妖魔まものの巣と縄張りさ

小水は此処では我慢しな するなら 俺様が見といてやるから此処で漏らせ」

と言い放った。


「莫迦っ!! 」

とざわりと髪が蠢き蔓薔薇が実体化した

イヴェールもピクリと耳を動かすが 定期的な胸の上下に変化はない。


「へぇ 始めて見たぜ それ綺麗なモンだな」

と毛嫌いするどころか世辞とも採れる賛辞を言われ

頬の辺りが熱くなる。


「これは、言わないで リビュートさん」

「あぁ 分かってるって それとさん付けはよしてくれ リビュートでいいよ」

と訂正してくる。

「分かったわ リビュート」

「そうそう それで良い でも未だ大丈夫よ」

ーー 淑女レディが 殿方の前で醜態を晒すなんて出来ないじゃない

でも 言われたら催して来ちゃったかも ーー


とネフレインは モゾリ モゾリ と居ずまいを正す振りをして、ごまかした

「まぁ 後少しで 縄張りを抜ける おぃ ”ベレト” 未だか? 」


{うむ もう少しだ 流石に我の中でお漏らしは御遠慮いただきたい

暫しお待ちを あるじ:リビュート}


「まぁそういうことだ ちょっとは我慢できるだろ」


 ネフレインは、軽く首肯。

ーー うわっ やっぱり 誤魔化し切れなかったわ

でも こんなトコは 紳士なのね ーー


それは、意識しだすと急に強まる


チャンスが熟したかのように御者無き馬車は速度を緩め、停車した


{ガルフの縄張りは抜けました ネフレイン殿 御緩りと}

と促され、馬車の外へ

杜は鬱蒼とはしているが 怪しい気配もない

「やれやれ 余程我慢していたんな ベレトよ中汚されずに済んだな

はは」


{うむ我も 中を汚されると困る あの娘が件の娘か あるじ:リビュートよ}


「あぁ そうさ 魔界オルティアで強大な能力ちからを奮い

今代では畏怖の対象にも成っている 少女型の魔獣:イグレーシアと

”人間”との愛し仔さ」

{何故、そんな強大な存在が、我等からすれば瑣末な存在な只人を

見初めたのか 我には理解出来ぬ}

「まぁ 男女ってのは そういうもんさ ある時、なんつーか

閃くんだよな いかずちのようにな

尤も、イグレーシア様だってまさか只人の男と添い遂げ 御子おこまで設けるとは

思わなかったろうよ

何せ、我等妖魔まものと只人はあんな大きないくさを経てもなお

懲りるということを知らねぇ

今だに、水面下で支配域争いをしてやがるんだからな

オレの親父もお袋もそのいくさで死んじまった アイツ(ネフレイン)は

我等と只人と ”つなぐ者” になるやも知れん 俺様のあるじ

それを見越していなさるのかもな 

魔界オルティアでも人界もこれからうるさく成って来やがるかもな」

{ではあるじ:リビュートよ が ネフレイン殿と 添い遂げれば善いではないか}

ベレトは言う。

「ふふ ネフレインにオレのような矮小な妖魔まものは似合わねぇ

あののキモチ次第でどうなるかはわからんが 精々、オレも恋の

駆け引きってヤツを楽しませてもらうとするさ

これくらいは いいだろ お袋・親父」

と小水の用足しでネフレインとイヴェールの居ない

馬車の中リビュートは独白した 


「なんか 遅くないか? ”零のイヴェール”がいるから安心だがよ

ちょっと ぶらついて来る ここらに来ないとは思うが

結界張っとけよ」

{御意!! }


とリビュートは付近を捜す


パシャリ パシャリと水音が聞こえそれを便りに目指すと

何とネフレインは一糸纏わぬ姿で

水浴びをしていたのである

それも只の水浴びではない


ネフレインの廻りには 水の魔精ようせいが纏わり付き

細かい水の粒を踊らせ 

それが蛇のような形を造り躰に巻き付くように戯れていた

巻き付くと途端にパシャリと水の粒に戻りまた、

細かい水の粒が踊りそれが又、蛇のような形を造り躰に巻き付くように戯れる


それを繰り返していて蔓薔薇や蠢く髪でイヴェールを優しく包み

イヴェールも同様に水の粒の蛇と戯れる


やがて それが済むと

今度は 炎の魔精ようせいにとって代わり

植物の綿毛のようなふわふわしたモノを纏わせる

濡れていた銀の髪はたちまち乾きさらりとひろがり

また元のうねるウェーブの髪に戻る


「うわ いけねぇ」

とリビュートはその美しい光景に我を忘れそうになるも慌てて車内に戻る

{ネフレイン殿は? }

「あっ あぁ 無事だったってか  水の魔精ようせいと炎の魔精ようせい

使役してな 水浴びしてたさすがはイグレーシアの御子おこだぜ

魔精アレを使役できるなんてな簡単には出来んことだ」


 この世界デュナミートにはヒト・妖魔まものと後、

魔精ようせいが存在する 魔精ようせいは火・水(氷)・風・

土(岩)・いかずち・光・闇・瞑を司る妖魔まものでもヒトでもないモノが

いて、時に利を時に害を成すヒト・妖魔まものとも付かず離れずの関係で

これらを使役出来るのはデュナミートにも僅かしかいない

嘗てイグレーシアも使役出来たというが定かではなく

実際に使役している所を見たのは極限られるという。


 それをネフレインは当たり前のように使役していた

リビュートは彼女ネフレインの潜在能力の凄さに、ただただ驚いていた。


「リビュート ごめんなさい ちょっと水浴びしちゃったの 急いでた? 」

ーー ふぅ すっきりしちゃった そう言えば イヴェールったら やたら唸っていたけど

どうかしかのかしら

ガルフの気配は無いって リビュートも言っていたし 可笑しいな? ーー


「あっ いや 日が沈むまでと仰せ付かっている まだ昼前で陽も高い

この ”タンゲル森林地帯” を抜ければ後はすぐだぜ 昼飯は

抜けたら喰おうぜ 嫌いなモンあるか? 」


「いえ 余程、下手物(げてもの以外特にはないわ」

ーー 彼は、私に気を遣ってくれたのだろうか? ーー


「おう それは結構 そんなら甘味と大麦パンと厚切りの塩漬け薫製肉ベーコン

にするか 良いだろ? 」

「えぇ でもお肉は少なめにして葉もの多めのがいいな」

「ははっ 勿論俺様は、がっつり肉多めでいいが 

我が麗しきネフレイン嬢は、痩身美容ダイエットに気を遣ってらっしゃるぜ 

でもよ 半妖だと、ヒトの様に出鱈目には肥えないぞ? 」

と嫌味か本当に気を遣っているか分からない様な物言いであった。

「これで いいの だってあまり贅沢出来ないもの」


 父と一緒の時は、厚切りのお肉は頻繁には食卓には上らない

殆どが、救護院の配給食の乾燥肉の切り落としを

湯でふやかしたものを玉蜀黍の粉末で煮込んだもので

乾燥果物ドライフルーツも殆どが干し葡萄だった。


 豪華と言えば季節一巡り毎のプディングに生の果物を盛り付けたもので

これは 生誕のお祝いのみで食べる事が出来る

特別なお菓子という感覚で 普段は慎ましやかな食環境で育っていて

お肉は嫌いでなくむしろ好物だったが、奢ってもらうのには贅沢だと思っていた。   


「なんだ ”贅沢”を気にしているのか? まぁここはオレに奢れせてくれよ

育ち盛りだろ 遠慮すんな」

 彼は気さくに言ってくれている

ーー でも、ちょっとだけなら ーー


「じゃあ リビュートにお任せするわ お願い」

「ふふん そうこなくちゃな じゃあ 早いとこ 此処(”タンゲル森林地帯”)

抜けちまうぞ ベリト そういう訳だ 急いでくれ」

{御意!! あるじ:リビュート}

 御者無き馬車は 森林を抜け開けた場所へ、一旦下車する


先ず目の前に広がったのは、温和しい

ウサギ型妖魔まものや小鳥等が乱舞する廻りを崖に囲まれた草原と花々で

小さな箱庭の様な場所である。


「素敵 ここは? 」

ネフレインは父との野外研究フィールドワークですら縁が無かった場所に思わず

くるくる廻る

その様子は ヒトとは思えない美しさであった。


「もう  クィンタクル公爵家の領地だ まあ此処はほんの一部だけどな

”レメトギアの園” と言われてる 此処は窪地になっていてな 

お屋敷がある小さな街 ”ハラケル” はあの崖の上さ

君の住んでいた 王都:キスルトよりは田舎だが結構いい街だぜ

気に入ってくれると俺様も嬉しんだがな 

取って置きの秘密教えてやる こっち来いよ」


「なぁに? 」

ーー どきどきしてきた 見た目同年代の男の子に 言い寄られたことなんて無いから

どうしよう? ーー


 ネフレインはモジモジしていると

「なら俺様が君の傍へ おっと ”零のイヴェール” 喧嘩は無しだぞ」

と言うもイヴェールは 無視を決め込んでいたが

鋭い視線は外さなかった。


「あのな この”レメトギアの園” を含むここら窪地一帯はな

君が正式に養女と成った暁には自動的に君専用の土地になるんだぜ」

「えっ 」

ーー この 素敵な場所が 全て私のモノ? ーー

ネフレインは驚きの顔を隠せない。


「おっと 今は知らん振りしときな 我があるじ夫妻が悲しむ

ここは、花や鳥達の楽園で温和しい妖魔まもの達の安息の場でもある

今は公務が忙しくてなあまり頻繁には来れんけどな

お優しい夫妻もお気に入りの場所でな 良く公務の合間には慰安に来るんだぜ


 前々から君を見て 養女に迎え入れると決めたその時から此処の所有権を譲る

と決心するくらいには君の来訪を待ちわびているのさ 

さぁベリト 崖のみちをゆけ」

{お任せあれ}


 馬車は緩やかな坂道を難無く登っていきやがて崖の上に到着

眼下には ぽっかりと窪地になっている ”レメトギアの園” がある 

更に遠くに目を凝らすと広大な ”タンゲル森林地帯”が広がり

その向こうには 私が生まれ育った王都:キスルトの建物の尖塔群が見える

今更ながらにキスルトはアレクシア公国の随一の大都市であったことが

窺い知れる光景である。


「ネフレイン ”ハラケル” へようこそ  先ずは飯と行こうか」

陽は頭の真上に来て暑さも増してきている。


小都市  ”ハラケル” 郊外の小さな宿や兼お食事処 ”白い貝殻亭” に

彼は慣れた足取りで入っていく


 ネフレインは少々汗ばみ手巾ハンカチで汗を拭う

「おぅ 主人おやじ、邪魔するぜ先ずは この淑女レディに冷たい氷菓子を一つ

淑女レディに汗を拭わさせるんじゃねぇ 手早くしろよ

ついでにオレにもくれや」


「おっ リビュート テメェ いつから別嬪の少女を連れ回すようになったんだぁ? 」

漢を絵に描いたような男性が 似つかわしくない前掛け(エプロン)をして

冷たい氷菓子を運んで来る。


「ふん うるせ そこで引っ掛けた女だよ いいから早く寄越せよ」

と悪ぶった言い方をする

ーー 男の子って何故、自分を悪ぶって見せたいのかしら 

そう言えば救護院の子もそうだったわ ーー

ネフレインは、可愛い子が傍にいるとつい悪ぶって見せたくなる 男ゴコロがまだよく分からない


「まぁま そう言わずにな オレにも紹介してくれよ」

「このがクィンタクル公爵家の ”養女” に迎え入れられてこれから お屋敷へ向かう

途中だと言ったら? 」

「うへっ これはお嬢さん失礼しました このリビュートのヤツが言うことはホントで? 」

「えぇ これから クィンタクルのお屋敷に行くのは本当です でも養女として

迎え入れてくれるかは まだ分りません」

ネフレインは大柄な男性に圧倒されながらも 及び腰にはならずにどうにか答えた。


「へへっ 無事養女になられましたら ”白い貝殻亭” をどうかご贔屓に

これはあっしからの奢りでさぁ お食事の後、どうぞ」

とともう一つ今度は甘味を持ってくる

ーーなかなかの商売上手ね 私も見習わなきゃ

とうさまったら 仕入れ値より安く売るんですもの あれじゃもうけが出ないはずよ ーー


 父レスタスは商売っ気が殆どなく、競り(オークション)で競り落とした額より

安く売ってしまうことが殆どで ネフレインが折角、価格を設定しても

((( ネフィ これ高すぎないかな お客さんの懐事情も考えてやらなきゃ )))

などと言うのだ

いえ、 とーさま お客様の懐事情より私達の懐事情を優先してよ

 これは、

出来るだけ高く売りたい商売人である私達と出来るだけ安く買いたい

お客様との見えないいくさでもあるの 等と

幾度もこんなやり取りを繰り返してきたのである。


 此処 ”白い貝殻亭” での食事はとても美味しく値段も幾分安目であった。

 リビュートは食事の間は終始無言で多少は粗野な手付きで食べていた

ーー 男の子って 食べる事が大好き でもお話しながらでもいいと

おもうんですけどッ ーー


ネフレインは、ちょっとつまらなそうに食後の甘味をつつく

やがて、甘味も平らげ 馬車に乗り一路 クィンタクル公爵家へ。


 聖堂を思わせる白い壁、王宮を彷彿とさせる尖塔

豪華な装飾 

囲いの生け垣は視認することも出来ない

 女神:リーゼを象った噴水そこかしこに点在する蔓薔薇の群れ

絵物語の屋敷がそこに

 数々の魔導器の権利収入パテントで一代で財をなした

その成果が目の前にあった。


「ふぅ やっと着いたな ベリト ご苦労 本来の姿に戻っていいぞ」

{御意 ネフレイン様何卒、驚かれぬよう 失礼します} 


 と一瞬馬車の輪郭が揺らぎ現れたのは

肌は灰色、目は赤、大きく避けた口、弯曲した鼻、鞭のような尾、蝙蝠のような羽を備えた

石翼魔ガーゴイルであった。

  

{私めは ベリト あるじ:リビュートの眷属にてこの屋敷守りで御座います

我が同胞はらからは彼処に}

と彼が指さす方を見ると屋敷の屋根のへりにズラリと

石翼魔ガーゴイルが並んでいて 屋敷正面のへり一箇所は空席に成っている


{我が同胞はらからは、夫妻にも多大な恩義があります 故に

此処に こうして棲まわせて貰っている次第。

屋敷の目となり耳となりときには武器とも成る我等一同は 貴女様を歓待致します

どうぞ お見知りおきを}

とバサリと跳び上がり空いている場所に留まり 石像に変化した


「アイツはクソ真面目な奴だからな この前なんざ 賊を全部喰っちまったぜ」

としれっと 怖いことをいう


「これこれ、リビュート ネフレインを脅かすものではない これからは

儂の娘として此処で暮らして貰うのだからな」

と老齢の男性の声

「これは 我があるじ:ルベリウス・クィンタクル公爵 

淑女レディの前で 舞い上がり口汚い言葉を出してしまいました

お赦しを」


と深くこうべを垂れたその先には白髪混じりのアッシュグレィ、瞳はフロスティブルーの

老齢の男性が穏やかな顔でたっていた


父の葬儀の参列者のなかに居たのは僅かに覚えがあったが

父の恩師だろうと思っていて

印象にも残っていなかった


「まぁまぁ 綺麗な 私もにお顔見せて」

今度は老齢の女性の声

白髪混じりの淡い金髪、瞳は紫の老婦人が寄り添うに立っている


「これは、奥様 リビュートめ、 ただいま戻りまして御座います

立ち話はお身体に障ります 今は病み上がりの御身 ご自愛を」

「ふふ ありがとうね でももうすっかりよくなったわ さぁお顔を見せて

ネフレイン 」

「はい、奥様 ネフレインはここに」

と移動中の馬車の中で学んだ付け焼刃の作法を駆使して

顔を近づけた


優しい、紫の瞳気品あふれる形のいい唇は淡いローズダスト

とても病み上がりには見えない血色のいい肌

彼女 ”セフィーラ・クィンタクル” は公爵夫人に相応しい雰囲気を備えていた


「素敵な御髪おぐし、この色違いの部分は お父様似かしら 貴女のお父様もこんな色でしたものねぇ

お母様にはお会いすることはできませんでしたがきっと素敵な御方だったのでしょうね


......っと 申し遅れました わたくし、ルベリウス・クィンタクルが妻

セフィーラ・クィンタクルと申します 

さぁ先ずはお屋敷の中へ

ベレト お屋敷の守りはお願いしますよ 大切な”娘”に何かあったら承知いたしませんよ」


{御意 我もその他大勢に ”格下げ”は 御免被りたいかからな

ようよう”名有り”を獲得したのだ 役割は果たして見せよう}

とくぐもった声が石像から聞こえて来る。


 彼ら石翼魔ガーゴイル達には個名が無く 名をいただくには 

相応の働きをあるじ:リビュートに示し名を貰わねばならない

不手際が重なると名を取り上げられ、その他大勢の名無しに

戻らねばならなかった。


そんな会話をしつつ大きな扉を開き中へ

 王宮と見紛うばかりの調度品達がネフレインを歓待する。


「おい フラガナ ネフレインに余計な事するなよ 

オメェは”サキュバス”のくせに 男は当然として女にも、手を出す癖があるからな」

メイド:フラガナもまた妖魔まもの:サキュバスであった。


「あらン リビュート あたしはアンタ一筋よ このには手は出さないわ」

と甘ったるい声。


 夫妻は執務室に戻っていて今はこの場にいない


そして一人しかいない ”サキュバス” のメイド:フラガナに連れられて服を着替える

「貴女 いえ ネフレインお嬢様 御召替え致しますわ さぁ お覚悟なさいませ」

と着用に慣れない矯正下着と”格闘”し

苦労しながらもワンピースドレスから

大人っぽいバッスルドレスへ。


 裾を踏み付け躓きそうにながらもどうにか着替えをおわる

パンプスも踵が高く甲も大きく

大人っぽい赤の薔薇飾りがあしらってある。


踵を折らないように注意しながら草原の様な毛足の長い絨緞を歩く

「ふむ、流石にぎこちないな オレが歩き方を教えてやる

真似てみろ」

と彼は先立って ”女性” の歩き方をして

「こうするんだよ そうすれば楽に歩ける

慣れれば普段履きとの切り替えも楽に出来るようになるからな」

とまた男性の歩き方に戻り直ぐ後ろに従いた。


「ふふ、 リビュートってね 小さい頃”異性装”をしてたらしいのよ

今は似合わなくなったけどね だから彼 

女の作法にも詳しいって訳、これ内緒よ」

とフラガナ。

「フラガナ テメっ何、話してる ”昔”の事じゃないだろな」

と凄んでいた


「あら 女同士の話に割り込むなんて らしくないわね そんなに お嬢様が

気になるの ねぇ? 」

フラガナは声におどけた調子を乗せてからかうように言う。


「るせー そんなんじゃねぇよ まったくよぅ 何だってんだ」

と顔を見なくともわかり易い彼の照れ隠しだった。


大きな扉の前で

「旦那様、 ネフレインお嬢様をお連れいたしました」

と悪戯っ子もの顔から、メイドの顔へ


「うむ、入り給え」

と   クィンタクル公爵家現当主 ルベリウス・クィンタクルの柔和な声

先にネフレイン 次にフラガナ最後にリビュートであり彼も執事服に白手袋と

正装で氏の執務室に入り 扉を丁寧に閉めた


これを見たルベリウス・クィンタクル公爵家現当主は

「改めて、私が クィンタクル公爵家現当主:ルベリウス そしてこちらが

妻の セフィーラ だ 良く来てくれた 先ずはそのお礼を言わせて貰おう」


ネフレインは、馬車内で付き焼き刃で身につけたぎこちない作法で

「お初に御目にかかります ルベリウス・クィンタクル公爵様 

 私は、ネフレイン

先だって (せんだって)、父の葬儀の際には 父の研究資金の後見とも知らずに

無礼な振る舞いを致したかも知れませぬ

何卒、父に免じて不調法をお赦し下さいませ。 」

と脚を交差させこうべを垂れ床にスカートの環を作る。

「はは 中々、出来たお嬢さんだ 顔を上げ給え

この、書類に血印で著名すれば晴れて 我がクィンタクル公爵家の”娘”だ」

と促され、顔をあげる 

 しかしやや厳しい顔も見せ


「此処に著名すれば 晴れて我が我がクィンタクル公爵家の”娘”になるわけだが

著名して”娘”になる前に ”半妖の少女” として問いたい


 君は”公爵家令嬢”となり相応しい振る舞いも要求され

...... っと ここからが、肝要だが」

と間が空く。


「知ってのとおり、我が公爵家は妖魔まものとも交流が深い

彼らとも取引が有るのでな

しかし、世間の妖魔まものへのの風当たりは強い

ヒトと妖魔かれらとは、今代も尚、水面下でお互いの支配域を巡って争ってる

のは知っているね? 」

父から散々聞かされていた事であり

ネフレインは首肯。 


 此処、クィンタクル公爵家の娘になると言うことは

”公爵家令嬢” として世間に広く顔が知れるということでも有る。

今まで以上に出自に関しては気を遣わねばならない ......が これも

半妖として生を受けたものの運命さだめであろう

私:ネフレインは今一度その重さを感じていた。


「ふむ、いいだろう 

そして、君はそんな反目しあっている者同士の愛し仔なのだ

君を今まで以上に悪し様に言う輩もいる、そして

ネフレイン、君の強大な妖魔まものの部分に惹かれて寄ってくる

人界・魔界の手合いやこれらの矢面に立つことも有るだろう

君のお父上からは、君の全てを託されておる

それに、書簡にも記したが 私達に”娘”を持つ悦びを

与えて欲しいとも思っているのだよ

尤も最後は、私達の利己エゴだが。


 それに振る舞いについても公私を分けた行動をしてもらいたいのだ

その上である程度の”制約”も課せられる

ホントは自由でも一向に構わんのだが、

世間には妖魔自体の存在を全否定する”元老派げんろうは

私達に近い考えの”枢機派すうきは”がさらに衝突している 些か足りとも

特に公の場では”隙”見せてはならん そんな政争の場にも君は放り込まれ

巻き込まれることになる

今この場で私達の養子の申し出を断る自由も勿論ある


もし”承諾”するならば此処に ”血” の著名を”断る”なら

黙ってこの部屋を 辞してくれないか?」

と目を瞑り

彼: ルベリウス・クィンタクル公爵はじっとネフレインの審判を待つ。


 近づくとと大きな執務机に羊皮紙が広がり

”既に”二人の血の著名が成されていた

ーー お父様が全てを話し、託した人物である これに応えたい ーー

この時の、正直な気持ちであり

ほんの少しの逡巡しか要らなかった。


「はい、クィンタクル公爵様、 私:ネフレインは公爵様の

お気持ちと亡き父の遺志に応えとう御座います 

母は妖魔まもの、父はヒト 私は ”つなぐ者” としてのお役目を課せられた者

今此処で私自身の”血”にてご著名致したく存じます」


と 机の上に置いてあった螳螂蜂の刃で指を切り

二人の著名の下に 名を入れる

途端に 羊皮紙は青白い炎の小鳥に変じ三人の胸に飛び込んで

消える


「ありがとう これでたった今から ネフレイン 君は

ネフレイン・クィンタクル公爵令嬢となった さぁ新しい父様とうさまに顔を見せてくれ

愛しのネフレイン」

とネフレインはこの瞬間 正式なクィンタクル公爵令嬢となったのである

そして、時期当主としての生活も新に始まる


「そう言えば ネフィ 此処に来る途中窪地を通過しただろう」

「はい ”お義父様” 可愛い箱庭のようでした 

お花や小鳥それに、可愛い妖魔まもの達がいました」

「そうだろうとも 彼処は私と妻の出会いの場所でもあるんだ

だが、たった今から全てネフィ 君の物だ 自由にするといい

なぁ 良いだろ セフィ? 」

とクィンタクル公爵夫人を見る

「えぇ 勿論いいわ 貴女も意中の殿方をモノにする時は 彼処で

告白プロポーズを受けると良いわ 

勿論貴女から積極的になっていいのよ 

私のようにね♡ 」

「えっ では お義母様の方から? 」

ーー 見た目だけだと お義父様の方からと思っていたわ ーー


「いい男ほど逃した後、後悔が大きいものよ 

 後は、この通りいい関係を築けると思うわ

彼処はね そういう言い伝えが有るの

私も 貴男ルベリウスと一緒になって こうして財を成して成功して

”おねだり” して私達のモノにしちゃったのよ

”レメトギアの園” を買い取って権利を得るまで長かったわ

お蔭で妖魔まものとの交渉術の経験も獲得したってわけ


 最初はこのヒトって危うく魂を持って行かれそうになったり

挙げ句、心の臓まで失くなりかけて 大変だったわねぇ 貴男ルベリウス 」

 と恐ろしい事をニコニコ顔で平然と言う。

案外気さくで子供っぽい性格なのかも知れない


 散々、惚気を聞かされ、挙げ句

彼女は ルベリウスの唇に軽く接吻をする。

「よさないか ”娘” の前だぞ 」

と照れているが堂々と大人の貫禄を見せつけていた。


あるじ、後はこのオレ ......いや 私:リビュートめにお任せを」

「うむそうだな、後は 屋敷の案内と ネフィのお父上:レスタス君の

書類やら遺品やら蒐集品やらある専用の建屋もある

 おっとそれから、これを預かっていたな 

イヴェール骨董店のある日誌とは違い装丁も豪華で

重厚な雰囲気が漂う魔導書のような研究日誌を受け取った


「これは? 」

「これか これは彼が野外研究フィールドワークの全てを書き記した物らしい

これも 勿論ネフィの物だ 受け取って欲しい」

勿論、快諾する これには驚くべき内容が書かれていたが

これは後の、お話。


 ネフレイン辞した後、

「あのネフレインは半妖だ ヒトよりは遥かに永い刻を生きる

願わくばヒトと妖魔まものいや、妖魔まものとヒトかな 互いに ”共存” する

世界を見てみたいものだな お前が”妖魔まもの”からヒトに一度きりの

術で変成してヒトに歩み寄ったようにな セフィーラ いやセフィ

お前も妖魔まもののままだったら いつまでも若く美しく要られたものを

こんな男のために ......っ」


セフィーラはルベリウスの髭を撫で擦り先程より激しく奪うように貪るような

接吻をする

んんっ...... んっ......んんぁん ......。



「ふふ それは言わない約束 たとえ代償に躰が弱くなりヒトとして

定命のことわりに縛られたとしてもそれは私の意思よ

決して強制されたものじゃない それ分かってる? 」


「それはそうだが あのの強大な能力ちからに縋ろうとする浅ましい自分もいる」

ルベリウスは視線をセフィーラから逸してしまう。


「それでもいいじゃない ルーちゃん それがヒトという生き物よ

でも私の愛し仔は出来なかった 私だってあの

出来なかった愛し仔の代わりにする浅ましい女よ」

「あのを引き取る時、それはもう言わない約束だったろ

イグレーシアとセスタス君のはまさに奇蹟としかいいようがない アレは特別なんだよ」

「えぇ あの御方イグレーシアですもの ちょっとは妬けちゃった

だから、生命いのちある限り、私を”ヒト”として 最期まで愛し、愛して頂戴」

ルベリウスは、この時セフィーラに若く瑞々かった頃を重ね

セフィーラもまた髭のない若いルベリウスを

重ねていた。


セフィーラもまたヒトの男に恋をして、彼女はヒトの方に歩み寄った”元”妖魔まものだった。


「あぁ 勿論さ 僕のかわいいセフィ 明日からは君もヒトして忙しくなるぞ」

「えぇ そうね」

「そうだとも」


二人の男女は、 限り有る何れ、訪れるわかつつ日に抗う様に激しく、唇を奪い合った。


こうして、ネフレインのクィンタクル公爵令嬢としての一歩がはじまった。


 案内された広い私室で

正装からワンピースドレスに着替えてふんわりとした寝台に、身を埋めて

一度もいだかれたことのない母をその感触に重ね 

微睡むその目には、一筋の光る雫が光っていた。


 





  






次回、 イヴェール骨董店 お楽しみに

この物語は次回予告あらすじを掲載するスタイルを採用しています。


 お屋敷での慣れない令嬢生活 

そして季節は一巡る ネフレインは再び王都:キスルトの骨董店へ

忙しい往復の日々が ...... 続く? 。



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