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悲鳴と階段




 十時の開店から、食堂は盛況だった。

 魔術師という生き物は、朝も昼も夜もなく研究に没頭する。睡眠時間も勉強しているような彼等だが、人間である以上は食事を要する。

 簡単な売店くらいはあるらしいが、そこにあるのは研究の発表会や各種の資格試験前を寝ずに乗り切るための、有る意味恐ろしいほど栄養に特化した(つまりとても不味い)食品に限られる。

 元々出不精な人種の魔術師にとって、雨の日にわざわざ離れた街まで外食に出ることは億劫で仕方ない。また、泊まり込みの多い『聖霊塔』では、食堂こそが命綱だ。

 ちゃんとしている『聖霊塔』なので、料理もなかなかに美味。毎月のように十数枚の「二十四時間営業希望」の要望書が上層部に上げられるくらいには、好評な訳なのである。

「火力が弱い! 増加術石グローストーン詠唱チャージしろ!」

氷術石こおりいしはこっち!!」

「メインB、四つ出来ました!」

「飲み物の補充はまだなのか!?」

「新人、がんばれ! 休むなー!」

 その日も混雑は続いていた。

「なんか、日増しに忙しくなってく気がする!」

「実際なってんだよ、雨のバカヤロウ!」

「食器洗え! 残り少ないぞ!」

「洗浄術石せきの予備はどこだよっ!」

 厨房では怒号が飛び交う。

 いっそ高級ホテルの豪華なフルコースを数十人分作るより、ひっきりなしの食堂の方が忙しいかもしれない。 

「製菓、準備終わりました! 十三時から出せます!」

「今日は仕方ない、湯沸かし場を作って飲み物はセルフに! 茶葉とポットの用意を!」

「はい!」

「エイプリル!」

「はい、料理長!」

「外の配膳を手伝え、必要なら指示を出せ!」

「分かりました!」

 厨房内では新人の数名も、食堂内の雑用に回された。

 製菓の設置準備を他に任せ、青ざめていた職員と交代し、エイプリルは次々と押し寄せる仕事をこなしていった。

「た、助かります!」

「ピークが過ぎるまで、がんばりましょう!」

 エイプリルは年齢としては年少組だ。

 年上の新人たちには思うところもあるだろうが、それでも話しかけやすい先輩という立場で、エイプリルは頼られることもあった。

 それは一重に、幼い頃からお店を手伝っていた経験からくる、正確な判断力に寄るものだ。

「二十一番、札出されて待ってるのに、メインがまだ来てないってクレームが!」

「順番が抜けたのっ? 先に、私が持って行きます! ーーセットA、メイン追加お願いします! 貴方はこの三つ揃ったら配膳して、いま十一番!」

「はいっ!」

 彼女の長所は、鍛えられた接客態度だと言う職員がいる。

 混雑の食堂ではサービスを行き届かせることは難しい。せめて客に対する際の丁寧さくらいは、と彼女は心がけていたし、実際その効果はあるのだ。

 頭を使って疲れ切った魔術師には、ほんの僅かな気遣いもありがたいということだ。足早に歩いても、人前では穏やかに笑う。子供だけれど、最大限の礼節を以て振る舞う。必ず、お礼の言葉を口にする。

 そんな当たり前のことが、どんなに忙しい時でもきちんと出来るよう、ミセス・マーガレットは教育したのだ。

「十三時! 保術石キープ開始!」

 エイプリルは製菓担当員に向かって声をかけた。

「はーい、デザート解禁しまーす!」

「飲み物はセルフでお願いしまーす!」

 おぉ! と、毎回この瞬間には、ちょっとした歓声が上がる。それを聞くのが、密かな楽しみだった。次々に立ち上がっていく魔術師たちの、裾の長い服を踏まないように、エイプリルは合間を縫って行き来した。

「今までのダブりは解消しました! 片づけに回ります!」

「頼む!」

 めまぐるしい昼時は、あっという間に過ぎていった。


 時計が十五時を周ると、食堂は穏やかな時間がやってきた。

「お疲れさまです、料理長」

「あぁ、お疲れさまエイプリル。待っててくれたのか?」

「おばあちゃんからバンズを預かってるの。はい、これ」

「お! ありがとー」

 次々と調理担当が厨房を出ていく時間。通り道で待っていたエイプリルは、小さな包みを差し出した。

 調理担当は休憩を挟み、次の下準備をしたところで夕時の職員と入れ替わる。それまで時間は製菓担当の持ち時間で、入れ替わりに製菓職員が入っていった。

「夕方まで休んで、またこんな調子だ。泊まり込みの分、他の職員よりはマシだけどね」

「が、がんばってね……!」

「うん」

 ふぅとため息をついて、料理長の父は帽子をとった。

「家の方は大丈夫? 雨すごいだろ、どこか浸水してない?」

「今のところはね。でもこのままだと、まず私が腐っちゃいそう。暗くてじめじめでしょ? 今朝それで寝坊しちゃったの」

「隣に起こしてくれる人がいて良かったね」

「そうなの!」

 父は細身な体が更にやつれたようだ。調理用のグラスを外して、首から下げると、目の下には隈が見えた。

「疲れてるね?」

「まぁねぇ。でも自分の計画で料理を出せる週は楽しいし、やりがいもあるさ。今月はいつもより人が多いし、雨は降るし、大変だけど。自分の担当する週の売り上げが上がるのは良いことだ」

「そうね。あ、じゃあ私も、もう行くね」

「って、どこに? そっちは玄関ホールとサロンしか」

 と。

 エイプリルの顔が、みるみる曇った。

「……玄関ホール行かないと、地下階段が使えないんだもの……」

 地下階段? 

 首を傾げた父親に、エイプリルは今朝渡された洋紙の端切れを、ずいっと掲げて見せた。

「『午後のお茶の時間ティータイムに届けられたし。モーンシュトーレンとシナモン紅茶ティー。悪魔学専攻学部統計学科準教補魔術師ロードン・シルーロス』……悪魔学の研究室か!」

「…………」

「が、がんばれ、娘!」

「ありがとう、お父さん……」

 励まし返されて、エイプリルはうなだれた。

 少しだけ、前の話。

 製菓の厨房内の職員は、サロンで小休憩を取っていた。

 このサロンという場所は、玄関ホールのすぐ横にある。

 大きな窓から見える外の景色と、飾られた絵画などの美術品で、来客をもてなす応接間にあたる。広い空間に古美術アンティーク調のテーブルと椅子が置かれており、気分を変えたい魔術師が本を読んでいたり、複数人で談義したり、エイプリルたちのように職員が休憩に使用したりする。多目的小ホールと呼べる場所だ。

「え! 悪魔学部におつかい!?」

「うぇ〜、俺、製菓長んとこ行かなくて良かったぁ」

「呪われずに帰って来てね? エイプリル」

「死ぬなよ!」

「気合い入れてけ!」

「……皆さん」

 口々に向けられる励ましの言葉が、逆に気分を重くすることなど承知の上。彼等は心底安堵して、また景気付けに面白がっているのである。

「どなたか代わって頂けませんかっ!」

 必死な物言いで頼んでみるが、皆一様に目を背けた。

「これやっぱり新人の仕事だよなー」

「どうせなら若い子の方が喜ばれるってー」

「女の子だし?」

「大丈夫だよ、うん、きっと!」

「悪魔学部は謂わばエリートの中のエリート集団だしー」

 取り付く島もない。

 くっ、とエイプリルは拳を震わせた。

「でも怖いじゃないですかぁああ」

「それはそれ。仕事は仕事」

「製菓の仕事で何でホラーなんですかー!」

「それは勿論」

 『聖霊塔』だから。

 口をそろえて言われた言葉に、反論のしようもなかった。

 魔術の専門機関『聖霊塔』に所属する魔術師は、複数の専攻学部と学科に分かれている。中でも最も高名にして、畏怖と尊敬の対象、それが悪魔学部である。

 その名の通り、彼らが研究の対象とするのは、悪魔。

 歴史上実在するとされ、人々に魔術を伝えた存在。そこだけに視点を当てれば敬意も沸くが、歴史・伝承・空想・逸話、あらゆる場所で語られる彼らは、正に悪逆の象徴だ。人を弄び、残酷で零落。醜悪で下劣。人の負の感情そのものとも言われる、不詳の種族。

 悪魔学部とは、そんな悪魔のことを細かに調べたり、人間へもたらした影響や事象をまとめたり、はたまた悪魔そのものを召喚しようとしたりするのが専門だ。危険を伴う為、他の学部より遙かに厳しい資格と実力を要し、活動内容も秘匿されることが多い。

 つまり一般人からすると、すごい人達が何か危ないことをしているらしい、謎多き場所。それが悪魔学部である。

「あそこだけ地下だし、暗いし、いつもひんやりしてて何だか怖いし、不気味だし……!」

「うんうん、無事に帰ってきたらシュークリームあげるからねー」

「甘い物より優しさが欲しいです!」

「その職場は菓子とお茶以外は甘くないんだ、知ってるだろ?」

 誰も行きたがらない。行きたいわけがない。

 たまに悲鳴とかして、玄関ホールに響いてたり。

 地下へ続く階段の入り口が、赤い何かに染まっていたり。

 べたべた液体が壁に張り付いてて、触ったら皮膚が溶け出したり。

 生徒が数人出てきて歌い出したかと思いきや、バッタバッタと倒れたり。

 飾り物の斧を振り回して錯乱した教師が、警備員に取り押さえられたり。

 形容し難い、何か、何かの生き物のような何かが、出てきたり。

 そんなことが日常茶飯事の所になんか、誰が好んで行くものか。

「う〜……っ!」

 エイプリルは製菓長の微笑みを思いだし、頭の中でパンチした。


 父にバンズを渡して、サロンに用意しておいた紅茶とお菓子を乗せたトレイを手に、エイプリルは玄関ホールを横切った。

 中央の上階へ続く螺旋状の階段も、ホールの厳粛な彫刻も、すれ違う人も全て無視して、地下階段の前に立つ。

 ごくり。

「紅茶が、冷める、前に……っ」

 行かなければ。

 彼女は元来、怖がりな質である。母親の冒険譚がリアルで過激すぎた所為かもしれない。幽霊とか悪魔とか、そもそも苦手な物は多いのだ。

 しかし、度胸がないわけではない。そこも母親の影響だろう。仕事となれば、進まなければならないと、自分を叱咤するのは上手い方だ。

 既に涙目だが、足は進める。一段一段、薄暗くなっていく階段を降りた。

 つん、とした薬品の匂い。石の匂い。湿って冷たい空気に、反響する物音。

 慎重な足音が、カツンと響いては消える。繰り返す。

 階段を降りながら、いくつかの通路の入り口を横切るが、どこからか話し声や奇妙な音楽がする。ドスン!という物音などには、エイプリルは肩を跳ね上がらせた。心臓の音がうるさくて、吐く息は白く見えるほど。

 シュ……ォーン。

 バサバサバサバサ。

 ガツン! ガツン! ガツン!

 フィーー……ン。

「もう……なんなのぉ……っ」

 聞いたことのない音の不協和音。

 今すぐにでも逃げ出したい。しかし、各通路に設置された学科名の札に『統計学科』はなかなか現れない。

 頼りなのは、ポットの紅茶が冷めないよう置かれている、小さな保温術石キープストーンの仄かな明かりだけ。「冷める前に」と言ったのは、この術石が消えてしまう前に、という意味である。

「お母さんだったら、このくらい、平気だよね……!」

 脳裏に浮かんだ、陽気な母の姿。

『そんときは死んだ聖霊の廟ってのに潜り込んだんだけどさぁ、もうトラップだらけで気持ち悪いぐらい! 天井から大量のムカデが降ってきたりして大混乱! いきなり足下に風が来たなぁと思って、一応ひょいっとジャンプしたら、私の後ろの奴が刃物で足切られちゃって血がブシャ』

 思い出す内容を、間違えた。

「統計学科、統計学科、統計学科!」

 もはや早口の呪文のように、他のことは考えまいと突き進む。

「統計学科、統計学科、統計が」

「ココ」

「うひゃーー!!」

 悲鳴は、遙か彼方まで木霊した。




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