プロローグ 『十日目』
私は、王に傅いた。
澄んだ色彩の石床。窓の景色を反射して、灰色の水面のような所に膝を着く。そこはひやりと冷たくて、空気は湿って重たくて。
私は自身が、まるで水中にいるかのように感じた。
「陛下、本日のお菓子はカトルロールでございます」
王は、椅子に腰掛け微睡んでいた。
私の王はとても大きな躯で、規格外の大きな椅子にも窮屈に見える。常に厳しい顔をしていて、寝顔さえも辺りを睨むかのようだった。
実際、彼は厳しい王だった。
礼儀を重んじ、贅沢を好むけれど、下劣を嫌う。無礼講という言葉が大嫌いで、他者に厳しく、それ以上に自身に厳しい方だった。
黒一色の衣。けれど彼は、彼自身の絶対的な品格を損なうことはない。
上等な素材とか、威圧的なシルエットとか、そんなものは後付けである。彼という存在が、彼の在る空間全てを染めるのだ。
「……アナ、か」
「はい。おはようございます、陛下」
私は、王が意外に柔らかな声をお持ちであると知っている。
普通なら言を交わすことすら憚られる、極めて優れた方ながら、私は王に「たとえ熟睡してるとも、茶の席には起こすように」と言われていた。
王は無類の甘党で、お茶の時間を楽しみにしていらっしゃる。
「紅茶は香りが高いものを。砂糖はとびきり甘いものを、たっぷりと」
王は首を擡げて、冷酷な笑みを浮かべた。
「それは、楽しみだ」
残念な話だが。
私は王の、その言葉通りの顔だけはーー見たことがない。