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掌編小説集8 (351話~400話)

憧れの街

作者: 蹴沢缶九郎

『人に好かれる街』とは、どこぞの地域都市再生事業の謳い文句だったが、その逆、『街に好かれる人』というのがあるのも、私は自身の経験で知っている。


その日、私は休日を利用し、田舎から電車を乗り継ぎ、大都会新宿へと遊びにやってきた。私はまず、電車を降りて、駅を利用する人の多さに驚く。人の密度に息苦しさを覚えるが、とはいえ、田舎育ちの自分からすれば、新宿は憧れの土地であり、それぐらいはどうという事もない。

都会のジャングルとはよく言ったもので、超高層ビル群を横目に、私は自分の中での新宿を観て回った。

バスに乗るわけでもなく、バスタ新宿に行き、スノボのツアー客を見送り、中に入るでもなく、都庁を見上げ、見たい映像があるわけでもなく、アルタビジョンを眺めていた。

人によっては、それがわざわざ新宿まで行ってする事かと、楽しいのかと感じるのだろうが、それで私は満足だったし、それが私の楽しみ方なのだ。

適当な時間となり、私は一日のメインイベントである、ラーメン屋『麺屋二刀流侍』本店の醤油ラーメンを食べ、帰路に着く事にした。

楽しい時間はあっという間だ。次に新宿に来れるのはいつになるだろう…。この街は、まだまだ楽しめる場所が沢山ある。刺激に溢れる街、新宿…。


「楽しかった…。帰りたくないな…」


気持ちが自然と口をついて出た。後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にする。だが、駅に向かい歩く私は、何故か違和感を覚える。


「何かがおかしい…」


その違和感の正体はすぐにわかった。自分と、遠くに見える新宿駅との距離が縮まっていないのだ。歩けど駅に近づけない。それはまるで、動くベルトコンベアに逆らって歩いているようだった。


「何なんだこれは!?」


人をかき分け、小走りで駅を目指すが、やはりどういうわけか、駅には着けそうにない。依然として、縮まらない自分と新宿駅との距離に、私は狐につままれた気分になり、それならばと、タクシーに乗る為、大通りに出てタクシーを捕まえようとするが、どのタクシードライバーも私の存在が見えていないらしく、目の前を何台ものタクシーが通りすぎていった。

あえて駅を目指さず、東西に延びる靖国通りを歩いてみたりもしたが、気付けばいつの間にか同じ場所に戻り無駄であった。新宿という街全体が、私を逃がさないようにしているようだった。

一体どうすればいいのか、途方に暮れる私は、駄目で元々、ふと思い付いた妙案を実行に移す事にした。ズボンを下ろし、人が行き交う新宿のど真ん中で立ち小便をしたのだ。新宿が私を好いて逃がさないのであれば、逆に嫌われる事をしてやれと考えたのだ。

そして、私の思惑は見事に的中した。人々の好奇の視線を他所に、用を足し終えた私は新宿駅に向かって駆け出し、今までの苦労が嘘のように、ものの数分で駅に到着したのだった。

結果、新宿から嫌われ追い出された形の私は、無事に帰宅出来たのだが、それから二度と、新宿に立ち入る事は叶わなかった…。


軽々しく、「帰りたくない」などと口にするものではないと、秋葉原駅を目指し、さ迷いながら私は思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 出られないって、まさに、悪夢ですね。
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