試験。
「私、アリストレア魔法学院の入学試験受けてみようと思う」
学校案内を見た翌日の夕食中、両親にそう切り出した。
この魔力があれば楽勝だと思うし、何より特待生になった時のメリットが多い。タダ程素晴らしいものは無いと思う。
家は決して裕福な方ではなく、ごく普通の一般家庭である。
あの馬鹿みたいに高い学費は、普通に入ればまず払えない。確実に破産する。しかし、それが無料ならば話は別だ。高くても行ける。ただし、九年間それを維持出来るかどうかは分からないけれど。
(まぁ、入ったら否が応でも維持しないといけないんだけど。途中で退学とか有り得ない!)
「…そうか。決めてくれたか」
「じゃあ早速準備しなくちゃ!良いお洋服買って、写真撮って、役場に行って受験票貰わないと!あっ!魔法のお勉強しないと駄目ね!早くしないと試験まであと一週間しかないから!」
突然のマシンガントークに呆気に取られたが、今何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「あの、お母さん。今、なんて言った?」
「え?お洋服買って、写真撮って」
「そこじゃなくて、最後の方…」
「…あと一週間しかないから?」
「…え、あの、試験まであと一週間しかないの?」
「そうよ?」
「…」
(なんでそんな余裕がないの?試験勉強ってもっと前からやるものだよね?一週間で出来るわけないじゃん。馬鹿なの?なんでそんなに不思議そうな顔してるの?私がおかしいの?この世界ではこれが普通なの!?)
人の荒れ狂った心など知らない父が、若干心配そうに見つめている。
「…どうした、大丈夫か?」
「大丈夫。ねぇ、試験内容ってどういうのか分かる?」
「…そうだな」
顎に手を当て、目を伏せた父から爆弾が落とされる。
「…まず、魔力が一定以上ある事。次に、試験官と魔法を使って戦うことだ」
「戦うの!?」
「…まぁ、戦うといっても、向こうの張っている防御魔法に対してどれだけダメージを与えられるかを見る為のものだが」
「でもリズならきっと大丈夫よ!試験官なんて吹っ飛ばせるわ!」
満面の笑顔でそう言い切る母に、もう不安しかない。
今何かのフラグ的なものが盛大に立った気がする。気の所為だと思いたい。切実に。
時というのは早く流れるもので、あの不安を抱いた日から、あっという間に一週間経った。
今私はアリストレア魔法学院の門前に居る。
校舎内に入る為には、校門の脇に立っている試験官に受験票を渡し、第一試験の魔力測定に合格しなければいけないらしい。
特殊魔法装置とかいう物で魔力を数値化して測定するのだと父が昨日言っていた。
(今更だけど、妙に詳しいのは何でなんだろう…)
先程から私が並んでる列の横を、沈んだ面持ちで校舎とは反対方向に向かって歩いている受験生達が沢山居る。
恐らく、一次試験を突破出来ずに落ちてしまった子達だと思われる。
受験に来ているのに、校舎にすら入れないなんて残酷だとは思うけれど、この長蛇の列を見れば納得も出来る。
今なら、何故受験票に時間が書いてあるのか理解出来る。だが、時間通りに来ても一時間待ちってどういう事…。
あれから更に一時間後。
ようやく次の順番となり、やっと受けられると思ったその矢先。
怒鳴り声が響いた。
「何でこの僕が不合格なんだ!!可笑しいだろう!お前達、僕を誰だと思っている!テイラー伯爵家が長男、ジャック・テイラーだ!こんな事して許されると思っているのか!お父様に言いつけてお前らをクビにしてやる!!」
肩で息をしながら試験官二人に向かって指をさしてそう怒鳴っていた。
後ろからでは見えないが、耳が赤いからきっと顔も真っ赤な事だろう。
どうやら、私の前に並んでいた身なりの良い、如何にもなお坊ちゃんは自分が落とされた事が気に入らず、癇癪を起こしているらしい。
とんでもなく迷惑で、物凄く鬱陶しい。
取り敢えず、早く退けとイライラしながらその背中を睨んでおく。
私が無意味にその背中を睨んでいる間も、こんなに待たせやがって、やらお前らは無能な奴らだ等と色々難癖をつけていた。
試験官も、まともに相手をせず、彼の従者を探していた。
それを見て火がつき、さらに喚き散らしている。まさに悪循環である。
自己中貴族のせいでこんなにも時間がかかっている。
(早く帰りたいなー)
とかどうでもいい事を思っていると、唐突に右腕に衝撃がきた。
腕を見て、その元を辿ると、奴が居た。
そいつも一度こちらに視線を寄越したが、すぐに逸らして再び試験官に食ってかかっていた。
ブツリと何かが切れるような音がした。
目の前にある肩をありったけの力を込めて掴む。
ミシリといったのはきっと気の所為。
「何をする、離せ!僕に触るな!」
私の手が払いのけられる。しかし気にしない。もう一度肩を掴み、出来る限りの良い笑顔を我儘坊主に向けて話しかけた。
「ねぇ、さっきから聞いていればあんた何様なの?」
「はぁ?お前テイラー家を知らないのか?これだから庶民は!」
はっ!と鼻で笑われたが、肩を掴んでいる手の力を強めるだけに留めた私は偉いと思う。
「そんな事聞いたんじゃないんだけど。あんたの家がどれだけ権力あるのかとか知らないし、興味も無い」
「どういう意味だよ、いいから離せよ!」
「あんたさ、自分がどれだけ周りの迷惑になってるか分かってないよね?分かってたらこんな癇癪起こしてみっともなく喚き散らしたりしないもんね?」
「何を言って…」
「私ね、二時間以上待たされて今最高にイラついてるの。その上あんたの我儘で長引いてるの。いい?あんたは、ここに入れるだけの実力が無かったの。それが事実。だからいい加減認めて早く退いて」
退いてと言った瞬間、左腕が上に上がるのが見えた。そのまま顔面目掛けて振り下ろされ、もう少しで殴られる寸前、思わず目を閉じた。
しかし、いくら待っても痛みが来なかった。そこで、そっと目を開けると、目の前に居たはずの奴が居なかった。
後ろから転移魔法か?と声が聞こえる。
何処へ飛ばされたのか探していると、馬車が並んでいた所に立っていた。本人も何が起こったのか分からない様子で辺りを見渡していた。その内二人の護衛が近付いて行って、奴を馬車へと乗せ、帰って行った。
最後に馬車へ乗り込んだ護衛がこちらに深く頭を下げたので、慌ててお辞儀をしておいた。
試験官が何事も無かったかのように再開し始める。
「では次の方。受験票を提出して、ここに立って下さい」
言われた通り、試験官に持っていた受験票を渡して、金属探知機みたいなゲートの下に立つ。
数秒後、ビー!と警告音の様な音が鳴った後、試験官の前にあったモニターに数値が出てきた。
合格ラインとなる一定の数値がどの位なのかは知らないけれど、試験官が目を見開いて物凄く動揺している。
「…もう一度測ってもらっていいですか?」
「え、はい…」
何故かやり直しになってしまった。解せない…。
一度後ろに下がって、再びゲートの下に立つ。先程と同じ音がして、全く同じ数値が出る。
その数値を見つめて、何かを考え込んだ後、試験官が口を開いた。
「…合格です。校舎内の案内係に従って下さい」
「分かりました」
試験官の横を通って、立派な校門をくぐり、校舎へ続く道を歩く。
遠くには、元の世界の学校とは比べ物にならない位豪華な校舎の一部が見える。
所々に置いてある石像、綺麗に咲き誇る花々、青々と茂る木々、円形状に広がった道の真ん中にある大きな噴水。
(流石異世界。規模が違う)
異世界の学校に感動していた私の後ろで試験官が慌ただしく動き、どこかへ連絡をしていた事など、完全に浮かれていた私は知る由もなかった。