皆の反応。
困り果てて周りを見渡すと、クラスメイトの壁の向こう側に居たメテオと目が合った。
さしもの彼も今の状況に引いていたらしい。少し遠巻きに見ていたが、ハッとして慌ててこっちに来ようとしてくれている。
ちなみにノアとレオンハルトは様子を伺っているだけで助けようとはしてくれなかった。多分その反応の方が正解。
少ししてから私達の元にメテオが到達し、クラスメイトを追い払ってくれた。
「大丈夫だった?何もされてない?」
「大丈夫。ありがとう、助かった」
「なら良かった!本当は僕が一番に声をかけるつもりだったんだけど、皆反応早かったねー」
「うん。ちょっと怖かった。リリアは大丈夫?」
「あっ、大丈夫!むしろ守れなくてごめんね…」
そう言って肩を落として落ち込んでしまったところを慰めていると予鈴が鳴った。
リリアはとぼとぼと自席へ向かい、私も席に着く。
席に座るとやはりメテオが話しかけて来たが、先程まで興奮していたクラスメイト達を見ていたからか普段よりも落ち着いたトーンだった。
本鈴が鳴ってキースが入って来るとザワザワしていた教室の空気がピタッと止み、皆一様に口を閉じて前を向く。初日の教育の賜物だ。
「おはよう。ホームルームを行うが、面倒だから連絡事項のみ伝える。試験が終わってあと数日でホリデーとなる。一年のお前達にとっては初めての長期休暇だ」
曰く。
「この学院の生徒であるという意識を常に持ち休み期間中も行動する事」
「羽目を外しすぎて目に余るような行動が教師の耳に入ればSクラスからの降格も有り得る事」
「ホリデー前日に配られる宿題をホリデー明けに提出出来なかった場合も降格処分の対象となる事」
「我が校のホリデー休暇は二週間。その間に俺から出された課題を終わらせられなかった者はこの教室には居られないと思え。課題内容はクラスによって違うし、前日までの発表は無い。心しておけ。以上だ」
相変わらず言いたいことだけ言ってさっさと教室から出て行ったキース。
その背中が見えなくなったのを確認してから教室中から雄叫びが聞こえた。
「課題、あまり難しくないと良いなぁ…ねぇ、ノア」
「どうだろうね…キース先生は一年生だから簡単な物をって考えるような人でも無いと思うけど」
「そうなんだよね、そこなんだよ!あー難しかったらどうしよう?」
「そもそも、課題がどういったものかはっきりとしてない分、今からの対策は無理だね」
「前日まで待つしか無いか…」
後ろで二人が項垂れてる気配がする。
確かに全く情報が無い中では対策の仕様が無い。
まあ、今考えても仕方ない事はひとまず置いておこう。
取り敢えず、今日を一日無事に乗り切ることに集中だ。
…災難だった。
休み時間の度にクラスメイトに囲まれて勉強を教える羽目になり、昼休みに食堂へご飯を食べに行けばジロジロと見られ、帰りには教師に捕まり賞賛の嵐だった。ついでに次回のテストも期待してると言われる始末。
寮へ帰って来るなりやはりナターシャには目の敵にされている様で彼女の視界に入れば睨まれる。
今日一日でこれだけ疲れたのに、まだ数日続くのかと思うと今から憂鬱で仕方ない。
早く休みになって欲しい。切実に。
「まあ、あと少しの辛抱ね。頑張りなさい」
「分かってるけどー…」
「明日になればちょっとは落ち着いてるんじゃないかしら?今日は物珍しさに見てるだけだと思うわよ」
「…そうだと良いけど」
夕食を食べ終わった後、消灯時間までの間にメアリーとリリアと喋る事が日課になっており、今日もメアリーは私の部屋に来て話をしている。
リリアはというと、今日一日私の護衛で張り切って疲れたらしく夕食もウトウトしながら食べていた為、早々に寝ていると思われる。
食堂から部屋までの距離もフラフラと覚束無い足取りで歩いていた。
そんなリリアを部屋の前まで見送って、二人で私の部屋に来たわけである。
「ところで、Aクラスも課題って出るんだよね?」
「ええ、そう聞いてるわ」
「どんなのを出すとか、先生言ってた?」
「いいえ。前日まで発表はしないと言っていたわ。そっちもでしょう?」
「そうなの。だからどういうのが出るのかなって思って」
「…まあ、簡単なものでは無いでしょうね。特に貴女達のクラスは。うちも決して楽なものでは無いと思うけれど」
「ひょっとしてこの課題でも何か評価の基準になってたりするのかな?」
「充分有り得るわね。例えば、来年度辺りの進級の判断材料…とか」
「えっ、そういう事?私は課題終わらせられなかったら補習受けてもらうぞ、的なやつだと思ってた…」
「そんなに甘くは無いわよ、きっと」
二人で課題について話し合っていると、ベルの音が聞こえて来た。
消灯時間の三十分前と十分前になるとサーシャがベルを鳴らすのだ。拡声魔法で声ではなく音を寮内全体に聞こえるようにしているらしい。
ベルの音を聞いて、メアリーは自分の部屋に戻って行った。
私も部屋を片付け、寝る支度をしてベットへ潜り込む。
目覚ましをセットして、そのまま眠りについた。
遂にこの時が来た。
そう、課題発表の日だ。
朝から皆ソワソワしている。隣のレオンハルトはいつも通りに見えるけれど。
チャイムが鳴り、キースが教室へ入って来る。私達の顔を一通り見渡し、意地の悪そうな顔でニヤリと笑ってから口を開いた。
「いよいよ明日から待ちに待ったホリデーな訳だが、心の準備はしてきたか?今日の予定はこれから大講堂で修了式を行う。教室に戻って来て課題を配れば今学期はおしまいだ。寮に戻ったら荷物をまとめて実家に帰れよ。じゃ、時間も無いし移動するぞ」
大講堂に全校生徒が集合し、校長の話を聞く。校長の話が長いのってどんな時空の世界でも一緒なのかしら、とほぼ右から左へ流して聞いていると突然レオンハルトとメテオと共に名前を呼ばれ、壇上へ上がるよう促された。
どうやら各学年のSクラスの成績上位三名、つまり特待生が呼ばれたらしい。
最高学年から順番に壇上し、校長と向き合う。
「君たちは今学期の試験において、とても優秀な成績を修めました。これからも努力を怠る事無く、勉学に励んで下さい。それでは、バッチをここに」
上の学年の人達から順番に校長の前に行き、何かを机に置いて元の場所へ戻って来ていた。
最後、自分達一学年の番が来たので、先輩達に倣って校長の前まで行く。
彼らが何かを置いていた机をよく見てみると、入学式の日に貰ったあの純金のバッチが置かれていた。
更によく見ると、一と書かれた下に窪みが三つあり、バッチが嵌るようになっている。
私達もそれぞれバッチを嵌めて元の位置に戻る。
「さて、生徒の皆さん。彼らが今学期の成績優秀者です。この二十七名を目標とし、今後も頑張って下さい」
今まで校長の顔が映し出されていたホログラムに、壇上に上がった私達の顔が映される。
どういう仕組みなのかは理解出来ないが、同級生達の競争心を煽る意味では実に効率的だと思う。
壇上に立つと人の顔が良く見えるもので、私達を真剣に見ている者や興味なさげに下を向いている者も居る。
メアリーとリリアも直ぐに見つけられた。
メアリーは真っ直ぐにこちらを見ていて、目が合うと微笑んでくれ、リリアは最初からニコニコ笑って見守ってくれていた。
ふと二人から視線を外して目に付いたのは、ギラギラとした目でこちらを睨みつけていたナターシャの姿。
なんとなく、彼女の周りにどす黒いオーラが見える気がする。
(ああ、寮に帰ってからまた一悶着ありそう…)
ややげんなりしつつ、近くに控えていた教師の合図で礼をし、バッチを回収して壇上から降りて元の場所へ戻る。
その後校長が式の終了を宣言し、それぞれのクラスへと帰る。
「さて、それじゃお待ちかねの課題発表の時間だ」
皆が席に着くなり、早々に切り出して来た。
多分自分が早く帰りたいからだと思う。
長い式の後でぐったりしていた皆も気を引き締めてキースの言葉を待っている。
「お前達の課題は、これだ」
ドン、と教卓に置かれたのは一冊の分厚い本。ハードカバーの。
「これは俺が直々に厳選に厳選を重ねた、正真正銘世界に十八冊しか無い問題集だ。全百五十ページ、入学から今までの授業で取り扱った問題の集合体の一部」
まあお前らなら余裕で出来るだろと言いながら全員の机の上に一冊ずつ転移させていく。
間近で見れば見るほどとても問題集には見えないし、全百五十ページって普通の小説よりページ数少ないのに何故ハードカバー…。
試しに一ページ捲ってみると、ご丁寧に目次が書いてあった。
教科別に分けてあるらしい。
もう一ページ捲ってみたら、大きく魔法陣が描かれてあった。
「問一、この魔法陣の魔法属性を答えよ。また、どういった時に使用するのが一番有効的かも併せて答えよ」
そっと表紙を閉じて、取り敢えず何も見なかった事にした。
そこら中からはぁ?だの、何これ?だのと聞こえる。現に後ろからもブツブツと何か言っているのが聞こえて来る。声が小さすぎて何を言っているのかは分からないが。
問題集から顔を上げてキースを見ると、悪い笑みを浮かべながら教室を見渡していた。
「中は見たな?お前達にはそれをホリデー中に全てやってもらう。出来なければ降格だ。せいぜい頑張れよ。じゃあ解散」
そう言ってヒラヒラとぞんざいに手を振ってさっさと教室から出て行ってしまった。
「…ねぇ、これさぁ、終わるわけ無いよね?」
「こんなの無理でしょう。出来るわけが無い」
「でもやらなきゃ降格って今言ってたよね」
「まさかこんなのが学期が終わる事に課せられると言うのか…?」」
「あれ、ノア大丈夫?なんか目が死んでない?」
「…食事の時間と睡眠時間を削って、あとは…ああ、入浴時間も削れば或いは…」
「ノア?おーい!」
後ろの席ではメテオがノアを揺さぶって現実に戻そうとしているし、隣ではレオンハルトが問題集を仕舞って席を立ち、教室を出て行こうとしている。
目敏くメテオがそれに気付き、レオンハルトに待ったをかけて一緒に帰ろうとしていた。
未だに現実に戻って来ないノアの腕を掴みつつ、手早く荷物をまとめている。
「リズ、課題難しそうだけどお互い頑張って生き残ろうね!!」
「うん、頑張ろうね」
「じゃあまたホリデー明けに!」
「うん、またね」
こちらに手を振り、ノアを引っ張って、レオンハルトに声をかけて教室を出て行った。
私も帰ろうと席を立ち、リリアを誘う。
廊下でメアリーと落ち合って互いのクラスの課題についての愚痴を言い合いながら寮へ帰る。
寮前にはサーシャが居た。掃除をしていたらしい。
私達に気付くと手を振って迎えてくれた。
「お帰りなさい。これから荷物を纏めたら、学園の門まで行ってね。きっとお家のお迎えがもう来ている頃だから」
「分かりました」
「それじゃあ、良いホリデーを」
ニコリと笑って、また掃除に戻る彼女を横目に寮へ入る。
ナターシャに見つからない内に学園を出たいと二人には話していたので、三人揃ってそそくさと自分の部屋へ戻る。
荷物と言っても、着替えは家にもあるし、必要な物は全部アイテムボックスに入れてあるので軽く部屋の中を掃除して、戸締りをするだけで終わった。
しっかりドアを施錠して、サーシャに鍵を渡す。
結果手ぶらで学園の門まで歩いていると、両隣にメアリーとリリアが追いついて来た。勿論彼女達も手ぶらだ。
ナターシャに会うことなく門まで辿り着けそうだと思ったのがいけなかったのかもしれない。
彼女は仁王立ちで門の前にいた。
私を見つけると、ビシッと指を指して大声で叫んできた。
「今回は私もまだ本気を出していないだけだから!次はこうはいかないんだから!!」
縦ロールを靡かせ、さっさと車に乗り込んで立ち去っていくのを呆然と見送る。
あの子は一体何を言っていたのか。
「気にするだけ無駄ね。あんなのに気を留めるくらいなら早く家に帰って課題をやった方が何倍も有意義だわ」
「…そうみたいだね」
「貴女ここからどうやって帰るの?」
「え?歩いて帰るけど」
「迎えは?」
「うーん…この時間は忙しいんじゃないかな…。特に姿も見当たらないし」
「そう。じゃあ途中まで家の車で送るわよ。乗りなさい」
「えっ!良いの!?」
「ええ。言ったでしょう?早く課題をやった方が有意義だと」
「有難いけど…迷惑じゃない?」
「問題ないわ」
「…じゃあお願いします」
「ええ。リリアは?迎え、来てるかしら」
「うん、あそこに居るよ」
「じゃあここで別れましょう。良いホリデーを」
「またね、二人とも。良いホリデーを!」
私達に手を振り、リリアは駆け出して行った。
彼女が車に乗り込んだのを見てから私達も歩き出して、一緒にメアリーの車へと行く。
メアリーの家の運転手の方にメアリー自身が説明をしてくれたお陰かすんなりと話が通って、無事に途中まで乗せていってもらえる事になった。
車内で早速課題を広げて改めて良く問題を見てみると、確かに今まで習ったことのある所から出ていた。
集中していた為かスラスラと解く事が出来て、数ページは進めることが出来た。
車はノース地区とイースト地区の境で止まった。
運転手の人にお礼を言って、メアリーと挨拶を交わして別れる。
車がノース地区に入っていくのを確認してから私は家に向かって歩き出した。
たった三ヶ月しか経っていないのに、懐かしい感覚に襲われる。
家が近付くに連れて顔見知りも増え、沢山の人におかえりと言ってもらいながら帰路を急ぐ。
良い匂いがして来た。入学前は毎日嗅いでいたパンの匂い。
この辺りでパン屋はうちだけだ。
思わず駆け足になる。看板が見えて来た。自然と口角が上がる。
ドアの前に立って息を整える。ドアノブを握って思い切り引く。
「ただいま!」




