試験②
予鈴の鐘が鳴ると、見守るくんは教卓の上へ静止した。
皆も気を引き締め、試験に向けて集中力を高める。
ゴーン、と授業開始の鐘が鳴ると同時に、横長の机の丁度真ん中部分と、自分の目の前に魔法陣が浮かび上がる。
数秒の後に横には隣が見えないように仕切りが出来、前にはテスト用紙が裏返しの状態で置いてあった。
教室全体を見渡し、仕切りがちゃんと設置されているか、用紙があるかを確認した後、キースが試験開始の合図を出す。
バサッと皆一斉に用紙を表に返して筆記用具を取った。
ここからはもう、己の頭脳との勝負だ!
一日はあっという間に終わった。
三教科目の試験終了の合図が出されると、用紙と仕切りは魔法陣の中に消えていった。容赦がない。
見守るくんは球体へ戻り、キースの懐の中へ帰った。
「お疲れさん。じゃあ今日は授業は無いからこのまま帰って良いぞ。明日、明後日は休みだが、結果は明日の午前中には発表される。それまでせいぜい気を張っておく事だな」
そう言ってキースは時計型のやつを全員に返してあっさりと教室を後にしたのだった。
「終わったー!!」
「終わりましたね…」
キースが出ていってすぐにメテオが声を上げた。
やっと解放された!と言わんばかりに両手を上にあげて、伸びている。
その隣でノアも顔色は悪いが、やり切った顔をしている。
「ノア、どうだった?ちゃんと出来た?」
「分からないけど、今出来ることは全てやった」
「…なんか燃え尽きてる?」
「とにかく疲れたから早く帰りたい」
「確かに。今日は良く眠れそう!」
「本当に」
「リズはどうだった?」
「うーん…出来たような、そうでも無いような?」
「ああ、分かる。僕もそんな感じだー」
机に上体を預けたままの体制で喋っているメテオは、器用にも顔だけ上げて前を見ている。
私を見て、その隣のレオンハルトの方にも顔を向けて話しかける。
「レオンハルトはどうだった?満点取れそう?」
「…」
「なんか人一倍プレッシャー凄そうだよねー。絶対に一位じゃないといけない!みたいな」
「メテオ!!」
ノアが窘めるが、メテオは構わずに話しかけているし、レオンハルトはそんなメテオを見ているだけで答える気は無いらしい。
言われれば確かに、一国の王子ともあろう人が成績が悪いなんて格好がつかないだろう。ここに通う前は、恐らく家庭教師みたいなのも居ただろうし。
王族も大変なんだなぁ。
未だに後ろが騒がしいが、さっさと荷物をまとめてアイテムボックスへと仕舞う。
忘れ物が無いかを確認して、リリアの方を見る。彼女も準備は終わった様なので、そのまま立ち上がって後ろを振り返る。
「じゃあ私は帰るね」
「うん、またねー!」
ニコニコ手を振るメテオ、小さく頭を下げるノア、チラリと見てくるだけのレオンハルト。
三人にお辞儀をしてからリリアと一緒に教室を出た。
廊下には既にメアリーが居て私達を待っていた。
「ごめんね!お待たせ!」
「大丈夫よ。教室は落ち着かなくて早く出て来ただけだから」
「落ち着かないの?」
「ええ。皆どんな結果になるのかソワソワしていたわ」
「結果は明日だもんね…」
メアリーとリリアがテストはどうだった、こんな問題が出て難しかった、と今日の感想を言い合っているのを相槌を打ちながら聞く。
テスト用紙なんて手元に残っていないから帰ってから自己採点は出来ない。よって、本当に自分がどのくらいの点数を貰えるのか分からないのは確かに怖い。
私は庶民だ。家はただのしがないパン屋でしかない。収入も安定している訳では無いし、そんなに多い訳でも無い。
入学する前に両親からはお金は心配しなくても良いと言われたけれど、あの二人に負担は掛けたくないのだ。
それに、入学前自分で決めた目標がある。
友達をつくる事は達成した。あとは、九年間特待生でいる事。
特待生は寮費や授業料が免除になる。つまり無料!
その分、人よりも良い成績を残さなければいけないし、少しでも点数が落ちたら特待生ではいられなくなるらしい。
よって、テストは満点かそれに近い点数を毎回出さなければ維持は難しい。辛い。
考え事をしているとドン、と人にぶつかった。
慌てて視線を上げると、メアリーが居た。横には心配そうにこっちを見てるリリアも居る。
「難しい顔してどうしたのよ。今回の試験、ダメそうなの?」
「そういう訳じゃ無いんだけど…」
「じゃあ何?」
「いや、世の中やっぱりお金だよなぁって思って」
「何を考えてたのよ…」
特待生を維持出来るかどうかです。
とは言えないので、笑って誤魔化しておく。
呆れた顔をしていたメアリーの眉間にシワが寄ったのが見えたが、それよりも彼女達の更に後ろに見えた特徴的な縦ロールが目に入って思わず声が漏れた。
二人も私の視線の先が気になったようで、振り返って同時に声を上げていた。
そこに居たのは、闇を背負ってCクラスから出て来たナターシャだった。
明らかに朝より顔色が悪いし、周りの空気が重い。
あの様子では試験はダメだったようだ。
朝食の時もマナーそっちのけで教科書片手に食べていたのに。
「あの子、Cクラスだったのね」
「なんでそんなに意外そうに言うの?」
「あの子の魔力量、誰がどう見てもDクラスレベルじゃない」
「…えっ、魔力って見て分かるの??」
「何となく、感覚で分かるじゃない?ねぇ?」
「う、うん。このくらいかなーって程だけど…」
「そうなの!?」
「何よ、大きな声出して。もしかして、分からない…とか?」
「分からないし、知らなかったよ…」
嘘でしょ、みたいな顔をした二人と目が合う。
多分私もそんな顔をしていると思う。
取り敢えず、廊下の真ん中で立ち止まるのは邪魔でしかないので、寮の部屋に帰ることにした。
現在地、私の部屋。
寮に戻って、妙にニコニコしたサーシャに出迎えられて、荷物を置いてから集合した。
「…で?魔力が分からない、だったかしら?」
「うん。むしろ何で分かるの?もしかして私のも分かる?」
「そうね…。私やリリアよりは多いと思うわ」
「そんなふわっとした感じなんだ…」
「当たり前でしょう。精密機械じゃないんだから」
「でも私は二人の魔力がどの程度なのか皆目検討もつかないけど」
「私は魔法をある程度扱えるようになってから何となく分かるようになったと思うわ。リリアは?」
「私も…魔法を上手く使えるようになった時くらいから、かな?」
「どうすれば私も分かるようになるかな…」
「そうね…」
まずは、自分の魔力を感じるの。
試しに指先に魔力を集中させてみて。流れを把握する。右手から左手に移動させる。次は全身に行き渡らせて、また指先だけに。
筋が良いわね…。
次は空気中にある魔素を把握するの。
魔力の流れを把握したなら魔素の流れも掴めるはずよ。私達がうっすら纏ってるもの、分かる?そう、それがその人の魔力よ。
私よりリリアの周りの方が何となく輝いて見えるでしょう?
その光が濃く、眩しいほど魔力が多い証…らしいわ。でも、魔力の多い人は意図的に抑えていたりするから、必ずしも見えているものが全てとは限らないけどね。
突如メアリーにより始まった魔力講座、とても勉強になった。
教科書よりも分かりやすいかもしれない。
現に、目の前に居る二人が僅かに光って見える。魔力量に比例して光が強くなるらしいが、それなら恐らくチートレベルの魔力を持っているはずの私はものすごく光ってる事になるはず。
しかし、メアリーはそんな事一言も言ってなかった。もしかして、魔力が多いと思っているのは私だけで、実はそんな事ないんじゃない?
「まあ、さっきも言ったけど、精密機械じゃないから、正確には分からない。だからあまり当てにしない方が良いわよ。それでも知りたいなら、入学試験の時に測った魔力測定器か、試験結果を先生に見せてもらう事ね」
「そっか…」
「さ、この話は終わりよ。せっかく試験が終わったのに難しい話ばかりじゃつまらないわ」
お茶を飲んで一息。
話題はホリデーの事に移る。実家に帰って何をする、とか課題はどうとか。
メアリーもリリアもクリスマスのパーティーに参加するらしい。
正式には聖夜祭。
国が主催のパーティーで、二人の両親が招待されている為、社交界デビュー前だが二人もついて行くそうだ。
余談だけどこの世界、何故か日本的な催し物が割とあったりする。
前の世界ではクリスマスは聖人に関係があったような気がするけど、こっちでは全くの無関係だし、バレンタインもあるけど、企業戦略では無いし。
流石にひな祭りとか端午の節句とかは無いけど。あとハロウィンも無い。
パーティーの話題で重くなった空気を払拭するかのように、わざと音を立ててカップをソーサーに置いたリリアがこっちを見た。
「リズちゃんはホリデー中は何して過ごすの?」
「私はお店の手伝いだよ」
「お店?」
「あら、何か家業があるの?」
「あれ、言ってなかったっけ?私の家、パン屋だよ」
「パン屋さん!」
家がパン屋だと言ったらリリアの目が輝いた。両手を合わせて、それはもうキラキラと。
心做しか星のエフェクトが見える、気がする。
隣のメアリーはそんな彼女を怪訝そうな顔で見てた。
「リリア、パン好きだったの?」
「好き!パン屋さんのパンはあんまり食べた事無いけど、良いなぁ…行ってみたいなぁ」
「私もわざわざパン屋まで行ってパンを買うことは無いわね…」
「そうなんだよね…料理人さんが作ってくれるパンも好きだけど、パン屋さんのはまた違った美味しさがあると思うの。あったかくて、ふかふかしてて、優しい味がすると思うの!」
「へぇ、それは私も食べてみたいわね。ねえ、リズ」
「…そんな顔されても困るんだけど」
二人して期待に満ちた目で見ないで欲しい。
確かに焼きたてのパンは美味しいし、うちのパンは間違いなく美味しいけど、貴族お抱えの料理人とか学園の食堂のに比べられても困る。
ホリデー明けにお土産として持ってきても良いけど、どうせなら一番良い状態で食べて欲しいし…。いや、冷めてても美味しいけど。でも二人がわざわざうちに来て買って貰うなんて事出来るわけ無いし。
「…まあ、パンの事は一度置いておいて、あとは何するの?」
「え、特に何も。課題やって、お店手伝って終わり。年越しの時用にちょっと豪華な料理を両親と作るくらい?」
「パーティーとかはやらないの?」
「そんな盛大にはやらないよ。ただ、年越しの時はお店が休みだから親はお酒飲むと思うけど」
「良いわね、パーティー無いの。羨ましい」
「そんなにパーティー嫌いなの?」
「考えてもみなさい。ずっとニコニコ笑ってないといけないのよ。立ちっぱなしで」
「足、痛くなるよね…。パーティーによってはダンスがある時もあるし」
「そうね、踊らない訳にはいかないものね」
何やら通ずるものがあるらしく、二人でしきりに頷きあっている。
結局パーティーの話題に戻ってしまったし、メアリーに至ってはため息が深い。
このまま話していてもパーティーの愚痴しか出て来ないと判断したので、今日はこのままお開きにさせてもらおう。
二人とも片付けまで手伝ってくれて、一時解散。また入浴時間に集合となった。
時間まで特にやる事が無いので、一眠りする事にした。
アラームをセットして、ベッドへ潜り込む。
自分で思ってたよりも疲れていたらしい。眠気は直ぐにやってきて、私はあっさりと意識を手放した。




