試験①
私は今、クラスメイト達に囲まれている。
皆口々に凄い!天才!と持て囃してきて、正直言ってちょっと怖いくらいだ。
皆のあまりの勢いに流石のメテオも少し引いているし、隣に居るノアや、更に後ろに居るレオンハルトもこちらを見てはいるが、助けてくれる気は無いらしい。
唯一リリアがワタワタとして何とかしようとしてくれているけれど、男子の勢いに完全に飲まれてしまっている。可哀想に。
何故遠巻きにされていたはずの私がこんな事になっているのか。
それは三日前の期末テスト、基ホリデー前の試験に遡る。
三日前。朝、女子寮にて。
「さあ、皆さん。いよいよ今日は皆さんにとっての初めての試験ですね。悔いの残らないように、しっかりとその実力を発揮してきて下さいね!」
朝食の席で寮監のサーシャが笑顔でそう言っていた。皆初めての試験だからか緊張の面持ちをしており、食欲も無いのか手が進んでいない様子だった。
あのメアリーでさえ少し表情が固いし、今日ばかりはナターシャも毎朝部屋から出たタイミングで煽って来るが、それもなりを潜めてガチガチになっていた。ちょっと面白かった。
けれど、サーシャだけはニコニコとしており、恐らく毎年の事なのだろうと結論付ける。
私はといえば、今更出来ることなど何も無いし、テスト自体が初めてな訳でも無いため一人落ち着いて今日も美味しい朝食を摂っていた。
朝食を食べ終えて寮を出る時もサーシャはニコニコと笑って手を振って送り出していた。
校舎へ向かう道中も周りの生徒達の表情は固く、ある者は教科書を持って念仏を唱えるが如くブツブツと呟きながら歩き、ある者は殺気にも似た何かを放ちながら堂々と歩き、そしてある者は悟りでも開いたのかと問いたくなるくらいの穏やかな表情で歩いていた。
多分最後の奴は諦めている。是非とも頑張ってほしい。
校舎に着いてメアリーと別れ、教室に入ってリリアと離れる。
私の席の前を通り過ぎる時にリリアがこっちを見て小さくガッツポーズしてくるのを見て、同じようにやり返しておいた。
二人で笑い合った。二週間前からこれが頑張ろうね、の合図なのだ。
席に着いて、試験前にもう一度だけ確認しておこうと教科書を出そうとすると、後ろから声が掛かる。言わずもがな、メテオだ。
「おはよう、リズ!昨日は良く眠れた?僕はねー、緊張してあんまり眠れなかったんだよね!おかげで寝不足!!」
「おはよう、メテオ。今日もテンション高いね。とても寝不足とは思えないくらい」
「そんな事無いんだよ!本当に自分でもびっくりするくらい眠れなくてね!気づいたら朝だったんだ!」
「…それ、本当は寝てたんじゃ無いの?」
「あれ、そうなのかな?分かんないけど。でもノアは眠れなかったらしいよ。見てよ、この顔!」
「うん、隈が酷いね。大丈夫なのかな?」
「…おはようございます。大丈夫です。頑張ります」
「ノアは緊張しいだからねー。レオンハルトはいつも通り!」
「そうだね」
ノアは今にも死にそうな顔をしていた。顔色は悪いし、隈は酷いし、いつも綺麗に整えられている髪は心做しかキューティクルが失われている気さえする。
それに対してメテオやレオンハルトは通常運転だった。
まあ、レオンハルトはいつも何考えているか分からないからこの際放っておくとして、メテオもいつも通り…よりかは幾分テンション高めだ。
眠れていないのも恐らくは本当なんだろう。緊張を吹き飛ばそうとしているようにも見えるが、この学院の入学試験の時に直前までお菓子を食べていた時のメンタルはどこに行ったのか。まさかあれも緊張を誤魔化すためのものだったとか?
私が思案している間もメテオのマシンガントークは止まらない。隣でノアがうるさそうに顔を顰めながら教科書と睨めっこしているのも視界に入っていないようだ。
ちなみに、レオンハルトはいつも通り目を閉じて微動だにしない。
「ところでさ、僕らここからここまでが範囲だからなーって言われただけで、試験内容とか一切聞かされていないけど、試験ってどんな事するんだろうね?」
「さあ?筆記試験とかじゃないかな?実技はまだ私達習ってないしね」
「やっぱり?取り敢えず範囲内の物は覚えてきたけど、どんな形で出てくるのかなー。怖いなー」
「でも、習ったところからしか出さないって先生は言ってたし。覚えてるなら大丈夫だと思うけど」
「それが自信ないんだってば!僕も教科書見返しとこ!」
「うん、そうしよう」
まさかメテオから自信がない発言が出て来るとは、と思いつつ、ようやく解放されたので私も教科書を開いた。
一ページ目から順番に、端から端まで見落としなく読んでいく。
前の世界では、教科によって先生が違っていた。その為、テストの作り方もバラバラだった。
言葉通り教科書の内容そのままに作ってくる人や、授業中にポロッと言った事から問題を出す人もいた。
キース先生はどっちだろう。合理主義っぽかったから、そのまままるっと出てきそうな気もする。授業中に雑談をするような人でも無かったし。
教科書の内容を、淡々とでも十歳にも分かりやすく噛み砕いて説明してくれていたし。ただし私は分からなかった。非科学的過ぎて。
試験範囲の教科書を読み込んでいるとホームルーム開始のチャイムが鳴った。
同時にキースも入って来る。
今日も今日とて怠そうだ。
教壇に手をついて、クラス全員の顔を見渡して、口を開いた。
「お前ら死にそうな顔してんな。安心しろ、ダメな時はどう足掻いてもダメだ」
なんてこと言うんだ、この教師!!
キースの一言で教室内の空気が一層悪くなった。
もれなく全員の目が死んだ魚のような目になった。
そんな生徒達の顔をもう一度見渡して再度口を開いた。
「いいか、奇跡なんざおこらねぇ。そんなものに縋るくらいなら日頃から努力を怠るな。努力は人を裏切らねぇ、とまでは言わないがな。今回の試験は言わばお前達の今の実力を測るものであって、背伸びしたお前達の結果は要らねぇ。だから、今の等身大のお前達を俺達に見せてみろ」
…凄い格好いい事言ってるけど、要は無駄な足掻きはやめろって事だよね?
いつもの悪どい(ように見える)口角だけを上げた笑顔で言い切ったキースに、クラスメイト達はそれぞれポカンとした表情をしていた。
多分、皆あの格好いい言葉を文字通り、言葉通りに受け取ったのだろう。
自分達でキースの言葉を噛み砕いて、飲み込んで、理解したらしく徐々に目には生気が戻り、表情も明るくなっている。
騙されてるよ皆。この人そんなに良い人じゃ無いよ、きっと。どうか目を覚まして。
私の心の声が届くはずもなく、キースは淡々と試験の説明をしていた。
どうやら今回は筆記試験だけらしい。実技はまだやっていないので、妥当だろう。
試験は一教科につき、五十分。
一年生は魔法基礎学、魔法応用学、一般常識の一から三。
一般常識はまだ一の四分の一程度しか習っていないので、正直私としては拍子抜けする程の範囲の狭さだ。
ただし、楽勝なのは一般常識のみで、魔法とかいうファンタジー感溢れ、非科学的なものの仕組みを未だにふんわりとしか理解出来ていない。
なので、魔法の方のテスト対策は教科書を丸暗記する勢いで読み込むしか出来なかった。
何度も読み返したが、魔素がどうとか魔力をどうとかまるで意味が分からない。
そもそも大気中の魔素って何?その魔素を魔力に変換って何??体内にある魔素と大気中にある魔素は何が違うの???
魔力の制御の仕方は父に教えて貰ったから何となくふわっと理解しているけど、それを文章化されると途端に意味が分からなくなる。
多分あれだ。私は頭で理解するタイプじゃなくて、体で覚えるタイプなんだ。魔法に関する事だけ。
そう割り切って、基礎学等は歴史の年号を覚えるかの如くただひたすら無心で読み込んだ。
成果が出ると良いけど。
ホームルーム終了の鐘が鳴る。
皆それぞれ机の上にアイテムボックスから筆記用具を出して、腕時計型の機械(未だに正式名称が分からない)をキースに預ける。カンニング防止らしい。確かにあれには全てが詰まっているからね。
機械を回収、袋詰めにして教卓の下に置いたキースは、懐から球体の何かを取り出して、それを宙に放つ。
するとそれは自動的に変形して、最終的に羽の様なものが生えてパタパタと上下させ、カメラのレンズが搭載された小型ロボットに仕上がった。
それは教室をグルっと飛び回り、教卓の上へと戻る。
自分の前へ来たそれの上部に手を置いたキースが言った。
「これは試験中の様子を記録するためのものだ。カンニング防止の一環としてな。飛ぶ時に音はしないから問題ない。ちなみに、作ったやつが付けた名前は見守るくん。是非居ないものとして扱ってくれ」
ネーミングセンス…。
この世界、魔法があるくせに変な所で科学が使われてて本当に意味が分からない。
あと見守るくん、居ないものとしてと言われて怒ってるのか知らないけど、さっきから執拗にキースの周りを飛んで羽で攻撃してる。可愛い。
見守るくんの行動にクラスの空気が緩んでいた時、予鈴の鐘が鳴る。
さあ、試験の始まりだ。