近況、テスト前。
入学して三ヶ月が経った。
その間、メアリー達やメテオ達と仲良くやれていたと思う。
一ヶ月くらいは敷地が広すぎて度々迷子になっていたけれど、学院内の移動もなんとかマップを見ずに行けるようにもなった。
授業も今のところは理解出来ているし、そんなに難しくも無いので助かっている。それでも日々の予習復習に余念はないけれど。
ただ、全てが順調という訳では勿論なかった。
普段はメアリー達と行動を共にしているからなんとも無かったけれど、一人になる時間は誰しも必ずある。
その時にすれ違いざま等に陰口を言われる事が多々あるのだ。
庶民のくせに、と。
流石に同じクラスの人達からは遠巻きにはされているけれど、言われたことは無い。
入学してからの日々で私がどういった人間なのかを理解してくれているからだと思うし、私の近くに居るメテオ達が怖いからだと思うけど、他のクラスの人達はそうもいかない。
Sクラスと他のクラスとではそもそも関わりが無いのだ。合同授業がある訳でも、私達が他のクラスに用がある訳でも無いので、私という人間をあまり知らない人が多く存在している。
故に、良く思われていない。
庶民のくせに、なんでこの学院に居るんだ。
何でお前なんかがSクラスなんだ。
そう言われる事が増えた。
最近なんかは小さく舌打ちすらされるし、私が視界に入った途端分かりやすくヒソヒソ話をしている。
貴族がそれで良いのかと思うだけなので、別に気にしてはいない。
ただ、真顔でスルーしているのすら気に食わないらしい。舌打ちの回数が増えた気がする。
私からしてみれば、舌打ちや陰口程度はかわいいものだ。物を隠された訳でも、壊された訳でもないし、直接暴力を振るわれてもいない。
別に過去にいじめを受けていた経験はないけど、ハブられるのには慣れている。きっとこれが私以外の子だったら耐えられないんだろう。
その証拠に、舌打ちをされても平然としていると周りが何だコイツ、みたいな目で見てくるのだ。
そんな目で見るくらいならやめればいいのに。
そもそも、ここは男子生徒率が高いのでほぼ男子校みたいなものなのに、やる事が女子なのだ。
陰口なんかがいい例。やる事が女々しい。お坊ちゃんって皆あんな感じなのかなと思う。
まあ、そんな関わりのない男子共はどうでも良い。問題は同じ寮に居る女子だ。
初日にこちらを罵倒してきたあのナターシャとかいう子がとても面倒臭い。
顔を合わせれば人を見下し、鼻で嗤い、暴言を言う。お嬢様のくせにどういう教育を受けたらあんな風に育つのか、甚だ疑問である。
残りの二人もナターシャの取り巻きとなっているのか、何もしてはこないが、じっとこちらを見てくるのでやりづらい。
寮に居る時はメアリーが追い払ってくれている。
ナターシャの家よりメアリーの家の方が格上らしい。ちなみに、私を抜いた五人の中でリリアが最も格下なんだとか。
メアリー、ナターシャ、エリザベス、ユリア、リリアの順で最後が庶民の私。
そんな私に最も位の高いメアリーが付いているのが余程気に入らないらしく、彼女に追い払われている時のナターシャの顔がいつもとても歪んでいる。
まだ十歳なのに今からそんな顔をしていたら将来シワが取れなくなるよ、と教えてあげたい。
私の話に耳を傾けてはくれないだろうけど。
そんないがみ合っている私達だが、寮監のサーシャが居る時だけは何もしてこない。余程風呂掃除や草むしりが嫌だとみえる。
なんともずる賢いことだ。
そんな面倒な彼女に、ついに今日王子一行と一緒に居るところを見られてしまった。むしろ良く三ヶ月ももったなと思うが、案の定顔は歪んでいた。想定内過ぎてむしろ笑えてきてしまった。
目が合った時に口角が上がっていなかったか心配だ。
「という訳で、これからますます面倒な事になりそうなんだけど、どうすれば良いと思う?」
「そんなもの、無視すれば良いんじゃない?まだ直接手を出された訳では無いから教師に言っても無意味でしょうし」
「…でも、実害が出てからじゃ遅い気もするよね」
「害を与える気なら、とっくにやってると思うわ」
「そうなの?」
「ええ。気が小さいからそんな事出来ないだけよ」
「なるほど」
「ただ、気を付けておくに越したことはないと思うわ。弱みは見せない様にするとかね」
放課後、メアリーとリリアと私の部屋で集まってお茶をしている時にナターシャに王子と一緒に居るところを見られて、今後の嫌がらせが悪化するのではと二人に相談してみた。
メアリー曰く、向こうから手を出されればこちらは正当防衛になるけれど、なんの後ろ盾も無い私が先に貴族令嬢に手を出してしまえば即刻処刑対象になってしまうとの事だ。
確かに一理ある。
そんな訳で、しばらくはこのまま様子見をしておこうという事になった。
「まあ、面倒な事には変わりないけどね」
「うん。でもまだ可愛い方だよね」
「そうね。社交界に出ればこんなものでは済まないと思うわ」
「そうなの?」
聞けば貴族達は十六歳で社交界なるものにデビューするらしい。
庶民の私には関係ない事だからあまり気にしなくて良いとメアリーが言った。リリアも出来ればあまり出たくは無いらしい。
身分が低いものは淘汰され、高い身分の子らにコケにされるのだとか。
「酷いものでは誘拐とかもあったらしいわよ」
「誘拐?」
「そう。一人の男を取り合って、一人の娘が恋敵を誘拐し、監禁したとかで罪に問われる事件が何年か前にあったはずよ」
「えぇ…怖いね」
「そうね。まあ、ルールを守っていれば大丈夫よ。変に目を付けられる事も無いわ」
「ルール?」
「一番重要なのは、身分の低い者は自分より身分の高い者に自分から話しかけてはいけない、とかね」
「うわ、面倒くさいね」
「ええ。表向きは煌びやかだけど、裏ではより良い家に嫁ぐための泥沼の争いよ」
「…庶民で良かったなぁ」
社交界の話になった途端にメアリーとリリアの目が死んだ気がするのは、きっと気のせいではないと思う。
「それより、もうすぐホリデー前の試験があるけど、あなた達は大丈夫なの?Sクラスがどういう試験内容なのかは知らないけれど、きっと難しいんでしょ?」
「うーん、どうだろう。先生は授業でやった所からしか出さないって言ってたけどね」
「うん。でも、他のクラスより難しくしてるって言ってたよね」
「あぁ、言ってたね、そういえば」
ホリデー前の試験。
日本でいえば冬休み前の期末試験だ。
九月入学なので、三ヶ月経った今は十二月上旬。
試験までは残り二週間あるが、正直何を勉強すれば良いのかがさっぱり分からないでいる。
「まあ、成績なんて普段の授業態度なんかも加味されるから、テストだけを頑張っても意味はないんだろうけど、高得点を取っておくに越したことはないわね」
「身も蓋もないね…」
「事実よ。私は来年にはSクラスに上がれるように成績を上位に保てるように頑張るわ」
「そっか、成績良かったら上のクラスに行けるんだもんね」
「ええ。その代わりSクラスからの降格もあるんだから、あなた達もしっかり勉強してね」
「メアリーはSクラスに来たいの?」
「勿論。Sクラスのまま卒業出来たら卒業後に優遇措置が取られるらしいし、それに…」
「それに?」
「…」
急に黙ってしまったメアリーを、リリアと目を合わせてから首を傾げる。
リリアと一緒に無言で続きを促していると、若干赤くなった顔をしてそっぽを向きながらようやく口を開いた。
「…私だけ違うクラスなのは嫌なの。友達と同じクラスで授業受けたいじゃない」
何この可愛い生き物!!!
それはつまり、私達と一緒に居たいって事でしょう?なにそれ可愛い!
リリアと私が目を合わせてクスクス笑っているのに耐えられなくなったらしいメアリーが急に立ち上がる。
「メアリー?どこ行くの?」
「…お手洗いよ!」
真っ赤な顔と耳が見えて、普段なら絶対にしない乱暴な音を立てながらドアを閉めて部屋から出ていったメアリー。
照れ隠しが下手すぎる。可愛い。
メアリーが出ていった方を見てから、リリアが優しい顔でこっちを見た。
「ねえ、リズちゃん」
「なあに?」
「私達もメアリーちゃんが来るまでSクラスに残れるようにしないとね」
「そうだね。来年には3人で同じ教室に通えるように」
「その為には、まずは今回のテストだね!」
「良い点取れるように勉強しないと!」
「うん!一緒に頑張ろうね!」
リリアはグッと握りこぶしを作って、私の腕も掴んで、一緒に動かす。
「テスト、頑張ろう!」
えいえい、おー!!