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王子様と村人D  作者: 十束万里
16/23

二日目、その1。

 昨日入学時に配られた腕時計型の機械はとても優秀で目覚まし機能も付いていて、翌日はその目覚ましの音で目が覚める。

 ふかふかのベッドから這い出て、部屋のカーテンを開け、窓も開けて空気の入れ替えをする。

 窓からは朝日が差し込み、木々の葉が擦れる音、柔らかな風が運んで来る花々の匂い、小鳥の心地良い囀り。現代の日本では体感し得ない清々しい気持ちの良い朝を迎える。

 部屋の洗面所で顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え、髪を梳かし、母から貰ったバレッタを付ける。身だしなみを整えてから部屋を出た。


 部屋の鍵を閉めて一階へ降りる。そのまま食堂へ行き、寮監であるサーシャさんに挨拶をする。それから朝食を受け取り、席に着いて食べる。

 食べ始めてから少しして、隣と前の席に誰かが座った。

 顔を上げると、前にメアリー、横にリリアが座っていた。


 「おはよう、早いのね」

「おはよう。今日から授業だから気合い入れて起きたの」

「…そう。一年の内はあまり難しいことはやらないと思うけれど」

「でも、知識は蓄えておいて損はないし」

「そうね。あなた達は特に、優秀なクラスだもの。今年中に同じクラスにならない事を願うわ」

「うん、頑張る」


 会話をしつつ、和やかに食事をしていると、私達が座っているのとは反対側のテーブルの端にナターシャ、エリザベス、ユリアが座った。ナターシャは一度私の事をとても十歳とは思えない鋭い眼光で睨みつけたが、その視線に気付いたメアリーが睨み返して、ナターシャは慌てて視線を逸らしていた。


 「ねえ、リズ。彼女に何かされたら私に遠慮なく言ってね。私が使えるものを最大限に使ってあげるから」

「…使えるものとは一体?」

「主に権力」

(美少女の口から恐ろしいパワーワード出た…)

「…うん、その時はよろしくね」

「ええ、待ってるわ」



 朝食後、二人と一緒に寮を出て校舎へと向かう。女子寮から校舎までは一本道だ。そしてその間に男子寮があるので、途中からは男子の中に混ざりつつお喋りしながら歩く。

 道中、上級生からチラチラとこちらを伺うように視線を寄越されるが、知らないうちに何か粗相をしてしまったのだろうかと不安になってきた。

 (こんな所に庶民が居るのはやっぱり場違いだよね…)


 「やっぱりあなた達目立っているわね」

「やっぱりって?」


 メアリーの言葉に、私とリリアは揃って首を傾げた。今のところ、特に目をつけられる程の事をしたつもりは無いのだ。

 何のことだかさっぱり分かってない様子の私たちを見て、メアリーは盛大にため息を吐いた。


 「あのね、今年の女子入学者はただでさえ例年より少ないの。にもかかわらず、Sクラスに二人も女子生徒が在籍している。これだけで充分話題性があると思うけど?ここには、噂好きの貴族どもがたくさんいるんだから」


 呆れたように言われたその言葉にようやく納得した。

 成る程、つまり私が庶民だからどこぞの縦巻きロールちゃんみたいに目の仇にしているとかではなく、単純に物珍しさで見られていたのか。理解。


 見られている理由は分かったが、それでも好奇の視線で見られるのはあまり気分が良いものでは無いなと思う。それはリリアも同じようで、完全に萎縮してしまっていた。

 そんな彼女の背中にメアリーが手を添えて励ましの言葉をかけてあげていた。


 「大丈夫よ、リリア。あなたは一人じゃないわ。リズも一緒だし、なんならリズの方が暇な貴族どもの餌食になるわ」

「そうそう。庶民の私が傍に居るんだから、大丈夫だよ!」

「それは大丈夫って言えるのかな…」

「大丈夫!心配しないで!」

「…リズちゃんは強いね」

「こんな事でへこたれてたら生きていけないからね!」


 全くない力こぶを作るようにしながら笑いかけると、リリアもまだ少し固かったが笑い返してくれた。


 校舎についてメアリーと別れ、リリアと二人で教室へ入ると、まだ五人しか来ていなかった。ちなみにその内の三人は王子様御一行である。

 リリアとは入り口で別れ、私は自分の席であるレオンハルトの横の席へと移動する。

もちろん三人への挨拶は欠かさない。笑顔で、愛想よく、そして敬意を込めて。そう思って口を開いた瞬間。


 「おはよう!リズ!昨日は良く眠れた?」


 メテオに遮られた。朝から輝かしい笑顔と共に。


 「おはよう、メテオ。よく眠れたと思う。あんなにふかふかなベッドで寝たのは初めてだったから、気付いたら朝だったよ」

「それなら良かった!昨日なんか緊張してたみたいだから心配してたんだ」

「ありがとう」


 メテオから視線を外してノアとレオンハルトへも挨拶をする。

 ノアは笑顔で、レオンハルトはこちらに視線を向けた後で一言挨拶を返してくれた。

 自席へ座り、アイテムボックスから鞄を取り出す。出した鞄は机の横にかけておく。使うか分からないが、一応筆記用具も出しておいた。

 一通りの準備が終わると、再びメテオが話しかけてきた。正直やる事が無いので助かると思いながら後ろを振り向く。


 「さっきあの女の子と一緒に来てたよね?仲良くなれたんだ?」

「そうなの。昨日寮で話してね。あと一人仲良くなった子がいるよ」

「女の子って仲良くなるの早いよね!」

「…そうだね。でもみんなやっぱり貴族の人たちばかりだったから緊張したよ」

「これからいっぱい人と関わっていくんだから、ちょっとでも慣れておかないと!手始めに僕達で!ほら、すぐ横に王子様がいるじゃん!」

「メテオ、殿下に対して失礼だよ。殿下の手を煩わせるのでは無く、我々が率先して動くべきだよ」

「ほら!ノアもこう言ってるからさ。まずは僕たちで慣れていこう!おー!」


 そう言ってメテオは拳を握って天井に突き上げた。

とりあえず私も真似て腕を上げておいた。ちなみに、ノアは深いため息を吐いて、レオンハルトは私達の様子を見ているだけだった。



 数十分後。

 鐘の音と共に、あのやる気が感じられない先生が入って来た。


 「おはよう。全員揃っているな。早速だが今日の予定を伝える。まずはこのクラスの代表を一名、お前達に決めてもらう。その後この学院の設備などの説明。次に今年やる授業の大まかな説明を一時間で終わらせる。そして二時間目からは授業を行う。以上」


 前の世界でいうところのホームルームをわずか数分で終わらせ、そのままの流れで一時間目へと移行した。確かに、クラスの代表決めなどは特に時間がかかりそうなので効率的ではある。

 が、忘れてはいけないのは、このクラスには王子が居るということ。ついでにメテオのようなクラスの中心になり得る存在が居ることを。


 という訳で、代表はすんなり決まった。

 主にメテオの推薦、という名の一方的な後押しでレオンハルトに決まった。本人からの否応は無く、またクラスからも特に拒否は無かったためだ。

 みんな体良く押し付けたとも言う。

 しかしその後の挨拶で名前を言うだけという寡黙さを発揮した為、急遽メテオが副代表の座に就任した。これは先生が勝手に名指しして決めていた。

 呼ばれた本人は笑顔で了承していたが。



 無事に代表が決まったので、次は設備の説明を聞いた。

 学院の敷地内には学習棟が一棟と、実習棟が数棟、生徒寮と教員寮がそれぞれ建っている。

とにかく無駄に広いが、一年生は教室がある学習棟での座学や体力をつける為の運動(体育)が主な授業らしい。体育は学習棟の裏にある運動場でやるのだとか。

初等部は前世で言えば小学校にあたるので、あまり危険な授業はしないとの事。

 実習棟を使うのは中等部から。実際に魔法を使ったりする所で、初等部で習う魔法基礎学の実技、魔法応用学を行うという。ちなみに、入学試験で使ったあのコロッセオのような会場も実習棟の一つだそうだ。


 「で、今年やる授業だが大きく分けて三つだ。一般教養と魔法関連、それと体力育成。簡単に聞こえるだろうが、授業内容は一年だからといって容赦は無い。一切手加減もしない。日頃の行いが良かろうが、試験でこちらが提示した点数を取れなければその時点で終わり。退学処分となり、この学院を出て行ってもらう」


 退学処分、出て行ってもらう。

 この言葉を聞いたクラスメイトからは非難の声が上がっていた。横と後ろからは何も聞こえなかったが。

 かくいう私も焦っていた。勉強は嫌いなのだ。最悪座学は前世の勉強法でなんとか出来るかもしれないが、実技はできる気がしない。だって前世に魔法なんて無かったもの。

もし無事に中等部へ進学できても、実技試験で難しいことを要求されたら果たしてちゃんとできるのだろうか。正直とても、とっても不安だ。


 まあ、今から不安がってもしょうがないとなんとか気持ちを切り替えて顔を上げると。

 非難の声という名のブーイングを一身に浴びていた担任の顔がだんだん変わってきていた。

 最初話している時は無表情でだるさが前面に出ていたのに、今はまるで仏のような菩薩然としていた。

 余談だが、普段滅多に怒らない人ほど怒った時とても怖いものである。これはたとえ世界が違っても万国共通だと思っている。そう、淡々とした口調でこちらに圧をかけながら一切の反論の余地を与えずに話すのだ。



 今世のあの寡黙な父がそうだった。

 今よりも小さい頃、私はやんちゃだった。精神が体の幼さに引っ張られていたからだった。自分でも上手く制御できていなかったのだ。

一体どれくらいやんちゃだったかというと、父が朝早くに起きて一生懸命こねたパン生地を丸ごとダメにしたくらい。

 それを見た母があらあらと笑っていたのに対し、父は私の肩を強く掴んで(鷲掴みにしたともいう)、幼かった私の目を真正面から穴が開きそうなほど見つめ、私が今ダメにした物がどれ程大切だったのかを小一時間説明された。

あの形にするまでにどれだけの時間と労力をかけたか、あの量の小麦粉その他諸々込みでいくらお金がかかったかなど、エトセトラ。


 それはそれは恐ろしかった。とても怖かった。泣いても謝っても許してもらえず、母の元に行きたくても肩をホールドされていた為行けず。

結局許して貰ったのは、だめになったパン生地の後始末と作り直しの手伝い、丸一日の無償労働をやり遂げたあとだった。

 全て終わったあと、良くやったと頭を撫でてもらい、翌朝普通に挨拶をされて許してもらえたのだと確信したのだ。

 あれ以来、父を怒らせるのはやめようと誓った。


 閑話休題。


 私が思考を遥か彼方に追いやっている間も担任の顔は菩薩のままだった。

 そろそろ何とかして止めるべきかと、思った矢先。 

 ばん!と大音量が教室に響いた、手の平で教卓を叩いた音だった。

 一気に静まり返る教室。

ようやく担任の異変に気づくクラスメイト達。

 笑っているけど目はマジなその男は、口を開いた。


 「さっきから黙って聞いてればごちゃごちゃと。そんな事聞いてない、退学なんて横暴だ、僕を誰だと思っているだ?ふざけるなよ、いい加減にしろ。ここは身分関係なく魔法を学ぶ場所だ。たとえ王子だろうが庶民だろうが、実力が無ければ退学なんだよ。それがここのやり方だ。気に食わなければ今すぐ出て行け。せっかく名門校に入れたのにすぐに戻ってきたとあれば、お前らの親はどう思うだろうな?」


 菩薩から般若へと変身を遂げた担任はノンブレスで言い放った。おかげでクラス内の空気は最悪だし、文句を言っていた人たちは可哀想なくらい震えあがっていた。



 ここで授業終了の鐘が鳴った。

 睨みを利かせていた担任はパッと元の表情に戻り、そのまま教室を出て行った。

 ホームルームを早く終わらせたのはきっと、この為だったのだろう。甘やかされて育って来た人たちに喝を入れる為に。


 ドアが閉まった途端、全員が無意識に止めていた息を思いっきり吐く。

 どうでも良いけど、あの担任絶対になんかやばい仕事をしていたに違いない。


 「はあー。怖かったー!すごい怒ってたねー!」

「そうだね。まあ当然だけど」

「ねー、リズ。一番前で怖くなかった?大丈夫?」

「うん、大丈夫。お父さんの方が怖かったからあれくらい平気」

「えっ…あれより怖いってどういう事…」


 恐怖から解放された瞬間に話しかけてくるメテオ、本当に凄いと思う。それに相槌を打っていたノアも。

 メテオと話す為後ろを向きつつクラスを見渡してみると、やっぱりみんな顔色が悪かった。


 「それにしても、テストで良い点取れないと退学って怖いねー。僕勉強苦手だからどうしよう!ノア、教えてね!」

「まずは授業をちゃんと聞いてから言ってね」

「じゃあそれでも分からなかったら聞くね!」

「うん、ぜひそうして」

「リズは勉強得意?」

「私は今まで勉強する機会が無かったから正直分からないかな…」

「そっか。レオンハルトは?」

「…出来なければ困る」

「確かに!王子様だもんね!」



 けらけらと笑いながら尚も喋っているメテオの鋼メンタルに戦きつつ、二時間目の授業の準備をする。と言っても教科書を机に出しておくだけだが。

 ふと思った。

 公立の出なので私立はどうだか知らないが、小学校の先生は全部の教科を教えていたが、ここではどうなのだろうかと。専門的な授業もありそうだし、教科によっては教師が変わるのかそうではないのか。

 変わらないのであれば、今日一日はあの気まずい空気感のまま授業を受けることになる訳だが。


 うーんと一人唸っている間に十分の休みは終わったらしい。

 ゴーンという重厚感たっぷりな鐘の音と共に、二時間目の授業が始まった。

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