入学。
一時間歩いて校門前へ着く。
中へ入る前に、一度目を閉じて大きく深呼吸をする。
(…よし)
校門をくぐると、教師と思われる人に声を掛けられた。
「新入生?」
「そうです!」
「じゃあこれをあげる。それに自分の名前を登録してね。九年間使うから、絶対に失くさない様に気をつけて」
「分かりました!」
教師から腕時計のような機械を受け取る。電源ボタンらしき場所を押すと、腕時計の画面部分からモニターが出てきた。
(ハイテクだ…!!)
とりあえず言われた通り、自分の名前を入力する。すると、モニターに学院図が出てきた。現在地と、目的地にピンが立っている。
目的地のピンの上には、一年生女子寮と書かれていた。
まず、寮に荷物を置いて来いということらしい。表示されている矢印に従って歩いて行く。
寮へついた。
レンガ造りの二階建ての立派な建物だった。
中へ入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは
天井から吊るされている豪華なシャンデリア。
螺旋階段に、左右に伸びる廊下。
貴族の屋敷のようだと感動していると、モニターが光った。
確認すると、二階の一室にピンが立っていた。多分そこが自分の部屋なのだろう。
階段を上がり、部屋のドアを開ける。中を確認し、思わずドアを閉める。
(なんか今凄いのが見えた気がする)
もう一度開けて、今度こそ中へ入る。
床にはふかふかの絨毯。天井には小ぶりのシャンデリア、高級家具の数々。
そんな豪華な部屋に不釣り合いな、私が事前に送っておいた荷物が床に置かれていた。
なんとなく悲しくなりつつ、持っていた荷物を置いて、部屋を出た。
そのまま寮を出て、入学式の会場となる大ホールへ移動する。
因みに、ここまで全てモニターのナビ頼りである。便利過ぎる。
大ホールへつくと、モニターにクラスが表示される。それを見て、ホール内に居る教師がこちらだと案内している。
私はSクラスだ。
「Sクラスはあっち、一番右の列」
「分かりました」
列へ行くと、明らかに他の列よりも人が居ない。他のクラスと同じように二列になっているから余計に短く見える。
並べてある椅子に近づくと、名前が書いてあった。つまり、座席指定があるという事。
後ろから順に見て行くと、私の席はなんと一番前だった。なぜ。
仕方がないのでそこに腰を下ろすと、トントンと後ろから肩を叩かれた。
誰だよと思いながら振り返ると、見たことがある赤髪が手を振っていた。その隣は金髪。もしやと思って自分の隣の席を見ると、プラチナブロンドが輝いていた。
「リズ!久しぶり!元気だった?」
「…うん、メテオ…も、元気そうです…だね?」
「うん!僕もノアも元気!ところでその変な喋り方何?具合悪いの?大丈夫?」
「そうじゃなくて…」
「あ、分かった!緊張してるんだ!」
「いや、緊張はしてるけど、それも違くて…」
なんと言っていいか分からず悩んでいると、ノアが助け舟を出してくれた。
「頑張って敬語を外そうとしてくれているのでは?そしてリズさん、お久しぶりです」
「あ、お久しぶりだす」
「…リズ、だすって何?」
「気にしないで…」
だね、とです、が混ざった。普通に恥ずかしい。穴があったら入りたいとはまさにこの事だろう。
「そう言えば、代表挨拶ってリズがするの?」
「…代表挨拶?」
顔を覆っていた手を外し、メテオの方を見ると、頷かれた。
「何それ」
「え、リズじゃないの?あんなに凄い魔法だったのに?」
「レオンハルト殿下が居るから、リズさんでは無いのかもしれないね」
「じゃあレオンハルトが挨拶するの!?」
そう言って斜め前に座るレオンハルトの肩を鷲掴み、ガクガクと揺さぶる。
王子にそんな事が出来るメテオは強者だ。
当の揺さぶられている本人は、変わらない無表情のまま頷いていた。メテオのせいで揺れているから多少分かりづらかったが。
ノアが腕を掴んで、止めさせる。
「やっぱり王子様だからかな?残念だったね、リズ」
「いや、全校生徒の前で挨拶とか、緊張でどうにかなりそうだからやらなくて良かった」
「えぇー…目立ちたいじゃん」
「庶民がやるより、王子様がやるのが妥当だと思うけどな…」
「またそうやって言う…。でも、レオンハルトもこういうの不得意そうだよね」
「……得意では無い」
(喋った…!!)
思わず驚いて隣の王子を凝視する。その無遠慮な視線が気になったのか、ちらりとこちらに視線を向けて来たので、慌てて逸らす。
「でも、将来は国王になるんだから、人前で話す仕事とかいっぱいありそうだよね。今のうちに慣れておかないと大変そう!」
「…確かに。私には絶対無理だ…」
そんな雑談をしていると、いつの間にか式の時間になっていたらしい。
教師の一人からアナウンスがあり、壇上に立っている校長の長い話を聞き、新入生代表としてレオンハルトが挨拶をし、校訓を皆で読み上げ、最後にSクラスは壇上へ上がるように言われた。
(えっなんで!)
全員で戸惑いながらも言われた通り壇上へ上がる。スポットライトで照らされ、全校生徒の視線に晒される。
居心地の悪さを感じていると、校長が話し出した。
「こちらは新一年生のSクラスの皆さんです。入試で特に良い成績を出した、魔力の高い人達のみが代々在籍を許されます。残念ながらSクラスになれなかった皆さん。彼らを目標に努力を続けて下さい。今後の成績次第では、クラス変動もあります。皆さん平等にSクラスへの異動のチャンスがあるのです。そして、それはSクラスの人達もまた然り。この学院へ入学したからには、互いに尊重し、良きライバルとして、友として学院生活を謳歌して下さい。努力は必ず報われるのです!!そして、Sクラスの貴方達にはこれを差し上げます」
長々と演説を繰り広げたあと、校長から直々に手渡されたのは、金のバッチだった。校章が入った、おそらく純金のバッチ。
これが何を意味するのかは分からなかったが、周りに合わせてお辞儀をしておく。
そして入学式は幕を閉じた。
式の最後に担任として紹介された教師に先導され、これから一年間学ぶ教室へと続く道を歩く。
教室へつくと、前にあるモニターに席順が映し出されていた。
運が良いのか悪いのか、隣はレオンハルト、私の後ろはメテオ、その隣がノアと式で座っていた順番のままだった。因みに、廊下側。
このクラスの人数は合計で十八人。二人がけの長机が横に三個、縦に三個並んでいた。
そして、教室の前には教卓と、黒板替わりのモニター。
(前世とあまり変わらないような…)
そして、ぱっと見貴族だらけ。庶民ぽい子が一人居るが、本当は貴族かもしれないので気安く声はかけられないだろう。
しかし、庶民ならば是非とも仲良くしたいものだ。
「全員席に着いたな。では改めて、担任のキースだ。先に言っておくが、俺は面倒な事は嫌いだ。いいな?くれぐれも問題なんて起こさないでくれよ。面倒だから席替えも無しだ」
(えっじゃあ一年間ずっと王子の隣!?)
身が持たないと一人で悲観していると、話は進んでいたらしい。
どうやら今日は、教科書を配って自己紹介をして終わりのようだ。
そして、式で貰った金のバッチは左胸につけるように言っていた。なんでも、これがSクラスの証なのだとか。失くすと怖いので早速つけておく。
キース先生がパチンと指を鳴らすと、教卓に山が出来た。教科書の山。
「生徒の確認と自己紹介を兼ねて行う。今から俺が一人ずつ名前を呼ぶから速やかにここまで取りに来い。いいな?」
そう目で圧をかける。この担任、目つきの悪い、合理主義だ。
(あの顔じゃ、絶対に子ども受けしないだろうに、なんで一年の担任になったんだろう)
内心首を傾げていると、早くも名前を呼ばれた。
すぐに教卓へ駆け寄る。
「リズ。イースト地区の人間が入ってくるのは数年ぶりな上、貴重な女子生徒だ。学院の上の奴らも期待している。くれぐれも途中で折れるなよ」
「…はい」
両手にずっしりと重みのある教科書を乗せられる。それを抱えて、やっとの思いで席へつく。
私が座ると今度はメテオが呼ばれ、元気な声で返事をしていた。
たった十八人、紹介はすぐに終わった。名簿を閉じ、それで肩を叩きながら担任が言う。
「明日から授業を始める。時間割はお前らの腕のそれに送られているから、寮に戻ったら良く見ておけ。自分の物は自分で用意しろ。ここにはお前らのお付の召使いは居ないからな。忘れ物をした奴にはペナルティーを課す。心しておけ。ではまた明日」
心しておけと言った時のあの担任の顔、悪人面だったけど、大丈夫だろうか。PTA的な所から苦情など来ないのだろうか。
(そしてこれはどうやって持って帰ろうか…)
悩んでいると、後ろからため息が聞こえた。思わず振り返ると、目が合った。
「リズー…。これどうやって持って帰る?何かいい案ある?」
「…無いけど」
「だよねぇ。どうしようか、ノア」
「そうだね、気合いとか?」
「うわぁ精神論。ノアってたまにそういうとこあるよね…。あれ、レオンハルトそれなに?」
横を見ると、レオンハルトが鞄に教科書を詰めていた。
私達は今、鞄なんて持っていない。ではどこから出したのか。
私達から視線を外しつつ、レオンハルトが答えた。
「…腕のやつの持ち物欄にあった」
「え、何それ。そんな機能あるのこれ」
レオンハルトの一言に、クラスの全員が腕の機械を見る。メニュー欄に戻り、持ち物と書かれた所をタップする。
確かにそこには鞄とあった。それをタップすると、どういう原理か分からないが鞄が現れた。
(アイテムボックス的な…?)
よく分からないが、便利なのでどんどん使っていこうと思う。
皆で教科書を詰め込み、アイテムボックスにしまった後、後ろから肩を掴まれた。
「寮まで一緒に帰ろう!」
強制イベント、一緒に下校発動中。
「そう言えば、やっぱり女の子少なかったね。リズ以外にあと一人居たけど、仲良くなれそうだった?」
「…どうだろう。出来ればそうしたいけど、難しいかもね」
「どうして?あ、分かった!女同士の戦いってやつが始まるのかな!?」
「始まりはしないと思うけど、相手は貴族だと思うし…」
「だから身分は関係無いってば!」
「そんな事言うの、メテオだけだと思うよ」
先程から私とメテオしか喋ってないが、後ろにちゃんとレオンハルトとノアが居る。
王子の隣を歩いているノアの顔は心なしか青い気がするが。
そして、チラチラと視線を感じる。
中には親の仇ばりに睨んでいる人も居る。
原因は私だ。それ以外に無い。
王子と伯爵家の長男二人に囲まれたお粗末な庶民。場違いにも程がある。
自分が一番分かっているので、そんなに見ないで欲しい。
メテオと下らない話をしていると、男子寮と女子寮の分かれ道までやって来た。
「じゃあリズ、また明日!」
「うん、また明日」
大きく左右に手を降ってくるメテオに対し、ノアは小さく頭を下げて、レオンハルトは一度目線をくれただけだ。
三人と別れて自分の部屋へ入り、鍵を閉める。
教科書を取り出し、明日の準備をする。
初日から難しそうな授業ばかりだ。何だ、魔法基礎学って。応用学まである。
(座学は苦手なんだよなー…)
元々、勉強は嫌いな方だった。
でも前世では母親がうるさかったので仕方なくやっていたに過ぎない。
そしてこの世界に口うるさく言ってくる人は居ないので、完全に油断していた。
そう、この世界に来てから全く勉強していないのだ。
この学院は試験が実技だけだったから入れたに過ぎず、座学で言えば、世の中のことなど全く知らずに毎日遊び回っている子どもと同レベルだ。
(…勉強しよう。あのクラスに置いていかれないように)
まずは予習からと、勉強机に並べたばかりの教科書を開いた。
リズはそう決意を固めたが、この少女。魔力をチート状態にして世界に送り出してくれたのは、端くれといえども紛れもない、正真正銘の神である。たとえ、上司の尻拭いをさせられていたとしてもだ。
つまり何が言いたいか。神の加護はそれだけでは無かったという事だ。
持って生まれた頭脳もまた、神の加護付き。つまり、リズは今軽く神童レベルという事。
しかし残念だったのは、リズ自身がこの世界に来て勉強の必要ない環境に居たせいで、自分も周りも一切その才能に気付かなかった事である。