正体。
一人お菓子を堪能していると、いち早くフリーズ状態から戻ったメテオは、乗り出していた体をソファに落ち着かせ、目線を私の隣から外した。
一度紅茶を口にして、再度私の隣に目を向ける。
「僕らより身分が上だろうと思ってたけど、まさか王子様だったとは思わなかった…。しかも同級生になるなんて」
「…え、王子?」
一人話についていけなくなっていると、こちらも戻ってきたノアが説明してくれた。
「そうです。カーライル姓は代々この国の直系の王族が名乗っているのです。公爵家でも名乗れるものは居ないと聞きます」
「…えっ、じゃあ本物って事??」
「そういう事になります」
「…そうなんだ」
「あれ、リズあんまり興味ない感じ?」
「庶民には関係ないので」
「えー、でもこれからは同じ学校に通って、同級生になるんだし。学院にいる間だけでも仲良くしようよ!友達になろうよ!」
ただ空気を読めないだけなのか、楽観的思考なだけなのか、笑顔でそう詰め寄って来る。
ノアが止めると、だって王子と同級生って凄いじゃん!と興奮気味に言っていた。
目を逸らし続ける私を見て、メテオは眉を下げつつ聞いてきた。
「…そんなに僕らと友達になるの、嫌なの?」
「嫌って訳じゃ無いけど、貴族の方と友達っていうのが畏れ多くて。庶民が図々しいというか、私なんかと友達になってもいい事なんてないというか…」
「庶民とか関係ないし。僕はリズと友達になりたいと思ったし、リズだから友達になりたいの!良い事があるから仲良くするんじゃないんだよ!」
「…!」
「ねっ、だからよろしく、リズ!」
そう言ってメテオは、強引に私の手を取って握手をした。ぶんぶんと激しく上下に動かし、そして唐突に手を離す。
突然行き場を失った手を見て呆然としていると、もう一度手を掴み、今度はノアと握手をさせられる。
「ノアも、庶民だとか下らないこと考えるような奴じゃないからね!はい!握手したね?はい、じゃあもう僕らは友達!」
満面の笑みを浮かべるメテオを見て、手を離したノアと顔を見合わせ、二人で同時にため息をつく。
「なに、その理屈…。そもそも、二次試験はまだやってないから同級生になるかも分からないのに…」
「まったくです」
「えー?ここに居る人なら受かるでしょ!それより、はい!レオンハルトも握手しよう!友達になろう!」
私達に言った時と同じノリで王子様にも手を差し出すメテオ。
さりげなく王子様の名前を呼び捨てにしていたし、横のノアは青ざめていた。
そんな色々ぶっ飛んでいる言動と行動をするメテオから差し出される手をじっと見つめているレオンハルト王子。
その視線は、メテオの手と目を行き来している。
やがて、ゆっくりと王子様の右手が上がり、そっとメテオの手を握り返していた。
「よろしく!レオンハルト!!」
メテオの眩しい笑顔を見た王子様の口角が僅かに上がったような気がした。
その隣でノアが殿下を呼び捨てにするなんて、とか殿下が怒ったらどうするんだ、とか目をつけられたら厄介だ、とかブツブツ言っていたが、庶民には全部関係ないので聞かなかった事にした。
私は未だに王子様の手を振っているメテオを見る。
赤い髪、青い瞳、人懐っこい笑顔、時々耳としっぽが見える気がする、犬っぽい人。
こう言ったら悪いが、到底貴族には見えない。
そんな人が、前世でも友達一人居なかった私に、友達になりたいと言ってくれた。私だからなりたいのだと。
たとえ社交辞令でも嘘でも、嬉しかった。ただ嬉しかった。
前世では家でも学校でも勉強漬けの毎日で、放課後遊びに誘ってくれた子達の、その誘いを断り続けていたらいつの間にか周りに誰も居なかった。
ただ一人でも平気だったので、特に気にはしていなかったが、そんな私の態度が気に食わなかったらしいクラスの女子のボスを中心にいじめ抜かれた小学生時代。
受験をしてやっとの思いで受かった中学でも似たようなものだった。休憩時間も勉強していたら女子にハブられ、教科書を隠され悪口を言われていた。
教師も見て見ぬふりでうんざりだった。
世の中腐ってると僅か十三歳で悟ったものだ。
まぁ、そんな事もあり、人付き合いが極端に苦手な私が親しい人など出来た試しは一切ない。残念ながら。
因みに、今世では普通に人と話せているが、前世では話しかけられただけで頭が真っ白になってパニックに陥るような立派なコミュ障だった。激しい人見知りでもあった。
今世の周囲の人達が皆良い人で良かったと心の底から思った。
そんな私の心の良い人リストにメテオが新たに加わった。ノアは分からないので保留。
そして、メテオの言葉を全面的に信じれば、前世も含めた私の人生で初の友達が出来た。
大変喜ばしい事である。
叫びたい程嬉しい気持ちを、紅茶と一緒になんとか飲み込むのであった。